暗く、光が差し込む事も無く闇の深くなった部屋。
周りには玩具や、菓子などが収納場所に戻る事も無く、所狭しと置かれている。
その中の一角から聞こえてくる寝息ふたつ。
ハクは苦笑すると、そっと寝息を立てるものへと近づく。
おまけ程度に掛けられている布団に包まり、坊と千尋が二人仲良く眠っていた。
布団は千尋が掛けたものなのだろう。既に坊が奪い、千尋は何もかけるもの無く眠っていた。
私が来るのが遅くなる事は分かりきっているはずなのに。
そう思い、笑みを零す。
坊の布団を掛け直し、千尋もそのままでは風邪を引くと思い、ハクは手探りで布団を探す。
女部屋まで連れて行っても構わないが、その為に彼女を一旦起こすのは可哀想だろうと躊躇われた。
彼は予備の布団を見つけると、そっと千尋にかけてやる。
良い夢でも見ているのだろうか。
とても穏やかな寝顔を彼女は見せる。
こんな安らかで柔らかな時間は、心もこんなにも穏やかになるというのに。
優しい心で、愛しいという心で満たされるというのに。
彼女が起きていて、自分自身を見つめているというだけで、どうしてあんなにも心激しく揺れるのだろうか。
穏やかに広げていた水の波紋が、突然激しくなる。
一定の緩やかなリズムを作る振り子が速くなる。
そんな自分の変化についていけず。
持て余す感情を彼女にぶつけてしまう。
彼女をこんなにも愛しいと思うのに。
感情と行動は裏腹。
ハクは己自身を恥じ、俯くと、千尋の腕に目を止める。
暗い部屋の中でも赤く腫れているのが見て取れる。
ハクがつけた傷。
ハクが千尋を傷つけてしまったという証。
罪悪感は決して拭えない。
自分が犯した罪を、決して彼自身許す事はできない。
千尋を傷つけるのは、ハク自身であっても許す事はできない。
「・・・・ごめんね・・・・」
なんて意気地の無い自分がいるのだろうとハクは胸を痛める。
面と向かって言えば、きっとまた彼女を傷つけてしまう気がする。
だから彼女が眠っている間に囁くのだ。
狡い自分。
どうして逃げるようになってしまったのだろう。
こんなにも彼女を愛しいと感じているのに。
彼女に側にいて欲しいと望んでいるのに。
己の側で。
笑顔で。
穏やかに。
それは少し前のふたりの関係。
時間を見つけては逢瀬を重ね。
目が合う事あうことだけで喜びを感じていた。
会話を交わすことで、安らぎを感じていた。
触れることだけで、幸せを感じていた。
それだけを、望んでいるのに。
その心は、今も変わらないのに。
変わってしまったのは、私?
そなた?
千尋の髪を一房掬い、梳く。
触れるだけで愛しさが増す。
胸が熱くなる。
こんなにもーーーー。
こんなにもーーーー。
伸びてゆく背。
大人びてゆく体つき。表情。
ほんの少し前まで、彼より小さく、幼く、無邪気な表情を見せた。
柔らかな頬。
温かい手。
不変な私。
変わってゆくもの。
変わらないもの。
変わっていないと思っていたものが、どんどん変わっていく。
不変なものなど何も無い。
では私は変わったのか?
千尋は変わったのか?
だから、こんなにもーーーーーー。
「ん・・・・むぅ・・?」
千尋はまどろみの中にいるのだろう。ハクの存在に気がついたのか、少し目を開けると笑顔を見せる。
「ハクぅ・・・・?・・・・・」
目をこすり、起きようとするが睡魔の誘いにはかなわず、再び目を閉じる。
その夢に入る、ほんのまたたきの間。
「・・・・ごめんね・・・・」
それだけを呟くと、彼女は整えられた呼吸を繰り返し。眠りにつく。
心が一瞬、空になる。
眠る千尋に影ができる。
まるで嵐のようだ。
心の中に嵐が起きているようだ。
全ての非は自分にあるのに。
少女に罪は何一つとしてないのに。
許す少女。
許される少年。
心はそれぞれ別のものなのに。
千尋は千尋であり。
ハクはハクであるのに。
何故こんなにも懐かしい。
こんなにも。
こんなにも。
こんなにも。
--------恋しくて。
愛しい。
2003.06.13