■想う、時・71■
総司はゆっくりとセイを溶かしていった。
怯える仕草をすればすぐに離れ、そしてまた優しく触れては、彼女に確認する。
そうして、少しずつ、少しずつ、彼女の内に触れ、ずっと誰にも触れさせていなかった花の蕾を開き、開花させていく。
花の熱はどんどん上がり、花の香りはどんどん強くなり、花の膨らみはどんどん開いて綺麗にひとひらひとひら魅せては、総司を虜にする。
その間ずっと、総司はセイに何も聞かず、何も問わなかった。
ただただ、セイを大切に大切に触れ、愛情を注ぎ込み、彼女が自らゆっくり花を開かせていくのを待ってくれた。
彼を花の奥まで受け入れ、愛情を注ぎ込まれた頃には、セイの恐怖からの震えはもう疾うに止まり、愛しさで震えていた。
零れる涙は熱く、幸せで満たされていた。
何度も愛情を確かめ合い、もうすぐ朝日も昇ろうとする頃、セイはぎゅっと抱き締めたままずっと離そうとしない総司の胸元に頬を寄せ、小さく囁いた。
「……昔、新選組も無くなってこれからどうやって生きていこうかと思った時、海が見えたんです。私たちは日本という国で互いの信念の為に戦っていたけれど、世界はどうなのだろう。と。そんな事を思って海に出たんです」
セイはゆっくりと過去を紡ぐ。
「どう生きようとしても私は女子でした。そして世界は広くて、私は余りにも貧弱でした…。けど私の幸運は最初の航海で優しい人が弱くてすぐに獲物にされた私を助けてくれて、私が一人で生きていく術を教えてくれました……」
ゆっくりと呼吸が繰り返される度に上下する胸元に頬を当て、心音を感じながらセイは続ける。
「沢山襲われて、沢山殺しました。沢山理不尽な事もあって、沢山汚い事もしました。けど、その分、いい現せないくらい沢山素晴らしい事もあって、沢山救われる事もあって、時に奇跡のような出来事もありました」
「……」
「………沖田先生の為に操は守ったんですよ?」
ずっと無言でいたままの総司の心音がとくりと大きく鳴った。
その事にセイはくすりと笑う。
「ただ…あまりにもそういう出来事が多すぎて…異性として触れられそうになると、嫌悪感と反射的に相手を殺してしまいそうになるっていう…のだけが何故か今世でも残ってしまって…」
総司は体を傾け、セイを見下ろす。腕は彼女の背に回したまま。
それに応える様にセイも顔を上げた。
「沖田先生が生きろって言ってくださったから。ずっと…ずっと本当に風になって傍にいてくださったからっ!本当に幸せな一生を過ごしました!ありがとうございました!」
微笑むセイは総司に眩しく、目が眩むほどだった。
『生』を名に持つ少女はどんな時でも総司をおそらくは生きる者を魅了する。
その彼女の命にもっと触れたくて、総司はまた彼女を抱き寄せる。
しかし、取り敢えずその前に確認しておく事がある。
「――その優しい人は男性だったんですか?女性だったんですか?」
嫉妬心含めながら問う総司に、セイはぷっと笑ってしまった。
「女性です」
そう答えると、総司は安心したように、そっとセイという大輪の花にもう一度愛情を注ぎ始めた。
総司は不思議な感覚に捕らわれたいた。
セイの思い出話に何処か懐かしさを感じるのは、彼女と一緒に旅をしたからだろうか――。
――風となって。
共に。
この世界を――。
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■想う、時・72■
朝の道場は静かだ。
まだ太陽が昇り始めたばかりで夜の闇で冷やされた空気は冷たく、道場で瞑想をする土方の肌にぴりりと痛みを与える。
暫し目を閉じ、耳を澄まし世界の音に耳を傾け、己の体内の音に耳を傾ける。
己の意識に、己の無意識に、己の感情に、耳を傾ける。
傾けていると必ずいつも己の内にずっとあり続けていた重い靄が、霧散し跡形も無く消えている事に、ここ数日の内に感じていた事だが、改めて認識し、そんな己に驚いた。
