酒に飲まれたその後は<イタシテナイ編>

「大好きです…」
耳元に囁かれる吐息と共に告げられる想い。小刻みに震える体から伝わる心音が彼女の想いそのままに触れ合う箇所を通して直接伝えてくる。
総司はこれ以上無い喜びに胸が熱くなり、想いのまま彼女のすぐ背にあった布団にそのまま彼女を押し倒し、己の想いを自身も体で伝えようとぎゅっと抱き締める。
「せっんせぇ……?」
「はいー?」
「ちょっ…と、この体勢はぁ…」
一層早くなるセイの心音が総司に伝わってくる。
それが今の総司には無性に嬉しくて仕方が無かった。
不犯の誓いはとうに酒に押し流され、理性と共に解けて消えていた。
ただ彼女が愛しくて愛しくて仕方が無い。それだけで心が溢れそうだった。
「一緒に寝ましょー」
「えぇぇぇぇっ!?」
動揺する声に総司は笑みが零れるのを抑えられない。
ただ己のこの身の内を焦がす熱が少しでも彼女に伝わればと抱き締める腕に力を込めた。
そうして、暫くそのままでいると、やがてセイの心音も穏やかになってくる。
己に抱き締められている事に安心して身を委ねてくれたのだ、と喜び、更にもう少しだけ彼女と繋がりたいと総司は強く抱き締め続けていた腕をほんの少しだけ緩め、セイを見下ろす。
「……神谷さん?」
目を閉じたまま、安定した呼吸を繰り返すセイに、彼の予測とは違ったのではと思い直し、まさかと名を呼んでみる。
名を呼ばれる少女は少しもその瞼を開く事はしなかった。
少女は安らかな寝息を立ててとうに夢の世界に落ちていた。
「う…嘘でしょうっ!?こんなところで、こんな状況で酷いですっ!」
己の身の内で疼くこの熱をどうしてくれる。
総司は軽くぺしぺしとセイの頬を叩き、起こそうとするが、小さく愚図るだけで、少しも目を覚まさない。
「貴方、私の事大好きだって言うなら、こんな生殺しの状態で放置しないでくださいよっ!」
軽く唇を重ねてみるが、それでも起きない。
「本当は私の事嫌いでしょ!貴方!」
そう睨んでは見るものの、睨み付けるだけでセイが起きるはずも無い。
揺すってみるが、酒がよく回っているせいかその眠りは深かった。
「ちょっとー!」
揺すった事で少し肌蹴た袷から覗く首筋から胸元に掛けて見える白い肌に無意識に喉を鳴らし、総司は噛み付く。
「これでも起きないんですかっ!」
かりっと小さく噛み跡が残る程に歯を立て、吸い付くが、全くセイは起きない。
「少しくらい反応してくれたっていいじゃないですかっ!これじゃ私の独り相撲じゃないですかっ!」
と涙を浮かべ叫びつつも、唇から伝わるセイの体温が心地よく、触れる指先から伝わる鼓動が総司の独占欲を揺らし、彼女を起そうとする為の行動が段々と欲望を満たす為の行為に変わってくる。
ひとつ。またひとつと白い肌に朱を落とす。
もっと直に触れ合いたくて、己の着流しも脱ぎ、放り投げる。
熱が一層上がった。
夢中で目の前の少女の熱を己の内に収めたくて、柔らかく掌に吸い付く肌に総司は夢中になって触れる。
己の熱がどうしようもなく暴走するのを感じる。
酔った頭でそれでも最後の一線を越えるのは彼女がしっかりと自ら彼を受け入れてくれる時、それで無ければ意味が無いという想いだけが残っていた。
せめてもの己の熱を宥める為に、未だ安らかに眠る少女の帯を緩め、胸元に、腹に、腰に、ふくらはぎにこの娘は己のものだと言う印を残していく。
「もう!目が覚めたら覚えてなさいよっ!」
そう憤りながら最後に、内股の付け根に今までで一番強く口付けた。
「ふんっ!」
そうして、どんな事をしても起きなかった少女に不貞腐れて総司は再び着流しだけ羽織ると、きちんと布団だけは二人分掛けてから、背を向けて眠った。
そんな事をしていたとは全く覚えていない。
酒に飲まれた記憶を超えた翌朝。
二人は今、自分たちに起こっている状況が整理しきれず、ただ呆然としていた。
一つの布団に二つの枕…いや、枕は無い。
乱れた敷き布に、そこここに散乱した衣類、それは既に本来の形をしておらず、広げれば見られぬほどに皺になっている事が予測できる。
目の前には互いに腕も通しておらず羽織る程度に纏っている着流し一枚の姿。
勿論、その下には何も付けていない。
目の前の少女の首筋には赤い痣。よく見ると、胸元まで花びらのように散っている。
それはどう考えても呆然とする男が残した所有印。
「……」
首筋にある花弁に未だ気付かない少女、セイは何と言っていいのか分からず、ただこれ以上目の前の男を困らせたくないと、口を開こうとする。
しかし、それよりも先に眉間に皺を寄せていた男、総司はばっと顔を上げた。
「やや!ややが出来ていたら責任取りますから!」
唐突に掛けられた言葉にセイは目を丸くする。
「や!ちょっと待ってください!私離隊しませんよ!」
「何言ってるんですか!もう女子に戻るしかないじゃないですか!だって知ってますか?しちゃったらややできちゃうんですよ!」
「できてるかわからないじゃないですか!そんな事言ったら原田さんなんか今頃両手じゃ足りないくらいややいますよ!」
「あれ?でも?いや!でも神谷さんは私のお嫁さんになるんです!」
喜んでいいのやら焦っていいのやら止めていいのやら止めたくないやら、そんな事まさか言われると思わなかったので信じられない程舞い上がるやら、セイは目を白黒させて次の言葉を捜す。
その間に、総司は素早く己の着物を集め、身に着けると、セイの分も拾う。
「ほら。神谷さんも早く着替えて!こうしちゃいられません!やらなきゃならない事沢山あるんですから!」
少し頬を染め、目を逸らしながら総司はセイの着物を差し出した。
セイも恥ずかしいやら恐縮やらで、同じく頬を赤くして、それらを受け取る。
「…これ、私の下帯ですよね…」
「…多分…」
聞いてからセイは更に顔を真っ赤にした。まさか自分がそんな事を総司に聞く状況になるなんて思いもしなかったからだ。
総司も更に顔を赤くして、セイから完全に背を向ける。
「できましたか?」
セイが完全に着替えるのを聞こえてくる衣擦れの音で確認しながら総司が問うと、「はい」と短く返答があった。
それを聞くと同時に、総司は勢いよく立ち上がり、すぱんと目の前の障子を開くと駆け出す。
「それじゃ!神谷さんはそこで待っていてください!こういうのは男の私の仕事ですから!」
「ちょっ!沖田先生何処へっ!?」
セイは慌てて彼の後を追う。が、部屋を飛び出すと既に総司の姿は何処にも見えなかった。
「先生っ!?」
焦燥感が彼女を襲う。
今の総司は何を言い出すか分からない。
早く見つけ出さなくては取り返しのつかない事になるかもしれない。
本当に…したんだろうか…。
一瞬意識を己の体に向けてみるが、…恥ずかしくなってセイは考えるのを止めた。
それに冷静に考えてみれば、もし、イタシテイタとしても初めてだから何が違うかなんて分からない。
「とにかく先生を見つけなきゃ!」
セイも布団をそのままに走り出した。

