想う、時1

■想う、時・1■

*いきなり史実ばれっぽくなってます…スミマセン(滝汗)

柔らかな、それでいてお日様のように眩しい笑顔。
「沖田先生」と優しく、そして何処か凛とした響きで私の名を呼ぶ声。
一瞬一瞬の感じた思いが溢れ出す素直な表情。
真っ直ぐ前を見据える眼差し、そしてどんな逆境でも光を見出すしなやかな思考。
何時だって精一杯生きて、傍にいる人まで巻き込む程の力強さ。
あんなにも恋に臆病だった私の感情を揺さぶり、頑なだった信念さえ全て溶かした。
気が付いたら、誰よりも愛しい人になっていた。

――神谷さん。

最後の別れの表情は笑顔。
最後の最後まで、あの人は私の傍にいてくれました。
私の望みを叶えてくれました。
『どうか笑ってください』。
そう言った私に、あの人は大粒の涙を零しながら、笑ってくれました。

―――誰よりも愛しい人。

はっきりといつからかは覚えていません。
私は物心ついた頃には既に幕末での記憶がありました。
新選組一番隊組長沖田総司。
それが私が過去に生きた名。
何の因果か今も同じ名で生きている。
周囲を取り巻く状況も、環境も全てがあの頃とは異なっていたけれど。
私は今の私を生きる事に何の戸惑いもありませんでした。
ただ。
ひとつだけ。

――私は、思い出したその瞬間、また恋に落ちていました。

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■想う、時・2■

平日の喫茶店。
元々大通りから少し小路に入った所にあり、普段から人入りの少ない、知る人ぞ知る店ではあったが、その日はいつもに増して客の入りが少なく、店内は閑散としていた。
一人で寛ぐものや、他の客に迷惑が掛からない程度の声量で会話する二人連れ。
常連の者はその落ち着いた空間を好み通う者が多く、自然とその店にいる全ての者の暗黙の了解のように静かで穏やかな時が流れていた。
店内には会話を邪魔しない程度に流れる洋楽だけが響く。
「前世の好きだった女に、思い出した瞬間にまた惚れました。…ってバカだろう。お前」
「いいじゃないですか。生まれ変わっても一目惚れしちゃったんですから」
目の前でコーヒーを飲む土方を恨めしそうに総司はカフェオレを飲みながら呟いた。
ずずず。とカフェオレを啜る音が響く。
「で、その肝心の女はお前が社会人になる年になっても未だ現れず、彼女の一人もいないまま年取ってく訳だ」
「…仕方が無いじゃないですか。もう好きな人いるんですから…」
頬を染めながら恥ずかしそうに呟く総司に、土方は溜息を吐く。
「会えないまま一生終わる可能性もあるが、それでもいい、と」
「……だから一生懸命探してるじゃないですか」
「今度は何処に行くんだ?」
呆れた視線を総司に向けながら、土方は問い掛ける。
「…九州へ」
「そうか」
こんな問答をもう何回繰り返しただろうか。 土方はまたもう一つ溜息を吐くと、対面に座る総司の横の椅子に置かれた荷物に目を遣った。
ショルダーベルトのついた一週間分くらいの荷物なら収まる旅行バッグ。よくスポーツの遠征や修学旅行生が背負っているのを見かける形。
その中には文字通り、旅行用の道具が詰まっている。何処へ行ってもどんな場所でも咄嗟の時に困らないようにと必要最低限の食料や旅費を最低限で抑える為の野宿道具も入っている事も土方は知っている。
「もういいんじゃないのか?」
そう呟くと、総司は首を横に振る。
「日本各地回っただろう。けど、アイツは何処にもいなかった」
「いえ。まだです。まだ、全部回っていないし、もしかしたら私が行った時に偶々生まれていなかったり、偶々会えなかっただけかも知れません。それに世界中の何処かにいる可能性だってある」
「そこまで執着する必要があるのか?お前は俺よりも先に昔の事思い出してたが、俺なんかよりずっと昔の事に引きずられないで生きてきただろう?」
土方が総司に出会ったのは、彼が高校生の時、総司がまだ小学生だった頃だ。
出会ったばかりの頃はまだ過去の記憶を思い出していなかった土方だったが、後に記憶を取り戻し、総司に記憶がある事を確認した時、彼は既に過去の記憶を持っていた。
「まぁ、思い出したら思い出したでいいですし、過去は過去ですからなねぇ」と、当時の土方でさえ突然思い出した一人分の人生の記憶に混乱していたのに、まだ小学生にして飄々と答えた総司に、驚いたものだ。
それなのに。
「…そうですね。けど、何て言ったらいいのかな……神谷さんだけは特別なんですよ」
何処か寂しそうに、そして嬉しそうに微笑む総司に、土方はそれ以上何も言えなかった。

