穏やかな波紋。
柔らかな微熱。
心にあるのは千尋。
こんなにも恋しくて。
こんなにも愛しい。
己の中の恋愛感情に今まで全く気づかなかった自分に苦笑する。
彼女を既に異性として愛しさを感じていたくせに。
あんなにも身体は思うままに動いていたくせに。
感情はこんなにも満ち溢れていたくせに。
少しも気づかずにいたなんて。
醒めた今の自分に喜びを感じる。
この気持が恋だと知った途端。
千尋がもっと愛しく感じる。
どこまでも果ての無い愛情に、ハクは笑みを零す。
千尋。
この想いを伝えた時、彼女はどんな表情を彼に見せてくれるのか。
ふとハクの思考が止まる。
浮遊していた視界が現実に引き戻され、己の今いる場所が自室である事を認識する。
彼が彼自身の千尋に対する感情に気づいてから、ここ数日は心は不思議な浮遊感で一杯だった。
満たされて、満たされて続けて、椀に満ちた水が溢れ零れるように、感情の全てが千尋への愛情へと注ぎ込まれて、その事実への喜びで満ち溢れていた。
しかし、突然彼の心の中に疑問がよぎり、満ち溢れる感情の流れを停止させると、あごに手をかけ、考え込む。
私は。
千尋を愛しいと思っている。
では。
柔らかく穏やかに幸せに高鳴り続けていた鼓動と喜びの感情が固まる。
千尋は?
ほんの数年前までは、何かある度に「好き」という言葉を告げられていた。
千尋が喜んでくれることをしてあげれば。千尋が好きなことをしてあげれば。
無邪気に満面の笑みを見せ、「ハク、大好き」と言ってくれた。
しかし最近になって全く聞かなくなってしまったが。
ついこの間、千尋の様子がおかしく、あまりにも己を嫌厭しているように思えるような行動ばかりが気になって、嫌われてしまったのかと思い、問いにしてみたら、「好き」だと答えられた。
恥らうように頬を染め、呼吸もやっとのことで。
何をそんなに恥らう事があるのか。戸惑う事があるのか。
『好き』だと伝える。それだけで。
彼女の感情の変化に時折読み取る事ができない自分がいるが。
ただその仕草があまりにも愛しく、嬉しかったため、彼女の肩を抱き寄せた。
嫌われてはいない。好かれている。
それを思うだけで胸が熱くなる。
では彼女は、どのように自分のことを好きなのだろう。
どう思って自分を見てくれているのだろう。
彼女の瞳に彼の姿はどう映っているのだろう。
焦燥感が胸に湧き上がる。
早くこの気持を伝えなければと急かす自分と、千尋に思いを告げた、その後の自分たちの関係に脅える自分がいる。
何故こんなにも焦る自分がいるのか、何故こんなにも千尋の気持を確かめたいと願う自分がいるのか、理由は分からない。
千尋は己のことを「好き」だと答えてくれたのだ。己は何よりも千尋が愛しいのだ。互いに想いは通じてるではないか。
それ以上に何を望むというのだろうか。
ただ、千尋に対してだけの想いであり、願いであり、望みである事は自覚している。
心は今だ千尋に関わる事だけは自分で制御しきる事ができない。
それでも。
愛したいという気持は膨らんでゆく。
もっと。
もっと。
この想いを告げた時。
千尋は笑顔を見せてくれるのだろうか。
私を愛しいと答えてくれるのだろうか。