想う、時8

■想う、時・36■

総司は数日の旅を終え、久し振りに京都に戻ってきた。
今回も収穫は――無し、だ。
けれどそんな虚無感は疾うに何年越しで何度も味わってきたし、その度に毎回胸に走る痛みはあるけれど、すぐにまた新しい目的地を目指す為の指針になる。
あの人と絶対に出会うのだ。
その希望だけは絶対に失わない。
今回も既に日常となった、『ただいま』を言う為に近藤の元へ寄ろうと、旅先で買ったお土産を手に彼の家へ足を伸ばした。
翌日からはまた仕事も始まり、暫くは旅に出る事が出来ない。
そう思うだけで溜息が出る。
一刻でも早くセイを見つけたいと願うのに、今の自分を生かす為の糧がどうしても必要だ。
「神谷さんが悪いんですよ。ちゃんと会いに来てくれないから」
これなら、前世、目を閉じる最後の瞬間にちゃんと約束しておくんだった。と総司は今更どうにもならない事をぶつくさ呟く。
本来ならもう少し早く戻る予定だったのだが、見上げた空は赤くなり始め、星がちらほらと見え始めている。
近藤の家に近づくに連れ、今日も行っている夕稽古の気合の声が響いてきた。
この声を聞く度に、帰ってきたのだと郷愁の想いが胸に染み込む。
(今日は土方さんもいるんでしたっけ?そしたら一緒にお土産を渡してしまえるから楽ですねぇ。きっとその後は近藤先生が夕飯食べていけと言ってくれるはずだからお邪魔して、そのままお泊りもいいですねぇ。あ、でも着替えがもう無いから明日朝稽古したら一回家に帰らないとならないですね)
旅の間、セイを一途に想い続ける日々から、日常の事への思考が切り替わるのも、また今の沖田総司に戻る大事な儀式のようなものだった。
寂しさ半分嬉しさ半分。
それでも今を生きる総司にとっての大切な儀式。
いつかは終わると願っている、大切な儀式。
(あれ?)
門を潜れば。
そこには剣士たちが刀を交差しているいつもの光景が見えるはずだった。
いつも潜る門の前。
一人の人影がそこに立っていた。
女の子だろうか。
すらりとしたシルエットに、ポニーテールに束ねた髪が風に揺れる。
何処か戸惑いがちに門の入り口から中を覗き込み、中で行っている試合を見て体が自然に動くのだろうか、小刻みに揺れていた。
けれどその肉付きは今まで武道をやってきたとは思えない、細いけれど確実に女性らしい丸みを帯びた体つき。
「……」
総司は立ち止まってしまった。
息をするのも忘れて、ただじっと目の前の少女に見入る。
まだ彼女は自分に見入っている存在がいる事に気付いていないようだった。
どくりどくりと心臓が大きく、激しく跳ねる。
今まで細く穏やかに流れていた血流が一気に激しくなる感覚。

あの頃と容姿は違う。
それは当然だ。
生まれ変わるとはそういう事なのだから。
不安はずっとあった。
本当に彼女に出会った時に自分は分かるのだろうか。と。
だからこそ見逃さないように、自分自身を戒め、気が緩む自分を常に警戒し、叱咤した。
一度のチャンスを逃せば、二度と見つけられなくなるかもしれない。
それは絶望にも似た恐怖。
だから、ずっと自分が怖かった。
夢で魘されるほどに。
――セイに気付かない、自分が。

少女の影がゆらりと動いた。
総司は手に持っていた荷物も土産も全てを投げ出し、駆け出していた。

今なら分かる。
何て自分は愚かなのだろう。
セイに気付かないかもと思うなんて。

その場から離れようとするセイを、総司は無我夢中で抱き締めた――。

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■想う、時・37■

ずしゃぁっ!

