酒に飲まれたその後の後は<イタシテナイ編その後>1

「副長!」
セイは殴りこみよろしく勢いよく障子を開けると、中でのんびりと茶を飲んでいた土方を睨みつける。
入ってきた人物を確認すると、土方は顔色一つ変える事無く、手元の茶を一啜りした。
「…何だ。沖田の嫁か」
「その言い方止めてください!」
「離縁はさせねーぞ」
「うっ!…違います!」
「違う割に今の呻きは何だ」
冷静なツッコミにセイは一瞬怯むが、すぐに本来の目的を思い出し、言葉を続けた。
「そっ…れは置いておいて!毎日毎日沖田先生に変な事教えるの止めてください!」
「変なことじゃねーぞ。神谷。あの奥手でいい年して初心なあいつが恥を忍んで、全身から血が出るんじゃないかっつーくらい真っ赤になって俺に教えを請うてるんだぞ。その努力はちゃんとお前に返ってるだろう」
「それを止めさせてください!」
「まさかっ!総司あれだけ教えても下手なのか!」
そこが土方にとっての動揺する箇所だったらしく、初めて表情を変え、目を見開いてセイを見た。
「違いますっ!沖田先生は気持ちよく…って何でそんな事副長に言わなきゃならないんですかっ!」
「阿呆!俺が指南してるんだ!大事な事だろう!」
土方の中でもしや彼の毎日の努力が実っていなかったのかという衝撃に動揺し、彼はセイを怒鳴りつけると苦悩し始めた。
「…やはり元から女子と如身選で女子になった元男とではイかせる技は違うのか…いや…けど…基本は同じはずだ……こいつは女であり男なんだから…女のイイ処は分からなくても男のイイ処は幾らあいつでも分かるだろう……女だって買ってたんだからある程度は分かってるだろうし…まさか自分で処理した事が無いはずないだろう…」
ぶつぶつ呟く土方にセイは涙する。
「だから、その伽の技を教えるの止めてください!毎晩毎晩付き合うの大変なんです!」
すっかり女子姿に戻ったセイは悲鳴に近い声で必死に叫んだ。

酒に飲まれ、飲まれた間に過ごした一夜の記憶も無く、起きたら一つの布団に裸同然の男と女。
一夜の間に本当に二人は結ばれたのか分からないまま、あまりの衝撃に冷静さを失い一夜の契りでややが出来ると信じきった男、沖田総司。彼の行動は彼の剣技と同様に素早く、そんな可能性は低いと相方の女、神谷清三郎(本名富永セイ)の制止も聞かぬまま、彼らの信頼する兄貴分であり上司である近藤と土方に報告し、総司の報告を全面的に信じきった二人の協力の元、あっという間に神谷清三郎は沖田総司に嫁された。
神谷清三郎が沖田総司に嫁した日。新選組の誰もが涙した。
武士として総司を護りたいという努力し続けてきた清三郎を誰もが認めている。
如身選という武士にとってこれ程辛いものはないという病に冒され、体が次第に女身化しても尚、武士として懸命に生きていた姿を誰もが知っている。
それでも、あの宴会の夜、二人は結ばれ、子を成した。
武士として生きる事を選ぶか、母として生きる事を選ぶか。
その選択はきっと新選組の誰もが同じ立場に立ったとしても苦しむことになるだろう。
けれど彼は、清三郎は、すぐさま伴侶となる総司の妻となって女子として彼を支え、母となる事を選んだ。
武士としての己の志を貫き通す事よりも、真に敬い慕う上司の子をこの世に産み落とす事を選んだのだ。
その大英断に、誰もが賞賛した。
神谷清三郎こそ、将に真の武士であると。
---つまり、結局のところセイは誤解を解けぬまま今に至ってしまったのである。

「土方さ~ん。今さっきセイの声が聞こえたんですけど、こちらに来てませんか~?」
「おう。お前の嫁ならここにいるぞ」
障子の向こうから見える人影にぶつぶつと呟いていた土方は顔を上げ、苦悩の表情は何処へやらけろっとした様子で掛けられた声に答えた。
「嫁、って言うの止めてください」
「嫁は嫁だろう。いい加減お前も女子扱いされるの慣れろ」
「嫌ですよ!戻れるなら今すぐにでも武士に戻りたいんですから!」
「結局ややがいなくてもな、お前はもう総司の嫁なんだ。さっさとややを産め。法眼にも確認して、本当にちゃんと子が産める事も確認したんだからな」
「…おじちゃん…余計な事を…」
祝言だと呼ばれ現れた松本法眼はセイからの誤解を解いてくれとの懇願に、これ幸いと応じる事無くセイを総司の嫁にする事を優先し、少しも協力をする事は無かった。更に、嫁にさせるというのならいっそ元から女子だった事を暴けばいいものを、それさえも如身選であるというままにして置いてそのまま離隊させてもらえるなら、暴してまたいざこざになるよりもセイにとっても新選組にとってもその方が都合がいいだろうと、加えてその方が面白いと誤解させたまま放置された。
一方で後日、セイの腹にややがいないと分かった時、本当に子が産めるのか不安になって近藤が松本の元を尋ねた際にはしっかりと答えたらしい。
「……あのー。二人が仲がいいと寂しいんですけど…」
いつまでも言い合いをする二人に室内に入り辛く待ち惚けだった総司はスーと静かに障子を開けて中に入ってきた。
『仲よくありません!(ねぇよっ!)』
二人声を揃えての反論に、総司はむっと頬を膨らませる。
「…セイの旦那様は私なんですからね…」
「わーってるよ!早く嫁連れて帰れ!」
土方は投げやりに追い払うように手を振る。
「ほら。セイ。帰りますよ」
「イヤです!まだ副長に返事貰ってないんですから!」
セイの着物の袖を引く総司に、彼女はぷいっと顔を背ける。
「何の返事ですか?」
「……」
総司が不思議に思い首を傾げると、セイの顔がみるみる赤くなる。
「…土方さん……まさかセイにまで手を出したんじゃないんでしょうね……」
突然低くなる総司の声と全身から発せられる黒い瘴気に、土方は動じる事無くケッと吐き捨てる。
「そんな訳あるか。もう武士には戻れねーんだから、夜の務めくらい果たせって言ってるのに聞かねーんだよ」
「あ。その事ですか。土方さんにご迷惑までかけて。まだまだ私の努力が足りないんですね…私は気持ちいいのにセイは未だに痛がる時ありますもんね…。それにしてる途中で寝ちゃうし…」
「ぎゃーっ!先生っ!何て事言うんですかっ!」
土方の言葉に飛び出した総司の思わぬ台詞に、セイは更に顔を真っ赤にして慌てて総司の口を塞ごうとする。
「体が慣れるまでは女も中々善がらねぇもんだ。神谷も男が長かったからな。まだ女の体に慣れてないんだろ。神谷もまだ気持ちよくねーんなら、努力してる総司を認めてやれや!お前だって女に自分の技で善がらせるのが楽しみだったろっ!」
(知らないよ!そんな事!)
とは、如身選と誤解されたままでは言えないセイは心の中で大きく叫んだ。