「…私に……近付いちゃ駄目です。本当に自分でも…本当にもう、危ないです!本当に自分でも分らなくなる程意識飛んでっちゃうし…」
わたわたと言葉にする事で自分自身も心の整理をつけている様に呟く総司。けれど話せば話すほど欲望と理性が拮抗するのだろう、語尾は段々と力を無くし、擦れていく。
心も通じたばかりで。
それですぐ体を繋げようとするなんて、きっと彼女は嫌悪するだろう。
もっと触れてから。
もっと時間をかけて。
ゆっくりと彼女が自分を受け入れてくれてから。
そう思う一方で。
どうしようもなくセイが欲しい。
彼女を見るだけで、どうしようもない程心がざわつき、全身が熱くなるのを感じた総司は、そんな己を叱咤する。
「違うんです!嫌じゃないんです!近付くななんて言わないで下さい!」
「嫌じゃないんですか…?」
己の言葉を否定するセイに、総司は目を見開き、そして問い返した。
彼の言葉に、今度はセイが動揺する。
じっと見つめる総司の瞳からセイは視線を逸らし、顔を赤くして俯く。
「…嬉しいです…」
何度も何度も深呼吸を繰り返し、セイがどうにかそれだけを言葉にして紡ぎ出すと、総司の表情に明るさが戻ってくる。
「…じゃあ…」
「でも今日は駄目です!絶対駄目です!お馬なんですから!」
じりっと一歩彼女に迫る総司に、セイは身を引いて、反射的に胸の前で腕を組み、防御する。
「お馬の時ってしちゃ駄目なんですか…?「」
「!?」
セイは何も言えず、息を飲む。総司は真剣にそれを疑問に思っているようで、きょとんとして首を傾げる。
「お馬って長いんですか?それまで皆しないものなんですか?」
「~~~!?」
普通の男子なら女子に直接聞くことの無いだろう質問を次から次へと問われ、セイは顔を真っ赤にする。
野暮天を相手にすると常識は通用しない。
セイは答えられず、涙目になりながら、羞恥心一杯で声にならない悲鳴を上げる。
「神谷さん…」
「お馬は七日あるものなんです!だからその間は駄目です!…して…いいかどうかなんて知りませんけど、---ぜーーったいに私はヤです!!」
野暮天には今しっかり答えないと、きっと彼はこれからもセイに問い続けるだろう。
そして、曖昧な答えを返したら、きっと彼は--する。気がする。
今と未来の自分に身の危険を感じたセイは、ここに溜まる羞恥心も一気に吐き出すように捲くし立てて喋りきった。
息切れをする程に。
そうして見上げると、悲しそうに彼女を見つめる視線と目が合う。
今の言葉を撤回して一瞬流されそうになってしまうが。
「……もし…したら…嫌いになっちゃいますから……」
最後の彼女の懇願。
涙を浮かべ、頬を上気させ、上目遣いで訴えるセイに総司は己の頬も染めた。
再び拮抗する欲望と理性に頭がくらくらするのを感じる。
今までに持った事の無い感情と、抑えてきた欲求が一度に激流となって襲い掛かり、長年積み重ねてきた理性と言う防波堤を今にも突破しようとする。
自分はこういった事には淡白で。
その前にこんな感情を持つ事は一生無いと思っていただけに。
このとてつもない感情を全て塞き止められる程の余力を残していなかった。
欲しくて、大切にしたくて、自分の傍にいて欲しくて、彼女にも自分を欲して欲しい。
そう思うと、目の前にいる少女が自分を受け入れ、求める姿が思い浮かび、血が沸騰するようだった。
それでも彼を未だ抑えるのは、セイを大切にする心。
周りの男たちは皆、今までこんな葛藤を抱いてきたのかと思うと尊敬してしまう。
セイはそんな彼の葛藤に気付く事も無く、ただ赤くなったり、蒼くなったりする総司を心配そうに見上げる。
「…あの…先生…?」
「はい?」
総司は懸命に微笑んで見せるが、その表情はぎこちない。
「…あの…そ……いつか…いつかは、その…だから……」
