「ねぇねぇ。お母さん。お嫁さんになるってどういうこと?」
千尋はふと首を傾げながら、子供らしい大きな円らな瞳をくりくりと輝かせて問いかけた。
「お嫁さんになるって言う事は、好きな人とずっと一緒にいるって事よ」
無邪気な子供の問い掛けに、微笑ましく思いながら祐子は笑って答える。
「お母さんもお父さんのお嫁さんだよね」
「そうよ。お父さんが好きだったから、ずっと一緒にいたいって思ったからお嫁さんになったの」
幼い子どもには理解するのが難しいのか、祐子の答え一つ一つに千尋は不思議そうな表情を見せる。
「お父さんが好きで、ずっと一緒にいたいって思ったらお嫁さんなの?」
「・・少し違うわね。お父さんが好きで、ずっと一緒にいたいと思っても、お父さんもそう思わなきゃお嫁さんにはなれないわ。二人がお互いを好きで、一緒にいたいって思ってて、お母さんはお父さんと一緒にいると幸せで、お父さんも幸せにしてあげたいって思ったからお嫁さんになったの」
段々と深くなる内容に祐子自身己の過去を話す事、娘と恋話をする事に気恥ずかしさを感じ、ほんのりと頬を染め、笑ってみせる。
「一人でいる事より、二人でいる事が自然だったから、一緒にいるのよ」
千尋は、柔らかく微笑みながら語る母の話に、身を乗り出して聞いていたが、ふと笑って、声を上げた。
「だったら私はもうお嫁さんなのかなぁ」
柔らかな風がふわりと甘い花の香りを連れてくる。
「そうね。千尋もいつかはお嫁に行くのよね。だから明日にはこの雛人形仕舞ってしまいましょうね。ちゃんとお嫁に行ける様に」
子どもの無邪気に語る将来の夢に、母は笑って答えた。
祐子は気付かない。
千尋が将来を夢見て呟いたのでは無い事を。
ふわりと流れる風は千尋を優しく包み込む。
何も無い背後にそっと寄りかかるように、背を傾けさせると、重なる透明な空気。
白い水干を纏った少年は、千尋と重なるように、背を合わせる。
二人は背中越しに視線を重ねると。
笑った。

それは。女の子という花を愛でる日。
桃の節句。

2005.03.03