はなれる6

「千~~~!」
千尋とハクが坊の部屋に入ると同時に、机に向かっていた坊が勢い良く立ち上がり、千尋の元に駆けつけるとこれでもかというくらいぎゅっと彼女を抱きしめる。
まだまだ赤ん坊の姿とは言えども、千尋の何倍もある巨大な体格の坊に突然抱きつかれ、自然と彼女は彼の腹に埋まる形となり全身を圧迫される。さらに子どもというのは自分の感情に素直で力加減というものをまだ理解できないものだから下手をすれば千尋がそのまま圧迫死されられることも考えられてしまう為、普段から千尋に抱きつくときは彼女が壊れないように力を緩めて抱きしめるようにと注意をされているのだが、その時の感情に、この場合は喜びに忘れ、千尋は彼の腹の上でもがく羽目になる。
「ぼっ・・・坊・・苦しいよ」
「坊、千と遊ぶために勉強頑張ったんだぞ!千!一緒に坊と遊ぶんだぞ!」
千尋に指摘され慌てて彼女を解放すると、坊はにこにこと嬉しそうに何をしようかと、楽しみにしていた遊びについて語り始める。
こうなってしまうと、純粋に自分と遊びたいだけなのだ、甘えたいだけなのだと改めて感じてしまい、千尋もつい自分がつい今圧迫死させかけられれていたことに対する注意を言えなくなってしまい、苦笑してしまうだけだった。
「では、私は失礼します」
坊が嬉しそうに喋る中、ハクは隙を見計らって彼に声をかけると、ぺこりと頭を下げる。
「え?ハク、もう行っちゃうのか?」
「仕事がありますので」
名残惜しそうに呻く坊の言葉にハクはあっさりと答え、坊はむっと膨れるが、すぐに名案を思いついたのか、ぱっと顔を上げる。
「だったらお仕事が終わったら遊ぶんだぞ!」
きっと彼にとっては名案だったのだろうが、その頃には坊は眠ってしまっているだろうと、ハクは苦笑しながら、「分かりました」とだけ答えると、部屋を出た。

千尋の顔は一度も見る事ができなかった。

「千。どうしたんだ?赤くなってるぞ。それに目が真っ赤だ」
何をして遊ぼうかと、わくわくしながら部屋に散乱する玩具を千尋に次々と渡しながら、ふと、坊は千尋の腕に目を止める。
「あ、これは・・」
千尋自身も気づいてなかったが、彼女の腕には真っ赤に晴れ上がった痣が腕にくっきりと残っていた。
うっすらと手の形にさえ見える気がする。
それほどにまで、ハクに強く握り締められていた腕。
背はすでに千尋の方がハクを追い越し、顔つきも体つきもずっと大人っぽくなっている気がしていた。ハクの腕は細く白く、その姿さえも自分よりずっと繊細で儚いイメージを持っていただけに驚いた。
それほどまでに、強く握り締められていたのだと。
千尋の力なんか少しも及ばないくらいに強く。
分かっていたはずなのに、分かっていて好きになったはずなのだけれど、改めて感じさせられる。
ハクは男の子なんだよな。と。
けれど、同時に思い出す。
ハクの真剣な眼差し。
心の底から怒りを感じている深い緑色の瞳。
無性に悲しくて。
思い出すだけで、涙が込み上げてくる。
「ハクに苛められたのか!?だったら坊がやっつけてやるぞ!!」
今にも泣き出しそうな表情を見せる千尋に、坊は慌てて励ましの言葉をかける。
坊のそんな優しさが千尋には嬉しく、心が暖かくなる。
「・・・ううん・・。違うの。・・・私が悪いの・・。私が・・・ひどい事を言っちゃったの・・・」
でなければ、あんなに傷ついた表情を彼は見せたりしない。

言葉では表せないけれど。
胸の中は罪悪感で一杯だった。
何であんな事を言ってしまったのだろうと。
ハクの気持ちは分からないけれど。