もち

普段から新選組の雑務を率先して行っていく神谷清三郎は、既に隊に無くてはならない存在となっている。
古参であるが故、昔から行っている隊の雑務、そして年に幾度かある時節物に関しては、中心人物として常にその日は朝から晩まで駆け回っている姿を見る事ができる。否、隊士それぞれが関わっている役目の場所で初めて接する事ができる。
必要があって彼を探す事があれば、それは至難の業だ。
引越し時期、そして、年末年始ともなれば、彼の仕事量は最高潮となり、寧ろ彼の動きが早過ぎて見る事ができない。
その彼の大きな仕事の一つ、年始を迎える為の年末の餅つきである。

「神谷ー!用意できたか!?」
「今、もち米炊き上がりました!そちらに持って行きますので用意してください!」
「よっし!任せろ!」
そう言って、屯所の厨からセイの声が上がり、屯所の外、西本願寺の境内から応える声が聞こえてくる。
隊の人数分用意する為、数回に分けてとはいえ、一度の量がとても一人で運べる量では収まらない炊き上がったもち米を、その場でセイと共に炊いていた小者たちと協力して運んでいった。
布に包まれ運ばれていく米の炊き上がりの熱が蒸気になって上がっていく。
布の四辺の端をセイと小者が其々持つと布からもち米の熱が伝わり思わず離してしまいそうになるのを抑え、蒸気に額から汗が零れていくのをそのままに一目散に臼の用意されている場所まで駆けて行く。
「おう。遅かったな」
そこには普段は幹部の人間が年中行事に参加するなんて示しがつかんと加わらない男が立っていた。
「副長っ!?」
驚くセイに対し、横で彼女と同じ様に小者たちが震え上がる。
それもそのはずだ。普段は接する事のない、新選組の鬼の副長と呼ばれる人物がそこに立っているのだから。
「さっさともち米を入れろ!固くなるぞ!」
催促されるまでも無く、セイは怯える小者たちを促し、臼の中にご飯を入れる。
熱さから開放されて改めて、土方を見上げると、唖然としてしまう。
「……副長。準備万端ですね…」
既に羽織を脱ぎ、襷がけをして着物の裾も処理済だ。しかも片手には既に杵が握られている。
先程までこの場を準備してセイの声に応えていた隊士を見れば、困ったように首を横に振っている。
彼にもどうしてこうなったのか分からないらしい。
「いいからお前もさっさと用意しろ!」
機嫌はいい。しかし何処か気恥ずかしさもあるのか苛立った様に催促する土方をもう一度見上げ、そして、溜息を吐くと、セイは近くに用意されていた水の張った桶を引き寄せ、臼の前に膝を突く。
それを確認してから土方は上機嫌に餅を突き始めた。
セイは眉間に皺を寄せながら、彼を見上げる。
「…局長が食べたいと仰ったのですか?」
「っ!な、俺だって偶には年中行事に参加しないと、隊の者に示しがつかんだろ!それに普段隊の人間は巡察だ何だと働いてくれているんだ。幹部の人間自ら労ってやる事も必要だろう」
明らかに動揺しながら答える土方に、セイは思わず噴出してしまう。
後半の回答は近藤に言われた事だろうか。
「そうですねぇ。局長が食べたいのはお雑煮ですか?磯辺焼きですか?」
「………江戸風の雑煮が食いたいと。縁起物だからな!俺が食わせてやろうと思ったんだ!俺が食わせてやりたいんだ!俺が率先して作らないでどうする!」
「ぷっ」
思わずセイは顔を背けて笑ってしまう。
皮肉れ者だが土方は存外素直なのだと、偶に見せるこんな一面で再確認する。
「笑うな!」
「本当に副長ったら可愛いですねぇ」
「総司の真似をするな!雑煮はお前が隊士全員分作れよ!」
顔を赤くした土方が八つ当たりするようにセイに命令する。
「何で私がですかっ!?」
「お前、昔壬生にいた頃作って見せただろう!ここにいる小者は皆京で雇った奴らばかりで作り方を知らんからな!」
「そんなの…っ!」
今のこの大所帯になった新選組隊士全員で何人いると思っているのだ。
