想う、時9

■想う、時・41■

何処か呆けた表情で見上げるセイに総司はそんな顔をされるとは思ってもみず、戸惑ってしまう。
抱き締めていた体を離して彼女を覗き見た。
「あれ?もしかして…神谷さんは会いたくなかったですか?」
「…」
「なっ何ですかその無言はっ!」
昔ならすぐさま「会いたい」という返事が返ってきていたはずだと思っていただけに、総司はうろたえ、彼の動揺した様子にセイは慌てて首を横に振った。
「いえっ!そんな事は無いです!またお会いできて嬉しいです?」
「何で最後が疑問になってるんですかっ!」
「そ、そんな事言われましてもっ!今再会したばっかりで頭の中ごちゃごちゃなんですよっ!」
「総司。総司。そう神谷君を急かすな。神谷君はつい最近思い出したばかりなのかい?」
涙目で訴えてくる総司に困り果てたセイは横からの近藤の助け舟にこくこくと今度は大きく首を縦に振った。
「そうなのか。ちなみに今は学生か?」
今度は今の素性を尋ねてくる土方に眉間に皺を寄せる。
「そ、そうです。大学生ですっ!」
「彼氏は?」
「いっ、いませんよっ!」
「今までには?」
「え、…ひと…ふた…り?どうだっていいじゃないですかっ!」
手を繋ぐ事もできない彼氏をカウントするなら。とセイは心の中で付け加える。
「ほー。思い出して無かったとはいえ、どっかの誰かさんとは大違いだな」
「何の話ですか?」
「いやー。別に」
土方の視線が冷ややかに己ではなく、隣の総司に向けられている事に気がついてセイも隣に座る彼を見ようとした。
「とっ!ところで神谷君!今は何処に住んでいるんだい?ここへはどうやって来たのかね?」
しっかりと総司の表情を捉える前に声をかけられたセイは近藤を振り返り、返答する。
「えっと、今は東京に住んでまして…」
「東京っ!?」
「はっ、はい」
何故そんなに驚くのか分からないセイは身動ぎながら答える。
「ずっと東京かい?」
「いえ、実家は函館で…」
「函館っ!?」
「なっ、何か問題ありましたかっ!?」
「い、いやー……」
そう言いつつ、近藤の視線もまた土方同様総司に向けられ、セイは首を傾げた。
「今日は休日を使って、以前の記憶を辿りに京都に来てみようと…」
「そう…か。じゃあ、ゆっくりしていけるかね」
「はい。明後日のお昼からゼミに出なければならないので、明後日の朝一で帰ろうかと思ってました」
「今日泊まる場所は決まっているのかね?」
「いえ。お金も無いのでネットカフェにでも行こうかと…」
そうセイが答えると、くわっと目の色を変えて近藤は反対する。
「駄目だ!若い娘さんがちゃんとした宿にも泊まらないとは!何かあったらどうするんだ!そうだ!家に泊まりなさい!」
「い、いえ、そんな会ったばかりでそんなお世話に…」
「会ったばかりじゃないだろう!神谷君!連れない事を言うな!家は大丈夫だ!嫁と子どもがいるから煩いかと思うが、安心だ!そうしなさい!」
「で、でも…」
「三食タダメシ、タダ宿だぞ」
ぼそりと囁かれる土方の言葉に、一瞬にして頭の中に財布の中の全財産と二泊三日の宿と移動代との勘定が浮かぶ。
どちらがより得かは明白。
いや。しかし。本当にそんなに甘えていいのだろうか。
困り顔で、つい総司の顔を条件反射のように覗き見ると、彼はにっこりと微笑んで、「お泊りなさいな」とダメ押しをした。
――今も昔もこの笑顔には弱いのだ。
「よ…よろしくお願いします…」
セイは諦めと覚悟を抱き、深々と頭を下げた。

