■想う、時・6■
そのきっかけが何だったのか、総司は知らない。
けれど、ある日突然土方が道場に駆け込んでくると、真っ青になりながら総司に近付いた。
「どうしたんですか?」
総司があまりにもいつもと違う様子の土方に首を傾げ、問うと、土方は眉間に皺を寄せ、俯いたり顔を上げて何かを喋ろうとしたりを繰り返し、数分後やっと意を決したのか、口を開いた。
「お前。新選組だった頃の記憶あるか?」
「あ、はい」
「いや!…こんな事突然言って、頭おかしいんじゃないか?と思われるかもしれねぇが!俺は間違っても頭おかしい訳じゃないぞ!…てお前今何て言った!?」
一気に捲くし立てるように一人喋る土方は、まさかの自分が問い掛けた質問に肯定の回答が戻ってくるとは思わず、目を見開いた。
総司はのんびりと、もう一度「覚えてますよ」と答えた。
「はぁっ!?何で覚えてるんだよ!って言うか、何でそんなに落ち着いていやがる!俺はこんなに動揺してるのに!って言うか何で言わない!?」
「土方さん動揺しすぎですよ。質問も多すぎ」
「いいから答えろ!」
「えー。私、生まれた時から思い出してますから。今更?近藤先生も土方さんも覚えていないみたいだったし、そこで『新選組』だったんですよ!って言おうと思っても、恐らく土方さんが今私に聞こうかどうしようか迷ってたのと一緒の理由で止めたんですよ」
「だとしても、そんな素振りさえ少しも見せなかったじゃねーか!」
「まぁ、思い出したら思い出したでいいですし、過去は過去ですからねぇ」
のほほんと答える総司に、土方は唖然とし、そして脱力する。
「お前…」
「でもね。また会えて嬉しかったんですよ。覚えて無くても」
その場に膝をついた土方の前に総司はしゃがみ込み、そしてにっこり笑う。
「そして、いい事なのか悪い事なのか分かりませんが、私は、思い出してくれて嬉しいです。土方さん」
「……」
今しがた思い出したばかりの土方には、生まれてきてすぐに思い出したという総司の抱えているものは計り知れない。
それでも、今、己が突然抱えた過去の自分の人生の重さを昇華しきれない痛みを、総司はもっと以前から抱いていたのだと思うと、言葉が出なかった。
まだまだと言われるかも知れないが、それでも自己が確立し始めた土方のこの年齢でもこの記憶の重さはとてつもない。それを自己もまだ確立も何も自我さえ危うい年齢にこの記憶を持っていたのだとすれば、それはどれほどのものだろう。
「…お前は、平気だったのか?」
土方がかける言葉の真意をすぐに感じ取った総司は、苦笑した。
「お陰様で」
「…バカヤロウ。早く言え」
そうしたら、もう少し早く思い出していたかもしれないのに。
幼い体で過去の記憶を背負う総司を一人にしないでいられたかもしれないのに。
己自身の事よりも、総司を想い、俯く土方に、総司は目を細くして、笑った。
「だから、大好きですよ。土方さん」
「くそっ」
「あ。ちなみに近藤先生は覚えてらっしゃらないですから、言わないであげてくださいね」
人差し指を立て、にっこりと笑う総司に、土方は顔を上げ、そしてまた俯いた。
「バカヤロウばっかだ…」
その数年後、近藤もふとしたきっかけで思い出し、総司と土方を抱き締め、号泣した。
けれど、その思い出したきっかけは、それぞれ口にする事は無い。
過去の記憶を共有できる人がいればどれほど良いかと何度も願った。
二人が思い出してくれればどれだけ嬉しい事かと何度も想った。
けれど、同時に別の可能性がある事をその頃の総司は気付き始めていた。
思い出す事によって、過去の記憶を避け、離れていく可能性だってある事をその頃の総司は恐れていた。
それほどまでに、三人でいる事が当たり前になっていたから。
だから。
ただ、覚えている。
そうしてまた傍にいられるなら、それだけでよかった。
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■想う、時・7■
「お嫁さん?将来はセイちゃんをお嫁さんにするんです」
幾度か、母や姉妹、友人に答えたことがある。
子どもの頃によくある、「大人になったら○○ちゃんのお嫁さんになるの!」的な質問とその回答だ。
その答えは数十年経った今も変わる事は無い。
「おい。またどっか行くのか。小学生のくせに」