本当に愛しい者を想う男の眼差しをしていたから――。

もしかしら今生で会えないかもしれない、幻の少女を想う瞳を。

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■想う、時・3■

総司は駅の改札口を通り抜け、目的地へ向かう列車のホームへと歩く。
肩には大きな鞄をかけて。
土方には相変わらずぶっきらぼうに、「まぁ、頑張って来いや」と溜息を吐かれながら見送られた。
幕末の時から再び現世で再会し、またあの頃のように弟分として可愛がってくれ、そして口では皮肉を言うがいつでも心配してくれている土方には感謝している。
そして、いつも何も言わず、にっこりと笑って「行って来い」と見送ってくれる近藤にも。
「本当に…またこうして一緒にいられるって幸せですよねぇ」
足を止め、振り返ると、今抜けてきた改札の向こうに広がる京都の町並みを思い浮かべた。

総司が生まれたのは東京だ。
小学生の頃に親の都合で京都へ転校し、現在はそのまま京都で就職し、一人暮らしをしている。
幼い頃に思い出した記憶は最初とても朧気だった。そして年齢を重ねると共にゆっくりと記憶は鮮明になり、今思えば、だからこそ新選組の沖田総司であった事も受け止められたのだと思う。
母親曰く、総司自身に記憶は無いが、まだ言葉も儘ならない頃には既に思い出していたのではないかという。
両親を呼ぶより先に、懸命に、近藤や土方、そしてセイの名前を名を呼ぼうとしていたらしい。
「あのね、かみやさんはいないの?」
ある時、総司はそれまでずっと不思議に思っていた事を口にした。
自分の周りには家族がいる、けれど、総司の記憶の中では当たり前のように既に新選組の仲間が傍にいた。
大人の自分の記憶があるのに子どもの姿の今の自分、そして傍にいるはずの人たちが一人も傍にいない違和感。
ずっと心の片隅で不思議に思い続けてきていたけれど、まだ幼い思考には目の前にある世界が全てで、己の中の記憶がまさか過去世のものだなんて少しも思わなかった総司は、その時初めて母親に自分の記憶が今の記憶ではない事を知らされた。
そして今は傍にはいないけれど、何処かにはいると信じていた人たちは、実は一人もいないのだという喪失感が彼を襲った。
「それじゃ、皆には会えないの?」
総司の問い掛けに、母は困惑した。
それでも母は決して彼の記憶を否定する事だけはしなかった。彼の過去の記憶を辿った言葉にきちんと耳を傾け、生まれてまだ数年しか経たない総司のもう一つの人生を真正面から受け止めた。
幕末を生きた事。武士として生きた事。人を斬った事。病を煩い、生涯を終えた事。
子どもの口から出る人一人の人生。
今思えば母の苦労と苦悩が忍ばれる。
「もしかしたら会えるかも知れない。けど、会えないかもしれない。それでも怒っちゃ駄目よ」
「どうして?」
「総司みたいに覚えている人いて、もしかしたら会いに来てくれるかも知れない。でもね、殆どの人は忘れてるのよ。お母さんも生まれてからの思い出しかないもの」
「どうして?」
「新しく一から生きる為に貰った命で一生懸命生きる為かな」
「私だって一生懸命生きてます!」
その時の総司は今思えば自分でも少し過去の自分の感情を引きずっていたのだと思う。
母は目の前にいる過去の己の感情に囚われた自身の子どもの為に懸命に言葉を選んでくれた。
「そうね。けど、思い出があったらいいなと思っても、新しく貰った命で生きるのに邪魔になってしまう人もいるのよ。きっとお母さんもそう」
「だって…会いたいです…」
「うん。総司は思い出があった方が一生懸命生きられるからきっと神様が持たせてくれたのよ」
「こんどーせんせいにも、としぞーさんにも会いたいです…」
「…総司。総司にとって必要な人ならきっと会える」
「必要です!」
「でもね。総司が今を一生懸命生きる為に邪魔になってしまう人ならどんなに望んでもきっと会えない」
「邪魔なんかじゃないよ!」
「だったら、今、三歳の総司を一生懸命生きない」
母は過去を忘れて今を生きろとは言わなかった。
過去を抱きながら、けれど過去の己の思考に記憶に囚われず、今生きるこの世界の中で、今の命で、記憶を持ったまま新しく生まれる思考で、感情で、生きろと言った。
本来ならまだ幼い子どもに使う言葉ではないけれど、総司の中のもう一人の総司を諭すように。
それは、下手をすれば乖離してしまう二つの人格を、総司はどちらも己自身として受け止められるきっかけとなった。