擬音で表現するのなら、まさしくその表現が最適だった。
突然背後から抱き締められた、というよりもタックルをかけられたセイは抱き締めてきた人物ごとその場に勢いよく顔から転んだ。
「何するんですかっ!沖田せん…せ…」
顔を上げ、思わずついて出た言葉に、セイは息を飲み、己の口を慌てて塞いだ。
丁度過去を思い出していたところだったのだ、意識が過去に残ったまま、こんな事をするのは総司しかないと、条件反射のように声を上げたが、この時代に総司はいないのだ。突然女性に抱きついてきた人物も不審者だが、見も知らぬ人間の名を呼んだ自分も大概不審者だろう。とセイは取り合えず、今も自分の腰に手を回す男らしい人影を振り返った。
「っ!神谷さんだ!やっぱり神谷さんだ!」
目の前の青年は瞳を輝かせ、満面の笑みを浮かべたままセイの――過去の名を呼んだ。
懐かしい抑揚と、懐かしい声色で。
あの頃と同じで、あの頃と違う。
けれど、――あの頃と同じ人。
「――」
「神谷さん?」
総司は自分の姿を見るなり固まってしまったセイの目の前にひらひらと手を振ってみせる。
「あ、ごめんなさい。鼻擦り剥いちゃいましたね」
間近で久し振りに見る顔をどきまぎしながら己を見つめくる彼女を覗き込むと、彼のタックルによって彼女の鼻の上が少し赤くなっている事に気付き、ぺろりと傷口を消毒するように舐め取った。
「っ!?っ!?っ!?」
セイは声を出せずに、ばっと両手で己の鼻を押さえた。
「何で神谷さん何も喋ってくれないんですか?」
折角再会出来たのだから声を聞きたいのに。そう不満を漏らす総司に、セイは訳が分からない。
ただ目を丸くして目の前の彼を見つめる。
「さっき言いましたよね?沖田先生って」
「……ほ、本当に…」
言葉を失っていたセイがやっと声を発すると、総司はぱっと表情を明るくして、彼女が次紡ぎだす言葉をじっと待った。
「本当に、沖田先生…なんですか…?」
ゆっくりと鼻を押さえていた手を下ろし、セイはじっと彼を見つめる。
すると、総司は少し驚いた表情を見せて、それからくすりと苦笑すると、昔も見せた柔らかな笑顔を彼女に見せた。
「やだなぁ。私は一発で分かったのに、神谷さんは分からなかったんですかぁ。酷い弟弟子ですねぇ」
「だっ!だって!そんな、本当に、しかもこんなすぐ、会えるなんてっ!」
会いたい気持ちはセイだって抱いていたのに、まるで自分は総司に関心が無かったような咎めの言葉に彼女は反論した。
「すぐなんですか?私なんて……どれだけ探したか…貴女を…」
反論するセイにくすりと笑うと総司はそっと手を彼女の頬に触れ、彼女から伝わる体温を確かめるように撫でると、目を細めて微笑んだ。
柔らかい表情の奥にある、ちりりとした熱。
彼の瞳の奥にある熱のようなものを微かに感じたセイは己の体温が一気に上がるのを感じて、彼の手から瞳から逃れるように身を引いた。
あの頃の総司と同じはずなのに。
あの頃と違う総司だと分かっているはずなのに。
あの頃と圧倒的に違う総司の中にあるものにセイは敏感に反応してしまい、自分でも驚くくらいに心臓が飛び跳ねた。
中村を思い出した時とも、伊東と再会した時とも違う。
総司だからだろうか。
総司だからこんなにも以前と同じで違う雰囲気にひとつひとつ動揺してしまうのだろうか。
白のシャツに黒のジーンズ。現代物を着ているのは当たり前だ。そして髪結いは勿論していなくて、短く切り揃えた黒い髪が風に揺れている。
自分も同じように現代の格好をしているくせに、総司も同じように現代の格好をしているだけで激しく動揺する。
過去の彼の容姿が重なり、何故だか気恥ずかしいような、無図痒いような、居た堪れないような気持ちになり、鼓動は激しくなる。
「だっ…大体!沖田先生!こんな突然抱きつくって!どういうことですか!誰にでもこんな事してるんですか!変態さんですよ!」
「神谷さんだけですよ」
妙に彼を意識し過ぎる己の意識を他に逸らそうとセイは必死に言葉を紡ぎだすが、さらりと真顔で答えられ、また固まってしまった。
「ち…違う人だったら…どう…するんですか…」
「違いませんよ。だって一目見て分かったって言ったじゃないですか」
セイは今度こそ言葉を失った。