稽古が終わり道場の玄関を出ようとした総司に声がかかる。振り返ると土方が不信そうにこちらを見て立っていた。
彼の視線は、総司が肩に下げているショルダーバックに注がれている。
その頃の土方はまだ過去の記憶を取り戻していない。
「はい」
総司は平然とにっこり笑って答えた。
「お前週末になるといつも旅行鞄持ってくるよな。そんなにしょっちゅう旅行に行く家なのか?」
「…いいえ?私一人で行くんですよ」
少し考え込む素振りを見せた総司はまたにっこり微笑んだ。
「小学生のお前一人で?」
「はい」
「何処へ?」
「うーんと。色々ですねぇ」
「何しに」
「ある人を探して」
「親は。何も言わないのか?」
「はい。両親了承の元で一人旅してるんですよ。って、土方さん警察みたい」
笑う総司に対して土方の不信感漂う表情は変わらない。
「誰を探しに行ってるんだ?偶に二、三日道場に来ない事もあるだろ。あれはその為か?大体親も何でそんなに息子を好きにさせてる」
まさかそこまで深く聞いてくると思っていなかった総司は少し困り顔をし、答えなきゃ駄目かと土方を見上げた。彼の様子に気付いてはいたが、土方は引く事は無かった。
毎週末、時には学校さえ休んで何処かへ行っている様子の小学生。
土方と同じ高校生くらいにもなれば時に羽目を外して小旅行に出てみたりする者もいる。が、総司はまだ親の庇護のいる小学生だ。
まだそれ程親しくなっていた訳ではなかったが、何も聞かずに心配せずにいられる程疎遠の仲でも無くなっていた。だからこそ、土方は今日やっと総司に問う事を決めたのだ。
「どうした?」
道場から顔を覗かせた近藤が、二人の何処か緊迫した空気に首を捻る。
「かっちゃん…」
土方は言おうかどうしようか迷いながら、近藤を見上げる。近藤はそんな土方の様子と、困惑気味の総司を見遣り、手招きをした。
「総司。まだ時間はあるか?少し話をしよう」
「…はい」
流石に今も昔も近藤に言われると弱い。総司は渋々穿いていた靴を脱いで、もう一度道場へ入る。
土方も総司の後ろに続いた。
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■想う、時・8■
道場の中に入ると、既に他の門下生は帰っており、三人の為だけの広い空間がそこにあった。
近藤が道場の中心に座ると、その正面に総司と土方が二人座る。
「総司」
「はい」
「俺は今までお前が週末になると何処かに出掛けているのは知っていた。けど敢えて聞く事もしなかった。お前が稽古を休む日はきちんと親御さんからも連絡を頂いていたからな」
「はい」
「けど、ずっと気になっていたのは、俺もトシと一緒だ。お前がここに通うようになって、俺はお前を弟のように思っている。トシもな。不思議だなもっと長くここに通う門下生もいるのに、その誰よりもお前がここにいる事に凄く馴染んでいるんだ」
「ありがとうございます」
記憶は無いのに。それでも思いがけない言葉を貰い、総司は嬉しくてつい頬を緩ませてしまう。
「だから、家族のようにお前を心配する権利もくれないか?嫌なら言わなくてもいい。それでも俺はお前が何をしているのか知りたい」
近藤は今も昔も変わらない。
どっしりとした大きい器の中にある優しさや思いやりや素直さで人の心を全て曝け出させ、そして包み込んでしまおうとする。
土方のように突き刺すように質問されると、つい逃れようと反発してしまうが、近藤は相手に自ら心を開かせてしまう。
「…ずっと、一人の女の子を探しているんです」
「女の子?」
総司は少し瞼を伏せ、答える。
「大切な、本当に大切な女の子です」
「惚れた女か」
「そうですね」
土方の冷やかし交じりの言葉に、総司は顔を上げ、まっすぐ彼を見て、肯定した。
返された瞳に、土方はばつ悪く顔を背ける。決して冷やかすような対象では無かったのだ。と気付かされたからだ。
「その子は何処にいるのか分からないのかい?」
「はい。もうずっと…ずっと前に離れ離れになってしまって…何処にいるのかわかりません。けれど、必ず見つけ出します」
その言葉に意思の強さを感じた近藤は頷いた。
そして同時に驚いた。
目の前にいるのはまだ年端も行かぬ小学生なのに、まるで自分と同年代、もしくは年上のような口調と言葉の深み、想いの強さに自分の方が年下のような感覚に陥ったからだ。
