風桜~かぜはな~2-1

「こんにちは。セイちゃん」
「あ!沖田先生!」
家が診療所になっている富永家の戸口にひょろりとした上背の男の影が下りる。
すっかり診療所の患者とも顔馴染みなった総司だ。
セイは彼の姿に気が付くと、ぱっと表情を明るくし、それまでの何倍もの大輪の花が咲いたような笑顔を見せた。
そして目の前で処置をしていた患者の患部の消毒と包帯を巻き終えると、一目散に彼の元へ駆け寄る。
二人が互いに身を寄せ、あと半歩まで迫ったところで、邪魔するようにぬっと人影が二人の間を遮った。
「ただいま。セイ」
「兄上!」
突然二人の間を割って入った存在に気が付くと、セイは嬉しそうに声を上げる。
「今日はどうしたんですか?まだ日も高い時間から。非番では…無いですよね?」
「セイちゃんの顔を見に…」
「セイの顔を見にちょっと立ち寄ったんだ。今日の巡察経路がすぐ近くだったからね。だからすぐに戻るよ」
総司の言葉をさも事無げに遮りながら、祐馬はセイに笑いかけるとセイもまた笑った。
「態々立ち寄ってくれて嬉しいです!斎藤先生も今日は非番で吞みに行くついでだからと寄って下さったんですよ!」
「え!?斎藤さんも来たんですか!?」
「はい。顔を見に来ただけだからすぐ帰られると言われたんですけど、折角菓子まで包んで持ってきて下さったので何もお持て成しもできませんけど、中に…」
「聞き慣れた声がすると思ったら、アンタたちか」
富永家で居住部分にしている奥の部屋を振り返ると、中で茶を啜っていた斎藤が現れた。
「ズルイです!斎藤さん!私にも菓子買ってくださいよ!」
「何の理由でだ。アンタは五歳児か」
透かさず声を上げる総司に斎藤は眉一つ動かさず、冷静にツッコミを入れる。
「セイちゃん。菓子、私の分残して置いて下さいね。後でまた来ますから。そしてセイちゃんを独り占めしてズルイですよ!斎藤さん!」
「アンタの中ではセイは二の次か」
ちゃっかりセイに言い置いておいて、総司が再びきっと斎藤を睨み叫ぶと、また冷静な表情のまま斎藤は切り返した。
「ちが…」
「それならやはり沖田先生にうちのセイはやれません。一番にセイを想ってくれる人にでなければセイはやれませんから」
「そんなぁっ!富永さん!私、セイちゃんか菓子かどちらか一方なんて選べませんよ!どっちも一番なんです!」
祐馬の言葉に総司が慌てて彼を振り返ると、祐馬はにっこりと笑みを返した。
「いえいえ。沖田先生のお気持ちはよく分かりましたから。言い訳は結構。さて、結構休憩も取りましたし、巡察へ戻りましょうか」
そう言うと颯爽を家から出る祐馬の後を、総司が慌てて追いかける。
「違いますって!私は一日も早くセイちゃんをお嫁さんに貰いたいです!」
「ご冗談を。沖田先生は菓子と結縁でもなされれば良いでしょう。あ、そうだ。今度、近藤局長にお願いして立派な祝言を挙げて頂きましょうか」
「富永さぁん!そんな意地悪言わないでくださいっ!」
何だかんだと言い合いながらも、もう診療所を振り返ることは無く、仕事へ戻っていく二人の後ろ姿をセイは見つめていた。
「…私、全然構って貰えなかった…」
そう呟くと、周囲がどっと沸く。
四人のやり取りを見守っていた患者たちだ。
「折角大好きな先生が来てくれたのに構って貰えなかったねぇ」
「相変わらず甘味が好きだなぁ」
「兄さんもいい味出してるよ」
ワイワイと患者たちが皆、セイを囃し立て、そして互いに笑い合う。
「すっかり名物になってしまったな…」
斎藤がセイを労わる様に囁くと、
「斎藤先生!アンタも名物の一人だからね!」
と、患者の一人から声がかけられ、また周囲の人間が笑う。
「玄庵さん。おセイちゃんを沖田先生の嫁にやる気はあるのかい?四人の漫才は見ものだが、だからと言ってずっとこのままという訳にもいかないだろう。おセイちゃんもいい年なんだし」
斎藤とセイがからかわれ続けているのを横目に、丁度診察の順番が回ってきた患者が、先程から一言も喋らず黙々と患者を診ていた玄庵に訪ねた。
「――」
玄庵はむすりとしたまな、眉間に皺を寄せ、一言も発する事はなかった。
「玄庵さんは沖田先生が来ると、途端に不機嫌になるからねぇ」
そう一人の患者が揶揄すると、また途端にどっと笑い声が上がった。

これが、富永診療所の最近の日常的な光景である。