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■想う、時・42■

「はぁ…」
既に星の瞬く空を見上げながら、セイは息を吐いた。
手に掛けているビニール袋の中で先程コンビニエンスストアで買った品がカサカサと音を立てる。
一人ぽつりと夜道を歩くセイは夢なのか現なのかいや現なのだけれどという自分ツッコミを何度も心の中で繰り返し続けるという何とも言えない心地だった。
家の明かりは両隣の壁で隠され、広い敷地の平屋が多い道では、 闇の中頼りになるのは一定間隔で設置された街頭の明かりのみ。それさえも狭い小道の中では次の明かりまでの間隔が遠い。
いつもの平常心であれば、街明かりに慣れた現代の感覚で少し怖いと感じるのかも知れないが、今のセイにとっては足元が見えるか見えないかくらいの暗さが逆に心穏やかにさせた。
「まさか。こんなにあっさり会えるとは…伊東先生も思わなかっただろうなぁ…」
思い出す度に彼の今も昔も変わらない独特の個性を思い出して顔が引き攣ってしまうが、それでも背を押してくれた彼に感謝を感じながら思い出す。
近藤に泊まっていけと言われた後、どたばたと母屋に連れて行かれ、家族を紹介され、借りる部屋を案内された。
そこで一息吐いたかと思えば、すぐに夕食の支度が出来たと声がかかり、近藤と彼の家族、総司、土方を交え賑やかな食事となった。二人も別々に家はあるらしいが、今日は泊まっていくらしい。話しぶりからして彼らはかなりの頻度でそうした事が多いらしく、慣れていた。寧ろ総司なんて近藤の家なのに我一番と客室を案内して、勝手に布団を取り出してセイの為にと敷いてくれたくらいだ。勿論全力で自分がやると主張し、結局二人で仲良く敷いたが。総司と土方は隣の部屋をいつも使っているらしい。
まさか持て成されるだけでは申し訳ないので食器の後片付けを申し出て、片付けたところで風呂に声を掛けられたが、まさか自分が一番風呂を貰う訳にはいかない。最初は女性優先と主張していた近藤をを説得し、先に男性人から入る事をお願いしてから、自分はコンビニエンスストアで用を足してくると家を出てきた。
ネットカフェに泊まろうとは思っていたがアメニティセットは適当に途中で揃えればいいやと思っていたセイは何一つ持っていなかったのだ。
「……今も、昔も……三人は仲がいいんだなぁ……」
セイが過去を思い出したのはまだ間もないとしても、三人は過去を思い出すより前に既に出会って、共に既に長い時間を過ごしていたというのだから、その縁、彼らの絆の強さには感服する。そして少し嫉妬もする。
もう少し自分も早く思い出していたら、また違っただろうか。
そんな事を思う。
セイにだけ己の話してもらったのでは割に合わないと、食事の間今度は三人がどういう風に出会い、どんな時間を過ごしたのか近藤たちは話してくれた。
人生の長さから比べればほんの少し、本当に掻い摘んだものだろうけれど。
それでも今の彼らに触れられたのは嬉しかった。
今を生きてきて、今を生きている彼らに。
セイはまだ伊東に勧められて、今日ここに来た事を話していない。原田の事も、中村の事も。
彼らが聞いたらどういう反応をするだろうか。
特に土方が伊東の話を聞いたら…。
そう思い、くすりと笑ってしまうと同時に、前の生での二人の最後の別れを思い出すと、ちくりと胸が痛んだ。
伊東はああ言っていたけれど、土方が彼と同じ感情で今を生きているかは分からない。
袋を握っていない反対の手を目の前に翳し、じっと見つめる。
「…この運動不足の体であの頃のように動けるとは思わなかったなぁ…」
刀を握った感触が、竹刀を打ち合い手の中にまで伝わる振動が蘇る。
流石に鍛えていない体では全く全てあの頃と同じようににはいかないが、それでも魂に焼きついている感覚とでもいうのだろうか、蘇った運動神経は全身の隅々まで反射的に稼動させる。
付いてこれなかった部分は毛細血管が切れる感覚とでもいうのかじわじわと痺れに似た痛みと、筋肉痛を起こしていた。
「…副長は…誰に聞いたんだろう…」
刀を握れと言われた時に彼はセイが彼が倒れたとも生き延びた事を知っている事に気がついた。
あの三人の中で最も長く生き延びたのが土方だ。彼より長く生きた誰かから伝え聞いたのだろうか。
その経緯はともあれ、彼が己が生き抜いた事を知っているのなら、その身を生かした証を立てなくてはと思った。
恐らくは彼はどうしてかは知らないがセイが剣術を更に磨き、変化させ、最早誠を貫く為ではなく、生き抜く為の必殺の剣術を身につけた事を知っている。
誠を捨てたつもりは無い。
彼の死後も生きる事を選び、己が生きる為に術を探求したのだと。後悔も無いのだと。
己の生を生き抜いたのだ。と。
彼に伝える必要を感じたのだ。
あの日、己の背で消えていった命の灯火、重さは生まれ変わった今も背に焼きついている。
彼があの瞬間まで記憶に残っているのだとしたら――。
そう思ったら、応えなくてはならない気がしたのだ。
「……優しい人ですから」
理解できず文句を言う度に、諭されてきた言葉が零れる。