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■想う、時・38■

「おい!総司!お前何道場の前で女押し倒してるんだ!やるなら家ん中でやれ!」
固まったセイと、彼女を見つめる総司の二人の頭の上から怒声が降る。
「土方さん!だって神谷さんですよ!神谷さんに会えたんですよ!会いに来てくれたんですよ!」
強い口調の怒声に少しも怯まず、総司は道場から自分たちを見下ろす土方に己の喜びを訴えた。
「神谷?とうとう幻覚まで見て誰彼構わず女押し倒すようになったの…か……?」
呆れ口調で土方は総司から未だ彼の下に敷かれたまま上半身を起こしこちらを見上げる少女に目を向けて、凝視した。
「……ほ…本当に…神谷か?」
セイの方も、次々に起こる再会についていけず、土方を見上げて、言葉を失った。
「神谷さん?ちょっと、土方さんが脅かすから神谷さん固まっちゃったじゃないですか」
「煩せぇ!おい、神谷なんだろ。上がれ」
固まったままのセイを見てそれから不満を訴える総司に対しまた土方は一喝すると、セイをもう一度見下ろし、道場に入るようにくいっと親指を立て手を振った。そして振り返り、中を見ると、中にいた人物にも声をかける。
「かっちゃん!ついに総司が神谷を見つけやがった。つーか自分から来た?らしいぞ」
「かっ…!?」
また良く知った名に、セイは声を上げる。
「どうした?神谷君だって?ついに見つけたのか!」
どたどたと大きな足音を立てて奥から一人の人物がまた現れる。
「……」
セイは土方の背後から現れた人物をまた見上げ、けれど土方の時と同様に喉の奥から声が競りあがる事が無く、息だけが漏れた。
「……っ!神谷君だな!神谷君なんだな!」
近藤は脇目も振らず裸足のまま地面に降りると、総司の下からセイを引き出し、ぎゅうっと力強く彼女を抱き締めた。
「よく来た!よく来たな!元気でいたのかい!?」
「さっきから一言も発しねぇけど、偽者か?」
「何言ってるんですか!本物の神谷さんですよ!」
近藤に抱き締められながらもやはり言葉を発しないセイを訝しむ土方に、総司は透かさず自信満々に回答をするが、土方の表情はすぐに呆れ顔に変わる。
「お前のその自信は何処から来る」
「私だからです!」
「阿呆だな」
「何ですかその蔑む様な眼差しはっ!」
「まぁいい。神谷、握れ」
「は?」
掛けられた言葉と同時に宙を舞った竹刀を、セイは反射的に受け取った。
「本物ならやれるだろ」
「ちょっ!土方さん!見たら分かるじゃないですか!今の神谷さん全然刀握ってませんよ!」
総司が慌てて土方に反論するが、それを無視し、くるりと背を向けて道場の奥に入っていく。
「誰かさんもそうだったろ。体が覚えてるもんだ」
そう言われて、一瞬総司は怯むが、それでも心配そうにセイを見遣る。
セイは戸惑いながら総司と同じように心配の視線を向ける近藤を見る。
「お前はあの中を生き抜いたんだろ。――明治の世まで」
まだ心を定めきれないセイに降ってきた言葉は、彼女の心を決断させた。

――今、刀を握らなくてはならない。

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■想う、時・39■

土方と目が合った瞬間――。
脳裏に一瞬にして浮かぶのは、過去の彼の最後の瞬間。
銃弾が飛び交う中でそれまで勇ましく最前線に立っていた人が、呆気無く倒れる瞬間。
あれ程前に立つなと言ったのに。言う度に意固地になり、「俺が前に出ないで隊士がついてくるか!」と誰よりも前に立ち、敵を切り捨てていった。
その姿は鬼神の如く。
銃弾さえも避けていく。
重ねる戦歴から、彼の放つ気迫から隊の誰もがそんな錯覚さえ起こしていた。
それなのに。
そんな人だったのに。
撃たれた瞬間は呆気無く。
――穏やかな、笑みさえ浮かべ。
地に伏した――。