壬生の頃に作ったといっても本当にお金のやりくりも苦しい頃。セイが厨に立つ事でどうにか日々の生活費を切り詰めようと悪戦苦闘していた頃だ。その頃なんてまだセイ一人でもどうにか全員分の食事を用意できた頃。小者が数人がかりで用意するようになった今とは全く違うのだ。
流石に青褪めて反論しようとセイが口を開くと、透かさず土方はにやりと笑って彼女を見下ろして絶対反故できない切り札を言い放つ。
「副長命令だ!」
「っ!ひどっ!横暴!こんな時ばっかり権力振りかざしてっ!」
「言われたくなかったら俺より偉くなってみろ!取り敢えず俺より刀で強くなってみろ!」
「いっ!言いましたねっ!後で勝負してください!」
「童の相手を一々してられるか!」
「逃げるんですか!」
「生憎俺は小者なお前と違って忙しいからな!」
「っ!一々癇に障る言い方をっ!局長に美味しい雑煮を作っても副長にはぜーったい出しませんから!」
余りにも横暴で、既に自分が勝ったと思っている土方に一泡吹かしてやりたくなり、セイもそれならばと奥の手を出す。
すると、今度は急に土方の方が青くなり、おろおろとセイの撤回の言葉を求めるように見下ろした。
「なっ!お前!俺がっ!」
「何ですかぁ~?昔壬生で作った時、珍しく文句も言わず黙々と一番沢山食べてましたもんねぇ」
にやりとセイが笑うと、さっきとは対称的に今度は土方が呻く。
「くっ!」
「局長も喜んでらしたから沢山持っていこうっと!」
勝った。
そう思って、セイが満足に笑みを浮かべると、土方は何を思っていたのか、暫し沈黙し、そして、小さく呟いた。
「お、……俺にも食わせろっ!あれは美味かった!」
「っ!」
まさかの一言に、セイも思わず息を飲んでしまう。
「…な、何だ、その阿呆面は!」
「……変なところで素直だからいつも意表を突かれちゃうんですよっ!」
「何だっ!俺を馬鹿にしてるのかっ!?」
「もういいです。分かりましたよ。副長のご命令とあらば隊士全員分作ってみせますよ。特に局長と副長には幾らでもお代わり出来る位」
「うむ…頼む…」
「だから変なところで素直にならないでくださいっ!こっちまで調子狂います!」
「何だとーっ!」
そんな二人の様子を出来上がりの餅を切る為に待機していた隊士たちはぼそりと呟く。
「あの副長相手に一本取っちゃうのが流石神谷だよなぁ」
「普通殺されると思って反論できねーぞ」
「何より凄いのが……お互いに言い合ってても確実に餅は出来上がっていくとこだよなぁ」
「合いの手もぴったり。何だかんだ言って呼吸があってるんだよなぁ」
そんなぼやきも聞こえているのやら聞こえていないのやら、絶えない言い合いをしながら土方の反論を容赦無く途中中断し、セイは臼の中のできあがった餅を待っていた隊士たちの元へ運んでくる。
「じゃあこれ、宜しくお願いしますね!」
にっこり笑ってそう言うと、背後から土方の怒声が飛んでくる。
「神谷!遅い!後何回突くと思ってんだ!日が暮れちまうぞ!早く次の用意をしろっ!」
その言葉に米神に筋を浮かべると、セイは笑顔を忽ち般若に変え振り返る。
「私は一人しかいないんですっ!そんなにすぐ全部できますかっ!副長のようにただ餅を突いていればいいだけじゃないんですからっ!」
そう叫ぶと、さくさくと次の餅つきの手配を始める為に駆け出した。
そんなやり取りを見て。
「やっぱ神谷はすげぇなぁ…」
と誰と無く呟き、そして、頷き合った。

全ての餅つきが終わり、怒涛の勢いでセイが雑煮を作り、その姿はまるで阿修羅の再来と称されるほどの鬼の形相で作り上げ、全てを終えたのは年も丁度変わる頃。
除夜の音を聞きながら、セイは一室の前に盆を運んだ。
「失礼します。神谷です」
廊下から障子の閉まった向こう側へ声をかければ、中から朗らかな応える声が返ってくる。
静かに取っ手を引くと、中には近藤と土方そして総司が待機していた。
今日一日中餅つきと雑煮作りに追われ、こっそり一日の日課にしている総司の姿を見る事ができず枯れていた心を潤してくれるように彼がそこにいた事に心が跳ねた。
「神谷君。毎年の事とは言え、今年もお疲れ様だったね」
