こんぺいとう

ひとつ。
ふたつ。
あかやあおやみどりいろをした星が空に浮かんでは、落ちてくる。

あ、これ、桜色ですねぇ。
こっちはお日様色みたい。

そして意識しなくても浮かんでくる人の姿に頬は熱くなる。
掌にあった沢山の星を一気に口に放り込んだ。
じわりと口の中に広がる甘さと匂いに満たされる。

「あ!沖田先生、また金平糖食べてる!」
思い浮かんだ人物から掛けられる声に総司は口に金平糖を含んだまま息を飲む。
空気と一緒に舌の上で溶けて甘い水となった星が喉を伝った。
「けほっ!…神谷さん…急に声をかけたらびっくりするじゃないですか」
「え?そんなに驚きました?すみません」
何気なく声を掛けたつもりのセイは総司の驚きっぷりに逆に驚かされ、縁側に座ったまま体を折って咽る彼に慌てて近づくと、背を優しく擦った。
「…けほ…すみません。もう大丈夫ですよ」
涙目で己の背を擦り続けるセイの手をゆるりと制すと、顔を上げ、また掌の中に納まったままの金平糖を一つ口に入れた。
「最近金平糖がお気に入りなんですねぇ」
恋心故にいつどんな時でも総司の姿を探してしまうセイだが、最近は彼の姿を見つけるといつも手に金平糖を持って過ごしている。
いつの間に何処でそんなに買い足してくるのか、気が付けば補充され、何かにつけては袂から取り出し、口に放り入れている。今も。
「……そうですねぇ。最近のお気に入りなんですよ」
何処か力無く笑う総司にセイは首を傾げた。
そんな彼女の様子に、彼は苦笑すると、また一つ金平糖を摘み、口に入れた。
甘い甘い香りがその場に広がる。
「最近沖田先生の傍にいるとずっとその金平糖の甘い香りがします」
「そうですか?私はもう鼻が麻痺してるんでしょうか。何も感じません」
笑う総司に、セイは鼻を近づける。
「そんなはずありませんよ。こんなに甘い香りしてるんですもの」
目を閉じ、己が感じる匂いを再確認するセイの仕草に、総司は頬を赤く染めた。
「止めて下さいよぉ。今日は朝稽古をしてから水浴びてないんですから臭いですよ」
「そんな事無いですっ!ほらーこんなに甘い匂いするのにー」
彼女から距離を取る為に身を引く総司の動きに合わせ、セイは目を閉じながら彼を追う。
「神谷さんっ!」
ころん。
突然舌の上に乗ってきた甘い星に驚いて目を見開くセイに、総司は頬を染めたまま今彼女の唇に触れた指を引くと所在無さ気に宙を彷徨わせ、そして床に置いた。
「あまーいっ」
ころころと舌の上を転がり、砂糖菓子の甘さにセイは夢中になって口の中で溶かし、飲み込むとふにゃりと笑顔になる。
「先生っ!もっとくださいっ!」
「えぇっ!?」
まさかそんな風に強請れると思っていなかった総司は、目を丸くすると、さっき下ろした己の指を見つめ、それから反対の掌の中の金平糖を一つ摘むとセイの口の前に差し出す。
ぱくり。
「かみやさんっ!?」
今度こそ総司は激しく動揺した。
セイが彼の指ごと金平糖に吸い付いたからだ。
「むっ?」
総司の指から奪い取った金平糖を口に含み舌で転がすセイは不思議そうに彼を見上げる。
「いっ。今、指っ…」
「何か変な事しましたっけ?」
首を傾げるセイは自分がどれだけ大胆な事をしたのかに気付いていない。
彼女の唇が触れた指は今度こそどうしていいのか分からず、ただ指先だけがじんと熱を持った。
上昇する体温を冷ます様に、慌てて自分も金平糖を掴んで口に含むが、その掴んだ手が、指が、さっき彼女の唇に触れた指であった事を思い出し、更に熱が上がった。
じん。と熱が全身に痺れを与える。
甘い甘い香りが、彼の感覚を刺激した。
そう。こんな風に彼女に自分の菓子を手ずから与えるのも、その逆もいつもの事。
少し前の自分たちにはいつもの事だった。
だから彼女にとっては当たり前の行為なのだろう。
「…何もして…ませんよ…」
総司は無理やり笑顔を作ると、彼女に笑いかける。
すると、彼女はぱあっと表情を明るくして、また大輪の笑顔を見せるのだ。
とくりとくりと鼓動が早く鳴り始める。
「でも、沖田先生。最近金平糖食べ過ぎです。幾ら先生が甘味好きだといってもそんなに毎日食べてたら病気になっちゃいますよ」
すぐに表情がくるくる変わるのは彼女の十八番。今まで笑っていたかと思うと急に表情を曇らせ、心配そうに彼を仰ぎ見た。
「ほ…ほっといてください。私は別に金平糖食べ過ぎた位で病気になんてなりませんよ」
どんどん勝手に高鳴る鼓動が彼女に聞こえませんようにと祈りながら、総司はぷいっとそっぽを向く。
「だって、朝起きて、朝餉の前に食べてるし、巡察の時にも持ち歩いてるでしょう!?それに寝る前にまで食べてて…やっぱり神谷は心配です!沖田先生が飽きるまで…と思って見てましたけど、不肖医師の息子として見過ごす事出来ません!それ、没収します!」
「えっ、わっ!何するんですか!神谷さんっ!」
セイは意を決したように顔を上げると、総司の上から覆い被さる様な形で、未だ彼の手の中にある金平糖を奪おうとする。
それを必死で逃れようとする度に、金平糖が掌から零れ落ち、縁側下や廊下に散らばった。
「大人しく渡してくださいっ!」
「イヤですっ!」
「先生が食べたいって仰った時に少しずつ差し上げますからっ!」
「これだけは渡せませんっ!」
総司が己の背に隠すように金平糖の入った包みを手で握り締めて、全身を彼の胸に乗りかかるようにして手を伸ばす彼女の手が届かないように必死で彼も腕を伸ばす。
「どうして突然金平糖に執着するようになったんですかっ!」
必死に背を伸ばす彼女は自然と彼に体重を預けるような形になり、体温や、柔らかさが着物越しに総司に伝わってくる。
彼女の真っ直ぐな黒髪が揺れる度に、彼の頬に触れ、鼻を擽った。
すぐ横に見える首筋から、耳朶から彼女の熱が匂いが総司の芯を擽る。
甘い。甘い。
柔らかい熱。
とくとくと繊細に小さく早鐘を打つ鼓動。
声が、匂いが、熱が、柔らかさが、全てが総司の中からはらりはらりと強固に固めていた意志をいとも簡単に優しく崩していく。まるで土が砂に変わったようにさらさらと。
「神谷さんっ!」
金平糖を…!
早く口にして、この甘い感覚を誤魔化さなくては。

