「神谷さん、これからお里さんのところに行くんですか?」
「はい。最近お馬の時にしか遊びに来ないって怒ってたんで」
途中総司に邪魔をされつつ、結局手伝ってもらい洗濯物を全て干し終えて、この後の予定を総司に尋ねられたのでセイは答えた。
「愛されてますねー」
「嬉しいですね」
「でも、私の方が神谷さんを愛してますからねー」
「……」
セイは総司からの不意打ちに顔を赤くして、下を向いてしまう。
「本当に何度言っても慣れないんですから」
「沖田先生は慣れ過ぎです!」
「慣れてませんよ!私だって毎回言う度にどきどきしてるんですから!」
「嘘だ!」
「嘘じゃないですよ。いつだって神谷さんが想いを返してくれるかどきどきしてるんですから」
「だったらもっと想いを隠してください。慣れちゃったら嬉しさが薄らぐかもしれませんよ」
「私への愛情が薄らぐって言うんですか!」
「そんな事言ってません!私の先生への気持ちが薄らぐはずないじゃないですか!」
言ってからセイは慌てて口を塞ぐが、しっかり聞いてしまった総司は頬を染め嬉しそうに口元を緩める。
「愛してるって言ったっていいじゃないですか。別に皆に隠してる訳でも無いし」
「……そうですけど」
確かに、元々誤解であれ屯所内の一部で総司とセイの衆道は公認ではあったが、最近の一連の総司の奇行で屯所内全てで公認となってしまった。
勿論近藤や、土方にでさえ。
一部斎藤や中村のように二人の仲を認めない反乱分子もいるが。
「それじゃ、私も用意しますね」
「え?」
セイは総司が何を言っているのか分からず、問い返す。
「え?じゃないですよ。私も一緒に行きますよ。最近お里さんとも会ってませんでしたからねぇ」
「いえっ!今日は非番なんですし沖田先生は屯所でゆっくりしててくださいよ!」
「…むー。何ですか。私が一緒じゃ不満なんですか?」
「そうじゃないですケド…」
「私は神谷さんが傍にいてくれるのが一番ゆっくりできるんですけど、神谷さんは違うんですか…?」
さっきの嬉しそうな表情とは打って変わって、目に涙を溜め、捨てられた子犬のような瞳でこちらを見る総司に、セイは陥落する。
(ずるいっ。私がその顔されたら負けるって分かってて)
「…一緒に行きましょう?」
セイは肩を落とし、総司を誘った。
最近の総司のセイに対する想いは駄々漏れだ。
全て言葉や態度にしなきゃ気がすまないらしい。
それに、セイに触れたがる頻度も明らかに上がっている。
総司の爆弾発言や爆弾行動に屯所内の被害者は多数。
セイは総司ほど恋に盲目にはなれない。長年片恋を続けすぎた為に免疫が出来たのか、つい周囲の視線が気になってしまう。
まさか里乃の前まではするまい。そう一縷の望みをかけ、セイは渋々総司と共に己の妾宅である里乃の元へ訪れた。
「あら。清三郎さんに、沖田センセ」
突然の二人の訪問に里乃は目を丸くする。一方で彼女の背後にある風呂敷に包まれた荷物がセイの目に入った。
「お里さん何処かに出かけるところだった?」
「へぇ。ちょっと一、二日正坊と一緒にこれから出かけるところなんよ」
ぴくり。
里乃の返答に総司とセイの二人は同時に体を震わせた。
先に言葉を発したのはセイが早かった。
「そうかぁ。残念だな。だったらまた……」
「神谷さん最近稽古で厳しくしすぎてちょっと疲れが抜けないようなんですよ!二人でどうにでもできますので休んでいってもいいですか?」
セイが全てを言い終わる前に、彼女を言葉に被せる様に総司がやや大きな声で里乃に問い掛けた。
そんな二人の行動に里乃は瞬くと、噴出した。
「ええどすよ。ここは元々清三郎さんの家なんやから。ゆっくりしておくれやす」
「いっ!いいよっ!お里さん!また来るからっ!」
「もう!どうして貴方はそうやってすぐ遠慮するんですか!ちゃんと休ませてもらいなさい!」
