■想う、時・46■
目の前で目を閉じる少女。
浅い呼吸を繰り返す紅い唇が、微かに震えている。
もう既に誰か別の男が触れたのだろうか。
セイももう大学生だ。もっと深い触れ合いだってしていてもおかしくはない。
もう、誰かが、彼女の全てを、女性としての彼女の全てを、知っているのだろうか。
彼女から彼氏の話を聞いてから何度も浮かんでは打ち消した想像。
総司をゆっくりと暗く何処までも暗い慟哭へと誘う。
それだって、セイはセイだ。
分かってはいるのに。
何故これ程までに裏切られた気持ちになるのだろう。
「……神谷さん…」
総司はゆっくりとその場に屈み込み、セイの頭の上から彼女を見下ろす。
瞼に焼き付いている前世の最後に見た彼女よりも幾つかは年を重ねている事もあるのだろうが、あの頃よりも幾分か大人びた輪郭。
幼さの残す柔らかな頬の膨らみも赤みも無くなり始めている、きめの細かい白い肌が女性としての艶を強調する。
彼女がこんなにも綺麗なのは、その彼氏に女性として磨かれたからだろうか。
視界が揺れる。
胸の痛みが総司を苛む。
それでも、その痛みの理由は彼の逃れられない甘い鎖。
どんなに痛もうとも。
どんなに傷つこうとも。
それは全て、セイの為。
それさえも出会えなかった空虚感に比べれば、ずっと幸せな事。
痛みさえも、嬉しくて、愛しい――。
情けないほどに、苦しくなるほどに。
――愛しい。
手を伸ばせば届く、愛しい人。
声をかければ返してくれる、愛しい人。
またあの頃のように自分の名を呼んで、見つめ返してくれる。その喜びを与えてくれたのは、目の前の愛しい人だけ。
「……神谷さん…好きです……」
出会ったら今度こそ、絶対に言おうと決めていた。
共に重ねた年月分だけ。
離れていた年月分だけ。
想いは零れ落ちて。
その言葉を目を閉じたままの少女に落として、――紡いだ唇を重ねた。
触れたのは一瞬。
セイは己の唇に触れた温もりを訝しんで瞼を開いた。
――総司の瞳と一瞬交差した。
瞬いた次の瞬間に、彼の姿はそこになく。
セイはゆっくりと上半身を起こし、もう一度瞬いた。
「……え?」
周りを見渡しても、そこには人影は無く。
「……あれ?」
セイは温もりの残った唇にそっと指を当てた。
そういえば。
沖田先生に触れられるのは、嫌じゃなかった。
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■想う、時・47■
殆ど眠れずに朝を迎えた。
ずっと今世で出会える事を待ち望んでいた少女と再会したその日、総司はそれまで積もり続けていた想いのままに彼女の唇に己の唇を重ねた。
過去の彼女は彼が彼女の唇に触れる事を許してくれた、けれど生まれ変わった彼女が許してくれるかは分からない。
前世を覚えていたとはいえ、今世では初めて出会ったばかり。出会ったばかりの男に突然口付けをされたら、どう思うだろうか。
――嬉しい。という感情であるはずがない。
目を閉じていた彼女の唇に触れ、目を開けた瞬間一瞬目が合ったが、その後どう反応するのか、怖くてその場から逃げた。
敵前逃亡。昔の自分なら士道不覚悟で切腹ものだ。
しかしそこは、前世でも今世でもまともに女性と付き合う事も触れ合う事もしてこなかった経験値不足で許して欲しい。
という言い訳さえも土方から言わせてみれば、だから言わんことは無い。一人や二人付き合ってみて女に慣れとけと言っただろうとでも言われるだろう。
「そんな事言われても……やっぱり無理ですよ…」
これまでの自分を思えばやはり好きでもない女性と付き合う事も、セイ以外と付き合う事も、総司の中の選択肢にはない。
「……こんなんじゃ神谷さんに呆れられちゃいます…」
「誰が呆れるだって?」
俯き加減でぼやいていた総司のその俯き加減が段々と下に下に向かっていくのを見計らったように背後から、ぐわしと後頭部を片手で握り締められた。
「うわっ!」
気配無く後頭部を掴まれた事に驚いた総司は慌てて掴まれた掌から逃れるように身を引き、掌の人物を見上げると、彼と同じ様に道着に着替え道場に入る土方だった。
