「大好きです!」
「私だって大好きですよ!」
そんな風に酔った勢いでだって互いに想いをぶつけ合うの位、後々を考えてみれば可愛いものだった。
朝。
目の前には袷一枚を羽織った少女。それに対するようにやはり袷一枚を羽織るだけの青年。
その下には下帯も付けていなければ、晒しも巻いていない。
袴と下帯が散乱し、その間から顔を覗かせる白い布はきっと晒。
互いに互いの姿を見ていられなくて目を背けた。
これからどうしようか。
そう互いに問い掛けても、答えは出ない。
二人が昨夜何を致したかは、目の前の状況が如実に物語ってくれている。どれ程目を逸らそうとしても。
己の身の内にある気だるい充足感が、セイの胸元に咲く所有印が、総司以外の誰が付けるのだと彼に訴える。
普段使わない節々がぎしぎしと悲鳴を上げ、気にした事も無い場所が痛むセイは、確実に目の前の総司を己が受け入れたのだという事を知らしめられた。
「かっ…かみっ…!」
「はっ…はいっ!」
「あ…の…っ!」
「っはいっ!」
と何か言わなくてはと互いに口を開いてはみるものの、その後の言葉は続かない。
ただ思わず互いに顔を上げ、目を合わせると互いに顔を真っ赤に染め、また互いに目を逸らす。
そんな事を幾度も繰り返した
何処からともなく起床の告げる太鼓の音が聞こえてくる。
「沖田先生!」
「はい!」
太鼓楼の太鼓の音だけが響く部屋の中、セイが静かに顔を上げ、決意したように唇を引き締め、総司の名を呼んだ。
彼は未だ動揺したまま彼女を見上げると、彼女はにっこりと笑って言葉を続ける。
「今日の事はお気になさらないでください。私たちは武士ですから、部下が上司の夜伽のお供をすることだってあるじゃないですか。ただそれだけのお話ですよ」
「え」
「ほら、きっと私がいつものように武士だと認めてほしくて沖田先生にきっと迫ったんですよ」
「いや…」
「いつもは衆道だと皆に誤魔化して頂いているとはいえ、本来衆道の契りは武士同士の絆を深めるものですし。勢いあまってだと思うんです。いつもご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありません」
「かみ…」
「さ、今日も隊務がありますし、早く隊士部屋に戻りましょう!」
そう言うとセイは散乱していた衣類を拾い集め、総司の分を彼の前に置くと、平然と晒しと下帯を巻き始めた。
仄かに零れる朝日に照らされ白く浮き立つ肌と、すべらかな体の線、晒しを巻く為に惜し気もなく晒される乳に、総司は真っ赤になりながらも、ごくりと喉を鳴らす。
「沖田先生。着替えないんですか?お手伝い必要でした?」
「いっ!いえ!」
振り返ったセイに総司が彼女の裸に見入っているのを咎められた様な気がして慌てて視線を逸らすと、自分も着付け始めた。
先に着替え終わっていたセイはいざ布団を片付けようと畳み始めて、手が止まる。
「どうしました?」
「あ…いえ…」
セイは固まったままぎこちなく首を振る。その様子に総司は己の身支度が終わると、首を傾げたまま彼女と同様に布団を覗き込んだ。
そこに広がっているのは、紛れもなく血。
「……」
暫く二人して無言で固まる。そして二人同時にまた全身を真っ赤に染めた。
「ちょっと…この量大丈夫ですか!?貴方!?」
「大丈夫です!平気ですから!これは取り合えず後でどうにかしますから!」
「どうにかって!?」
「どうにかです!ほら先生、今日、朝の巡察ですよ!早く朝餉を食べて、副長の所に行かないと怒られますよ!」
「それよりもっ!」
「いいから早くっ!」
セイは無造作に布団を畳むと、総司の背中を押し、そのまま部屋を出た。
セイは巡察の集合場所で集まるまでの間、一人その場所で腕を組み悶々といていた。
(沖田先生不審に思ってないよね!ああ、言っとけばきっと自分のせいだなんて思わないよね!)