「神谷さん!」
思い出した声が前方からかかり、セイは驚いて顔を上げた。
どうしてこんなにもいいタイミングで彼は現れるのだろう。
セイは苦笑した。

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■想う、時・43■

「あれ?神谷さんは?」
セイに促されて先に風呂に入った総司は、タオルで髪を拭きながら居間に入り彼女の姿を探した。
「神谷なら、コンビニ行って来るって出てったぞ」
新聞を読みながら何食わぬ顔で答える土方に、総司は驚いた。
「どうして!もう外真っ暗ですよ!?」
総司の予想外の驚き方に土方は驚いて顔を上げた。隣で子どもたちと遊んでいた近藤も振り返る。
「真っ暗って言ったて、別に、すぐそこまでだろ」
「そこまでだって!神谷さんは女の子なんですよ!」
「…いや。そういえばそうだが」
何故そこまで過剰に反応するのか分からない土方は眉間に皺を寄せる。
「何かあったらどうするんですか!」
「……ああ」
総司の怒っている理由にやっと気付いた土方と近藤は口を揃えて、納得の声を上げた。
「ああって!もう!」
「いや、どうも神谷が武士だった頃の記憶がな。あの頃だって一人で夜出歩いてたし」
「昼間の神谷君の見事な刀捌きを見れば、相手の方が負かされるのは分かるからなぁ」
「こんな時間、外歩いてる女だってそこら辺にいるだろ」
「それでも神谷さんは女の子なんですよ!」
強いから大丈夫。だと全く心配する様子を見せない二人に苛立ち、総司は近藤宅常備の宿泊用浴衣から服を着替えると、取るもの取り合えず玄関へ向かう。
「おい。総司」
「ちょっと迎えに行ってきます!」
止めるつもりは無いが、かける声を振り切り出て行った総司に、近藤と土方は溜息を吐いた。
「…過保護だな」
「総司は昔から神谷君を可愛がっていたじゃないか」
「そりゃそうだけどよ。……どう思う?総司の奴?」
「…そうだなぁ。神谷君がどう思っているかさっぱり読めないからなぁ」
セイは己の記憶を辿る為に京都に来たと言っていた。――総司を探して、とは一言も言っていない。
彼らの死後彼女がどう生きたのか、そしてどう最後を迎えたのか、自分たち自身が互いにまだ互いに全てを語りきれていない故に、安易に彼女に求める事は出来なかった。
彼女が今をどう生きているのか、過去を思い出し、どう思っているのか、聞くのは、記憶を取り戻しているとは言っても、再会してすぐに聞けるものでもない事を、初めて二人は知った。
総司が二人が記憶を取り戻すことも、取り戻してからも長い時間語る事が無かった理由も。
ただ、総司の想いは、生まれ変わってから抱き続けてきた想いは報われるのか。彼の想いも願いも全て知っている以上、彼の力になりたくて、少しだけ尋ねた。
結果は、……恐らく総司を傷つけている。
彼が何度も訪れた場所で彼女が暮らしていた事も。
彼女が総司を想い今の生を過ごしてきた訳では無かった事も。
それさえも、総司自身は恐らく何度も己の中で葛藤してきた想定される再会の一つだと思う。
それでも、現実に突きつけられるのに傷つかないはずがない。
甘やかな望みは、叶っていなかった――。
「…神谷は、恐らく、総司の事……」
「それでもいいじゃないか。これから振り向かせるだろう。総司なら」
土方の悲観的な予測を跳ね飛ばすように近藤は朗らかに笑ってみせる。
「俺は今の神谷君で今の総司を好きになってもらいたい!そうだろ!」
「……確かにな。取り敢えず、総司の奴表情見せねーが。相当嫉妬してるだろ。あれ。生まれてこの方、いや生まれる前からずっと惚れてる女に他の男がいたとなったら……粘着質なあいつの事だ……想像するだけで身震いするぜ」
「そこは、……ほら、大丈夫だ!」
一筋の汗を流しながら、近藤は根拠の無い自信満々に笑顔で笑い飛ばした。