「親御さんは総司のその想いを全て分かっていて、お前一人の旅を許しているのか?」
「はい。…私がどうしてその子を探しているのか、その子をどう思っているのか、全て知って、その上で私の好きにさせてくれています」
親子の圧倒的な信頼関係、その上でのまだ本来庇護されるべき年齢の総司の一人旅が成り立っている。
子どもを受け入れている道場であるから親子連れで迎え入れる事も多い近藤から見ても、他人には入り込めないこの家族だけの深い信頼関係を感じられ圧倒された。彼自身も幾度か彼の両親と対面した事があるが、とてもそんな風には見えなかった。仲の良い家族。それだけの印象だったのが、総司の今の雰囲気からそんな印象が一気に払拭された。
同時に不思議と自分がその立ち位置に立ってない事に焦燥感を覚える。
「…一人で旅をしてでもその子を探す理由を聞いてもいいだろうか…?」
その問いに、総司は静かに微笑んで、首を横に振った。
「ごめんなさい。それは今は答えられません」
『今はまだ』。
近藤には聞く為に足りないピースがある。それを拾い彼の言葉の続きを聞く事が出来る日が来るのか、もしかしたら来ないのか。
ただ、それまで懸命に近付こうとしてきた総司から初めて引かれた距離に、少し痛みを感じた。
それは、土方も同様で、彼は傷付いた表情をまざまざと見せていた。
「なぁ。総司。『行くな』とは言わない。ただお前の帰ってくる場所はここだ。だから『いってらっしゃい』と『おかえりなさい』を必ず言わせてくれ」
今は彼の心の奥深くまで沿う事は出来ないけれど。
それでも既に、彼は、近藤にとって、土方にとって大切な存在であったから。
いつも一緒にいながら、時折寂しそうな表情を見せる、不思議な雰囲気の少年だと近藤はずっと思ってきた。
近藤や土方を慕いながら、それでいて何処か一定の距離を置く。
その理由の欠片を聞いてしまった気がした。
だからきっと、その少女さえ見つけてしまえばそのまま自分たちの前から消えてしまいそうに見えた少年に帰る場所はここなのだ。と与えたかった。
帰ってきて欲しいのだと願ってるのだと。想いを込めて。
その事に気付いたのか、気付かないのか、総司は目を見開くと、また嬉しそうに微笑んだ。
――そして総司の本当の想いを知るまで、数年を必要とした。
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■想う、時・9■
「お前また告られたんだってな」
その日の稽古が終わり、隣で着替える土方がにやにやとした視線を向ける。
「はぁ?告られた覚えないですけど?」
総司は着替えのシャツを頭から被りながら顔を出すと、眉間に皺を寄せた。
「さっき、同じ高校から来てた奴…何だっけ?が言ってたぞ」
「…ああ」
浮かんだ顔に、総司は頷く。
「『沖田君の傍にいる女の子って私くらいだよね?私でいいんじゃない?』とか言われて…」
「私には神谷さんがいますから違いますよー…って答えましたけど。あれ、告白なんですか?」
今初めて知ったと驚く総司に、土方は溜息を吐く。
「『いいんじゃない?』って何がいいのか意味が全然分からなかったんですけど、そういう意味だったんですか!?」
「お前は…バカか!それを素で返して、男子たちの笑い話のネタになってたぞ!少しは女の気持ちを考えてやれ!」
「難しいですねぇ。今の日本語は」
「もう少し察してやれ!神谷バカ!」
「酷いです!…でも本当だから渋々受けましょう」
「受けるな!」
すぐさま入るツッコミに総司は苦笑しながらも、けれど、土方を見上げた。
「けど、無理なんですよ。私、神谷さん以外好きなれる事ないですから」
「…そうやって思い込んでるだけじゃないのか?」
記憶を取り戻してから、総司が誰を想っているのかも、誰を求めて、今、彼の足元にあるバッグを毎週のように週末には道場に持参して日本中を旅しているのを知っても、どうしても問い掛けられなかった問いを土方はその日初めてした。
『神谷さん』の話は、土方が記憶を取り戻してからはよく話題に出るようになった。その言葉の端々にどれだけ総司がセイを深く想っていたのかも感じられ、逆に想いの深さを感じれば感じるほど、総司から出る話題の中からの『神谷』には応じられても、土方から『神谷』の話に触れる事は、総司だけが想う、総司だけの『神谷』に横槍を差すような気がして触れられなかった。