総司の動揺するする様子と、表情にいてもたってもいられなくて、慌てて取り繕ってみた。
なるべく総司に気を遣わせない様に平然として目の前で着替えてみたものの、内心、既に晒していた(はず?)己の裸体を改めて異性のしかも想い人に晒すのはかなりの勇気と途轍もない葛藤が渦巻いていた。
今でも穴があったら入って埋まりたい。
せめてもうちょっとでも胸があったら自信持って晒せるのに…なんて思ったりなんかはしない…です。はい。
「…本当に……したんだよねぇ…」
自分の体に問い掛けてみるが、返事が返ってくる筈もない。
ただぎしぎしと痛む体と今も残る異物感…やたらと総司が気にしていたが胸元に無数に残る赤い痣。
それは隠せばいいだけの話で、後者よりもむしろ隊務に支障が出る前者の方が問題だった。
それでも、いつかは、そんな事が…なんて夢見た事が無かった訳でもないでもないでもなくない。
「って何考えているんだっ!私!その前に先生がそんな風に私を見てくれる訳ないでしょっ!実際困ってたし!つーか何で何も覚えてないっ!?」
がしがしと頭を掻く。
「…神谷…さん…」
少し荒い吐息に、名を呼ばれ、己の体温が高くなる。
耳に入り込む息、素肌を撫でる硬い指。それが怖くてでも気持ちよくて、自分もつい求め、目の前に映る胸元に体を寄せ、引き寄せるように彼の人の首に手を回す。
「…っ…ずるいですっ!私の方が先だったのにっ!」
そうやって己の胸元に総司の顔を寄せる。
「私の方が神谷さん好きですよ!」
総司は気持ちよさそうにされるがまま胸元に頬を摺り寄せながら、己の手で柔らかなそれを愛撫する。
「…っ…はっ…何言ってるんですかっ!私の方が先生を大好きに決まっているでしょうっ!」
胸元に寄せる頭を少し自分の顔に引き寄せ、耳に噛み付いた。
「頑固ですねぇ…」
痛みに顔を顰めながら総司は苦笑し、己の想いを知らしめるように愛撫を強め、セイの思考を更に溶かしていく。
「…やっ…あ……私もしますっ!」
「ダメですー…っていうか…神谷さんズルイ…触れるだけで気持ちいいなんて…」
触れ合う体、触れる箇所が更に互いの熱を上げていく。
「ぎゃ---っっっ!!」
突然浮かんだ光景に、セイは悲鳴を上げた。
「神谷っ!?どうしたっ!?」
集合時刻に合わせて集まってきていた一番隊隊士たちが突然悲鳴を上げたセイを驚いて振り返る。
あまりの声の大きさに、遠くにいた他の隊の隊士たちも一斉にこちらを見た。
「なっ…何でもないですっ!」
顔を耳まで真っ赤に涙目になりながら必死に首を振るセイの様子に、昨夜の騒動を覚えている一番隊隊士たちは心の中で涙を零す。
(きっと昨夜沖田先生に可愛がって頂いたんだろうな)
そう思うだけで涙が出る。
本人は隠しているつもりらしいが、襟に隠しきれず首筋に残る赤い痣が、昨夜の総司の激しさを思わせる。
思わず想像して別のところが反応してしまいそうになるが、そこは涙と一緒に流す。ばれたら彼らの上司が恐ろしい。
セイはと言えば。
(何であんな光景浮かんでくるのっ!しかも喧嘩腰っ!私何してるのっ!?)
