はなれる1

触れることで、相手に好意があることを感じることができる。
触れることで、触れても良い自分がいるのだと確認する事ができる。
触れることで、言葉よりも体温で相手の心が直接伝わってくるような気がする。
だから、いつも温かい。

では、私の心は。

彼の人に、伝わってしまっているのだろうか。

ハクは帳場で机に向かうと、固まったまま全く動かなかった。
石のように、じっと座ったまま。
ただ地蔵のように、その場で眉一つ動かすことなく、固まり続ける。
兄役、父役が来ては、ハクの姿を見、声をかけるが微動さえしない。
結局最後には諦めるしかなく、ハクを残し、湯屋の営業は始まった。

思考がまともに働かない。
何一つ答えが纏まらない。
感情だけが暴走し、身体だけが空回りする。
もっと千尋を大切にしたいと願うだけなのに。
もっと千尋を幸せにしたいと願うだけなのに。
心と身体と持て余す感情は、ばらばらな行動を取るばかり。
こんな自分があっていいはずがない。
こんな自分であっていいはずがない。
今の自分は、自分ではないようだ。
千尋と出会ってから。
ハクの心は落ち着くことなく、常に揺らぎ、波紋を作る。
彼女に出会わなければ、今もーーーーーーー。
そこで、思考を強制的に遮断する。
それだけは考えてはいけないことだ。
それだけは決して考えたくないし、想像もしたくないことなのだ。
千尋がいなければ、千尋に出会わなければ、今のハクはなかったのだ。
おそらく、この世界に存在さえもしていなかっただろう。
それほどまでに、千尋をーーーーーー愛しいと感じる。
今はただ感情が不安定になっているのだ。
だからこんな想像もしたくない、悪い事ばかり思い浮かべてしまう。

ハクは、机に顔を伏せると、深く息を吐いた。