理由は――一つしかない。
熱くなる瞳と瞼に無意識にぎゅっと力を入れた。
浮かんで来るのは、二日前突然目の前に現れた一人の少女。そして、彼女は今日今の彼女があるべき場所へ帰る。
そうしていると道場の入り口の戸を開ける音が聞こえてきて、その後床を鳴らす足音と気配から背後に近付いてくる人物を察してゆっくりと目を開けた。
「おはよう。トシ。今日は早いな」
「おう。かっちゃん。いつも通りだろ」
「そうだったかな?」
近藤は苦笑をすると、道場の締め切った雨戸を開け始める。
「おいおい。それはかっちゃんの仕事じゃないだろ。総司たちはどうした?」
土方は慌てて立ち上がると近藤の手伝いを始める。
「まだ寝てるんじゃないのか?偶にはいいだろう」
「今日神谷が帰るってのに、結局あいつらばらばらに寝てるのか?」
「そうじゃないのか?まさか再会してすぐに総司も手を出す事はしないだろう」
「…前の総司はそうかも知れんが、今の総司も同じだと思うか?あれだけ嫉妬心剥き出し恋愛感情剥き出しでまだこの二日間で手を出してなかったら男としてどうなんだ?」
腕を組みながら断言する土方に、近藤は眉間に皺を寄せる。
「――トシ。その言い分は分からんでもないが、仮にも人様の嫁入り前のお嬢さんを預かっている身としては手を出されても困るんだが」
「いいじゃねぇか。どうせ逃げようたって避けようたって総司の嫁になるんだろ?」
「総司はそうかもしれんが…神谷君にも選択肢を与えてやってくれ」
「どうせあいつだって総司に惚れてるだろ」
「前世の彼を…いや彼女だった事を思い出してみればそうかも知れないが、今世でもそうとは限らないだろう」
「そうだったな。思い出してない時だったとは言え、男作るくらいに総司よりは甲斐性があったな。そう言えば」
「…トシ」
呆れ口調で窘める近藤を少しも気に留めず、道場の雨戸を解放すると、朝日が入り光が満ちた道場内をすたすたと歩き出す。
「よし。起こしてくるか」
「は?」
「総司と神谷を起こしに行くぞ。総司が夜這いもせずに自分の部屋で寝てたら殴ってやる」
「おいっ!」
近藤は土方の後を慌てて追った。
無いとは信じたいが、もし裸で一つの布団で寝てたらそれはそれであまり朝から触れたくない光景なのだがそこに遭遇したらどうするんだ。
という問いは、口に出せず、近藤も後をついていった。
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■想う、時・73■
「お前たちにはがっかりだ!」
朝一番の目覚めの合図は、そんな土方の怒声だった。
「はわっ!?」
「何ですかっ!?」
総司とセイは飛び起き、襖を大きく開き、廊下から仁王立ちでこちらを見下ろす土方を見上げた。
土方の後ろには止めようとしてくれていたのだろう近藤が彼の道着の裾を掴んで気不味そうにこちらを見下ろしていた。
「…土方さん。女性の部屋に入る時は声を掛けるくらいしないんですか?」
総司は恨めしそうに見上げ、頭をぽりぽりと掻く。
「神谷が一人で寝てるとか、お前らがいちゃこらして裸で寝てるんだったら俺だってちゃんと配慮してやったさ!だが何だ!お前の体たらくは!夜に神谷の部屋に行く気配だけは感じてたから襲って寝過ごしたのかと思えば!」
そこで一旦息を整え、そして土方はびしりと布団を指差した。
「二人分の布団を並べて、しっかり寝巻き着込んでそれぞれの布団で爆睡ってどう言う事だ!総司男として情けないと思わないのか!」
「トシ…。だから言っただろう。まだ今世で会って数日だというのに総司だってそんなすぐに手を出さないだろうって」
「それはそれ!これはこれだ!おい!総司!お前のその前世から変わらないヘタレ根性叩きなおしてやる!さっさと着替えて道場に来い!」