浮かぶ情景を振り切るように首を振り、セイはのろのろとその場を立つと、土埃をほろい、気遣う総司と近藤の視線を受けながら土方のいる、道場へと上がった。
夕稽古をしていた剣士たちは既に本日の稽古を終え、それぞれ帰り仕度を始めていた。突然現れた闖入者に否が応でも視線が集まる。
それも気にせず、黒のジャケットとパンツ姿だった彼女は、履いていた靴下を脱ぐと、道場に張られている板の床の上に立った。
道場に立つという経験さえ今世では無いはずのセイの足裏はぴたりと吸い付くように床に馴染む。握る竹刀は、何十年も握り続けて、少しもブランクを感じさせないように掌で落ち着いた。
それでも竹刀はあの頃よりもずっと軽量化が進み、ずっと軽い。
そして命を懸ける必要の無い現代で扱われているそれは、――血の重さも無い。
軽いな――。
素直にそう思った。
そして。
動けるだろうか。
その疑問は表面的なもので。
潜在する意識は確信していた。
――戦える。
ただ。

パァンッ!
構えてすぐに斬り込んで来たのは土方だった。
セイの頭上に的確に竹刀を振り下ろしてくる。彼女はそれを受けるとすぐさま間を取った。
防具も着けず始めた、突然の女性剣士と師範代の一騎打ちに、帰り支度をしていた剣士たちは手を止め、二人の戦いに見入った。
癖のある土方の刀をセイは難なく弾き、そして交わしていく。
土方の刀は剣道の基礎をきっちりと受けてきた者にとって苦手な癖の持ち主だ。油断をした隙に一本取られてしまう。けれど決して反則ではないそれは剣士たちにとって遣り辛い剣術であった。
それがあの時代からの癖である事はここにいる三人だけが知っている。
それをセイは一本になるすれすれの所でどうにか交わしているのかと見る者の誰もが最初は思っていた。しかし上段者になればなるほど、そうではないのだという事に次第に気付き始める。
「…神谷さん。体捌きが綺麗ですね」
「ああ。総司も気付いたか。あれはギリギリで交わしてるんじゃない。最小限の体移動で交わしてるんだ」
セイの後を追って、道場に上がった二人は、彼女の動きを見て感歎の息を漏らした。
しかし、対峙する土方にしてみれば苛立ちにしかならない。
幾ら打っても打っても、交わすか、弾くかばかり。そしてそれも何処までも余力を残して、土方の相手をしてくれているのだ。
彼女は決して自分からは竹刀を振り下ろしてこない。確実に一本は直ぐにでも取れるはずなのに、打ってこない。
力の差は明白なのだと、彼女の動きが、視線が教える。
馬鹿にされているのか。
そう思ったが。
彼女は彼の刀を交わす中で、彼女自身の今の体の稼動域をゆっくりと確かめているようだった。
そして、本当に打ち込んでも良いのだろうかという想いが彼女の揺れる瞳から見て取れた。
己の体の使い方を確かめられるほどの、己の力加減を量る程の余裕を彼女は持っている。
それが、彼女との力の差。
「ってめぇっ!俺を舐めてんのかっ!」
ダンッ!ダダンッ!
苛立ちに任せて大きく踏み込み、セイの動線を取らえ、横に薙いだ刀をそのまま上段に回し振り下ろした。
その力強い一撃と、素早い連続攻撃をセイは半身を引き、身を屈めると、土方の足元を捉え、そこから垂直に天に向かって竹刀を突き立てた。
竹刀を振り下ろしきる前に土方は静止した。
動けなかったのだ。
――顎下から伸びる竹刀に自分から喉を潰す事になる。
セイの動きを読んだ土方の動きを読んだ上での動き。
無駄な動きは何一つ無く。
己自身の疲労を最小限に、敵を自ら絶命させる。
――真に必殺の技。
それは。
思考に浮かんだ、続く言葉に、近藤も土方も、総司さえも背筋に悪寒が走った。
同時にそれだけの術が生き抜く為に必要だったのだと。
セイは土方が、「参った」という言葉を吐くと共に、竹刀をすぐさま下ろし、その場に平伏した。
「申し訳ありません!折角教えて頂いた剣術を私は穢しました!私の剣術は最早剣術ではないんです!」
彼女は自ら自身の剣術を否定した。

