「姫は役目を終えました」
「終えましたって、どういうっ!?」
総司の傷口に手を当てながら静かに答える付きに、セイは混乱し、荒れた感情をむき出しに問い返した。
「――神谷さんはあの方の最後をちゃんと看取ったじゃないですか」
「――!」
そう静かに諭されて、セイは己が意識を失うまでの光景を思い出して、身を硬くした。
「…あの方は救えなかったんですか…?」
その問いに付きは黙したまま首を横に振った。
己の身を挺して守ってくれた姫。
セイを守るよりも、彼女が生き残るべきだったはずなのに。
救われるべきは護衛し切れなかったセイではない。
――生かしてくれた事に言葉に表しきれない程の感謝を感じながらも、どうしても釈然としなかった。
力を取り戻した掌でぎゅっと握り拳を作る。
セイは顔を上げ、付きを見上げた。今も、付きは総司の肩に手を触れ、ただその患部を見つめている。
体がもう機能しなくなっていた自分に何が起こったのかも、今付きが何をしているのかも分からない。
疑問と不安と責め文句は次々と彼女の内を駆け巡ったが、腕の力を失った総司は目を閉じ、付きのされるがままになっている。
セイも目を閉じ、もう一度開くと、居住まいを正し、じっと総司の肩口を見つめた。
「――付き様がそうすることで、沖田先生の傷は良くなるのですね?」
「はい」
付きはちらりとセイを見ると、短くはっきりと答えた。
「また刀を振るえるのですね」
「はい」
何が起こっているのか分からない。
付きが何をしているのか分からない。
それでもあの時命を落とすはずだったセイには傷一つ無く、握力が無くなっていた腕も動き、まるで旅立ち前のように体調が良くなり、総司は何も言わず付きに身を委ねている。
だったら今この状態が自分たちにとって良い状態なのだと信じる事が正しい選択なのだと確信し、次の行動を決めるしかなかった。
セイは周囲を見渡す。
六畳ほどの三人がいるには適度な小部屋。宿の二階であろう開け放たれた窓からは向かいの家の屋根が見える。
という事は田畑を抜け、何処か街中だろうか。
ここはもう目的地から間もないのだろうか。
地図を――と思うが、荷物は何処にも置かれていない事に気が付いた。
あの状態で荷物を持っていく余裕など無いだろう。
セイが気を失ってから幾日足っただろうか。
刺客は今どういう情報を得、どう動いているだろうか。
まだここは見付かっていないだろうか。
気を失っていた間の情報が欠けていて、セイに判断できる情報が少なすぎる。
それでも付きが総司の体を治してくれると言うのなら、二人にはその事に集中してもらいたく、これ以上問う事は出来なかった。
まずは何が起こっても全て自分が対処してみせる。
沖田先生と付き様を守る。
そう決意し、再度付きと総司に向き直ると、付きは笑った。
「沖田さんも神谷さんも同じ思考と行動を取るんですね」
付きの指摘を受け、セイは眉間に皺を寄せる。総司を見ると、顔を背けてて、表情は読み取れなかった。
「沖田さんもそうでした。まず最初に神谷さんの心配、その後に姫様の心配――咎めてる訳ではないですよ。本当に死に直面した時、咄嗟に心配するのは本当に大切にしている人の事ですから。寧ろ私と姫様の事を忘れずにすぐ思い出してくれる事がありがたいです」
何処までも穏やかに語る彼は本当に要人警護という事を一瞬でも忘れて総司の事を真っ先に心配したセイを咎めている様子は無かった。
セイが目覚めてすぐさま抱き締めた総司も己と同じだったのか。と確認するようにもう一度彼を見るが、表情は依然として見えず、それでも第三者からそう見えたという事に胸が熱くなった。
「そして最後に状況判断をし、――私を信じて身を委ねてくれる」
「――」
「ありがとうございます。――そんな貴方方だから助けたいと思ったんです。己の身を明かしても」
そこまで語り、そして目を伏せて、付きは呟いた。
「きっと姫様も――」
セイの瞼裏には姫が己の体に圧し掛かった重さが、熱が、耳の置くには最後の言葉を囁く彼女の声が今も焼きついている。
「姫様が囮だったというのは…」
総司が顔を上げて問うと、付きはこくりと頷いた。
「本当です。――本当の目的は、私をとある方の屋敷へ連れて行って頂く事です」