と、もう恥ずかしさで上昇する熱を何処へ逃がしていいのか分からない。
「神谷さんっ!どうしたんですかっ!今の悲鳴っ!」
ゆっくりと集合場所へ向かっていた総司は、途中、セイの悲鳴が聞こえてきて、さっきの今で何があったのかと慌てて彼女の元へ駆け寄った。
「ぎゃーっっっ!」
目の前に突然総司が現れ、更にセイは悲鳴を上げる。
「なななななっ何ですかっっ!」
総司も動揺して思わず大声でセイの悲鳴に反応する。
双方とも顔を更に赤く染め、互いに目を潤ませながら見詰め合う。
ただ、じっと。
「……沖田先生……巡察へ行きませんか?」
どのくらいそうしているのだろうかと思わせるくらい、ずっとそのまま固まり続けた二人を見つめ続け、居た堪れなくなった相田が渋々声を掛けた。
それに我を取り戻した総司は、今更ながら一番隊のセイ以外の他の隊士の存在を思い出し、また顔を赤くすると、慌てて声を上げた。
「一番隊出発しますっ!」
先頭を歩きながらも総司は後ろを付いてくるセイが気になって仕方が無い。
付いてきている気配だけを感じて、半分安心をしているが、それでも気になって仕方が無い。
(何ですかねぇ。これくらいの事毎日だったのに、今更神谷さんが無事か常に気になってしまうなんて)
きっとセイ本人にこんな感情を知られたら、『女子扱いしないでださい!』と起こられてしまうだろう。
(あれ?『子ども扱いしないでくださいでしたっけ?』)
総司は首を傾げる。
(そう言えば昨日も…)
「いったーっ!」
「我慢しなさい!」
「我慢できません!」
総司の下で今将に彼自身を受け入れようとしていたが、あまりの痛みに、全身に力を入れ冷や汗を掻くセイは、きっと彼を睨み返した。
彼から逃げ出そうと体を引くセイの肩をがっしり抑え、総司も負けずに睨み返す。
「私は貴方の事が本当に好きだからこうやってがまんしてるんですよ!」
彼は彼だって今更こんな所で逃げられたら辛い。痛かろうが何だろうがここまできたら最後までしたい。でも無理やり貫くのではなくゆっくりとセイに合わせて。そう思って総司は逸る己の本能を必死で抑えていた。
「そうですよ!好きだからこれくらい我慢してやりますよ!ささっとやってくださいっ!」
負けず嫌いなセイの言葉を受け、総司はもう一度先に進める。
「いたたたたたたたたっ!いたいっ!痛いですってばっ!って独り言だから早く進めてくださいっ!」
「独り言が大き過ぎますよっ!何なんですか!神谷さんがまだお子様だから痛いんですかっ!?」
二人とも段々と声が半泣きになり始めていた。
「お子様じゃないですっ!ちゃんとお馬だって来てるし!乳だってありますもん!…ったーっ!…先生のが大きすぎなんじゃないんですかっ!」
「…っ入ったっ……っ何言ってるんですか!女の人は大きい方が嬉しいんじゃないんですかっ!」
「……気持ち…よくない……私だってもっと乳大きかったら先生を喜ばせられるのにっ!」
「…くっ…まだ動かないで…私気持ちいいのに……神谷さん大好きなんだから気持ちよくなってくださいよっ!」
今までセイが気持ちよさそうにしていた場所に触れるが、彼女の眉間の皺は取れないまま。
腰を軽く揺らすが。
「いぁっ!いたっ!」
と悲鳴しか返ってこない。
泣きそうになりながら総司は、もう何度口付けたか知れない、赤く熟れた唇に口付ける。
「私、神谷さんの乳…好きですよ……ここも…ここも…」
「…っはっ……あっ……」
「神谷さん気持ちいい…大好きだからですね…きっと…」
「沖田先生……幸せです…私……」
「何やってるんですか!私っ!」
「沖田先生っ!?」
後ろを付いていた隊士は、突然立ち止まったかと思うと全身を真っ赤に染め町の往来で叫ぶ組長に、慌てて大刀を抜き前に回り込んで身辺を囲む。
条件反射で組長を守るように囲んだが、しかし、周囲から何かが襲ってくる様子は勿論無い。
暫し、周囲を監察したが、何も起こらない様子に、警戒を解くと、彼らは一斉に総司を見た。
総司はと言えば、叫んだ時のまま、手を広げ、口を空けたまま天を仰いでいた。