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■想う、時・44■

「沖田先生がどうしてここに?」
暗がりの中現れた総司に、セイはきょとんとしながら顔を上げた。
近藤宅はもうすぐそこなのに彼が現れる理由が分からない。
「あ、もしかして沖田先生も何かお買い物があったんですか?」
何処までものほほんとした問いに、総司は盛大な溜息を吐くとその場にしゃがみ込んだ。
「はー貴女って人は、どうして、もう」
「はい?」
彼に倣って、セイもその場にしゃがみ込む。
「こんな真っ暗な中どうして一人で出歩くんですか!出かけるなら出かけるっていいなさい!私も一緒に行きますから!」
「…でも、すぐそこまでですよ?」
「それでもです!貴女女の子なんですよ!何かあったらどうするんですか!」
「……でもまだ早い時間ですし。何だかんだ言っても、私…あ、竹刀握ったのは生まれ変わってからは今日が初めてでしたけど、昔までとはいかなくてもそれなりに対処できそうですし」
「そういう自信は持たないでください!私が心配なんです!」
セイの言葉を制する総司の言葉に、彼女は目を見開いてぴたりと固まってしまった。
己の言葉に反応してこないセイを不思議に思い、総司は顔を上げ、首を傾げる。
「…神谷さん?…もしかして女の子扱いしたから怒ってます?…あ、過保護だって怒ってます?」
戸惑いながら、彼女が反応しない原因を求め、目をうろつかせながら問う総司に、セイは首を横に振った。
「ち、違うんです!もう昔じゃないんですから、そんなことじゃ怒りませんよ!…それよりも沖田先生に女の子扱いされるって…ビミョーだなぁ…って」
「どうして微妙なんですか!私だって昔の私じゃないんですよ!新選組にいたころならまだしも、今は女の子として貴女いるでしょ!」
「そう…ですね」
くすくすと小さく声を立ててセイは笑い始める。
「何で笑ってるんですか!ほら、行きますよ!」
総司は立ち上がると、セイも立ち上がらせ、彼女の手を握る。
昔から変わらないその行動に、きっと無意識から来るだろう彼の行動に、ふいにセイの頬から一筋の涙が零れた。
そんな彼女の様子に総司が気付く事無く、握り締めた小さな掌の温もりが懐かしくて、思わず握ってしまった己の行動が恥しくて、彼女の顔を見れず、彼女の手を引くように歩き始める。
「神谷さん、帰ったら私とも手合わせしてくださいよ」
「え?…でも」
「いいんですよ。神谷さんの動きは洗練されててとても綺麗でした。生き残る為にがむしゃらに強くなったんですよね。よくあんなに強くなりましたね」
「……いいんですか?」
「強くなるのに良いも悪いも無いでしょう?」
「…だって私の誠は……」
「私はね、私が死んだ後、貴女がどう過ごすか……考えた事無かった訳では無いんですけど………追腹だけはして欲しくなかったんです……」
己が死ぬ最後の瞬間、彼女は笑ってくれた。
その彼女を置いて、自分は先に死ぬ。
その時の己の抱く感情と知識の中で、最大限想像し得る限り彼女の未来を想像した。
それは時に、喜ばしかったり、時に悲しかったり、己の身勝手な感情故の痛みを感じたり、だったが。その中で。ただ一つ。
望んでいない未来があった。
それは彼女の武士としての矜持を傷つけるものだろうとも承知している。
それでも、それだけは彼女にして欲しくなかった。
それまで一方的に握り締めた掌が、ぎゅっと握り返した。
「――私、ずっと沖田先生が傍にいてくださったの知っています。だから生きようって決めたんです。精一杯生きたんです」
囁くような言葉が、風に乗って総司の心の奥深くに入り込んだ。