「おはよう。総司」
土方の背後から近藤も道着姿で現れ、にこやかに挨拶をする。
「朝っぱらから何陰鬱なオーラ放ってんだよ。コラ。爽やかな朝が台無しじゃねーか。っと…神谷はどうした?」
「そう言えば、いないな。総司。朝稽古がこの時間だとは言っただろう?」
「……はい」
道場内を見渡し首を傾げる二人に、総司はこくりと頷いた。
近藤道場では、希望者だけ毎日朝稽古をしている。門下生は学生や社会人など年齢も幅広い為、どうしても稽古を希望する時間が多種多様になる。
その為、少しでも多くの門下生が稽古の機会を得られるようにと、近隣の住宅に配慮はしながらも出来る限り早朝から深夜まで一人でも稽古が出来るよう常時道場を解放し、近藤ら指導者の指導時間も多くしていた。
指導者の立場である三人は仕事や用事が無い限り朝稽古は欠かさず、既にもう何十年と続いている日課となっていた。
今はまだ、門下生が来るには少し早い時間。指導者が先に体を温めて出迎えられるようにとウォーミングアップがてらの稽古をしている。
昨夜、夕飯時にセイにもその事を告げ、門下生ではない自分は稽古には参加できないけれど、三人だけの朝稽古の時間には是非一緒にしたいと嬉しそうに言っていたはずなのだが。
「昨日夜遅くまで神谷と稽古していたようだが……」
呟く土方に、総司はぎくりと肩を強張らせる。
その怯え方は明らかに昨夜何か起こした様子で、からかおうと思っていた土方は口を開いたが、その後を続けるのを止めた。
惚気話になるのならまだしも、そういう茶化す雰囲気でもない様子なのが見て取れたからだ。
「私が部屋まで見に行ってこよう」
「え!近藤先生にお手を煩わせられません!私が行きます!」
近藤が道場を離れようとすると、総司はぱっと顔を上げ慌てて制す。
「そうか?けど、大丈夫か?」
「大丈夫も何もありませんから!」
それは逆に言えば何かあったんだろうと分かってしまう台詞を本人はきっと自覚無しに叫んだ総司の声に被る様に屋根からきしりと音が鳴った。
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■想う、時・48■
ただの家鳴り。か、カラスが屋根に止まっているのだ。その程度の音。だから総司はいつもより響くなと思いながらも道場を出ようとする。しかし、それに違和感を感じたのは土方だった。
「総司。待て。行ってもいないかもしれねぇ」
そう彼が言うと、総司は不思議そうに土方を振り返る。それに対して彼は何も答えずに、すたすたと道場の入り口と反対側の解放された引き戸の前に立つ。
そして徐に息を吸うと、
「神谷!」
と叫んだ。
土方の声が道場内に響くと同時に、屋根の上の物音が、がたがたっと先程よりも大きな音を立て、庭に向かって流れていったと思ったら、屋根の上からセイが降ってきた。
「神谷さんっ!?」
「神谷君っ!?」
驚いたのは総司と近藤だ。
まさか屋根の上から降りてくると思わなかった二人は目を丸くしてその光景を見つめる。しかもよく見たら昨日着ていた道着姿のままだったと総司は気付く。
一方で土方は冷静な様子で屋根から降りてきたセイを見据えると、その頭を勢いよく殴りつけた。
「お前は!その癖生まれ変わってもまだ直ってないのか!馬鹿かお前!」
「った~!おはようございます!副長!…でもって痛いですよ!」
「いつからいたんだ?」
「えーっとぉ、昨日稽古終わってからぁ…」
「まさかそれからずっとか!まだ春になったばかりだぞ!一晩中花見する浮かれ頭になるにはまだ早いって知ってるか!?」
「えへ~」
怒れる土方に対して可愛らしげに甘えたように首を傾げ答えるセイ。その二人のやり取りに総司は唖然とする。
それでもどうにか我を取り戻し、総司は慌ててセイの元へ駆け寄った。
「神谷さん!ちょっと貴女、あれからずっと上にいたんですか!」
彼女の体を抱き締めると案の定体は冷え切っていた。
「どうしてこんなに冷たくなるまで外にいたんですか!」