だだだだだだだっ!
すぱん!
「ひっ。土方さんっ!ややっ!ややができましたっ!」
前日の酒を嗜む程度に飲み、やはり茶の方が旨いと改めて感じた朝の寛ぎの一時。
突然現れた総司と、彼の言葉に土方はぶほっと一番茶を噴出した。
「ああっ?」
折角の寛ぎの一時を邪魔された土方は恨めしそうに総司を睨みつける。
どどどどどどっ!
「できてませんってばっ!」
総司の後に続き、激しい足音と共に叫んで部屋に入り込んでくる、セイ。
「お前ら何をっ」
状況が全く掴めない土方は米神に筋を浮かべ、苛立ちながら問う。それが総司には暢気な様に映ったのか、焦れた様子で彼の目の前に座ると、顔を近づけてもう一度訴える。
「ですから、ややができたんですようっ!」
「誰に誰のだ」
「神谷さんに私のややがです!決まってるじゃないですかっ!」
ばこんっ!
何処から持ち出したのかセイは下駄で思いっきり総司の後頭部を打ちつけ、まさかの剣豪にあるまじき、総司は呆気無くその場に昏倒する。
「なっ何だか妙な夢を見たらしく…」
セイは慌てて下駄を後ろ手に隠し、笑って取り繕って見せるが、土方は今まで見たことの無いくらい驚いた表情でこちらを見ていた。
そして、何かを試行錯誤しているのか眉間に皺を寄せ、目を見開いたり頷いたり、苦虫を潰した顔をしたりと繰り返し、必死に思考し始めた。
(ご…誤魔化せたよね…)
何を思考しているかは分からないが、これ以上この場にいるのも居た堪れなく、総司を連れて部屋を出ようとした所で、セイは声を掛けられた。
「神谷…」
「はっ、はい!ナンでしょう、副長っ!」
まさかまた声を掛けられるとは思わなかったセイは思わず声が裏返りながらも返答を反す。
見ると、土方は思いつめた様子で、それでいて何故か労わる様な視線を彼女に向けてきた。
(イヤな予感がする…)
「お前、そこまで如身遷が悪化してたのか…」
酷く同情する瞳には薄っすら涙まで浮かんでいる。
「ちっ、違っ!」
「できたなら、仕方が無ぇ…。総司に責任を取らせて所帯を」
「違いますってばぁぁぁ!」
悲鳴に近い叫びを上げるが、土方には全く届いていない。
「総司が衆道なら道を戻してやらにゃと思っていたが、ややができたのならあいつの家族だって許してくれるだろう」
「だからっ!」
「いや!皆まで言うな!童、童と言っていたが、お前が武士であり続けたい気持ちは痛い程分かってるつもりだ!突然女扱いされるのも我慢ならねぇだろう!」
「話をっ!」
食い掛かるセイの目の前に手を翳し、それ以上皆まで言うなとばかりに土方は言葉を続ける。
「だがな!総司のややがその腹にいると分かった以上俺は総司の跡継ぎを守ってやりたい!お前には申し訳ないと思うが、これも武士の務めだと思ってどうか所帯に収まってくれ!」
「いや…」
「そうだ!かっちゃんに知らせなきゃな!」
「ひっ!」
それだけは。それだけはされると、もう止めようがない。
近藤はきっと一も二もなく総司の望みを優先させ、セイを嫁がせるだろう。
その前にまず誤解を解かなくては。
「話を聞いてください!」
セイは隣の部屋へ行こうとする土方に全身で腰にしがみつく。
「うおっ!?」
不測の事態に土方はそのまま倒れ込み、馬乗りに己の腹に乗るセイを見上げる。
「何しやがる、神谷っ!」
「だから話をっ!」
「お前の望みは飲めないぞっ!」
「そうじゃなくって!」
「神谷さん!何、他の男の上に乗ってるんですか!?」
突然両脇から手を入れられてセイは持ち上げられる。
振り返ると、そこにはやや怒りの表情を見せる総司。