「はい。ありがとうございます」
近藤からの労いの言葉を貰えれば疲れも吹き飛んでほっこりと心が温かくなり、疲れた気持ちが軽くなる。
「まぁ、お前にしては良くやった」
土方も隣にいる近藤に小突かれ、少し頬を染めながら小さく囁く言葉に苦笑してしまう。
「副長。ご所望の物お持ちしました。まだ元日までには早いですけど、明日は明日の分でありますので。先に」
そう言って、セイは盆に乗せた雑煮の入った椀を差し出すと、三人の前にそれぞれ置いた。
「そう。無理を言って悪かったね。俺はこれが今日朝からずっと楽しみで。神谷君にはいつもの年末の雑務でも大変な所を更に仕事を増やして申し訳ないと思ってもこれが食べたくてね」
近藤は嬉しそうに椀を取り雑煮を口に含むと嬉しそうに笑った。
「この味だ。隊士たちも大半が江戸生まれだろう?きっと皆喜ぶ」
「そう言って頂けるのなら光栄です」
笑顔で答えるセイの前では、口には出さないが美味しそうに雑煮を口に運ぶ土方の姿があり、つい笑ってしまう。
「何だっ!笑うなっ!」
「トシも神谷君の雑煮は大好きだよな」
「っ!何言ってやがる。かっちゃん」
「そうか?なら、明日の分は俺が代わりに貰おうか」
「だめだっ!」
からかう近藤につい本気になって返す土方に、今度は近藤とセイ二人見合ってから、噴出してしまう。
そんなやり取りの中、一人黙々と食べる総司を振り返るとセイは心配になり首を傾げた。
「沖田先生は…美味しくなかったですか?」
すると総司は初めて顔を上げ、セイを見るとにこりと笑う。
「そんなはずないじゃないですか。神谷さんの作る物は何でも美味しいですよ。土方さんみたいに選り好みしません」
笑顔でそんな事を言われセイは思わず頬を染めるが、何処かいつもの総司と違う気がしてやはりまた首を傾げる。しかし土方はそんな事は気にしない様子で彼に突っかかった。
「何だと!俺はこれだけは特に気に入ってやってるんだ。別に…神谷の作った他の飯が不味いなんて言ってねぇ」
「そーですか。私にはどうでもいい事ですけど」
「何だ。お前。やけに突っかかるな」
「そんな事ありません。――それじゃ神谷さんのお仕事はこれで終わりですね。もう部屋に戻りましょう」
しれっと土方をあしらうと総司はセイを振り返る。
「でも。もう年も明けますしどうせならご挨拶をしてから…」
「貴方もう何日寝てないんですか?年明けたらまた忙しくするんですから少し休みなさい。それからきちんと身なりを一新してから局長にご挨拶なさい」
諭されるように囁かれ、セイははっとし、俯いて「そうですよね。申し訳ありません」と答えた。
「気にする事ないよ。神谷君。出来上がったらすぐにと思って持ってきてくれてありがとう。寧ろこちらこそ申し訳なかった。ゆっくり休みなさい。挨拶はそれからでもいい」
「局長…」
感動するセイを余所に、総司は土方を見ると、『やはりか』と彼は顔を顰めた。
「土方さん。神谷さんの…」
「分かった。昼まで寝かせてやれ。それ以上は駄目だ。隊務でも無いのに寝かせたら他の隊士に示しがつかん!」
「土方さん…」
一つ低くなった声に、土方はそっぽを向く。
「神谷がいないと正月が回らんのだから仕方ないだろう!それまでは……湯に浸からせて、離れにでも転がしておけっ!隊士部屋に戻ったらどうせその童は勝手に起き出すんだからっ!総司はその監視役だっ!しっかり寝かせろ!」
「仕方ないですね…。ほら、神谷さん行きますよ」
「え、あ、でも…」
「ほら。朝になっちゃいますよ!」
「はぁ……ありがとうございます!失礼します」
セイは総司に促されるまま、近藤たちに向き直り、一礼をすると、その場から離れた。

廊下に出た所で総司に手を引かれ、いつの間に手配されていたのだろう沸かされていた風呂に投げ込まれるように入れられ、上がった所で、離れに連れて行かれた。
そこにはこれまたいつの間に用意したのか布団が一組敷かれていた。