それまで呆然と土方を見上げていた総司は、へらりと笑うと渋々腰を上げた。
「はいはい。今行きますよ。神谷さんもゆっくり身支度してからでいいですから。いらっしゃいな」
「ゆっくりなんて手緩い事言ってんじゃねぇ!神谷もさっさと着替えて来い!俺はまだ本気のお前と手合わせしてないんだからな!」
そう言うとぴしゃりと戸を閉めて、大きな足音を立てて土方と近藤は道場に戻っていった。
完全に足音が遠のくのを確認してから、二人は顔を上げ、見合わせると互いに頬を染めてしまう。
けれど総司は目を逸らさずに、頬を緩めた。
「身体は…大丈夫ですか?土方さんには幾らでも誤魔化しますからゆっくり着替えて来てくださいね」
労わる言葉尻に乗る吐息に今朝方まで交わした熱の余韻が残る。
セイはどきりと胸を鳴らすとすぐに首を横に振った。
「私も着替えてすぐに行きます」
「そうですか。では待ってますね」
そう言うと、総司も着替える為に部屋を出て行った。
残された起き上がった時に乱れたままの二組の布団を見つめ、セイは身体の芯が熱く震える感覚を思い出し、慌てて己の目を覚まさせるようにぺしぺしと両頬を叩いた。
「……お互いの布団に戻っていてよかった…」
まさか総司の予測通り本当に土方が何も言わず入ってくるとは思わなかった。
直接肌を触れさせる事がずっと離れ離れでいた互いに互いを慰め安心できる方法であったのはセイも恥ずかしながら認めるところではあったが、総司は片時も己の腕の中から放さず、寝巻きを羽織る事を許さなかった。
それでも後数時間後には朝稽古の時間になろうという頃にやっと彼女を放して、彼手ずから寝巻きを着せられた。
朝稽古までには起きるつもりではいるけれど、もしかしたらそれより前に土方が起こしにくる可能性も考えて。その場合はきっと無遠慮に乗り込んでくるだろうと苦笑しながら。
ゆっくりと彼女の濡れた身体を拭い、彼女の素肌を名残惜しく愛でるように、優しい眼差しで――。
「…っ!」
総司の溢れる愛情を一身に受けた一夜を思い出してしまい、セイはその場で布団に突っ伏した。
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■想う、時・74■
身支度をしたセイが道場に入ると、既にウォーミングアップを済ませていた土方と総司が打ち合っていた。
一瞬、過去の彼らの姿に重なる。
まだ、正式な武士として認められず、浪士として扱われ、扶持も無く、日々食事をするのも苦労していた、それでも楽しかった壬生にいたあの頃。
郷愁が胸を掠め、じわりと瞼に溢れるものを堪え、セイは道場に一歩踏み出す。
「失礼します!」
一礼をして中に入ると、近藤が彼女を見て一つ頷く。
その姿が、まだ髷を結っていた頃の彼と重なる。
何も変わらず、そして変わっていく。
セイはきゅっと唇を噛み締め、道場の端を使って軽く身体を解していく。
過去の記憶、経験に、あの頃と違う身体に最初は噛み合わず、意識が身体に身体が意識に振り回されていたが、それも着々と馴染み始めている。
総司に『ありがとう』と許されてから、セイの中で無意識に嵌めていた枷ももう無い。
あの頃のように。とまではいかないが、もう数日前よりもずっと身体は軽い。
セイの意識が身体を解す間に徐々に戦う事へ移行し、完全に意識が移った頃を見計らったように、土方から声が上がった。
「神谷!相手をしろ!」
「はいっ!」
総司と交代してセイは竹刀を握り、土方と向き合う。
交代する際に気遣うように向ける総司の視線は、既に切り替わったセイの意識を戻す事は無かった。
凛。
澄んだ朝の空気の中に、刀を交わす凛とした緊張感が走る。
大丈夫――。
もう、セイを惑わせるものは――無い。
パァン!
初手を土方に塞がれた。
一昨日から今日で、セイの一手を彼は既に読んでいた。
しかし――。
カァン!
