空はからりと晴れ、夏の湿気を含む空気が乾燥し始め、ぴりりと肌を張り付かせる。
もうあと今年の内に何度干せるか分からない布団を竹竿に掛けて干し、どっしりと重さを感じさせる湿気を取る。
今日こそはとばかりに構えていた人間が次々に干していき、掛け布団と敷布団が一斉に干され、風に吹かれていた。
きっと今日干した布団は太陽の匂いで一杯だろう。
セイも自分が干した布団を満足そうに見上げ、その敷布団や掛け布団の間から覗く狭い空を何処か楽しげに見上げていた。
「神谷さん!」
背後から掛かる声に、セイの方はびくりと震える。
聞こえた瞬間から誰かすぐに分かる、彼女が愛しいと想う人の声。
どきりと鳴る心臓を宥め、彼女は笑顔で振り返る。
「どうしたんですか?沖田先生」
「ごめんなさい。私の布団も干してくれたでしょう?」
笑顔のセイに、総司は笑みを返すと、軽くぺこりと頭を下げる。
「構いませんよ。だってどうせ一緒に押入れに入っているんだし。他の方のも干してますから。沖田先生一人だけじゃないですよ」
言われて総司は顔を上げ、改めて干されている布団を見直すと、「あ、本当だ」と呟く。
「それよりも先生、晴れた日に干さなきゃ駄目ですよ!冬まであと少ししか無いんですから。冬になったら干せませんよ。ここ最近の残暑で先生寝汗掻いていたでしょう。すっごく湿気で重かったし臭かったです!もう半分腐ってたんじゃないんですか!?」
「あははははー。すみません。どうしてもそういった事が億劫になりがちで。ありがとうございます」
「湿気含んだ布団で寝ても気持ち悪いだけです。だから最近先生寝返りも多いし。汗で湿気ってまた暑くなって汗掻いての繰り返しですよ!病気になっちゃいます」
「気付いていたんですか?」
ぷりぷりと怒りながら言うセイに総司はきょとんとして問う。
「当たり前です。いつも隣で寝ているんだから!今日はこれで乾燥するから目一杯気持ちよく寝れるはずですよ」
そう言って嬉しそうにセイが笑うと、総司は一瞬呆けて見せるが、すぐに笑みに変わり、「お婆ちゃんの知恵袋ですか!」と言い放って、一発殴られる。
「誰がお婆ちゃんですか!」
殴られた頬を擦りながら、総司は猶もへらっと笑う。
「…お爺ちゃんでしたか」
ばきっ。
今度こそ総司はセイに止めを刺された。
「ひどーい神谷さん!両頬が腫れて不細工になったらどうしてくれるんですか!」
「自業自得です!」
泣きながら訴える総司に、セイはすっぱりと答えた。
眉間に皺を寄せ、頬を膨らませる彼女の姿を総司は暫し見つめていると、今度は笑い出す。
「何が可笑しいんですか?」
余りにも嬉しそうに彼が笑うので、セイも流石に彼の奇妙な行動に動揺し、うろたえる。
「いいえ。神谷さんとこうして話したの久し振りだなと思って」
「へ?」
「だって最近神谷さん忙しそうにしてるんだもの。隙見ては稽古して、稽古終わったと思ったら賄い手伝ったり、ご飯の時は勢いよく食べちゃうとすぐにいなくなっちゃうでしょ?まさか巡察の時のんびり話す訳にもいかないし、こういうやり取り久し振りだなぁと思って」
嬉しそうに語る総司に、セイは思わず頬を染めてしまう。けれど、すぐに笑みに変わった。
「だって先生最近屯所にいらっしゃらないじゃないですか」
笑って答えるセイに、総司はまたきょとんとすると、「ああ。そうかも」と呟く。
「私が手の空いている時にいらっしゃらないんだもの。折角甘味食べに行きませんかって誘うと思ってもいらっしゃらないし」
「ええ~!そうだったんですかっ!?探してくださいよ!読んでくださいよ!」
「だって噂は聞いていますから。恋人が出来たんでしょう?だからてっきりお二人で食べに行っているのかと。そこに私がいたらお邪魔でしょうし」
駄々をこね、拗ねる子供のような眼差しでセイを見つめていた総司は、彼女の最後の言葉にぴたりと固まった。
そして、段々と上気する顔。
「かっ…神谷さんも知ってるんですか」
今にも泣きそうな程、掠れた弱弱しい声。そしてどんどん頬は紅潮していき、それは彼の、まだ見たことの無い恋人への気持ちは明らかだった。
「ええ。大切にしてあげてください。女子って強そうに見えて、本当はとても儚いものですから」
「…神谷さん…」
「それでは私はまた稽古してきます。斎藤先生いらっしゃるかな」
口を開き何かを言おうとする総司の言葉を遮り、セイは彼にくるりと背を向け、歩き始める。
歩き出したセイの腕を総司が捕まえ、彼女をまた振り向かせた。
セイは驚いて彼を見つめるが、総司の眉間には皺が寄り、むっすりとしていた。
「最近斎藤さんといる事多くないですか?」
彼の問いに今度はセイがきょとんとすると、「いいえ?」と答える。
「だって昨日だって斎藤さんといましたよね。一昨日だって私が仕事で出掛けている時に二人で買い物に行ってましたよ」
セイは少し考え込むと、「ああ」と声を上げ、彼の言葉に同意する。
「…そう言えば、そうですね」
彼の詰め寄る言葉に対して、何事も思わないように返す彼女の対応が気に入らないのか、総司はますます眉間に皺を寄せると、段々としかめっ面になってくる。
「今度何処かに行く時は誘ってくださいよ。ずるいです。神谷さんばっかり斎藤さんと遊んで!私だって遊びたいです!」
仲間外れにされた子どものように食って掛かる総司に、セイは一つ溜息を吐く。
「先生。今は何より大切になさっている方がいるでしょう。その方を大切にしてください。女子って恋人と過ごす時間をとても大切にするんですよ。いつも自分が想われているか不安になるんです。だから二人っきりの時間がとても愛しくて、一緒にいる事で相手に想われている事を再確認するんです」
「---」
「私は女子では無いですけど、もし私が女子だったらとしての意見です」
優しく諭すように笑うセイは、まるで子どもを諭す母親のようで、総司は何も言い返す事が出来ずに俯いてしまった。
今にも泣き出しそうなくらい落ち込み俯く総司に、セイはまたくすりと笑う。
「恋人に構って貰えない時間が出来たら、その時三人でお善哉でも食べに行きましょう」
そう言うと、今度こそセイはその場から去っていった。