酔恋

*このお話は海辻那由様に捧げた「酔宴」の続きです。宜しければ先にそちらをご覧ください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨日の出来事は酒の酔いに惑わされた夢幻だったのだろうか。
それとも、自分の本音が現と空想を行き交い、混ざり合った虚構の世界だったのだろうか。
今も耳に残る甘いセイの声。
寄り添う体温を体が覚えていて、今こうして想うだけでも蘇ってくる。
そして。
「私の一番は沖田先生ですよ」
少し舌足らずの口調ではっきりと告げられたセイの想い。

総司は目の前に翳す掌、そして赤くなったままの傷口に擦り込まれた今も触感だけが残る透明の軟膏を見つめた。

「神谷さん!」
「沖田先生?神谷ならもうとっくに副長の部屋へ行きましたよ」
「あれ?」

「神谷さん!」
「おーい神谷ー!って、あれ?今日は洗濯の日だって言って、調理場へはあられてませんよ」
「ええ?」

「神谷さん!」
「神谷ー!ああ、そう言えばさっき副長の雑務で蔵掃除してたんだっけ?」
「えええ?」

「神谷さん!」
「残念だが神谷はこれから俺と所用で出てくる」
「斎藤さん!私も行きます!」
「何言ってるんですか!先生!先生はこれから局長のお供でしょう!しっかりお仕事してください!」
「うっ!」