次手には、反応できる程の反射能力はまだ土方に無い。
あっという間に土方の手の中から竹刀が消えた。
止めを。
と伸びる竹刀を土方は掴み、右膝蹴りをセイの左脇腹に向ける。
竹刀を刀と想定するのであれば、既に反則技だ。セイが土方の瞳を覗き込むと、彼はにやりと笑った。
成程。
想定はあくまでセイの思い込み。
竹刀はあくまで竹刀でしかないのならば、それで決着を着ける為には相手の急所を確実に狙い再起不能にしなければならない。
竹刀を刀と模していたとしても、命を守る事を優先するのであれば――片方の指の犠牲は致し方ない。
どちらと彼が捕らえているのかはセイには推し量れないが、これを反則と扱わないのであれば、セイはそれに則って相手を制圧する。
竹刀は捨てた。
脇腹に飛んでくる蹴りを受け止めても小柄なセイは吹き飛ばされるだけ。
だったら。
上に飛び、首に膝を絡め、そのまま圧し折る。
「――お前ちゃんと総司とやる事やったんだな」
「っ!!」
一瞬揺らいだ意識は土方の蹴りをかわしきれず、咄嗟に膝で防いだが力に押し負け吹き飛ばされた。
すぐさま膝をつき、体勢を整え土方に向き合うと、きっと睨み付ける。
「心理的動揺を誘うのも戦略の一つだよな」
満足そうににやりと笑う土方に苛立ちながらも、総司を睨み付けた。
総司は顔を真っ赤にしてぶんぶん首を横に振る。
「阿呆。女に関して百戦錬磨の俺がその手の事に気付かないはずないだろう」
何故か自信満々にこちらを見る土方に、セイの米神にぴきりと筋が浮かぶ。
ヒュッ。
土方からしてみれば、風が揺らいだようにしか感じなかっただろう。
気が付けば彼は吹き飛ばされ、道場の端に転がり、セイが今まで土方がいたはずの場所に佇んでいた。
「な?何だ?何がどうなったんだ?」
聞こえていなかったのか、察していなかったのか、近藤は気が付けば転がっている土方と彼を睨み付けているセイに目を白黒させた。
「こっの馬鹿童!いきなり蹴りつけるたーどういうことだっ!」
「すみませんねぇ。誰かさんがとってもとーっても最低な手を使ってきたものですからっ!」
「だったtらもっと旦那を仕込んどけっ!あからさま過ぎなんだよ!いい年して見てるこっちが恥ずかしい!赤飯炊いてやろうかっ!」
「だっ旦那じゃないですよっ!何ですかっ赤飯って!」
「総司の脱ど…」
「さいてーっ!」
「ちょっと神谷さんそんなに私が旦那と呼ばれるの否定しなくたっていいじゃないですかっ!」
土方を非難するセイの横から総司が涙の抗議をする。
「残念だな、お前とはヤるだけヤったらもう満足らしいぞ」
「変なこと言わないでくださいっ!」
「私、神谷さんに身も心も捧げたのにっ!」
「何どこぞの乙女みたいな事言ってるんですかっ!」
ぱぁん!
収拾つかない会話に近藤の打ち手が道場に響いた。
一瞬にしてしんとなり、三人は一斉に近藤を見る。
近藤はセイを見ると、にこりと微笑んだ。
「よし。神谷君。次は俺と手合わせしよう」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■想う、時・75■
近藤の一振りは重かった。
前の世の時から近藤の刀は素早さよりも、その重厚な体格に合わせた力で制圧するものだった。
一振りの刀を引き抜くという俊敏性を必要とする動作で相手を斬る日本刀よりも、もしかしたら重量と腕の力で相手を叩き潰す事を目的とする西洋の刀剣の方が彼には合っているのかもしれない。と、今の世に生まれ変わったセイは思う。
けれど決して近藤の動きが素早くないという事ではなく、身軽さ故素早さを武器に相手を斬りつけるセイと異なり、相手を力で制圧し切り裂く近藤の刀は全く性質の異なるものであり、それがずっと羨ましかった事をセイは振り下ろされる刀を交わしながら思い出した。
「流石と言うべきだろうね。力差で負けると分かっている相手の刀のいなし方はあの頃よりもずっと鮮やかだ」
真正面から受け止めてはそのまま力で負ける為に、彼の刀は常に己の刀で弾くのではなく、刀を交差させても刃を反らし、体を反らし、放たれる連撃を綺麗に交わしていくセイに近藤は感嘆の声を上げる。