「最近寝つきが悪くて…星を見ていたんです」
セイは総司の行動に驚き、彼の顔を見上げるが、ばつが悪そうにもごもごと答えるとそのまま温もりを求めるように彼にすり寄った。
そんな彼女の行動に総司も動揺してしまうが、昨日のキスの後に初めて会う彼女の変わらない様子に安堵する半分、寂しさ半分で彼女を抱き締めた。
「それにしたって、それなら部屋の中で見てたらよかったでしょう!」
「……ごめんなさい」
俯くセイに、総司はそれ以上何も言えず、取り敢えずかける物をと思うが道場内を見渡しても何も置いているはずも無く、いつの間にかいなくなっていた近藤が手に毛布を持って戻ってきていた。
「取り敢えず、これをかけなさい」
そう言って近藤から手渡された毛布をセイの体にかけ、総司はもう一度抱き締めた。少しでも体温が毛布を通して体を温められる様に。
土方も分かって行動している風ではあったが、まさか本当に彼女が屋根の上にいるとは思っていなかったのだろう、二人が寄り添う様子を見ながらも困った表情で総司に語る。
「…総司。あのな。こいつ、函館に来てから変な癖があって、宛がわれてる部屋で寝た試しが無いんだよ。朝何処とも無く現れて、何処とも無く消えるから隠密とか忍者と言われて。その割りに俺が呼ぶと何処とも無くすぐに現れるから、こいつがいない時は俺が呼ぶのが役目みたいになってな…」
「それも凄いな。何でまたそんな事をしてたんだい。神谷君」
「えーっと…、副長の隠密になってみようと思いまして」
近藤の率直な問いに、てへ。と、また可愛らしくセイは答えるが、それ以上の追求をさせないような彼女の空気に、土方は呆れ口調で「阿呆か」とだけ呟いた。
「取り敢えず、私は大丈夫ですから、風邪も引いてませんし、その辺は弁えてます!稽古しましょう!稽古をしたら体もぽっかぽか!朝からお手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした!」
暗くなった空気を紛らす様に、セイは総司の腕を逃れ、毛布を折り畳んで頭を下げると、またすぐ顔を上げ、道場に上る。
「そうだな。よし。今日は私と手合わせ願うよ。神谷君」
セイの何も語らない様子を察した近藤もすぐに彼女に同調し、竹刀を取り出した。
腕の中からいなくなった温もりと、一瞬見せたセイの曇らせた表情に虚しさをを覚え、自分の知らないセイを知っている土方を見上げた。
土方は総司の視線を受け止めると、彼も何かを思ったのか、こきっと首を鳴らして、道場の中で既に対峙をしていたセイと近藤を見る。
「函館に来た時にはもうああだったんだよ。……あの頃は新選組と言っても神谷の如身選の事情を知らない奴が殆どになってたしな…隊士部屋にいても色々あったんだろうよ。最終的には俺の部屋の隅で寝かしてたしな」
「……」
「安心しろ。俺は間違っても弟分の大事にしてた奴には手を出してねぇから」
初めてまともに土方の口から語られる、過去のセイの一部。
いつかの斎藤の言葉を思い出す。
『人の一生とはその人物だけのものだ。死した瞬間に他の人間の人生に干渉する事も介入する事も出来ないし、ただ出来事を擬えた所でその時代のその場にいなければ真の共感も無いだろう。神谷がもし本当に嫁いだとしてあれと同じ状況下に置かれなければあれがそうする事を選んだ理由だって微塵も理解出来ないで、ただ嫉妬に狂うだろう。』
セイの過去世の断片。
初めて土方から吐露された。
あれ程知りたかったセイの過去のはずなのに。
総司の心に黒い靄を落とす。
今まで幾度も土方に強請っても語られなかったのは、それが決して幸せな、楽しく語れるものだけではないから。
そrは分かっている。それを分かっていても知りたかった。
しかし、実際語られる事で、他人の口からセイの事を語られる事がこんなにも不快になるのだと初めて知った。
己のいない時間を過ごした土方にこれ程嫉妬するなんて。
彼女が苦しんでいたその時に、寄り添っていたのが土方だったなんて。
自分にはどうしようもできない。そこに自分はいないのだから。それは分かっている。だから土方が彼女に良くしてくれた事は感謝してもしきれない。