そんなこんなで、総司はセイとまともに話す事はおろか、二人きりになる事も叶わず、日々だけが過ぎていた。
「はっ!もしかして神谷さん…私を避けてる!?」
隊務の時にはいつも横にいる。食事の時にもいつも通り横だ。寝る場所も隣だし、朝の身支度の時にも必ず横にいる。
いつもの変わらずのはずなのに。何故かいつも以上に話をする機会が少ない気がする。
それは果たして総司の思い込みなのか。それともセイがそれとなく自然と避けているのか。
分からない。
「…どうしたんですか。沖田先生。最近いつもに増して神谷の金魚のふ…ごほっげほっげほっ…探していらっしゃる様子ですけど」
最近の総司のセイを必死に追いかけ続ける姿に哀れさを感じ、見かね、相田が声を掛ける。途中言葉を誤魔化しながら。
「そうなんです!神谷さんとふたりっきりになれないんですよ!」
「………それは残念ですね…」
神谷の総司への想いは十分に分かっている。二人が想い合っているのも十分理解している。『神谷と沖田先生の仲を見守る会』の一員として応援はしたいが、神谷への想いは完全に振り切ったとは勿論言い難く…どうにか声を絞り出して相田は相槌を打った。
「いつものように甘味屋へでも誘えばいいんじゃないですか?」
相田の我慢する姿に同情しながら、山口が横から提案する。
「それが、神谷さん何かにつけいつもお仕事をしていて、それが終わっても次々お仕事してて酷い時は声を掛けても応えてくれないんですよ」
ここ最近はそれ程忙しい訳ではない。そんなに引っ切り無しに働く程、仕事があっただろうか。相田と山口も首を捻る。
三人の会話と最近の総司の不思議行動に疑問を感じていた他の一番隊隊士たちもぞろぞろと集まり、各々総司の悩みを伝え聞くと、一同にどうしたらよいかと唸り始めた。
「というか、沖田さんは神谷と二人っきりになって何をしたいんだ?」
一番隊士が揃いも揃って部屋で組長の悩みの打開策に首を捻る光景に水を差すように冷ややかな声が降りてくる。
しかしながら、その問いに、「そう言えば、最もだ」と顔を上げた。
見上げるとそこには、隊内随一の冷静さを保つ斎藤一。
神谷と総司の仲に横恋慕している(らしい)と考えている一番隊隊士たちはそれぞれ苦虫を潰したような顔をした。
総司だけは動じた様子無く顔を上げ、必死に自分の想いを訴える。
「何って!神谷さんと話がしたいだけですよ!この間の事覚えているかって!」
「聞くが、覚えていたとして、あんたはどうするんだ」
「そりゃ、それで神谷さんの好きな人が…本当に私なのか確認したいです!」
少し顔を赤くしながら答える総司に、斎藤は額に筋を浮かべる。
「確認してどうするんだ。あんたは独り身を貫くんだろ」
「さっさっ斎藤さん!神谷さんはオトコですよ!お嫁さんにはなれません!」
「誰も嫁にするかなんて聞いてない。神谷を恋人として扱う気はないんだろ。知った所で自分のものにしないのなら、聞かなくてもいいじゃないか」
「斎藤先生!神谷は沖田先生の念友ですよ!」
二人の会話を黙って聞いていた相田が声を上げる。
『この間の事』とか『嫁』とか分からない単語が飛び交ってはいるが、神谷と総司が恋仲である事は月夜の決闘で斎藤も認めた周知の事実だ。それを否定するような発言には流石の『神谷と沖田先生の仲を見守る会』として黙っていられない。
「念友だとしてもそれは武士として同志としての情の交わしだろう」
「この二人はその関係が一番しっくりくるからいいんです!色んな恋の形があっていいじゃないですか!」
「だったら、何故念友として交わしている部下の想いを今更恋情に変えるつもりだ。しかも恋人として扱わないというのに、何故確認する」
最もだ。
最も過ぎる理路整然とした指摘に、誰も言葉を失い、答えられなかった。
そも一番隊士たちには何故今更総司がセイの想いを知ろうとするのかが分からない。とっくに二人は念友であり、同志としても恋情の関係としても繋がっているのだと信じていおり、その上で二人が決めた想いの形が今の状況だと思っているからだ。
まさか全く通じ合っていないとは思ってもいない。
「そう…ですよね。神谷さんの想いを知った所で私はどうする事もしないのに気持ちだけ知りたいなんて、ずるいですよね…」
セイが女子として、総司を好きだと知って。
それで、彼には彼女を嫁にする気持ちも無かれば、女子として彼女を傍に置いておくつもりも無い。
自分は独り身を貫く事を決めているし、セイが今更女子に戻って総司と寄り添いたいなどと思ってくれるはずも無い。
つい、この間はセイの想いを聞けて、彼女本人は覚えていないかもしれないけど、もしかしたら自分の事を異性として好きでいてくれてるのではと嬉しくて舞い上がり、もう一度素面の時に確認したいと彼女を追いかけていたが、その後どうするつもりも無いのだ。
もう誰にも譲れない。
その気持ちに嘘はないけれど。
セイの気持ちを知ったその後、今の居心地のいいこの状況が変わってしまうのは嫌だった。
あまりにも身勝手な想いと行動に、総司は自己嫌悪した。
「せ…先生?」
どんどんと黒い瘴気に飲み込まれ闇の色が濃くなる総司に相田が心配そうに声を掛けるが、総司にはもはや答える気力は無かった。
それを見ていた斎藤は満足そうに「ふん」と鼻を鳴らすとその場を去っていった。
去り際、背後から無数の殺気が向けられていたが、痛くも痒くもない。
セイの気持ちを知り、知った所でどうする気も無い男に易々と渡してやる気など少しも無い。
案の定の総司の回答に斎藤は満足だった。

その日以降、既に名物になっていた、部下を何処かうきうきとして追いかけ続ける一番隊組長の行動は、打って変わり、どろどろと黒い瘴気を放ち、触れようものならぐずぐと黒い塊となって解ける一番隊組長の姿が名物となっていた。

「沖田先生?…」
「ああ、神谷さん」
「どうしたんですか?」
「いいんです。私はダメ男なんです。放って置いてください」

「沖田先生。生菓子買ってきたんです。一番隊の皆と一緒に食べませんか?」
「神谷さん。…皆さんで召し上がってください。私みたいな身勝手な人間と一緒にいたって楽しくないでしょう」
「何言ってるんですか!沖田先生ほど優しい方いらっしゃいませんよ!」
「神谷さんは優しいですねぇ」

「沖田先生っ!」
「沖田先生なら、その押入れの奥で茸と戯れてるぞ」
「ぎゃーっ!先生それ食べちゃ駄目ですって!」
「神谷さん。どうして私なんかを構うんですか。今まで全然時間無かったのに…」
「うっ…」
「……私なんかに話す事じゃないんですね。ごめんなさい。聞いてしまって」

