成長5

あの頃に、他人と交わることで己がこんなにも揺られるなんて思いもしなかった。
私が変わるなんて思いもしなかった。
変わることを不快で、愚かな事だと信じていた。
あの頃に戻りたい。
そうは思わないけれど。
あの頃の私があって、何かが積み重なって、今の私がある。
今の私でなければ、それは私ではないから。
今を否定することはしない。
そなたが今の私がいいと言ってくれるのなら。
その一言で私は救われる。

「・・ご機嫌だなぁ・・ハク様よぉ・・」
廊下を歩いていたハクに声がかかる。
声の主は、賄いを手に持っていたリンだった。
これから可愛い妹分と一緒に食事を取るのだろう。漬物を添えたご飯を両手に二つ持っていた。
「何だ。リンか」
「千でなくてわるーございましたね」
「誰もそんなことを言っていないだろう」
ハクはリンの皮肉を、自分と千尋は何の関わりも無いとでも言うかのようにあっさりとかわす。
リンは自分の嫌味をあっさりかわした上司をじっと見つめると、ぼそっと呟いた。
「やっぱり体が成長しないと、心も成長しないもんなのかねぇ・・・」
「・・・どういう意味だ?」
意図の掴めない言葉に、ハクは眉間に皺を寄せる。
「いーえ。ハク様もまだまだ子どもなんですねってことっすよ」
リンは声のトーンを戻し、それだけを言い放つと、その場から去っていった。
彼女の帰りを待つ、不憫な妹分の元へ。
後には、訳の分からないまま残された、鈍い上司だけがただ立ち尽くしていた。

2002.05.21