交わす彼女の動作に無駄な動きは何一つ無く、恐らくは己の体を慣らす事をしているのだろう、何処からでも直ぐに一撃を繰り出せる余裕さえ見せる彼女に近藤は笑みを深くした。
生まれ変わってからこうやって刀を交える事自体がまだ数日前の事だというのに。
自分たちもそうやって思い出して、魂に引き上げられるとでも言うのだろうか、それまで培った経験を元に人の斬り合いの緊迫感から上げられる能力には叶わないまでも、あの頃に負けず劣らずそして日々超える努力を重ね今に至っている。
もう何年も刀を振り続けて、やっと。
そんな近藤たちを前にセイは対等に渡り合っている。それは過去の能力、経験そのものの絶対値が彼らの及ばないところにあったのではと思われる。
そんな事もほんの数日間だけだというのに、セイの仕草、行動、言葉の端々から感じ取れていた。
それを悔しいと思うのか。悲しいと思うのか。寂しいと思うのか。
「せぃやっ!」
「っ!」
刀で弾く事も反らす事も出来ないように真正面から渾身の一撃を近藤は放つ。
その動きに己の力量を試される事に気付いたセイは真正面から彼から放たれる竹刀の先端を己の竹刀の鍔に引っ掛け止めた。
吹き飛ばされる事無く、身を屈め一撃を止めた彼女を真正面から見つめ、そして一つ息を吐くと、刀を引き、そして、笑った。
「敵わないな。昨日から君の動作を見ていて身軽な君の事だ、いなし方だけが上手くなったかと思えば、真正面から俺の一撃を受け止める余裕もあるんだな」
セイは近藤の殺気が完全に霧散しているのを確認してから警戒を解くと、頬を緩め、首を横に振る。
近藤は何も言わず彼女の元へ近付くと、くしゃりとあの頃と変わらない小柄な肩を見つめ、くしゃりと髪を撫でた。
セイはそんな彼の行動を不思議そうに見上げるが、真っ直ぐに見下ろしてくる――畏敬の念が混じる眼差しに、涙が零れそうになった。
彼は誰に対しても敬意は払い、決して優劣を決め付けず、いつも対等に相手の本質を見る。
あの頃と変わらず、そして――己がいなくなった後の彼女に想いを馳せる瞳は柔らかでそして力強かった。
「私は君に追いつく事ができるだろうか」
交わす刀から伝わる彼女の過去。
初めて刀を交わす事で近藤も漸く、総司や土方そして斎藤が何を突きつけられたのか知る。
再会して慄くほどの衝撃を受けたにも関わらず、それさえも、見るのと刀を交わすのでは大違いだった。
今も目の前の少女を見て、重なるのは武士であった頃の彼女の姿。
そして、掌に残る完全に己の突きを受け止められた反動の衝撃。
それが今目の前にいるセイなのだ。
彼女が生きたであろう時間と己の生きた時間の開きがあればある程、この言い知れぬ齟齬は拭いきれぬだろう。
そんな感覚を与える本人には恐らく自覚は無いのだ。それはそうだろう、彼女は過去に彼女に与えられた時間を懸命に生きただけなのだから。
しかし。
彼女と己の過去の重さに打ちのめされる。過去の己の全てを否定されるような気をさせる痛みが走る。
ただ懸命に己の生を生きた。それだけなのに。
己の生き方は正しかったのか。と。
彼女と相対する事は、未熟な近藤らにとって救いでもあり、絶望でもある。
それが彼女を孤独にもした。
セイは――強い。
その強さを当然のものとして必要とする時代に、世界で、その生を生き抜いた。
前の生に後悔は無いが――無知で脆弱で浅慮な近藤たちが知る事も知ろうともしなかった、世を。
その強さは――己の弱さを露呈させられる。
総司はよくも平然と受け入れられたものだ。と思う一方で、彼の彼女に対する想いの深さを再確認する。
そうして刀を交わした事で、近藤は彼女が現れてからずっと懸念していた事が、確信に至った。
まず己の心を整える為にその場に座す。
倣うようにセイもその場に正座した。
動揺し揺れる二つの気配を察しながらも、これから更に動揺させるだろうと知りつつも、近藤はセイを真正面から見据えた。
「それで君は、これからもまた私たちの元に来てくれるだろうか」
セイは目を見開き、近藤を見つめた。
「――気づいていたんですか」