ぱらぱらぱら。
包みからも零れた金平糖は、廊下に色鮮やかな星図を描いた。

「…沖田先生…?熱おありですか?顔が真っ赤ですよ?」
仰向けに倒れ込んだ総司の上に同じように覆い被さるように倒れ込んだセイは彼の真っ赤な顔を覗き込んで驚いた。
「……」
「もしかして風邪引かれてたんですか!?だったらもっと早く言って下さい!今お布団用意しますからっ!もう!どうして甘いもので誤魔化そうとするんですか!嫌いだって言ってもちゃんと薬飲んで頂きますからねっ!」
総司の胸に手を付いてセイは起き上がると、彼の額に手を当て、その熱の高さにそわそわと浮き足立ち、身を離すと、あっという間にその場を立ち去ってしまった。
きっとあと幾許もすればここへまた戻ってくるだろう。
それまでこのまま倒れているのもいいのかもしれない。
総司は天井とその向こうに覗く空を見上げ、長い息を吐いた。
ふと、首を横に向けると、小さな黄色い金平糖が一つ転がっている。
まるで蒲公英のように無邪気な笑顔を見せるセイのようだ。
ぱくりと口に含むと、じわりと甘い香りが口の中に広がった。
どくどくと早鐘を打っていた鼓動はゆっくりと落ち着きを取り戻し始める。
今の己にとってはこれが一番の妙薬なのだ。
その事に少女が気付いてくれればいいのに。

いつまでセイの持つ甘い匂いを誤魔化す事ができるだろうか。

「…神谷さんの野暮天……」
総司の呟きは今日も満点の星空を見せるだろう蒼い空に溶けた。

2013.03.08