「沖田先生っ!脅かさないでくださいっ!」
勿論最初に抗議の声を上げるのは、隊の中で一番若年でありながら誰よりも組長に意見できる気概のあるセイ。
「神谷さんっ!」
セイの声に我を取り戻した総司は、セイを見下ろすと、更に顔を真っ赤にして、手を宙に彷徨わせ、何処からどう見ても不審な行動をしてみせる。
「何ですかっ!その意味不明な行動はっ!」
「いえっ!だってっ!神谷さんっ!覚えてないんですかっ!」
最後の言葉尻に危機感を感じたセイは、それ以上総司に喋らせまいと慌てて口を塞ぐ。
突然己の口元に当てられた小さな掌に、総司の心臓はどくんと跳ねた。
そうなると、己を見上げるつぶらな瞳も、叱咤の言葉を吐く紅い唇も、袷の襟元から覗く項も…あれだけ隠せといったのに見えている赤い痣も…、何もかもが昨日の光景と重なって総司を誘惑する。
そうだ。あんな無理やりな抱き方をしたら、そりゃ布団だって血の海になるだろう。どれだけセイに無理をさせてことか。
というか、初心者同士とはいえ、もう少し優しく抱けなかったのか。自分。
何故あんなに喧嘩腰。
ただでさえ女子はしっかりと感じさせないと痛い思いをさせてしまうと散々土方に言われてきたのに。
まさかそんな日が自分に訪れて…しかも…ずっと想い続けて来たセイをまさか自分が……。しかも神谷さん初めてで……大好きって……私に抱かれて幸せって……。
総司の体温が更に上がっていくのを己の掌から感じたセイは、本能からなのか身の危険を感じ、思わず彼から距離を取った。
「神谷?」
今度はセイの不審な行動に、他の隊士たちが彼女に視線を向ける。
それにちくりと痛みを感じた総司は、慌ててセイの手を取ると、歩き始めた。
「ほら。行きますよ!巡察の経路はまだ残ってるんですから!」
と、自分の今までの行動を置いておいて、ずんずんと先に進んでいった。
巡察も終わった後、居ても立っても居られなかった総司はさくさくと土方に報告を終えると、隊士部屋でセイを探すがおらず、必死で彼女が行きそうな場所を探した。
そして、思い至ったのが、朝二人がいた、あの小部屋。
思ったとおり、セイはそこで崩れた布団を片付けていた。
勢いよく入ってきた総司にびくりと体を震わせ目を見開く。が、総司は気にせず、ずかずかと中に入ると、開口一番に彼女を叱咤した。
「神谷さん!今日の巡察の時ずっと動きが変でしたよ。そんなんじゃ急襲された時どうするんですか」
さっきの巡察の時、とっさに総司を護る為に動いた動作は素早かったが、それ以外、街中を歩いている時の彼女は常に何処か動き辛そうに、体を引き摺るように歩いていたのがずっと気になっていたのだ。
「も…申し訳ありません…その………ずっと……が痛いのと…内股の筋肉が…つって…」
「!!」
彼女が示す内容の意味を理解すると、総司は固まってしまう。
「…む…無理させてすみませんでした……」
「…いえ…」
暫くそのまま沈黙するが、やがて、総司はそんな事が言いたかったんじゃないと、顔を上げた。
目の前のセイは萎れた花のようにしょぼんと小さくなっている。
「神谷さん」
もう一度、静かに、少女の名を呼ぶ。
ぴくりと睫が震え、俯いていた瞳が総司を見上げる。
セイの背の高さに合わせ、己を覗き込むように腰を屈めていた総司の顔が思ったよりも近かった事に彼女は驚き、少し身を引いた。
そんな様子に苦笑しながら、総司は頬を緩める。
「神谷さんの嘘つき」
思わぬ言葉を掛けられたセイは瞬く。
「何が嘘つきですか」
「貴方私の事大好きじゃないですか」
自分で言っておきながら、思わず総司は頬を赤らめる。見るとセイも頬を赤くしてこちらを見ていた。
彼女のその表情に、彼はほっと安心した。
これで、ここから先の話も口に出せる。と。
「今朝、貴方に言われたのかなり傷ついたんですよ」
そう言って、総司はぐっと腹に力を溜める。
「『部下が上司の夜伽のお供をすることだってあるじゃないですか。ただそれだけのお話ですよ』って」
何度聞いても嫌な言葉だ。総司自身今口に出しても、心にざっくりと棘の刺さる。
