海へ行きました。
おじいちゃんとおばあちゃんのところへ遊びに来て、近くの海までお父さんとお母さんと遊びに来ました。
本当はお昼に遊びに来たかったんだけど、お昼はおじいちゃんの田んぼへ遊びに行っていたので来れませんでした。
でも、お母さんが夜になれば海で花火が出来るよって行ってたので、夜に来ました。
夜の海は真っ暗です。
何処からが海で、何処からが砂だか分かりません。
空を見上げると、真っ暗な中でお月様だけが空に浮かんでいて、どうにか足元が見えるくらいでした。
波の音が、ザザン、ザザンと聞こえて、すぐ側に海があることが分かります。
私はぱしゃぱしゃと、水の中に足を入れてみました。
冷たい水が私が入ると小さな波を作り、押し寄せてくる大きな波が、私の足を砂の中へゆっくりと埋めていきました。
さらさらさら。
砂が足の指の間を潜り抜けて、気持ち良いんだけど、くすぐったいです。
波が押し寄せて、引くたびに、一緒に海に吸い込まれる不思議な気持ちになります。
湖に行ったときも、お風呂に入ったときもそんな気持ちにならないので不思議です。
水がすごく懐かしくて、海がすごく心が温かくなります。
みんな生まれる時は海から生まれてくるから懐かしいんだよとお父さんが言っていました。
お母さんのお腹の中に海があるの?と私が聞くと、そうねとお母さんは笑って教えてくれました。
水は優しくて、懐かしくて、大好きです。
海の上にぽっかり浮かぶ、まんまるお月様を見ていると思い出します。
不思議の街へ行ったこと。
お風呂屋さんで働いたこと。
お父さんとお母さんがぶたになったこと。
白い竜の男の子に会ったこと。
まんまるなお月様の下で、白い竜の背中に乗って、海の上をどこまでもどこまでも飛んだこと。
あの男の子は元気かな。
そんなことを思い出します。
私の大切な、一番大切な思い出です。
思い出すと、何故か、今の自分がすごく悲しく思えて、私はぱしゃぱしゃと水をけりました。
それがいつのまにか楽しくなって、ぱしゃぱしゃと水をけりながら、しぶきが何処まで高くとぶか飛ばしていました。
まんまるなあのお月様に届くくらいに。
月はあの時と変わらないのに。
海はあの時と同じ色をしているのに。
私の気持ちは、あの時の気持ちになれません。
それが寂しくて、ぱしゃぱしゃ水をけっていました。
ばしゃーん。
ばちが当たったんだと思いました。
私は足をすべらして、海の中で転んでしまいました。
頭から水をかぶって、服はびしょぬれになってしまいました。
お気に入りのワンピースがびしょぬれになってしまいまいた。
やつあたりで水をけっていたから、水が怒ったんだと思いました。
ごめんなさいと海にあやまりました。
楽しいのに、さびしくて、よく分かりません。
ただ、波が押し寄せて私の体を通り抜けるたび、私の中が水で一杯になっていくようで、それがすごく嬉しくて、私はしばらくその気持ちを楽しんでいました。
すると、温かい手が私の腕をつかみました。

「千尋。ずっとそうやっていると、体を冷やすよ」
冷たい水の中で、白いスカートがゆらゆらと花びらのように揺れていた。
自分に触れる温かい腕に引かれるように、下半身を海に沈めたままの千尋は、声の主をゆっくりと見上げる。
その人物を見止め、千尋は自分の目の前にしているものが信じられず、目を見開いた。
「・・・ハク」
「夏とはいえ、夜の海水は冷たい。千尋」
呆然としたままの千尋に優しい笑みを浮かべたまま、白い水干の少年は、少女を立ち上がらせようと彼女の白く細い腕を引く。
「ハク!」
ばっしゃーん。
腕を引かれたまま千尋は、ハクにそのまま抱きつくような形で、もう一度水の中に倒れこんだ。
「千尋!」
ハクは咄嗟に抱き止めたが、引いた腕の力の慣性に逆らう事が出来ずに千尋を支えたまま水の中に倒れ込む。
「ハクだ!ハクだ!ハクだ!」
己の首に腕をかけ、抱きついてくる少女を、ハクは最初困惑したように、眉を顰めるが、すぐに笑みに変わり、自分から離れようとしない細く温かい体を優しく抱き締めた。
冷たい水の中でも変わらない、その温もりに安らぎを感じながら。
「千尋・・・・」
満月の中、ハクの顔がにじんで見えて、千尋はしきりに目をこする。
逆光で彼の顔は朧気で、それでいて、あの時と変わらない笑みのまま自分を見つめていた。
沢山の事を口にしたい、彼に伝えたいと思うが、唇は振るえ、旨く言葉にならずにいる。
そんな彼女を察してか、ハクはその唇をそっと己の白い指でなぞった。
「ほら・・・こんなに震えてしまって・・・・」
これは違うのだ。
寒くて震えているのではないのだ。
そう伝えたいけれど、千尋は震える唇からやはり言葉を発する事が出来ずにいる。
ふわっと。
ハクの髪が頬に触れ、彼の腕が千尋の首にまわり、背に回り、優しく、強く、抱き締められる。
微かに触れる吐息の温かさと、ハクの温もりに、千尋の震えはいつの間にかおさまり、静かに目を閉じる。
耳元に、彼の唇が近づき、静かに、震える鈴の音のような響きの声が入り込む。
「ずっと千尋のそばにいるから」

ぱしゃん。

海へ行きました。
満月のきれいな夜の海でした。
海水に足をつけると、水がざざんざざんと足の間をすり抜けて、波を作り、さらさらと指の間を砂が抜けていきました。
足元を見下ろすと、月の光に反射して、きらきらと光るものが水の中に落ちていました。
私はそれを拾ってみました。
白くて、つるつるして、かたい、貝がらでした。
私はそれを拾ってみました。
それは花びらのような形をしていて、光を当てると白や銀色に光る不思議な貝がらでした。
私が一度背中に乗せてもらったことのある白い竜のうろこのようでした。
私は嬉しくなって、水でびしょびしょにぬれたスカートのポケットにしまいました。
大切な宝物がまた一つできました。
私の大切な白い竜。

きっと。
また会えるよ。

2004.12.23