総司の分もと敷くのを制する彼を宥めながら慌てて隣に敷き、髪を乾かすのもそこそこに、総司に布団の中に押し込まれる。
布団の柔らかな温もりと重さがセイにやっと一息吐かせた。
「…沖田先生?」
「…」
「…沖田先生?」
「…」
「……沖田先生はお雑煮嫌でしたか?」
「……」
横になるセイを見下ろす形で座り込んでじっと彼女を見下ろしていた総司がゆらりと動いた。
「神谷さんが作る物は何でも美味しいって言ったでしょ」
「……お、沖田せんせぇ?」
セイは総司にされた事に顔を真っ赤にして瞬く。
言葉と共に重ねられた唇はまだ温もりを残していた。
総司は何も言わず、小さく溜息を吐くとぽすっと、セイのかけている布団の上に顔をつける。
「…」
「何かあったんですか?」
「…」
「…私、何かしました?」
「神谷さんっ!」
「はいっ!」
それまで沈黙を続けていた総司が突然顔を上げて、声を上げ、セイはびくりと体を震わせて答えるが、その後はまたむっとしたまま総司は口を閉じた。
「沖田先生…?」
「……っはぁ…駄目です。私嘘吐けません」
またもやセイの布団に顔を付け、総司は呟く。
「何がですか?」
「…神谷さん今日楽しそうでしたよねぇ…餅つき」
「あの量を作らされて楽しそうに見えますか?」
朝から餅をついたかと思えば夕方には隊士全員分の雑煮の用意だ。よくできたと自分でも思う。
現に餅を捏ねすぎて普段から刀を握っているとは言え、いつもと違う筋肉を使い過ぎて筋肉痛だ。
「…土方さんと一緒にいるとやっぱり楽しそうですよねぇ」
「大人気ない人の相手をしてて何処が楽しそうですか」
「そうは言うけど…ちゃんと途中で投げ出さないでいつも土方さんの相手してるじゃないですか」
「そりゃ上役を放り出すわけにはいきませんもん」
総司が何を言いたいのか分からないまま、ただ見当違いな誤解ばかり上げていくので一つ一つ反論する。
「…神谷さんともうこうやって話すのも、いつぶりだか…」
「……そうですねぇ。確かに久し振りです…」
そう呟くと、総司は顔を上げ、セイを見下ろした。
「神谷さん不足です。神谷さんをもっとください」
「不足って…っん!…ふ……」
もう一度重ねられる唇に、セイはただされるがまま、どうしたら良いのか分からず、目をぎゅっと瞑ってやり過ごす。
己を満たすように何度も何度も角度を変えては重ねられる。
「……今日ずーっと、餅つきしている貴女たち見てて、やっぱり神谷さんは土方さんとお似合いなのかなぁって思っちゃって…」
「…っはぁっ…」
「他の隊士たちも皆、神谷さんといると土方さんが楽しそうだなぁなんて言ってたから。やっぱり貴女には土方さんが必要なのかなぁって…」
再びぽすっと布団の上に顔を乗せる総司に、セイはやっと納得した。
「…焼餅焼いてたんですか。先生」
「悪いですか…大事な愛弟子ですから」
愛弟子。
愛弟子が自分以外の他の隊士たちと一緒にいて焼餅を焼いた。――セイもここ数日間総司とずっと会えず、しかも見かけた彼が他の隊士や試衛館時代からの幹部たちと話している姿を見て、ずるいなと思っていたから総司の気持ちも理解できるし、そう言って貰えるのは嬉しかった。
けれど。
それでは、愛弟子に対して何故接吻――。
その答えは浮かばなかったけれど、もし、焼餅を焼いてくれているのなら。と、セイは少し意地悪な悪戯心が働いて呟いてみる。
「じゃあ、私が副長の傍にいたいって言ったら。沖田先生より一緒にいて居心地がいいって言ったら。…どうしま…っん!」
もう一度深く口付けられ、解放された時には今度こそセイの息は上がっていた。
「神谷さん。副長の小姓になりますか?」
「……なりた……ふっ!」
また口付けられ、息ができなくなる程長く重ねられ、セイは総司の肩を拳で打ち付けて引き離そうとする。
しかし、その拳を握られ、そのまま暫し時が止まったのかと思うくらい制止していると、ゆっくりと総司の唇が離れた。
「っぷはぁっ!先生!私を殺す気ですかっ!」
若干意識が飛びそうになっていたセイは慌てて深呼吸すると、まだ息がかかるくらい近くから覗く総司を睨み付ける。