悋気?と一瞬セイは喜んでしまうが、一方で、ややこしいのがまた起きてきた。と顔を顰める。
「何ですか。その顔は。貴方は私のお嫁さんになるんですから他の男にこんな事しちゃ駄目に決まってるでしょう!土方さんでも駄目です!」
「けっ。いちゃつきやがって。けどな総司、これからはややが生まれるまではヤるんじゃねーぞ」
「勿論です!」
「どうしても溜まったら別のやり方教えてやる」
「本当ですかっ!?」
「待て待て待て待て!」
男の会話にセイが静止の声を上げるが、二人はセイを見ると、ふと笑う。
それは何処か、女子の前でする話でもなかったな的な優しい笑み。
つい昨日まで完全に男扱いだったのに、何故突然そんな顔をする!?とセイは心の中でツッコミを入れる。
「大丈夫ですよ。無理はさせませんから。勿論浮気なんてしませんから。安心してください」
嬉しそうにセイの目を覗き込みはにかむ総司にセイは鼻血ものなのだがその笑みと言葉を今はそのまま感受してはいけない。
「だからっ!」
「何ですか。私が夫なのがそんなに不満なのですか」
さっきから否定的な表情と言葉を口にしようとするセイに総司は口をへの字に変える。
「そうじゃなくて…」
「でもしちゃったんですから!私、貴方がどんな事言っても絶対に娶りますからねっ!」
「あの…」
嬉しいやら困るやら話を聞いて欲しいやらでセイは頬を赤く染める。
「ややができたから言ってるんじゃないんですよ!ずっとこの想いだけは貴方の為にも己の為にもならないから言うつもりはなかったですけど、ずっと貴方の事愛しいと思っていたんですから!きっかけにしか過ぎないんですよ!」
「せっ…先生!?」
まさかの告白に、セイは動揺する。
思わずこのままでもいいかと思ってしまうが、その前にまず誤解があるのだ、それを解かなくては。このままでは済し崩しになってしまうそれは自分の為にも総司の為にもならないと己を奮い立たせる。
「だからっ…!」
すぱんっ!
再び説明しようとするセイの言葉を遮り、突然開いた襖に三人とも驚いて、襖の向こうの人物を注目する。
そこには感涙しぼろぼろと涙を零す近藤が立っていた。
「総司!神谷君!よくやった!」
「局長!」
「かっちゃん!」
「先生っ!」
三者三様に近藤の名を呼ぶ。
近藤はゆっくりと総司に抱えられたままのセイの前に立つと、彼女の手を取り滂沱する。
「ありがとう!あんなに結縁を嫌がっていた総司が神谷君とややを作ってくれるなんて!ありがとう!」
「それですね…あの…」
「今まで何度も神谷君が女なら総司のいい嫁になるのになって思っていたが、まさか総司の為に如身遷を受け入れてややを生んでくれるなんて!男か女なんて関係無い!君は立派に武士だ!」
「そうじゃなくてですね…」
「そうと決まれば祝言だ!本当は祝言の後にややが出来るのが習いだが総司が嫁を取るだけでも快挙だ。多少順が狂ったって構わないだろう」
「かっちゃん。既に神谷の腹にややがいるんだ、江戸にいる総司の家族には悪いが先に式だけ挙げて、形だけでも整えておかないと不都合も多いだろう。コイツを早く離隊させないと大人しくしてねーだろうし」
「そうか。そうだな。流石だな、トシ」
いつのまにか立ち上がった土方は近藤に早速手筈を整理し説明し始める。
「私離隊しませんからね!」
全く取り合ってもらえないセイは必死にそれだけを叫ぶ。
男三人は一斉に彼女を見ると、直に何事も無かったかのように婚礼の日時や家の用意など、話を続けた。
「聞けや!コラっ!」

