12.無邪気な寝顔

太陽が天頂に昇り大地をジリジリと焼く午後の温い風が吹く時間を経て、太陽が傾き始め、温められた風が本来の冷涼さを取り戻す頃、セイは総司を探して屯所内を歩いていた。
仕事が一段落着き、夕餉の準備までの空いた時間、彼に稽古を付けて貰おうと思っていたのだ。
一番隊の隊士部屋を覗き、局長室を通り抜け、セイは屯所の端にある空き部屋を見つけた。
太陽の日差しとは全く逆の北向きの部屋だったが、この暑い日にも日差しが差し込まず、障子を開けると、程好い冷風が流れ込んでくる。涼を取るには絶好の場所。そして誰も知らない穴場だった。
セイは静かに障子を開けると、中を覗き込む。
いた。
そこには畳の上に大の字になり、昼寝を楽しむ総司の姿があった。
「沖田先生・・・何も掛けないで寝てる。いっつも何掛けて下さいって言ってるのに。お腹冷やしても知りませんよ」
そう言って、セイは静かに部屋に入り、戸を閉めると、躊躇した様子無く、総司の前を通り過ぎ、奥の押入れの取っ手に手を掛ける。そこを開けると中には既に用意されていた毛布を取り出す。ここが穴場と知ってから、既に何度か同じ事を楽しんでおり、セイが用意しておいた物だ。
セイは取り出した毛布を総司の腹に掛けてやると、自分も隣に座り込む。
「幸せそうに眠ってるなー。どんな夢見てるんだろ。・・・私が今こうやってる事で、どきどきしてるなんて少しも気付いてないんだろうな」
彼の中で、彼にとって、自分はどんな存在なのだろう。
夢に現れるような存在だろうか。
「・・・どうせ局長か副長の夢でも見てるんだろうな・・・」
こんなにも幸せそうな顔をして眠っているのだから。
そう思うと、寂しくて、悔しくて、彼の頬に触れると、つい軽く抓ってみる。
そうする事で、胸にあるずくずくとした痛みが薄らぐのを感じた。けれど抓られた本人は目覚める事は無い。
それがまた悔しくて、むーっと頬を膨らます。
「沖田先生のばーか」
更に彼の頬をびょーんと伸ばしてみる。
普段何気無く触れているくせに、彼が眠っている時に、いざ改めて彼に触れようとすると妙な気恥ずかしさが生まれてくる。
ふっと頬が動いた気がして、セイは慌てて伸ばした手を引いた。
どきどきどき。
心臓の音がやたら煩く耳に響く。
彼が目を覚まさないままでいる事を感じると、彼の顔を上から覗き込む。
こんなにも泣きたいほど。
今、こうしているだけで幸せを感じるほど。
「・・・・・・・・大好きです・・・・・・・・・」
掠れる程小さな声で呟くと、セイはばっと身を引き、恥ずかしさと胸の高鳴りを誤魔化すように、勢い良く総司の隣に横になる。
「お休みなさいっ!」
それだけを言うと、目を強く瞑り、眠ることだけに集中した。

目を開けるとぼんやりとした風景が目に入る。
視界にあるのは見慣れない天井。
ここは何処だろうかと暫しまだ浅く眠る思考回路を動かし考え込むと、自分が涼を求めて隠れた穴場の部屋に来ていた事を思い出す。
障子の向こうから流れてくる風は、彼が眠りに就いた時よりも幾分冷たくなっており、肩を冷やした。
元々太陽の光の入らない部屋だったが、今は室内の物を識別するのも難しい程暗い。
どれ程の間眠ってしまっていたのだろうか。
現実にようやく戻ってきた思考回路で、総司は周囲に手掛かりになるものはないかと、半ば無意識の内に手で探る。
そうして、ふと横にあった大きくて暖かいものに触れ、総司はびくっと肩を震わせた。
「かっ・・・神谷さん・・・」
横ですやすやと眠る人物が己の良く知る人間だと分かると、ほっと安堵の息を漏らす。
そして己の腹の上にある、もう一つの暖かい温もりが毛布だったのだと分かった瞬間、総司は合点が行った。
「神谷さんが掛けてくれたんですね」
くすりと笑みを浮かべ、己の腹の上に掛けられていた毛布を彼女の肩に掛けてやる。
「私だけに掛けて。あなたが風邪を引いたらどうするんですか」
少しの怒りを込めて。けれど、自分より他人を優先する彼女の性格を改めて噛み締める事で、彼女の優しさに愛しさを込めて。
額に触れると、さらりと細い糸のような黒髪が流れる。
「・・・可愛いなぁ・・・」
胸に溢れる温かいものにくすぐったさを感じ。総司はくすくすと笑う。
「無邪気に眠って・・・。ここは屯所ですよ?私だって男ですよ?分かってますか?」
彼女が起きないよう小声で問いかける。勿論セイの耳には届かず、安らかな寝息を立てて眠り続けていた。
総司の指が彼女の額から頬をなぞってゆく。
触れたいと思うが為、無意識に行った行為に厭らしさを感じ、総司はぱっと手を離す。
どくどくと激しく血流が全身を駆け巡るのを感じた。
「んっ・・・」
セイが唸ると、総司の心臓は更にびくんと大きく跳ねるが、彼女が寝返りを打つ事で、彼から背を向ける形になる事に若干の苛立ちを感じた。
「どうしてこっちを見ないで、そちらを向くんですか」
何故そんな事で苛立ちを感じるのかも分からないまま、総司はセイの肩を掴むと、自分の方へと体を傾かせる。
彼女が抵抗無しに自分の方を向いて眠る姿に満足感を得、またにこにこと満面の笑みを浮かべる。
寝返りを打つ事で落とした毛布を掛け直してやると、彼女の首を持ち上げ、己の膝に乗せる。触れる肩から、手から、とくんとくんと心地良い心音が聞えてくる。総司はそのまま上体を傾け、彼女の額に己の額を乗せる。頬に触れそうな程近い、唇からもれる微かな息。それがくすぐったくて、胸が無性に熱くなって、甘い衝動が湧き出す。
そのまま彼女の柔らかな頬に唇を触れさせると、肩から包み込むように、きつく、セイを抱き込む。
総司の唇が僅かに震えた。
「うん・・・」
きつく抱き締め過ぎた事によって、セイが苦しそうに小さく唸ると、総司は苦笑して上体を戻す。そうして、膝に彼女の頭を乗せ直すと、また揺れる髪に触れた。
「本当にもう・・・。私以外の人と二人きりになるなんて許しませんからね。駄目ですよ。斉藤さんだってダメです。聞いてますか?」
ついと出るのは、子ども染みた独占欲。けれどそれは確かに総司の中に存在している感情であって、自分の傍で余りにも無防備に安心して眠る少女への皮肉。
「起きたら一杯抱き締めさせて下さいね」
眠っているあなたじゃ物足りないから。
その澄んだ瞳で私を見詰めて。
恥じらいながらでもいい。
『沖田先生』と呼んで。
想いに応えて。
私を抱き締めて下さい。

2011.01.10