慌てて手を振るセイに、総司は上司の顔で彼女を叱りつける。
しかしセイは今総司と二人きりになるのは避けたかった。
人前でさえ総司が己に触れる頻度が上がっているのに、二人きりになってしまったら一体どうなるのやら。
そんな心情を知ってか知らずか、里乃は口元を抑えて笑うと、「おセイちゃん。偶にはセンセに甘えさせてもらってもええんやないの?」と、セイに囁いた。
「ダメ!今ダメ!甘えたら先生に何されるか分かんないっ!」
反論すると、里乃は更に笑った。
「ええやないの。今まで女子に見てもらえなくて泣いてたんやから」
「そっ!」
「沖田センセ。おセイちゃんをよろしくお願いしますね」
里乃はにっこり笑うと、奥で待機していた正一を呼び、荷物を手に取ると、二人と入れ替わりに外に出た。
「あ。センセ。沖田センセはおセイちゃんを大事にしてくらはること信じておりますえ。万が一にも帰って来た時におセイちゃんが泣いてはりましたら、もう二度と家の敷居は跨げないとお思いくださいませ」
振り返り様に里乃はにっこりと笑ってそう言うと、今度こそ正一の手を取って歩き始めた。
「…お里さんに釘刺されちゃいました」
「当たり前です!」
セイは総司から少し距離を取りながらぷんと顔を膨らます。
「…神谷さん…取り合えず上がりましょう?」
「……」
総司はそう言って土間から座敷に上がるが、セイは入り口から動く事無く、ただ顔を上げ不安そうに総司を見上げた。
「…ずっと言いたかったんですけど…そんなに私が怖いですか?」
「ちがっ!」
「…あのね…私もあからさまですけど、貴方もそんなにあからさまだと流石に凹むんですよ…」
そう言うと、総司は肩を落として呟く。
「私は確かに女子として貴方を欲しいと思ってますよ。心だけじゃなくて体も」
今まで雰囲気がそう伝えていたが、はっきりと言葉にされる事は無かった想いを告げられセイは身を硬くする。その様子に総司は苦笑して、言葉を続けた。
「最近抑えが利かなくなっているのも自覚してます。けれど貴方に嫌われるのだけは耐えられないから。だから少しずつ少しずつ貴方に私が触れる事を慣れてくれれば…と思って…。ただ…貴方が嫌だって言うのなら触れませんから…だからお願いですから距離を作らないでください…これだったら恋仲になる前の方が良かったって思えてしまう…」
セイは目を見開くと、無我夢中で総司に抱きついた。
「嫌です!沖田先生が一度でも私の事好きだって言ってくださったのに!物凄くそれだけで嬉しかったのに!一度知ってしまったその気持ちを今更無かった事にするなんて出来ません!」
首に巻きつけられる腕に被さる体に、総司の腕は応える事無く、放り出されたまま。
「でも、私に触れられるのは嫌なんでしょう?」
「ちっ…違いますっ!……先生に触れられる度自分の知らない自分がどんどん出てきて恥ずかしくて…」
「私もそうですよ。神谷さんが好きって気付いてから…神谷さんが想いを返してくれてからどんどん私の知らない私が増えてきて…どうしたらいいのか分からなくなるんです…。体を繋ぎたいなんて思う日が来るなんて…」
その言葉にセイの胸はかぁっと熱くなる。
すぐに及び腰になる心に喝を入れて、総司にしがみ付く腕に必死に力を入れた。
「………沖田先生が触れたいって思うなら…私を欲しいって言ってくださるなら……私はそれだけで嬉しいんです…触れられるのだって嬉しいんです……ただどうしても気持ちと体がぐちゃぐちゃになって付いていかなくて…ごめんなさい…」
涙声ながらも必死に耳元で囁かれるセイの言葉に、総司はやっと己の腕に力を入れ、そっと己にしがみ続ける柔らかい体をそっと抱き締める。
「…武士でいる時間の方がずっと長くて女子でいる時間が少ないんですもん、仕方が無いんですよね…」
そっと背を撫でる総司の指に、セイの体はびくりと震える。
けれど、もう逃げる事はしなかった。