総司はゆっくりと唇を話すと、閉じていた瞼をゆっくりと開き、目の前で驚いた表情のままこちらを見るセイを見つめ返す。
「誰が野暮天ですか」
「っ…おきっ…!」
総司はその言葉をきっかけに執拗に口付けを繰り返す。
セイが離れようとすると腰を引き寄せ、後頭部を押さえつけた。
「貴方が好きなんです」
息継ぎをする合間に囁かれる言葉。
「…今はまだ惚れてると言う事実を認めるのが怖くて…っ…私の方に…気持ちが傾いている…とっ…思ってるだけなんです」
息も途切れ途切れに口付けされる合間を縫ってセイは言葉を発する。
彼の思いに答えるのではない、諭すような冷静なその言葉に、総司はまた怒りを露にし、深く口付けた。
「!」
歯の間から舌を伸ばすと、それから逃げるように縮まる彼女の舌を無理矢理絡め、そのまま吸い出す。
彼の激しい口付けと、初めての感覚にセイの体がびくりと震える。
その反応に快くしたのか、総司がゆっくりと唇を離すと、セイは力無く、くたりと後ろに仰け反りそうになる。それを支え、その場に屈み込み、己の懐に引き寄せると、彼は優しく微笑んだ。
「好きですよ。神谷さん」
真っ直ぐな瞳で。
じっと彼女を見つめ。
そして彼女が己をさせられるようになるのを確認してから、彼女から少し体を離した。
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すると今度はまるで茹で上がる蛸か海老のように、総司の顔が徐々に赤く染まっていく。
やがて耐えられなくなったのか、口元を手で押さえると、くにゃりと背を丸め、視線を下げた。
「うわー!うわー!うわー!今、私全く自制利きませんでした!ぷっつり切れてました!神谷さんの気持ちも何も考えずに!」
総司は今自分がした事の内容を初めて自覚したのか、じたばたと一人自問自答をし始める。
引っ叩かれても仕方が無い。
あれだけ武士として扱うと言っておきながら、自分自身が誰よりもセイを女子として意識していた。
その事実を自覚しただけでなく、セイに無理矢理気付かせてしまった。
このまま嫌われてしまうのだろうか。
不安が胸を過ぎるが、そこに謝罪の気持ちは不思議と生まれてこなかった。
いつ罵声を浴びせられるのだろうか。そう構えていたのに、いつまでも自分のした事に対する反応を見せないセイを、総司は恐る恐る視線を上げ、そっと覗き見た。
怒っているだろう。
総司はそう思い、顔を上げたが。
「!」
セイは顔を真っ赤にして呆然とこちらを見ていた。
見上げた彼と視線が合うと、目には涙が溜り余りの衝撃に声が出ないのか顔を耳まで真っ赤にしたまま口をぱくぱくとさせる。
「…神谷さん…私の事好き…?」
彼女の反応が余りにも可愛らしくて、総司はくらくらとする思考を抑えながら、セイを覗き込むと、首を傾げ、問いかける。
叩かれなかった。
怒られなかった。
顔を真っ赤にする彼女は何処か嬉しげに見えたから問いかけた。
「~~~~!!」
セイは恥ずかしさのあまり声にならないのか、ただ総司を見つめ返す。
何かを訴えているその瞳。
心を読む事は出来ないから。
読めたとしても、彼女の口から直接聞きたいから。
「私の事好きですか?」
総司はもう一度問う。
「~~~~~」
口が微かに言葉を紡ぐ。
音には出なかったけれど、確かに読み取れる口の形。
総司は喜びに頬を染めると、ずいと彼女に顔を寄せる。
「もう一度!」
「!」
呼吸も届く程の距離に近付いてくる総司に、セイは後退りするが、それより半歩多く彼は彼女を追い詰める。
「好きです!好きです!好きです!」
覚悟を決めたようにセイは半ば自棄になって叫んだ。
色気も何も無い告白。
それでも総司はぱぁっと表情を明るくすると、そのままセイに抱きついた。
勢いに流されるままセイはその場に押し倒される。
慌てて起き上がろうとするが腕を地面に縫い付けられて動けない。
彼女がもがく間に降ってくる接吻の嵐。
瞼に。頬に。耳に。唇に。
雨のように降り続けるその柔らかさにセイは溶けてしまいそうな意識を必死で保たせる。
「やっ。あのっ!先生っ!やっ…」
「両思いですもんね!だからこんな事しても良いんですよね!」
改めて憚るものが無くなった総司は、思いのままにセイに己の想いを行動で示す。
セイが恥ずかしがり総司を止めようとしても、彼の肩を押す力の入っていないその手も、本気で嫌がっていない声も、全てが総司の中で甘い声に聞こえてしまう。
だから余計にそんな彼女が可愛らしくて、止められない。
「ん~大好きですよー神谷さん」
しかし接吻と共に降ってきた、その台詞にセイはかちりと固まってしまった。
そして、総司を真っ直ぐ見上げると、セイはぽろぽろと涙を零した。
「…沖田先生…でも…私が『恋人ができたんですね』って尋ねた時、真っ赤になっていました…」
あれはどう見ても、想い人を知られた恥じらいの表情にしか見えなかった。
しかし、総司は、目を見開き、そして目を逸らすと小さく呟いた。
「……だって、貴方にだけは知られたくなかったんですもん…」
「…?」
どうして?とセイは未だ涙の零れる瞳で答えを求める。総司は彼女の悋気の入り混じった問い掛けと表情に頬を赤くすると、「貴方も野暮ですねぇ…」と呟く。
「と言っても、さっきまで自分でも分かってなかったんですけど……だって、好きな女子にフリとは言え自分に恋人がいるような姿を見せたくないじゃないですか…」
自分が総司と同じ立場だったら。とセイは思う。
フリとはいえ、セイが誰かと仲良くしている姿を総司に見られ、しかも誤解され、そのまま恋人になるよう促されるような言葉を掛けられたら。
「…泣かないで下さいよ…」
「…ごめんなさい。ごめんなさい…。でも私…先生に好かれてたなんて少しも思ってなかったから…頑張って……」
総司は少し体を起こし、セイを見る。
「頑張って、先生を好きって言う女子の気持ちを無くそうとしていた……」
まるで自戒するように呟くセイの言葉に、総司は目を見開き、そして彼女の腹部に視線を落とすと、その柔らかな温もりに手を当てる。
「…もしかして…お馬が酷かったのって…」
問いかける総司の言葉に、セイはふいと顔を背け、頬を赤く染める。
「だって、まさかこんな風に影響が来るなんて知らなかったんですもん」