「斎藤先生!沖田先生が最近おかしいですけど!何かご存知ありませんか!?」
「知らんな」
「皆に聞いても、『沖田先生の矜持の問題だから言えない』って言うし」
「その矜持を捨てられない程度の男だというだけだ」
「どういうっ…うっぷ!」
「神谷さん。近藤先生が呼んでますよ」
突然後ろから羽交い絞めするように首に腕を巻きつけられたセイは驚いて、背後にいる人物を確認する。
「沖田先生!?」
総司はセイを抱き締めると、そのまま目の前の斎藤を見上げる。
「神谷さん、お借りしますね」
「心定まったのか?」
「いいえ。…けど、これだけは譲れませんから」
「身勝手だな」
「自分でもそう思います」
「何がですかっ!?」
さっぱり話の見えないセイは総司と斎藤を見比べるが、二人とも彼女の問いには答えない。
「さ。行きますよ。近藤先生が二人でおいでって言ってましたよ」
そう言うと、総司はセイの手を引く。
久し振りに触れる大きな掌の温もりに、セイは頬を染めた。
その二人の後姿に斎藤は大きく溜息を吐いた。
きっとここ最近の総司の奇行は近藤の耳にも入っているだろう。とすれば、彼はきっと総司の背を押す為に彼らを呼んだはず。
流石の斎藤も局長の元へ共だって妨害する事は出来ない。
ここまでか。
と、また大きく溜息を吐いた。

近藤の部屋に着くと、既に近藤は待機しており、二人に対面するように座るよう進めた。
「失礼致します」
「うん」
近藤は大きくにこやかに頷く。
「それで、今日、二人を呼んだ理由なんだが」
「はい」
セイは呼ばれる理由が多い当たらなくやや不思議そうにしながらも真っ直ぐに応える。
総司も内容は聞かされてないらしく、彼女と同じように顔を上げた。
「神谷君と総司は念友だったんだってね」
ぶほっ。
まさか近藤の口からその言葉が出ると思っていなかった二人は、思わず噴出してしまった。
「…こ…近藤先生…何処でそれを…?」
「一番隊の隊士に聞いたぞ」
明らかに動揺してみせる二人の様子に笑いながら近藤はあっけらかんとして応える。
「トシが知ったら厄介だからな、知らせてないから安心してくれ」
「それは…はい…」
安心するべきなのか、ただの本来女子のセイの身を護る為の体のよい理由だと説明するべきなのか。
何となく言葉を選べず、沈黙をしていると、二人はそれを肯定していると受け止めた近藤は笑う。
「今までずっと、神谷君が命を捧げるべき人物は俺だと思っていたが、総司の事だったんだなぁ。とんだ勘違いだっ!」
「局長っ!?」
「この間四人で茶屋で吞んだだろう。その時二人で話をしているのを聞いていてね」
「!?」
まさかあの一部始終を。
「神谷君が自分の一番は総司だと言ってくれただろう。それが嬉しくてね」
「聞いていたんですかっ!?」
セイは真っ赤になって悲鳴染みた声を上げる。
「ああ。布団の中で感動して思わず泣いてしまった」
「うぁっ。あれはっ。そのっ!」
明らかに動揺を見せるセイに総司は目を丸くする。
セイは覚えていたのだ。あの夜の事を。
「斎藤君も神谷君が欲しいようだったが、私は斎藤君か総司のどちらかの味方になるとしたら、斎藤君には申し訳ないが総司を応援するぞ」
「近藤先生っ!」
今度は総司が声を上げる。
「トシはいい顔をしないが、俺自身は興味が無いだけで念友がいてもいいと思う。ただ、心配なのが神谷君の体の事だった。松本法眼に聞いたら、如身選の身でややも産む事が出来るそうだ。いずれちゃんとした家の娘を総司の嫁にとは考えているが、もしややが生まれてくれても儲けものだ。その時は勿論全力で応援するから安心しなさい」
「そっ!そんな事はっ!」
二人で真っ赤になり、あわわと動揺する姿が微笑ましく、総司にそんな表情をさせてくれるセイに近藤は感謝の気持ちで一杯だった。
奥手だった総司が、恋愛事でこんなにも激しく感情を見せる日が来るなど思いもよらなかったからだ。
例えセイが男だったとしても、正式な跡目として認められないややをこさえたとしてもそれに見合うだけの感情を総司に与えてくれた。
「総司は見れば分かる。神谷君も総司に恋情を抱いてくれているんだろう?」
「えっ!?」
まさか直球にそんな事を問われるとは思っていなかったセイは顔を真っ赤にし、近藤を見る。
横に総司がいるのは分かっている。
本人の目の前でまさか先日の事を持ち出され、更に気持ちを再確認されるとは思わなかった。
けれど。
近藤にだけは嘘を吐けない。
「はい」
決して総司を見る事だけは出来ず、セイはしっかりと頷いた。
「どうか長く総司の傍にいてやってくれ」
近藤は嬉しそうに笑うと、深く頭を下げた。 そして顔を上げると総司を見る。
「ほら。総司、神谷君の気持ちはしっかりと聞けたのだから安心しなさい」
やられた。
まさかの伏兵にセイも総司も乾杯だった。