その数日後、あれよあれよという間に総司とセイの婚礼が執り行われ、二人の為の家が用意された。
結局セイの説得はなされないまま。
そして、そのまたまた数日後、何もしてもいなかったセイには当然のように何事も無くいつもの通りお馬が始まった。

「ええーっ!?神谷さんややできてなかったんですか!?」
「だから言ったじゃないですか!出来てるとは限らないって!」
「ええーっ!」
「……離縁したくなりましたか…?ややが出来てると思って私と結婚してくださったんですもんね」
「あの私の我慢は一体何だったんですか!」
「は?」
「ややがいるからと思って、私は毎日毎日毎日毎日毎日…隣で眠る貴方を見ながらも悶々と我慢していたのに!」
「へ?」
「駄目です!もーう駄目です!限界です!」
「はい?」
「いただきます!」
「え?ちょっ!やだっ!先生!?」

「あれ?初めてだったんですね?」
「…この間何もしてなかったんですね…」

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ネタ提供 海辻那由様

「酒は飲んでも飲まれるな」が好きだと仰って下さって、あの話の続きが気になると言って頂きました!
私が小ネタを送りつけたところ、更にその先の想像を返信してくださって!
こんな作者冥利に尽きることありません!
実は私は最初、イタシテイル方の展開を想像していました(笑)そうしたら那由さんがイタシテイナイ方の想像を下さって、それがまた、
もう、萌えっ!
そこから更に妄想した私のしょうもないテンパリ総司の小ネタを更に送りつけたら(爆)お返事に那由さんから素晴らし過ぎるネタを提供して頂き、一本お話ができちゃいましたv(笑)
何処が誰が考えた台詞か分かりますか?
本当に那由さんネタ振りの天才です!(最高の賛辞です・笑)
本当に本当にありがとうございましたv

2011.06.29