はなれる7

暗く、光が差し込む事も無く闇の深くなった部屋。
周りには玩具や、菓子などが収納場所に戻る事も無く、所狭しと置かれている。
その中の一角から聞こえてくる寝息ふたつ。
ハクは苦笑すると、そっと寝息を立てるものへと近づく。
おまけ程度に掛けられている布団に包まり、坊と千尋が二人仲良く眠っていた。
布団は千尋が掛けたものなのだろう。既に坊が奪い、千尋は何もかけるもの無く眠っていた。
私が来るのが遅くなる事は分かりきっているはずなのに。
そう思い、笑みを零す。
坊の布団を掛け直し、千尋もそのままでは風邪を引くと思い、ハクは手探りで布団を探す。
女部屋まで連れて行っても構わないが、その為に彼女を一旦起こすのは可哀想だろうと躊躇われた。
彼は予備の布団を見つけると、そっと千尋にかけてやる。
良い夢でも見ているのだろうか。
とても穏やかな寝顔を彼女は見せる。
こんな安らかで柔らかな時間は、心もこんなにも穏やかになるというのに。
優しい心で、愛しいという心で満たされるというのに。
彼女が起きていて、自分自身を見つめているというだけで、どうしてあんなにも心激しく揺れるのだろうか。
穏やかに広げていた水の波紋が、突然激しくなる。
一定の緩やかなリズムを作る振り子が速くなる。
そんな自分の変化についていけず。
持て余す感情を彼女にぶつけてしまう。
彼女をこんなにも愛しいと思うのに。
感情と行動は裏腹。
ハクは己自身を恥じ、俯くと、千尋の腕に目を止める。
暗い部屋の中でも赤く腫れているのが見て取れる。
ハクがつけた傷。
ハクが千尋を傷つけてしまったという証。
罪悪感は決して拭えない。
自分が犯した罪を、決して彼自身許す事はできない。
千尋を傷つけるのは、ハク自身であっても許す事はできない。
「・・・・ごめんね・・・・」
なんて意気地の無い自分がいるのだろうとハクは胸を痛める。
面と向かって言えば、きっとまた彼女を傷つけてしまう気がする。
だから彼女が眠っている間に囁くのだ。
狡い自分。
どうして逃げるようになってしまったのだろう。
こんなにも彼女を愛しいと感じているのに。
彼女に側にいて欲しいと望んでいるのに。
己の側で。
笑顔で。
穏やかに。
それは少し前のふたりの関係。
時間を見つけては逢瀬を重ね。
目が合う事あうことだけで喜びを感じていた。
会話を交わすことで、安らぎを感じていた。
触れることだけで、幸せを感じていた。
それだけを、望んでいるのに。
その心は、今も変わらないのに。
変わってしまったのは、私?
そなた?

千尋の髪を一房掬い、梳く。
触れるだけで愛しさが増す。
胸が熱くなる。
こんなにもーーーー。
こんなにもーーーー。

伸びてゆく背。
大人びてゆく体つき。表情。
ほんの少し前まで、彼より小さく、幼く、無邪気な表情を見せた。
柔らかな頬。
温かい手。

不変な私。

変わってゆくもの。
変わらないもの。
変わっていないと思っていたものが、どんどん変わっていく。
不変なものなど何も無い。

では私は変わったのか?
千尋は変わったのか?

だから、こんなにもーーーーーー。

「ん・・・・むぅ・・?」
千尋はまどろみの中にいるのだろう。ハクの存在に気がついたのか、少し目を開けると笑顔を見せる。
「ハクぅ・・・・?・・・・・」
目をこすり、起きようとするが睡魔の誘いにはかなわず、再び目を閉じる。
その夢に入る、ほんのまたたきの間。
「・・・・ごめんね・・・・」
それだけを呟くと、彼女は整えられた呼吸を繰り返し。眠りにつく。

心が一瞬、空になる。

眠る千尋に影ができる。

まるで嵐のようだ。
心の中に嵐が起きているようだ。
全ての非は自分にあるのに。
少女に罪は何一つとしてないのに。

許す少女。
許される少年。

心はそれぞれ別のものなのに。
千尋は千尋であり。
ハクはハクであるのに。
何故こんなにも懐かしい。

こんなにも。

こんなにも。

こんなにも。

--------恋しくて。

愛しい。

2003.06.13