ざかざかざかざか。
ざかざかざかざか。
総司はセイの手を掴み、無我夢中で屯所を出て、朱雀野の森へ向かった。
ただ一刻も早くセイと二人きりになりたかったからだ。
近藤の部屋を出た途端、セイはぼろぼろと涙を零し、総司から逃れるように走り出そうとした。
その彼女を総司はしっかりと捕まえ、誰に声を掛けられようが全く応えず、一目散にここまで来た。
森の奥まで来ると、周りに人がいない事を確認して、総司はセイの手を放した。
早足でここまで来た為、セイの息は上がっており、肩で息をしているのが見て取れた。
総司は申し訳ないと思いながらも、セイを見つめる。
「あの…神谷さん…」
「沖田先生っ!まさかの局長公認の念友なんて凄いですねっ!」
顔を上げるセイは笑っていた。
「あ、でもちゃんとお嫁さんは貰って下さいね!じゃないと局長も、今度こそばれたら本当に副長も心配しますから!」
「お嫁さんなんていりませんよっ!」
総司はぎゅっとセイを抱き締めた。
「……神谷さんが傍にいてくれれば…いりません」
「!…でも私たち本当の念友じゃないじゃないですか。局長の言われるような仲になる予定も無いし」
「そうですけど…でも…」
回される腕に込められる想いと力とは反対にセイの胸は痛む。
「…跡継ぎを作るのは武士としてのお役目ですから…」
「さっき神谷さん、私の事好きって言ってくれました」
「…好きですよ…尊敬してます…」
「違います。恋情を抱いてくれてるって頷いてくれました」
「……」
「私の事一番好きって言ってくれました」
「…一番好きですよ。だって一番傍にいて、一番尊敬してますから」
「ずっと私が聞きたかった事、まさか近藤先生が聞いてしまうなんて」
その言葉に、セイは顔を上げて総司を見る。
「そんな事が聞きたかったんですか?」
意外そうなセイの言葉に総司が今度は驚く。
「そんな事って!それを答えたくなくて、貴方逃げてたんじゃないんですかっ!?」
「私はっ!…その…何でそんな事をしたのか未だに謎なんですけど…先生の掌の傷を治したくて舐めたのが恥ずかしくて…っ」
言われて、総司は掌にあの時のセイの唇の温かさ、舌の感触を思い出し顔を真っ赤にする。
「…貴方がこの間斎藤さんに話していた想い人って…私の事なんですよね…?」
「聞いていたんですかっ!?」
今度はセイが顔を真っ赤になる。
まさか総司が隣室にいると彼女が知るその瞬間まで彼が己の話を聞いていたとは思わなかったからだ。
「あ、でも、それはそのっ!そうっ!尊敬しているっていうっ!だからっ!女子としてとかっそんなんじゃなくってっ…だから……」
次第に涙声になり始め、最後は声にならなくなってくるセイをただ総司は見つめる。
既にセイが総司に対して恋情を抱いているのは近藤によって暴露されてしまった。
どれ程取り繕っても、もう総司に自分が武士としてではなく、女子として彼の事が好きなのだとばれてしまっているのを感じたセイは俯いた。
「……あの…ご迷惑なのは分かってるんです。けど、どうなりたいとか思ってませんからっ!」
俯いたままだったセイは顔を上げると、今度は真っ直ぐ総司を見据えた。
「だからどうか新選組を出てけって言わないでください!どうかここにいさせてください!先生が女子を良く思っていない事は分かってます!でも私は武士なんです!きっとこの想いも捨ててみせます!ただ武士として沖田先生を尊敬していて、お護りしたい!それだけなんです!女子として迷惑を掛けるなと言われるならお馬もお風呂も全部自分でどうにかしますからっ!何も甘える事しませんからっ!だからっ!」