それでも。
――どうして、自分はその場にいて彼女を守れなかったのだろう。
彼女を一番に分かってるのは私だけだったはずなのに――。
そんな想いが、初めて土方に語られる事により、総司の胸を深く鋭く突いた。
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■想う、時・49■
「やぁっ!」
「せいっ!」
竹刀が重い音を立てて響く。
土方や総司の時とは違う、重量感を持った音。
それが近藤勇の刀。
己の体重を使った、重量感と安定した体幹、そして経験からなる巧みな刀捌きがセイの小柄な体を吹き飛ばそうと襲い掛かる。
それでもセイも負けず、己と体格も剣術も違った者に合わせた剣術を見せる。
圧倒的な強さで勝ちはしないけれど、決して負けない剣術というよりも一つの戦術をその場で見せられているようだった。
きっと近藤もセイに振りまわされ、やりにくさを感じているだろう。
それが戦術。
新選組の時に仲間との連携で戦術を用いて戦っていた事もあったけれど、今の彼女は集団に対して、個人に対して、一人で戦い、最終的に己が生き抜く為の戦術だ。
剣を交えても、何度試合を見ても、感嘆の息が零れる。
しかし、その賞賛すべき戦いに、非難するような呟きが総司の背後から聞こえてきた。
「何だあれは」
振り返れば、斎藤が総司らと同じく稽古着を身に付け、試合を見ている。
斎藤は大学時代に総司に出会ってから、頻度は多くないもの、道場を訪れるようになっていた。
正式に門下生とはなっていない為、時折無理やり総司に誘われ、人がいない時間に手合わせをする事が多かった。彼自身は高校までは剣道部に入っていたが、社会人になった現在は何処にも入ってはいない。それでも、前世からの経験からか研鑽されたその剣術は、過去と同様に総司程の手練でなければ対等に手合わせをする事が出来ない程の腕だった。
「あれ。おはようございます。斎藤さん。珍しいですね?斎藤さんが一人で道場に来るなんて」
さも不思議そうに首を傾げる総司に、斎藤は呆れたように溜息を吐いた。
「何を言っているんだ。アンタは。昨日アンタがメールを寄越したんじゃないか。ハート一杯飛んだメールで『神谷さんが愛に来てくれました――!!』とかご丁寧に誤字変換までしやがって」
「誤字ですか?…いや、あれ、ごめんなさい。余りにも嬉しくって…恥しいですね。私」
「男が頬を染めるな。気持ち悪い。そのメールはすぐに消去してやったから安心しろ」
「それも何だか寂しいなぁ…」
「お。斎藤夜勤明けか?」
それまで試合に集中していた土方は、セイの一本が決まるのを見ると、息を飲んで見ていたのが分かるくらい肩の力を抜き、斎藤を振り返った。
「はい。おはようございます。土方さん」
「おう。で、お前も神谷に会いに来たのか?」
「そうですね。私もちょっと神谷には言いたい事がありまして」
「え?」
土方に頭を下げて目的を告げた斎藤を総司は凝視するが、彼はその視線に応える事はせずに、近藤との試合が終わり、斎藤の存在に気付いたセイに向かってすたすたと歩き始めた。
セイは目を丸くして斎藤を見上げるが、彼はただ黙って彼女を見下ろす。
「…久し振りだな。神谷」
「お…久し振りです。斎藤先生」
「お前は…そんなものじゃないだろう」
その意味が、総司を初め、土方も近藤も分からなかった。
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■想う、時・50■
斎藤の竹刀はセイに、交わすだけ弾き返すだけで距離を取る事を許さなかった。
まだ過去の記憶と魂に追いつけない体は悲鳴を上げる。
しかし、一瞬でも隙を見せたら彼の刀の餌食となり、骨ごと粉砕される程の威力を持っていた。
もはやそれは試合ではない。一つの殺し合い。
太刀筋を逃れるように動けば、逃れた先に脊椎を粉砕する為の膝がセイを襲う。
それを逃れれば、顔面を狙って肘が迫っていた。
「っ!」
