「本当です。――本当の目的は、私をとある方の屋敷へ連れて行って頂く事です」
セイは目を見開き、そして語り始めようとする付きの空気を読み取って、心配そうに彼が今も手を当てている総司の肩を見た。
彼が語り始める事で意識が削がれて、総司の傷を治すのに師匠が出るのでは、と思ったからだ。
彼女の視線に気が付いて付きはまた笑うと、「大丈夫ですよ」とセイの不安を読み取って答えた。
「…いつからか。物心付いた頃には私はこうして相手の体に触れるだけで、傷や体の不調なところを治してしまう力があるんです」
付きの言葉にセイと総司は目を丸くするが、それを踏襲する言葉は出ず、総司は今も彼が触れている己の肩の傷を見つめ、セイは己が受けたはずの傷のあった場所に触れた。
「幼い頃の記憶はおぼろげで、この異能の能力を大人に知られてから私はずっととある身分の高い方のお屋敷の座敷牢で暮らしてきました。そうしてその方にとって利のある身分の方が大病を患い、傷を負った時にだけ屋敷から出され、御屋形様の監視の下、こうして毎回護衛を付け、旅をし、命を救ってきました」
どうしてこれ程多くの刺客に襲われてきたのか、これ程までに資質の高い剣豪が命懸けで襲ってきたのか、セイと総司は初めて納得した。
恐らくは今回も身分の高い人間の命を救う為に、付きに依頼があり、そしてその命が救われる事を望まない人間がそれを察知し、邪魔する為にセイたちに刺客を繰り込み襲わせ続けたのだろう。
そこにどんな思惑が交錯しているかは分からないが。付きは毎回そうした彼を支配する人間の思惑だけで動かされ、そうして彼の命を守り、もしくは奪う為だけに動かされた人間の死を、敵も味方も関係なく見続けてきたのだろう。
「帰りは…どうするんですか?」
総司が尋ねると、付きは驚いたように瞬きをし、そして何でも無い事のように平然と答えた。
「きっとまた別の護衛が付くでしょう。私のこの力を知られない為には護衛は常に変わった方がいいですから。私が今回のように護衛に情が沸いて力を見せないとも限りませんし」
言って、付きは苦笑する。
「――きっと新しい姫様も付くでしょう」
笑った後に、すぐに表情を曇らせ、付きはそう言葉を加えた。
「私がどうして神谷さんを望んだか分かりましたか?」
唐突にかけられた問いに、セイは首を横に振る。
「私は今でこそ男の姿ですが、生まれた時は女子だったのですよ」
「え!?」
セイは声を上げ、今更ながらもう一度上から下まで付きの姿を確認するが、何処からどう見ても男の骨格で、声も男そのものだった。
「ちなみに血で濡れていた貴方の晒を取り、拭き取って、着替えさせたのも私です」
「ええっ!?」
今更ながら改めて自分は晒もしておらず、あれ程血で濡れ重くなっていた着物も乾いていて、血の匂いも取れていた自身を自覚した。
自分が生きている衝撃を受け止めるのが精一杯で誰が自分を着替えさせ、誰が血を拭ったのかまで言われるまで考え至らなかったセイは初めて驚いた。
「私がその事を証明するまで沖田さんに猛烈な反発を受けましたが」
「付き様!」
総司が慌てて付きが語るのを止めようとするが、止めれず、顔を赤くすると俯いた。
「証明って…」
セイが呟くと、付きはセイの手を掴み、己の胸に当てた。
ふにゃりとした柔らかい感触。
「ふげっ!?」
思わず奇声を上げ、掴まれた手を引くセイの反応に付きは笑う。
けれど確かに付きの胸には男には無いふっくらとした感触があった。
「私は二形なんです。――この能力の影響かは分かりませんが。元々慶喜公に拝顔する機会があり、神谷さんが如身選と言う病にかかりながらも、新選組という武士として男として精鋭の隊に身を置いているという事をお伺いして、松本法眼に確認をしてお願いしたのです」
そういう理由でセイをと言っていたのか。と二人は納得する。
一方で松本は彼の素性を何処まで知っているかは分からないが、護衛が毎回どうなっているかの情報くらいは得ていて、あれ程までに心配していたのだ、とやっと理解した。
きっと浮様は彼の素性を聞きつけ、笑い話にと、先日の将軍の位に付くかの賭けの時に知ったセイの素性を思い出して、話を出したのだろう事が想像付いて、二人は正直ゲンナリした。それを確認された松本は泡を吹いただろう。
「…何故、それで私を?」
「私と似たような体である貴方に会ってみたかったというのと、――私や姫のみを弄ぶという事がされる確率は減ると思いましたから」
「!」
セイは息を呑むと、それ以上深く追求はしなかった。
本来女子の身であるセイ。男だけの集団にいて女子としての身の危険は常に付きまとっている。
幸いにも弄ばれるまでには至っていあいが、いつ女子と知られ、そうなるかは分からない。
隊の仲間を疑う事をしたくは無いが、これまで幾つもの危険を超えてきた。
恐らくは彼も――。
旅の途中、今回みたいに野宿になれば、二組に分かれれば、宿に泊まる際にも同室になれば、山賊に襲われれば、もしくは刺客に捕まった時にでさえ――いや、座敷牢に閉じ込められていても。
命の為にその分女子としての矜持を傷つけられてきたのかも知れない。
「私はいいんです。慣れていますから。――ただ、毎回私の身代わりになってくれる姫様たちにまでそういう目に遭う確率は減らしてあげたい」
悲しそうに呟く付きは、無言で青ざめて彼を見つめ続けていたセイに気が付き、困ったように微笑んだ。
「神谷さんがそんな風に傷つかないでください。そんな貴方だから助けたくなったんです。生きて欲しくなった。きっと…姫様も同じ気持ちだったと思います。沖田さんと神谷さんに守られて、貴方方がどれだけ親身になって私たちを守ってくれたか。武士として矜持高く、身を投げ出して簡単に死ぬのでもなく、身分を最優先にして失策を重ねるでもなく、姫を女子として下男として侮って身を好き勝手にするでもなく、私たちの体力を考えながらも私たちの命を最優先に私たちを人として認め、行動してくれた。…人は、他者の目が届かなければどんな事でもするし、己の欲望や信念だけを最優先にするんですよ」
彼は今までどんなものを見つめ、どんな扱いを受け、どんな想いを抱いてきたのか。
きっとそれを己の中にある知識や経験や憶測だけで推し量るのは彼に失礼だとセイは感じ、口を噤んだ。
「でも…私は姫様も付き様もお守りするように命を受けていました。その姫様を守れなかった…」
あまつさえ、あの時死ぬはずだったセイの代わりに姫を死なせた。その後悔は消えない。
体に今も残る体温も、姫が斬られた時の衝撃も見えない傷となってセイの中に浸み込んでいる。
「――姫様の役目は本来女子だと知られている私が今は男の容姿をしているという事を逆手にとって私の身代わりになること。私の力を隠す事。いざという時は私の命を優先しその命を差し出す事です」
だからか。総司は姫の今までの行動に納得した。
旅を始めて最初に宿に泊まった時に、セイが眠っている間に起こした行動、その後の姫の怒り、そして、翌日のセイの快調さ。あの時は何が起こったのか何一つ分からなかったが、全てが繋がった。