セイは俯き、しどろもどろ言葉発するが、何を言いたいのか分らない。
ただただ赤くなり、涙を浮かべ、総司を見上げては俯くを繰り返す。
何を伝えたいのかは分らないが、そこには一生懸命彼の想いに答えようとしているのが分った。
そう思うと、総司の中に嬉しさがこみ上げてくる。
それと同時に、己の内にあった欲が形を変えて行くのが分った。
ただ、体を繋ぐ。
肉体的な欲求が前面に出た欲ではなく、彼女自身そのまま全てを望む欲。
男だから、人間だから、体を望むのは仕方の無いものなのかもしれないけれど。
こんな気持ちで彼女の全てを自分のものにしたいと望む自分はとても幸せだと思った。
次々に起こる感情の変化に、総司自身でも動揺するけれど、その先にあるものは変わらない。
きっとこれからも彼女を汚すような肉欲が優先するような感情が生まれたり、彼女の心そのものを愛しく思う潔癖で穢れの無い感情が生まれ、拮抗し苛むこともあるだろう。
けれど、それさえも与えてくれるのがセイだと思えば幸せに思える。
あんなにも拒否していた、回避してきた感情さえも、受け入れられる。
そんな自分の傍にこれからも彼女がいてくれると言うのなら、それだけで、自分は誰よりも何よりも幸せだと感じた。
「神谷さん。…触れてもいいですか…?」
未だ言葉を声に出せず、間誤付いている少女に落ち着いた声で、総司は問いかける。
セイは驚いて彼を見上げるが、その表情に、総司は苦笑する。
「そんな顔しないで下さい。…しませんから。おいで」
戸惑いながらも、先程とは違う、総司の瞳の奥に宿る、激しい熱情ではなく穏やかな熱に惹かれるように、セイは彼の腕の中に納まる。
ふわりと舞うように己の懐に入ってくるその重みに、総司は安堵にも似た溜息を零す。
「…先生……あの…いつか…」
「いつか貴方が私に、貴方の全てを触れてもいいと思ったら貰います。その時まで待ちますから」
セイが何を言おうとしたのか、分ってくれていた彼の言葉に、彼女は瞳を大きく開くと、嬉しそうに笑う。
「だから」
「?」
続く言葉に、セイは首を傾げると、その彼女の桃色の唇に、総司は人差し指を当てる。
「ここには触れてもいいですか?」
その問いに、セイはぼっと頬を赤く染めた。
「私も一応男ですからね。色々辛いんですよ。だから、今日みたいに暴走しない為に、こうやって触れる事と、ここに触れることだけ許してください」
総司が笑みを浮かべると、セイは益々顔を赤くする。彼の言葉に何を思っているのか、少女の瞳には戸惑いが揺れていた。
「駄目ですか?」
少し寂しげにもう一度問うと、セイは首を痛めるのではないかと思うくらい激しく大きく首を横に振った。
「…先生…」
「はい?」
「…沖田先生…」
「はい」
何度も何度も、自分の傍に自分と同じ恋情を抱いて傍にいてくれるのかを確認するように総司の名を呼ぶセイ。
総司は己の名を呼ぶ可愛らしい声ひとつひとつに愛情を込めて返事を返す。
セイ自身でも気付かない程傷だらけになっていたセイの中に総司の想いが少しずつ、甘く温かく溶け込んでゆく。
ゆっくりと痛みを相愛の甘さに変えて満たしてゆく。
「大好きです」
安堵したようにほにゃりと顔を綻ばせて告げられるセイの言葉に総司は嬉しそうに笑う。
「私は愛してますよ」
勇気を振り絞って告げた告白に返された返答にセイはまたぼっと頬を染めた。
そんな彼女を愛しそうに。
大切そうに。
そっと接吻した。
「沖田先生、あの女子と恋仲じゃなかったらしいぞ」
「え?どういうことだよ」
「この間の捕り物あっただろう?あの時に隊士の妹御に相手を油断させる為に協力をしてもらってただけらしいぞ」
「そうだよな。沖田先生にはもう神谷がいるもんな」
「ここ最近前に増して仲いいしな」
「いいよなー」
噂は止め処なく、今日も変化し続ける。
2010.12.25