13.不器用な想い1

「天誅!」
人通りの多い大きな通りで、突如上がった怒声にセイは振り返った。
白刃が風邪の抵抗を受け、唸り、空を切り裂く。
響くのは悲鳴。
花のように紅く舞い散る血。
活気と行き交う人の波で、気温以上に温められた熱気は、一気にして凍り付き、衆人は身震いをする。
後に残るのは、残骸。
元は生命であったもの。
遠巻きに人々はそれらを見つめていた。

新選組屯所は騒然としていた。
ある者は屯所内を駆け抜け、局長の部屋へと向かい、ある者は大量の医療器具を棚から持ち出す。
そして屯所内の殆どの者は門前に集まり、入ってきた仲間を囲むようにして迎えた。

神谷が切られた。

それが町で商人のふりをして情報収集をしていた監察からもたらされた第一報だった。
神谷清三郎を知らない者は新撰組の中には殆どいないだろう。その人物は古参の隊士であると共に彼の人となりが自然と人の目を集める。女子のような繊細な容姿と共に、憎めない意気の良さと優しさ、そして器量のよさに良しとするか否とするかは様々だが、どんな形であれ、一度は惹き付けられる--彼はそんな人間だった。
その彼が斬られたと伝えられた時、隊士たちを震撼させた。
土方が采配をし、いつものように浪士との斬り合いの事後処理の為に必要な人数を出すと、後の者は彼の元へ向かう事を許されなかった。
今までに無い位不穏な空気が屯所中に流れ続いた数刻後、清三郎は屯所に帰営した。
全身を赤黒く、血で染めて---。
彼を見た者は皆凍りついた。
べっとりと染み付いて乾いた血の色、鼻を突く独特の鉄が錆びた様な臭い。そんなものは日頃から慣れているはずの隊士でも、清三郎の姿を直視する事が出来ず、皆、思わず目を背けてしまった。
「只今戻りました」
彼は高らかに、いつもと変わらない様子で声を上げた。
---そう、清三郎は生きていた。
彼が羽織る、白と深緑の着流し、そして紺の袴を上半身から全て赫く染めて。
どうしたらこれだけの血で全身を染められるのだろうかと言う程、彼の着物は血で染まり、どす黒く乾き始めている色の濃さが、重量感を感じさせる。
端正な容姿を血で汚す彼が見せるのはまるで歪んだ歪んだ世界を見せられているような気分にさせる。そしてそこはかとない寒気を感じさせる、爽やかな笑顔。
集まった隊士の中には思わず後退りする者もいたのだろう。ずりっと草鞋が土を擦る音が聞こえた。
「神谷さん!」
総司は清三郎の姿を見止めると、一目散に走りより、彼の安否を確認する為、全身を見つめた。
「怪我はっ!?何所かに傷は負ってませんか!?」
全身を血で染める彼の姿に、見慣れているはずの血に悪寒が走ったのか青褪めると、総司は今にも襲い掛かるのではと言う程強く清三郎の肩を掴み、必死の形相で食い入る様に彼の顔をそして全身をくまなく調べた。
「傷はありません」
清三郎はそれだけを答え、口を閉じる。
ではこの夥しい血は何処から。問おうと喉から声を出す為に息を吸い込むと同時に、総司の背後から声が上がる。
「神谷!そこで何をしている!さっさと報告に来い!」
総司が振り返るとそこには土方が腕組みをしてこちらをじっと睨み付けていた。
「申し訳ありません」
そう言って総司の腕から逃れ、土方の元へ歩き出そうとする清三郎の腕を総司は行くなと静止するように再度掴む。
「先生?」
清三郎が僅かに首を傾げる。しかし、総司は放そうとはしない。
彼らの様子を離れた所から見ていた土方は訝しんで眉間に皺を寄せる。
「総司!お前は今必要ない!神谷!さっさと来い!」
清三郎の腕を掴んだまま俯く総司は僅かに肩を震わせたが、清三郎はそれに気付くことはなく、総司の掴んだままの手に触れる。あっさりと己の腕から彼の手が離れるた事に安堵の息を漏らすと、そのまま土方の前へ走っていった。
総司はその間微動だにしなかった。
清三郎によって外された彼の手が空を掴み、見る者に虚しさを感じさせた。