総司は顔を上げると、きょとんとして土方を見る。
「そうやって頑なに昔は女は好きにならないと思い込んで、今度は神谷だけだと思い込んで、自分を誤魔化してるだけじゃないのか?」
眉を潜める土方は更に続ける。
「気になった女とかいるだろ!一人や二人くらい!好きとまでいかなくてもお前くらいなら気になるくらいでも!今生で神谷に会えるかわからねーんだぞ!お前もし会えなかったら一生女も作らず嫁ももらわねぇつもりか!?」
「はい」
あまりにも頑なな総司につい言葉荒く訴える土方に、当の総司自身は少しの迷いも無く、はっきりと答えた。
寧ろその答えに、土方は唖然としてしまう。
「…本当に気になった女…いねぇのか?ガキの頃から?」
「……正直言いますとね、気になるっていうのは何となくはあるんですよ。子どもの頃から何回か。けどね、子どもの頃は神谷さんの笑顔の方がずっと綺麗で…誰も敵わないんです」
「まさか」
「赤ん坊の時に鮮明に覚えてたりする前世の記憶も大人になるにつれて薄れていくっていう話があるじゃないですか。けど私の場合今も昔もこの年になってもすぐにでもあの人の笑顔を思い出す事が出来るんです。鮮明に…」
そう呟く総司は、何処か哀しそうに、そして嬉しそうに微笑む。
「それにね…年齢重ねるに連れて、ちょっと気になる人ってどうしてだろうと考えると…必ず神谷さんと何処か似てたりするんですよね。気が強かったり、泣き虫だったり」
「折角気になる女がいるんだったら一人や二人くらい付き合ったっていいだろう。神谷に会えるかわかんねーんだし、会えねぇんだったら会えない間の恋愛を楽しんだっていいだろう」
「土方さん。私も一応生まれてから記憶はあるので、それなりに過去に引き摺られないで今を生きる努力はしているんですよ。土方さんの言う通り神谷さんに今生で会えないんだったらこうやって旅を続けていても無駄だし、今を生きるのだったら、今生で出会う女性とお付き合いして、恋愛して、結婚するんだなぁって」
笑う総司に、彼もそういう思考もあったのだと土方は安心する。
確かに言われてみれば土方なんかよりずっと前に思い出しているのだ。彼よりもずっと幾つも葛藤を重ねてきただろう。
なら、何故今もセイだけに拘るのか、土方には分からない。
それを見越したように、総司はまた笑った。
「ダメなんです。常に神谷さんと比較しちゃうんです。だって最初に気になる理由からして神谷さんですからね。それって相手の人にも失礼でしょ。私はあの人を忘れる事は出来ないし、もしお付き合いしたとしてもその人はずっと神谷さんと比較されるんですよ。それでもいいなんて人いませんよ。っていうか私が嫌です」
「お前が神谷を美化し過ぎてるだけじゃねーのか?それは」
「そうなのかも知れません。それでも…神谷さんを思い浮かべるだけで幸せになれるし、神谷さん以外の女性が隣にいても早くあの人を見つけなくちゃって焦っちゃうんですよ。本来隣にいるのはあの人なのに。あの人だったきっとこんな風に笑って、傍にいてくれるだろう…って。重症ですよね」
ぽりぽりと困ったように頭を掻きながらも、全く困った表情も見せず、寧ろセイに囚われている自分を嬉しく思っているのか総司は頬を染めて笑った。
「…バカだなぁ。お前は」
「本当に。自分でも思います」
呟く土方に、やはり総司は自覚があるのか無いのか嬉しそうに答えた。
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■想う、時・10■
総司は列車に乗り込み、席に座ると、彼の席のその反対側に座る夫婦に目を向けた。
彼よりも幾つか年上の夫婦。
並んで席に座ると、女性は男性の肩に頭を持たれ掛けさせ、男性は大切そうに女性の腰を引き寄せる。
見ているだけでこちらがほんわかと心温かくなる光景に、総司はくすりと笑った。
(私にもいつかそんな日が来るんでしょうか)
「総司、この間言ってた『好きな人が他にいてもいいから付き合ってください』と言ってた奇特な女はどうした?」
「え?お断りしましたよ」
何を今更とばかりに総司はそれまで振り続けていた竹刀を下ろした。
「はぁっ!?」
「はぁっ?っておかしい事でもないでしょ?」