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■想う、時・45■

ダン!ダダンッ!
パパンッ!
勢いよく道場の板を蹴る音と、竹刀が打ち合う音が響く。
「やぁっ!」
「っ!」
勢いよく打ち付けられたセイは咄嗟に己の竹刀で受け止めるが、力を流しきれず、片足を下げ、体勢を整えようとするが、力に押され縺れた足首は体を支える軸を失い、勢いよく背中から背面に倒れこんだ。
「っいったー!」
背中を打ちつけたセイは倒れた勢いに竹刀を落とし、ぱたりとその場に広げた手の力を抜くと、力尽きたようにその場に大の字に伸びた。
「どうですかっ!私だってちゃんと頭使って戦うんですからねっ!」
道着姿の総司は床に転がったままのセイを見下ろすと、自慢げに鼻で笑った。
「もうっ!くやしーっ!」
同じく道着姿のセイは床に転がったまま、肩で息をしつつ、声を上げる。
悔しがる彼女の姿を見つめ、総司は苦笑した。
「くぅっ!私だってもっとちゃんと鍛えればっ!この付いて来ない体が悔しいっ!」
「…貴女ねぇ。それでももう何十年も剣道し続けてる私に二勝もしてるんですから。…本当に大したものですよ」
「……はぁ……」
元師としては素直に褒めるのはプライドが邪魔をする。それでも精一杯の総司の言葉に、セイは息を一つ吐いて答えた。
手合わせを申し出た総司は夕方も見たセイの剣術に実際に対峙して、彼女がどれ程研鑽を積んできたのか身に染みて感じた。
己の体力の無さを見越してもあるだろうが、最小限の体力で済むよう稼動域を広げているセイの体幹に驚いた。ある意味一番危険で一番無防備な相手の懐、そして背。そこに入り込む手法やその動きの早さに総司は翻弄された。
欠点といえば、セイ自身が語るように体がセイ自身の望む動きに付いてこれない事だろう。
それでも今日の今日が生まれ変わって初めて竹刀を握るという彼女。
そう思えば、過去の彼女がどれ程の強さを持っていたか。計り知れない。
それだけの強さをどうやって手に入れたのか。
どれだけの努力を、彼女は己の死後してきたのだろうか。
目の前でまだ肩で息をし、目を閉じてじっと己の体力の回復をはかる彼女に問う事は、今の総司にはまだできなかった。
率直に聞けるだけの、勇気は、無い。
打ち合いを止めた二人だけの深夜の道場はしんと静まり返っている。
セイの風呂上りを待ち、道場で対峙してから数時間。既に近藤ら家族も土方も眠りに就いている。本当であれば傍で見学を申し出るであろうと予測していた近藤と土方は総司に気を遣ってか共に来る事は無かった。
総司はセイに聞こえぬように小さく息を吐く。
改めて見下ろす、目を閉じるセイはあの頃の面影を残しつつ、けれど別れたあの頃よりもずっとふくよかで綺麗になっていた。女性らしくなったといえばそうなのだろう。
毎日鍛錬を続けていたあの頃とは明らかに筋肉の付き方も違うのだから当然だ。
ずっと、ずっと、探し続けてきた少女。
一番回数多く探し続けてきた場所に住んでいたという皮肉。
新選組縁の地にもしかしたら彼女はいるかもしれない。もしかしたら彼女も辿っているかもしれない。そう思って、何度も何度も訪れた地の二つ。
彼女は己がずっと必死に求めている間、総司の事など忘れて今の人生を生きてきた。
もしかしたら同じ場所の同じ時間、すれ違っていたのかもしれない。
どれ程探しても、やはり人一人の視界では限界があるものだと、どれ程望んでも会えないのだと、痛感させられた。
きっと彼女は普通の女の子として成長し、過ごしてきた。
あの共に過ごしてきた時間も忘れて。
――好きな男性も見つけて。
総司の胃がきりりと痛む。
何度も予測していた。
もしかしたら、総司の死後生き抜いたといっても、その傍には伴侶がいたかも知れない。
今世で恋人を作らない縛りだって、総司が勝手に思い込んできただけのものだった。
彼女にそれを強制する権利も、糾弾する権利もない。
分かってた。
何度も己を言い聞かせた。
――それでも、同じ世界の同じ時間に生まれて、出会えた。
彼女は会いに来てくれた――。
そうだ。
その奇跡に感謝すればいい。
それだけだ。