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■想う、時・40■

帰り支度も途中で土方とセイの対決を見入っていた剣士たちは名残惜しそうにしていたが、そんな彼らを急かす様に帰らせ、 道場の中には、近藤と土方が上座に、総司とセイが下座に正座し、セイは改めて平伏する。
「お久し振りです。そして初めまして。近藤局長、土方副長、沖田先生。神谷清三郎、現在は富永セイと申します」
「今はもう局長でも何でもないよ。トシもな。頭を上げてくれ。神谷…いや、富永君」
「神谷でよいです。もう慣れていますから」
近藤の言葉に素直に顔を上げると、セイは笑顔を見せた。
「しかし、総司には聞いていたけど、神谷君は本当に今も昔も女子なんだなぁ」
「はぁ…はっ!そうですよね!ずっと隠し続けて申し訳ありませんでした!」
セイの体つきを見てしみじみと感想を漏らす近藤に、彼女は今更ながら前世では何一つ明かさずにいたのだという事を思い出し、再び頭を下げた。
彼は別れを迎えるその時、最後の瞬間まで彼女の性別を知らずに世を去った。
そしてそれは、土方も。
と、思い、土方を見ると、彼はふんと鼻を鳴らすだけで彼にも自己申告はしていなかったがその様子からは知っていたのか知らなかったのかは読む事が出来なかった。
「…本当に…本当に…神谷君なんだな…」
嬉しそうに笑う近藤に、セイの胸はつんと痛みが走る。
浮かぶのは、土方と同様に彼の最後の瞬間。
あの当時の心境に帰れば今でも胸が痛む。武士にとって、それまで誠を貫いていた己自身を確信し生きてきた彼にとって、最も辛い最後。
彼は覚えているだろうか。
処断されると聞かされ、居ても立ってもいられなくなり人混みに紛れ、己がその場に立ち会ったのを。
一瞬――その時、自分を見つけてくれた彼が、笑いかけてくれた事を。
そんな過去から変わらない、どこまでも澱みの無い笑みを彼は、今もまた見せてくれている。
「見事な剣術だった……君はその剣で生き抜いたのかね?トシの死後…もかい?」
「…あれは、もう…」
しかし、彼の笑みに応えられる表情を見つけられずセイは目を伏せる。
「――お前はお前の生を生ききったんだろう。その力で」
土方に言われ、さっきも浮かんだ疑問が再び浮かぶ。
土方は知らないはずだ。
セイが彼の死後、どう生きたなんて。
しかし、その前に言わなければならない事があった。
過去の事だ。そうは言っても、全てを流す事も覆す事も出来ない事実。それを謝罪しなくてはならない。
「生き抜きました。確かに私は先生方の死後も生き抜きました。けれど、私は、己が生きる為に沢山の人を殺しました。誠でも何でもありませんでした。ただ生きる為に……先生方が教えてくださった大切な剣術を穢して……人を殺し続けたんです……」
「神谷さん……」
そう。
先程の試合で浮かんだ言葉。
『最早、武士道の剣術では無い』
どれだけ過酷な時を過ごしたか、先に世を去った三人には分からない。
幕末のあの戦乱の中でさえも型を重視した剣術を中心に身に付けていた武士の中で新選組は実践を重視した集団戦術であり必殺の剣で、もはや剣術と呼べず、武士道を汚した粗野な戦い方と中傷されていた。
そうであっても刀を持つ者としての根幹はあり、周囲にどういわれようとも新選組の武士道としての型があった。
そんな実践向きで確実な戦力になるというその点に置いてだけは幕府にも評価されていた新選組の剣術。それでさえも、彼女の生きる道には通用せず、その術を身につけなければ彼女は生き抜けなかったのだ。それを彼女は全身で語っていた。
「…土方さんが言ってましたけど…、神谷さんは函館以降も生き抜いたんですか?」
「……はい…」
彼女は俯いたまま頷く。
本来であれば土方の死後、追って切腹をすれば良かったのだ。
総司の想いを連れ土方を守る覚悟を決め、函館に赴いた。
彼を死なせてしまったのなら、その時点で己の命も絶てばよかったのだ。
何度そう思ったか。
それでも。セイは生きる事を選んだ。
――あの青空の下で、生きる事を選んだのだ。
「神谷さん…」
「……はい…」
再び頭を垂れるセイに柔らかな声が降り注ぎ、ふわりと背から温もりが伝わる。
「生きてくれてありがとう――」
総司の言葉にセイはゆっくりと顔を上げ、近藤、そして土方、最後に今も己を包みすぐ傍にある総司の顔を見上げる。

「また、出会ってくれてありがとう――」