セイは息を飲み、それをスレスレで交わす。
『そんなものじゃないだろう』
向き合う前に告げられた言葉が頭に響く。
まさか。斎藤先生にも会うなんて。
そこには喜びと、戸惑いが混じっていた。
今まで再会してきた人たちとはまた違った感情がセイの中に湧き上がる。
前世あれ程慕っていた人だった――にも関わらず、素直に喜びの感情だけで占める事が出来ない。
出会いたかった。けれど出会いたくなかった。
彼は知っている。――函館以降のセイを。
江戸で別れた近藤は知らない、江戸で見取った総司も知らない、函館で撃たれた土方も知らない。
明治を生き抜いた者だけが知る、最後の武士たちの生き様。
戦争を生き抜き、朝敵として敗北者として生き抜く為に、どれ程の強さを必要としたか。
『もう武士ではない』。
そう三人にも告げたが、――武士としての生き様、戦い方だけでは決して生き抜けなかった。
剣術という武術だけでは最早、あの時代を生き抜けなかった。
それを知る人。
だからこそ。
彼は、苛立ちを見せている。
今のセイの剣術に。
それはそうなのだろう。
過去の己の姿を思い浮かべれば、――それも仕方が無いのかもしれない。
だからだろう。今世では確実に罪になるというのに、それを厭わず、そして、セイが必ず彼の望みに応えると信じて、――殺意を持って刀を振るってきた。
「…っ!」
しかし、彼の想いに応えるというと事は――総司たちに、見せ付けるという事。
最早、本当に、――セイは武士では無くなっていたという事を。
悲鳴を上げ続けていた体は、昨日からの稽古で解れ始め、過去の自分とまではいかなくとも彼女の望むまま動ける事を、刀から逃れる為に動く筋肉や節々を通して伝えてくる。
それでも迷いが何度も胸の中を掠める。
きっと斎藤の望みを叶えたのなら。
折角出会えた人たちと、今度こそ、本当に、別れを迎えてしまう。
『結局は、好きな人には嫌われたくないんだ』
伊東の言葉が響く。
本当にその通りだ。とセイは改めて自覚する。
『折角生まれ変わっても記憶があるんだ。だったら、その記憶を楽しみたいと思うじゃないか。憎い人間は愛しくなり、愛しい人間は憎くなる。そして、愛しい人間は一層愛しくなる。そんなものは、今世の中で出会って再会しても、過去世で出会っても今世で再会しても一緒じゃないか』
そうなのだろうか。
あの日のままの、三人があの時の記憶のまま抱く、神谷清三郎のままでいいじゃないか。
もう武士ではない。
武士としての剣術ではないけれど、刀で己を生かし続けていた、そんな自分を曝け出して、総司たちは受け入れてくれた。
とても嬉しかった。
それだけでは駄目なのだろうか。
『僕はだから過去に出会った人間に出会うのが楽しみだ。つい探してしまうんだ。君を見つけたように。過去に出会った人間に出会う奇跡、そしてまた過去の記憶を持ったまま出会う奇跡。素晴らしい奇跡の上で僕たちは出会っている。どの位今まで自分が生まれ変わってきたかは分からないけれど、その中で幕末だけの記憶を持って生まれてきた。その事を十分に楽しめばいいじゃないか』
今ある、この苦しみも、辛さも、楽しむ事になるのだろうか。
だったら教えて欲しい。
この迷いの答えを。正しい選択を。
刃を交わしながら、セイは涙を浮かべ、唇を噛む。
対峙する斎藤が憎くて、愛しい。
『生きてくれてありがとう――』
総司の言葉が胸に蘇る――。
――。
覚悟を決めれば、それは一瞬で決まった。
それまでずっとセイを押し続けていた斎藤の刃を竹刀で交わし、まるで軽やかなステップを踏むような動作で竹刀を腰紐に差し、膝のしなやかさを使ってすっと懐に入ると、鳩尾に肘を突き立てる。
それだけだった。
吹き飛ぶ事も無い。一瞬、斎藤は動きを止め、その場に立ち尽くしたように見えた。
しかし、セイが身を引くと、ぱたりと顔面から覆い被さるようにセイの上に倒れ込む。
「斎藤!」
殺気立った気配が一瞬にして霧散すると、その気配に気圧されながらも、固唾を呑みながら見守っていた土方が動く。
近藤と、総司は未だ呆けていた。