「貴方にとって大切な人なら、きっとまた会える」
例え記憶を持ってなかったとしても、その時また一から、その人にとっての大切な人になるのも楽しいでしょ。

母には感謝しきれない。
この人が自分の母親でよかったと総司は思った。

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■想う、時・4■

総司が近藤と出会ったのは、地域の小学生対象によくある、小学校の体育館を利用しての剣道クラブだ。
その指導者として現れたのが近藤勇だった。
総司には一目見た瞬間にすぐに分かった。
そして初めて出会う、過去に共に歩み、共に生きた人。そして誰よりも尊敬していたその人に出会えた感動は計り知れなかった。
クラブ初日の簡単な活動内容の説明が終わり、解散すると、総司は一目散に近藤に走り寄った。
「こっ!近藤先生っ!」
「おお。えーと…沖田君だったかな?宜しく頼むよ!」
あの頃と変わらず大らかな笑顔で大きな掌を総司の頭に乗せてくしゃりと撫でた。
けれど、ただ、名を呼ばれたその瞬間、総司は気付いてしまった。
あの柔らかな、信頼を寄せた声色はそこにはない。あるのは初めて出会った、これから指導する子どもたちの内の一人に対する声質と、かける言葉。
――近藤先生は、あの頃の記憶を持っていない。
ずっと母に聞かされてはいたものの、実際に目の当たりにすると心を襲う衝撃は強い。
しかし、一方でこの頃には、母の言う通り、総司以外殆どの人間は過去の自分の一生の記憶を持ってなどいないことも理解していた。
だから。だったら。
「近藤先生!一生懸命頑張りますのでどうぞ宜しくお願いします!」
また、この人の傍にいる努力をすればいい。

