背くらべ1

面白くない。
何が面白くない?どうして面白くない?
その理由は自分にも分からない。
ただ最近、とても苛立つのだ。
自分がとても嫌になる。
元々好きでも嫌いでもなかったが、最近の自分はとても嫌いだ。

どうしてなのか?
理由が分からないから、また余計に苛立つ。

「・・・ハク・・様・・」
父役がびくびくしながら、そっとハクに声をかける。
まるで腫れ物を扱うかのように、彼の様子を見ながら、怯えながら、おずおずと。
「何だ。さっさと用件を言え」
そんな軟弱な態度が、ハクにとってはまた苛立ちの原因となり、返答する語調もつい強くなってしまう。
「はっ・・はぃ・・・ぁのぅ・・」
背中に物差しでも入れられたかのようにぴんっと背筋を伸ばし、冷や汗を流しながら、少しでも突いたら割れてしまうのではないかいう位硬い緊張を張り巡らせたまま、父役はハクに用件を伝える。
報告を受けながら、ハクは心の中で深い溜息をついた。

苛立っている。

仕事での立場上、従業員にどうしても厳しく言わなくてはならない場面も多く、仕方無しに、言動を語調を強くすることもあるのだが、そういうことではない。
今は、時期的にも、客数が安定し始め、忙しさに追われることも無く、むしろ従業員たちが息をつける時期に入っている。
忙しさに張り詰めていた油屋全体の空気が和らぐ時期に入っているのだ。
では何故。
分かっている。
ハクは自覚していた。
ただ自分の感情を持て余し、それを他人にぶつけているのだ。
元々、無表情で何一つ手を抜くこと無く、確実に仕事をこなし、従業員にも容赦がないため、そんな彼が恐れられていることは彼自身でも自覚はしている。しかし、ここ最近、自分の姿を見て、怯える者の数が多くなっているのは明らかだった。
仕事で注意を受けるという怯え方では無い。
ハクという、彼個人に怯えているのだ。
勿論それでいいはずが無いのは分かっている。
ましてや、仕事に私情を持ち込むことなどあってはならない。
分かっているのだ。
頭では分かってはいるのだ。
しかし、彼は自分の持て余す感情が何処から来るものなのか。何であるのか。
全く見当がつかなかった。
故に自分でも対処のしようが無かったのだ。
原因があれば彼だって何らかの対処はしよう。
けれど全く分からないのだ。
湧き上がる感情を、胸の内で抑えることができないのだ。

検討もつかなければ、こんな自分も初めてで、彼自身、自分に手の施しようが無い。

そんな至らない自分がまた余計に苛立ち、
彼はまた自分を嫌になってしまうのだった。