「まるで、貴方は、私の事好きなじゃないのに私に抱かれたみたいで」
「…だからそれは、私が勝手に沖田先生にお願いしたからだと思って」
傷心の表情を見せる総司に、セイは必死に言葉を紡ぎ、弁解する。
「貴方、私が己の欲望の処理の道具として貴方を利用するような人間だと思ってるんですか?」
「違います!そんな訳無いじゃないですか!先生がそういう為に人を利用する筈無いの誰よりもずっとお傍にいたのだから知ってます!」
そこまで言ってセイは悔しそうに唇を噛む。総司の口からでも総司自身の事を悪く言う事が許せないとでも言うように。
「…女子の私を武士として扱ってくださって、男だけの新選組の中で、武士としてだけじゃない女子としてそう言う風にいつ扱われたって本当はおかしくないんです!それなのに何度も操も守ってくださって!」
涙を浮かべ、必死に訴えるセイに、総司は自然と笑みが浮かぶのは仕方が無い。
どんな時でも自分を守ろうとする、総司自身からも守ろうとしてくれるこの目の前の少女に胸が熱くなるのは仕方が無い。
「だったら分かりますよね。貴方に望まれたくらいで私が貴方を抱く事なんて無いって事」
言われた瞬間、セイは今度こそ顔を真っ赤に染め、涙を零した。
「神谷さん、私の事好きですよね?」
それでも、そう問い掛ける総司に、セイは答えない。
それは、今までの総司がそうさせているのだという事は、総司は知らない。彼女がどうして言わないのか知らないけれど、それでも、譲れない。
「だって、神谷さん昨日、『私の方が沖田先生を大好きだ』って言ってましたよ」
その言葉に、セイは目を見開く。
彼女も思い出している。
総司は確信した。
「私は『私の方が神谷さんの事大好きだ』って言いました。…ちゃんと想い合って私たちしたんですよね?」
にへらっと笑って見せると、セイは金魚のようにぱくぱくと口を空いたり閉めたりしながら、全身を真っ赤に染めた。
「先生っ!思い出したんですかっ!?」
「貴方も思い出してたでしょ。あの後すぐにですか?酷いです。本当に巡察中に思い出すまでずっと凹んでたんですから!」
「どうしてっ!だってああ言えば先生傷つかないと思ったのに!」
「…貴方男心分かってませんね…」
「何ですかっ!私は武士です!って…あああああああ!忘れてくださいっ!もう忘れてくださいっ!」
必死にセイは総司の目の前に手を翳しめちゃくちゃに振る。
今の総司が思い出したという事は喧嘩腰に己が迫った事も、自分のあれもこれもそれも全部晒しちゃった事も思い出したということだ。
思っただけで顔から火が出そうなセイは懇願する。
「勿体無いです!忘れません!人の誓いをあっさり破らせてこっちの操まで奪われたんですからっ!」
「それはお互い様ですっ!って男が操くらいでみみっちい事言わないでください!」
「はぁっ!?聞き捨てなりません!貴方、自分が普段男だって言ってるって事は、貴方は操くらい誰にでもほいほいあげげられるんですかっ!」
未だに距離を取るように翳すセイの腕を総司はがっしりと掴む。
「あげられる訳ないじゃないですかっ!好きな人に抱かれたいに決まってるじゃないですか!」
言ってから、セイは「しまった」と口を閉ざすが、後の祭り。
恐る恐る見上げると、茹蛸のように真っ赤になりながらもこれ以上無いくらい緩んだ笑みを見せる総司。
「…どうしましょう。神谷さん」
「…何がでございましょうか?」
「…私これでも不犯の誓い立ててたんですよ」
「…不犯?……不犯っ!?」
「男って一度破ると堪えられないんですね…」
「…すっ!すみませんっ!そんな誓い立てているとは知らずっ!」
にこにこと緩んだ顔のまま見つめる総司に、セイは青褪めながら必死で謝り倒す。
「今すぐ切腹でも致します!もう目の前から消えますからっ!」
「そんなの必要ありません」
「だってっ!」
総司はそれ以上の言葉をセイに紡がせず、布団の上に押し倒した。
今朝と同じ布団の上に。
「え?あ?え?」
セイは顔を真っ赤にして己自身と己の上に圧し掛かる総司を交互に見比べる。
「神谷さん。大好きですよ。神谷さんは?」
「……」