過去に剣豪と呼ばれていたからと言って、今も同じだけの力量も才能も持っているとは限らない。
だからこそ、総司は必死で努力し、次々に昇級していった。
それは指導者である近藤も目を見張るもので、元々自宅で父親が道場を開いており、地域の町内会から依頼を受けて、まだ師範代である近藤が将来の道場を継ぐ準備を兼ねての剣道クラブの指導だったので、総司の才能の開花をまざまざと見せ付けられると、本格的に道場での稽古を薦めた。
小学生だけのクラブでは既に対等に打ち合える者もおらず、昇級条件上どうしても年齢と経験年数が彼の才能と摺り合わず、道場なら更に上位有段者とも打ち合えるからと誘ったのだ。
学校内だけだった人間関係が、剣道クラブに入る事で住んでいる地域の同学年へと広がり、試合や大会に出る事で更に広がっていく。
そうして人と出会い、別れを繰り返す内に、母の言った言葉の意味が深く総司に刻まれていく。
過去知り合ったから、同志だったからと言って、今も同じような関係になれるとは限らない。通りすがりで見た事があるなと思い、それきりで終わる出会いもあれば、少しの期間だけ交流のあった出会い、そして逆に上司として慕われていたのがライバルとして睨み付けられたりという事もあった。
記憶が無いから。
そう思った時期もあった。けれどそうではないのだ。
彼らは今の命で、今まで生きた時間の中で培ってきた思考や経験を元に、今を生きている。
それは同一人物であっても過去の彼らと同じであっても同じではなくなる。総司はそう感じた。
確かに少しも変化がなければ今の命を生きている意味が無い。
極端な話、それこそ今現代で刀を持って人を斬っていてはそれは犯罪者にしかなりえない。だから人が刀を持つ事、人を斬る事を規制され、そしてそれは今生きる自分たちの価値観に浸透してる。
それが生きるという事。
そういうものなのだ。
総司はそう悟り始めていた。

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■想う、時・5■

「総司!今度こそお前から一本取ってやるからな!」
「としぞーさん大人気なーい」
「煩せぇ!お前より年上なんだから土方さんと呼べっ!」
「ひっじかったさ~ん♪」
「お前に言われると、ホント腹立つな!」
近藤道場で、防具と面を纏い、対峙する小学生と高校生。
圧倒的慎重差ではあるが、竹刀を向け合うその気迫は対等のものであった。
先に動いたのは土方だった。
総司の左側面に回り込み、篭手をを狙う。しかし、その時に既に総司は半歩左足を引き、逆に回り込んできた土方の左側面から胴を狙った。そこを透かさず土方は竹刀を下ろし、己の胴に今将に打ち付けられようとした竹刀を跳ね返す。
パァン! パパパパァン!
激しく打ち合う音が響く。
ッパン!
「一本!そこまで!」
決着は、上段構えから素早く土方の面に総司の竹刀が打ち込まれた一振りだった。
互いにもう一度刀を合わせ、竹刀を納めると礼を交わす。
すると、徐に土方は面を脱ぎ捨て、「くそっ!」と悪態を吐いた。
総司も同じように面を外し、にこにっこと笑みを浮かべる。
「としぞ~さん♪」
掛けられる声にぎんっと土方は総司を睨みつけるが、一本取られた今、何も言い返す事は出来ない。
「総司はどんどん腕を上げるなぁ。土方君もまだ入ったばかりなのに強い」
審判をしていた近藤はにこにこと笑いながら、二人に歩み寄る。
「俺の方が先に入ってたら絶対とっくに総司を負かしてた!」
「負かすって言っても私これでもまだ小学生ですけどね~」
笑う総司の首に手を回し、土方は羽交い絞めする。
「小学生のくせに生意気だ!お前は!そーじのくせにっ!」
「弱いものいじめ~」
「お前の何処が弱いものだっ!口と剣の腕ばかり達者になりやがって!」
憎まれ口を叩きながら、それでも本気を出して怒っている訳じゃない土方。そして二人のやりとりを笑いながら見守る近藤。
こうして今もまた出会えて、離れていく人間もいる中、二人の傍に、三人でいられる事が総司は嬉しかった。
あの頃の記憶を持っているのは総司だけ。
それでも、二人は傍にいてくれるし、総司も傍にいたいと望でいる。
まだ、あの頃の三人でいた頃の空気には敵わないけれど、それでもどんどん近付いていく心の距離に、信頼感に、総司は自然と笑みが浮かぶ。
決してあの頃から何も変わっていない訳じゃない。
近藤はあの頃から比べれば、細かい事が気になるようになっていたし、土方は憎まれ口こそ叩くけれど、ずっと角が取れて人が近付きやすくなった。
変わっても、本質は変わらない。
それぞれの時間を過ごして、今、三人一緒にいられる。
そういう形もあるのだ。
何処か心荒みながら、悟った気になっていた総司は、嬉しくて仕方が無かった。