必死に訴えるセイに、総司は目を見開いて彼女を見た。
「…貴方も同じ事思っていたんですね……」
「…何がですか…」
セイは不思議そうに首を傾げる。
「…変わりたいけど…変わりたくないんです…」
「?」
「…今、物凄く神谷さんに口付けしたいんですけど、できないんです…」
「!?」
「…したら…何かが変わってしまいそうで…」
力無く微笑む総司に、セイは彼が何を言っているのかついて行けず困惑する。
「でも…貴方を放したくないんです。貴方の目に誰も映させたくない。斎藤さんだって駄目です。私を好きだって言ってくれるのに、想いを捨てさせるなんて冗談じゃないんです。貴方の全部をもう放したくないんです…」
「先生の仰っている意味が良く分かりません…」
「私は身勝手なんです」
何度も聞いた台詞。けれど、セイには彼が何をして己を身勝手と言うのか未だ理解出来ない。
「……」
「好きだと言われたら今度は全部欲しいんです。でも今までの神谷さんも欲しいんです」
「私は新選組に置いて頂けるなら何も変わりません!沖田先生に気付かれる前からずっと好きですから!今までとこれからが違う理由が分かりません!」
そう言ってセイは総司の襟を己の側へ引くと唇を重ねる。
色気も何も無いほんの瞬きほどの接吻。
それでも一瞬の唇の柔らかさを吸い付くような熱が互いの唇に余韻を残す。
総司は呆然としてセイを見下ろすと、彼女はきっと睨んだ。
「したいならすればいいんですっ!私が欲しいと言われるのなら全部差し上げます!何も身勝手じゃありません!身勝手なのは私です!ご迷惑だって分かっていながら置いてくださいと言うんですから!これで何か変わりましたかっ!?何も変わらないですよね!だからどうか武士として傍に置いてください!」
「……変わりました…」
総司は未だ呆けたまま呟く。
「えっ!?」
まさかの回答に、セイは動揺した。
「私、神谷さんが好きです。大好きです。全部大好きです。女子としても武士としても傍にいてください。他のお嫁さんなんて冗談じゃありません。そんなもの土方さんにのし付けてくれてやります。近藤先生も認めてくれているに、何一つ迷う事無いじゃないですか」
「…沖田先生…?」
今の接吻で何に思い至ったのか呆然としたまま表情一つ変えず呟く総司に、『好きだ』と言われながらも不気味さを感じ得ないセイは恐々と名を呼ぶ。
「神谷さんもされてみたら分かります」
「へ?」
言葉をはっきりと返すまもなく、再び今度は総司から重ねられる唇。
今度ははっきりと互いに唇が触れているのが分かるくらい長く。
触れるだけの行為のはずなのに。
熱が流れ込んでくる。
体温だけではない、熱が。
総司の想いが。セイに対する熱が。
どれ程の想いを込めて彼がセイを欲しいと言うのか。
唇が離れる頃には互いに息が上がっていた。

くたりと総司に体を預け、セイは小さく呟いた。
「……沖田先生の事…もっと好きになりました…」
その言葉に、総司は満足そうに笑った。

酒に酔う宴を酔宴と呼ぶのなら。
恋に酔う事を酔恋と呼ぶのもいいだろう。
ただ、酒とは違って醒めることのない余韻をいつまでも残す。
それが、酔恋。

2011.08.07