「…だって…神谷さんが…」
「私何も言ってません!っていうか最後までちゃんと言わせてください!」
そう言うと、総司はむっとしてもごもご呟いた。
「……言わせたら…だって…土方さんのとこに行っちゃうでしょ……」
「勝手に決めないでくださいっ!もう何年も先生は副長と私の何を見てるんですかっ!頼まれても行きませんよ!小姓なんて一度やってもうこりごりです!二度としません!」
「そう…なんですか…?」
総司はさも信じられないという顔でセイを見やる。
その姿を見て、悪戯心は何処へやらセイは総司が『セイは必ず自分以外の誰かの元へ行く』と信じ込んでいる事に毎度毎度の苛立ちが湧き上がり、反論した。
「大体どうして毎回毎回、誰かと一緒にいるのを見ればそうやってくっつけようとするんですかっ!しかも勝手に恋仲とか勘違いされるしっ!迷惑ですっ!」
「だ、だって、神谷さんは女子で!」
「何ですって!?」
「…イエ、あの…その…言わせてくださいね…私から見れば、やっぱり…女子なんですよ…だから…誰かの信頼の置ける人の傍にいて…女子として幸せになってくれたら……嬉しいなぁ…って…」
沖田先生は私の幸せを考えてくれて言ってくれているのだ。そうなのだ。
局長が一番で、野暮天で、考えるのが苦手な先生が私の事を想って考えてくれているのだ。
そう、毎回考えては、己を納得させているセイだが。
いつもいつも、あんまりだとも思う。
「……どうして、その中に沖田先生自身は含まれてないんでしょうか?」
言ってから、自分の恋心がばれるのではないかという事に気付いて、セイは慌てて口を閉ざすが、既に遅い。
そっと総司を覗き見ると彼は複雑な表情を見せていた。
「…え?だって、私は独り身を貫くつもりだし、貴女を娶るとかそんな事考えた事も無くて」
「……」
改めて真正面から総司にセイに対して恋愛感情が全く無いと言われると突き刺さる言葉に、セイは顔を背けてしまう。
「分かってます。…べ、別に私だって望んでいる訳じゃなくて、…ただ…ただ、そう、いつも誰かと沿わせようとするから!私も誰かと結縁するつもりもないですし…誰かと恋仲になりたいとも思ってないんで!そういうの煽らないでください!私は武士として新選組に骨を埋めるつもりなので!」
もうこれで話は終わりだと、セイは顔を布団に埋めたままぎゅっと目を閉じて、総司を振り返ることはしなかった。
言わなくていい事を言い、聞かなくていい事を聞いてしまったとセイは後悔で一杯になる。
しかし、そんな布団に埋めたセイの顔を引き寄せるように両頬に総司の掌が沿わされ、また布団から顔を覗かせる。
「……」
また触れるような接吻がひとつ降りてくる。
「…恋愛感情が無いのに……どうしてこんな事するんですか……普通接吻は愛しい人にしませんか…?」
「…私は…神谷さんに恋愛感情無いとは言ってませんよ…?」
囁かれる言葉に目を見開いて総司を見ると、先程とは異なって困った表情を見せた。
「……どういう…?」
「………貴女に溺れてしまうから、早く誰かのものになってくれたらいいのに……そう思っているのに…」
総司はそこまで言うとすっと体を起こし、正座を正すとふっと柔らかく微笑んだ。
「貴女が誰かの傍にいる姿を見ると、どうして自分の傍にいてくれないのだろう。と、いつも思ってしまうんです」
「……」
「一時、一刻、一日、会えないだけで私の中の貴女が足りなくなって、貴女が私以外の誰かの傍にいるとより加速して足りなくなっていくんです」
「……」
「貴女と出会ってない頃の私にはもう戻れないし、貴女が私の中からいなくなったら、どうなってしまうのか考えるのも怖くて…貴女を補給するんですけど…」
貴女は私の想いにどう応えてくれますか?
そう、最後に囁かれて、セイは――答える事ができなかった。

答えの無いセイにそっとまた手が伸ばされる――。

除夜の鐘が最後の音を響かせ。
そして――新しい年が始まった。

2015.12.20