「昨日の方が積極的だったんですけど…またお酒飲みます?」
「!」
セイは必死に首を横に振る。
「じゃあ好きですか?」
今度はセイは必死に首を縦に振る。
「…ちゃんと言葉にして欲しいんですけど…」
「……………好きです……」
小さい声ながらもはっきりと答えたセイに総司はぱぁっと表情を輝かす。
「私ね気付いたんです。何も無かった事にして武士同士として今まで通り神谷さんと一緒にいるよりも、こうやって相愛で一緒にいる方がいいって。だったら不犯の誓い破ってもいいかなって」
どれ程の間その誓いで己を律していたかは分からないが、それでもその総司のその想いの深さは言葉から伝わってくる。それをまさか自分となら破ってもいいなんて思ってもらえるなんてこれ程のセイの心をを満たす言葉も無い。
それでも。
「…私、でも武士として沖田先生をお護りしたいです」
「…抱かれるのは嫌ですか?」
「嫌なはずないじゃないですかっ!…でも…ややができたら……」
セイの言葉に、総司は彼女が何を戸惑っているのかにやっと気付いた。
好きだと言ってくれる。こうやって抱かれてもいいと言ってくれた。けれど、表情は冴えないままだった彼女の心中。
「…その時は私のお嫁さんになりませんか?…それまでは…こうして武士として傍にいて欲しい…そう願うのは我侭ですか…?」
セイは目を見開いて総司を見る。
「……私はお邪魔にはなりませんか……?」
「そんなはずある訳無いじゃないですか。私も覚悟無く、こうやって貴方を押し倒したりはしませんよ」
「……でもそうしたら…私はもう沖田先生を守れない…」
「あなたねぇ…」
何処までも己を守ろうとしてくれるセイに総司は苦笑する。
そうやって彼女が彼の為にいつも気を回す事で、より総司のセイへの愛しさが増すのが分からないのだろうか。だからこそ体も心も全て自分のものにしたいと思うのが。
そこまで総司の身辺を守りたいと言うのなら、いっそ嫌われる事でもしながら傍に仕えていればいいのに。それこそ武士だろう。
ややが出来る不安だって語らないで総司に抱かれ、ややがきたって総司に知らせず子流しする方法だってきっと幾らだってある。
なんて事は総司はもう言えないし、言わせない。そして、そんな可能性に気付かないからこそセイらしい。
「神谷さんがいつかお嫁さんになってくれて私の子ども産んでくれて、いつも家を護ってくれたら私もっと自分も護ろうと思えますよ…って、ああ、あの時の原田さんの気持ちってこんな気持ちなんですね」
いつか言っていた原田の台詞が総司の中に染込む。
セイは未だ完全に納得したようではないが、総司がうっとりと語る事で、自分との未来に夢見てくれているのだと思うと、ずっと強張らせていた体の緊張が解けていた。
「だから、ね」
総司が、もう一度セイに言葉を掛ける。
とっくに理性は擦り切れ、もう引き下がれなくなっていた。
けれど、これだけは。
いざ改めて、言葉にしようとする恥ずかしくて篭ってしまいそうになるが。
「愛し合いましょう」
愛しい少女に向けて想いの丈の全て込めて囁いた。
「今度は気持ちよくさせますから!」
「…ばかっ!」
「だって昨日は貴方も責めてくるし私も男の矜持として負けられないしで、勢いばっかりで私だけ気持ちよいだけだったじゃないですか!」
「知りません!…って、やっ…っ!」
「これでも土方さんにも原田さんにも永倉さんにも…皆に手練手管習ってきたんですよ!今ここで…くっ…使わなくてどうするんですか!」
「っ…何ですかそれ!知りませんよ!使わなくて結構です!…あんっ…普通でいいんですから!」
「はぁっ…神谷さっ……駄目です!土方さんが言ってました!『本気で惚れた女には体で自分じゃなきゃ満足できないんだって染込ませとけ』って!」
「ああっ!……副長!…んんっ……余計な事を!」
「ここっ……っほら!初心者同士なんだからしっかり集中して!」
「……(どうしてこの人に惚れたんだっけ)」
「意識余所へ向けない!私の事だけ考えてください!」
…エンドレス。
お粗末さまでした。
2011.07.10