「おかしい事だろ!好きな女がいたっていいっていってんだぞ!二股でもいいって言ってんだぞ!?」
「いや。多分二股でいいとは言ってないと思いますよ。土方さん。いつか心変わりするかも知れないって期待があってだと思いますよ」
「そんな事無いだろ!」
「だって、『いつか私に振り向かせてみせるから』って言ってました」
「付き合ってみたらそうなるかも知れないだろ!」
普段週末はセイ探しの旅で稽古を休んでいるが、今も剣術好きは変わらないので少しでも己を磨きたいと望んでいるの総司は、時折自主稽古にと近藤に願い出て練習の日でもないが、道場が空いている時間に借りる事がある。
今日もその為に近藤に許可を貰い、『今生ではお前より強くなってやる!』と息巻いている土方も総司自身は声をかけていないのだが、気が付けばいつも加わっていた。
隣で総司と同じように竹刀を振っていた土方は、思い出したように先日総司に聞かされた話のその後を尋ね、彼の回答を聞くと、勢いよく振り返り、激しい剣幕で捲くし立てた。
「そうなんですかねぇ…」
その彼女に関しては心が揺れない事も無かった。
既に過去で知った名であった事もあったけれど、それ以外にも彼の心を揺らす事を言われたからだ。
「沖田君。私と付き合ってください」
「ごめんなさい」
「すっぱりと来たなぁ~」
目の前の少女の告白を一言で断ち切った総司に、泣くかと思われた彼女は顔を上げ、真っ直ぐ彼を見上げると清々しい笑顔を見せた。
出会いは高校剣道部の数校交えた合同合宿。
その高校の一つに目の前の少女は在籍していた。
会話はした事が無い。余り周囲の人間に関心の無い総司はセイがいないか確認をした後は特に女子部員に興味も無く、互いにすれ違う程度だっんじゃないかと記憶している。
対する少女は以前から毎回大会で華々しい成績を上げている総司を既に知っており、ずっと気になっていたが、ここ数日の彼を見ていて本気になった…らしい。
無頓着な総司は全くもって気付いていなかったが。
けれど、目の前ですっぱり振られても笑顔を見せる少女に、総司は逆にその時になって初めて好感を持った。
今まで何度か告白された事はあったが、皆、総司のあっさりばっさりとした返答に泣いてその場から去っていったから。
しかもその後変な噂まで立てられるものだから、今も昔も女子は難しいなぁ。と今世でも若干遠ざけていたから。
「沖田君好きな人がいるんだって?」
「はい」
「いいなぁ。赤くなっちゃって、本当に好きなんだなぁその人のこと」
素直に頬を染める総司は少女に自分が本当に少しも眼中に無い事を改めて知らしめる。
「でも、ずっと会えない人だって?」
「そんな事まで知ってるんですか?」
「だって噂だもん。いつも断るくせに一度も彼女と一緒にいるのを見たこと無いって。しかも男子と話しているとその見た事のない彼女の話になると惚気るって」
「…女子の噂ってコワイですねぇ」
「女を甘く見ちゃいけません。沖田君自分がもてるって知らないでしょ?剣道でいつも上位入賞で、その上汗臭くも無いそこそこのイケメン。しかも女の子に何も感心なさそうなのに、関心無いからなのか逆に素でタラシな言葉を平気で言うからめろめろ女子多数」
「…私ヒドイ男ですね?」
「あははっ!本当に素で女の子落としてるんだから凄いよっ!って私もその一人だけど」
そう言って素直に笑う少女につられて総司も笑う。
「私、貴方の事嫌いじゃないです」
「え?じゃあ付き合ってくれる!?」
「それは駄目です」
「けちー」
ぶうっと頬を膨らませる少女に総司はまた笑う。
気持ちいいくらい自分の感情に素直で、そして女特有のどろどろとした感情を溜めずすぐさま言葉にするさっぱりとしたその心の持ち主に、総司は素直に好意を持った。
セイを思い起こさせる男前さ。けれど、彼女とはまた違う思い切りのよさ。
「ねぇ。私いいよ?好きな人がいても」
突然柔らかくなった少女の眼差しに、総司はどきりとする。
「だってずっと会えなくても本気で好きな人が出来るって素敵な事だと思う。だから好きな人は好きなままでいいと思うよ。私はきっとそんな沖田君が好きになったんだから。彼女を想う沖田君丸ごと受け止めるよ。好きな人と、隣にいる人は同じ人が理想だと思うけど、好きな人と隣にいる人は違う方が幸せになれる事だってあるよ」
「……」
「私は彼女を想う沖田くんの隣にいたい」
「…」