噂11

「どうしたんですか!神谷さん!」
「……何でもありません」
彼が覗き込もうとすると見られないように顔を逸らしながらセイは小さく呟く。しかしそれが彼の逆鱗に触れたらしく、怒鳴った。
「何でも無い訳ないでしょう!あんな泣き方尋常じゃないですよ!今までにあんな声を上げて泣いた事ないじゃないですか!何があったんですか!?誰かに何かされたんですか!?」
捕まれた肩は段々と指の力が強くなっていき、セイの白い肌に食い込んでいく。
懸命に彼女を心配する総司。だが、今のセイにとって自分が総司に大切にされる事は痛みにしか過ぎなかった。
だから顔を顰めると、彼女は更に冷たく言い放つ。
「何でもないって言ってるじゃ……」
言葉は最後まで言い放つ事は出来なかった。
総司に抱きすくめられてしまったから。
今までに無いくらい寂しさを含んだ声で彼はセイに語りかけた。
「そんなに私は信用できませんか?ずっと一緒だったじゃないですか。ずっと傍にいて、いつも何処でも一緒で、お互いに知らない事は無いくらいに、色んな事話してきたじゃないですか…」
「……先生。先程の方はどうされたんですか?」
「今はそんな事話してません!」
ばっとセイを己の体から話すと、赤くなって総司は声を荒げる。
しかし見つめるセイの瞳は揺らぐ事無く彼に答えを促した。
「…置いてきました。神谷さんが心配だから。神谷さんと葛きりを食べたかったのに帰るから……」
弱弱しく呟く総司に、セイは暫し沈黙すると、ゆっくりと彼に捕まれた肩から、彼の手を外す。
「こういう事は恋人にしてください。私にこんなことしている姿を見られたら誤解されちゃいますよ」
「恋人じゃありません!」
そう思われるのは心外だと拒絶を含ませる総司の反論に、セイは静止する。顔を上げると、総司は怒りを露に彼女を見ていた。
それでもセイは言葉を紡ぎだす。
「お仕事で恋人のふりをしていたのだと近藤局長にお伺いしました。…可愛らしくて気丈な方ですよね。お役目は終えられたみたいですけど、気になるんでしょう?」
「気になりません!どうしてあの人と私をそういう目で見るんですか!?どうして添わせようとするんですか!」
笑い、囃し立てるセイに総司は顔を歪めた。
「お聞きしましたよ。危険な場所で必死にその方を守ったって。その方を大事にされてるんだって皆噂していましたよ」
「女子だから武士よりも非力だから守っただけです!近藤先生が役目を与えられたからそれを全うしただけです!それ以上の気持ちなんてありません!それにあの人より神谷さんの方がずっと綺麗ですよ!…貴方が女子姿になってくれればとも思いましたよ。でも、それでもし貴方が女子だってばれたら大変だと思ったから。どうしても今回は女子同伴でなければ店に入れないって言うから。恋人のふりをしてくれる方と一緒にいただけです!」
「お気遣いとても嬉しいです」
彼の言葉にセイは素直に礼を言い、微笑む。
けれど彼はきっと恋人のふりをしてくれた女子の事が好きなのだと、まだ自覚していないだけなのだろう。
総司は野暮天だから。
そうでなければ、あんなに笑顔で声を掛けたりしない。
彼女が恋人の事を聞いた時に、あんなにも顔を赤くしたのに、それでいて惚れていないはずがない。
「気遣いじゃないです!本当です!本当に自分でもおかしいんじゃないかっていうくらいあの人といても神谷さんの顔しか浮かばないんですよ!何処かに行ったって、何を食べたって、散歩したって、ちっとも楽しくないんです!神谷さんならここでこう言うだろうな。とか、こうするな。とか、笑顔も泣き顔も怒った顔も、同じ女子なのに全然違っていて、比較ばっかりして、神谷さんが恋しくて、まるで惚れてるみたいに…」
総司は捲くし立てるように声を荒げて言い放つと、突然表情は豹変した。
まるで自分の言った台詞に自分で驚いたように呆けた。
セイはただただ彼を見つめて、声を発することも出来なかった。
彼が言い放った言葉をお互いに頭の中で反芻する。
二人とも動けなかった。
それは。
まるで。
それでもセイはその期待を打ち消す。
「…先生野暮天だから。きっと身近にいた女子の私と比較されているんでしょう。それだけその方の事を--」
「意識なさってるんですよ」という言葉は続かなかった。
その前に唇を塞がれた。
総司の同じそれで。
セイはただ目を見開いた。