風桜~かぜはな~22

いつもの甘味屋。
セイと総司は二人並んで店の長椅子に座り、団子の串を加え、空を見上げた。
「美味しいですねぇ」
「はい!沖田先生、今日も御飯食べていかれますか?」
「いいんですかっ!?」
にっこり微笑んで言うセイに総司はぱぁっと表情を明るくし、嬉しそうに笑う。
「相変わらず父が苦虫噛み潰したような顔をしていますけど、気にしないでいてくださるなら」
「行きますよ!毎日疎まれたってお伺いしますよ!ちゃんとお父上にも承諾頂きたいですし」
そう総司に言われ、セイは頬を染めて小さく頷くと、それから嬉しそうに笑った。
「セイちゃんっ。可愛い過ぎますっ!」
「うちのセイが可愛いのは当然です」
総司がセイに抱き付こうとすると、その間にぬっと現れた祐馬が代わりに総司に抱き締められた。
「あら。お兄様」
「誰がお兄様ですかっ」
米神に筋を浮かべ、祐馬己から身を離した総司を睨みつける。
「兄上っ!」
セイは慌てて祐馬を嗜めようと彼の袖を引くが、祐馬は二人の間にどっかりと座り込む。
総司は小さく溜息を吐くと、これで何度目だろうか、と思いつつ、真剣な眼差しで祐馬を見上げた。
「お兄様。セイちゃんと恋仲になって暫く経ちますし、二人でちゃんと幸せになりますからそろそろ結縁許してくれませんか?」
「お断りします」
沈黙が暫しその場を制す。
そうして、総司はもう一度口を開いた。
「セイちゃ…」
「嫌です」
「とみ……」
「ダメです」
それまで緊張し続けていた男は張り詰め続けていた空気に限界だった。
一気に空気が弛緩すると、男は対面する男に縋り付く。
「富永さぁんっ!」
「くどい!くどいです!沖田先生!何度言われようがセイは嫁にやりませんっ!」
総司はなよなよと祐馬に縋り付くが、祐馬はその手をぞんざいに振り払った。
「そんな事言わず!幸せになりますからっ!」
「大体なんですかっ!その『幸せになりますから』は!普通『幸せにしますから』でしょう!」
「だって、セイちゃんは私がいてくれたらそれだけで幸せだって言ってましたもん。私もセイちゃんがいてくれたらそれだけで幸せだから、『幸せにする』でも『幸せにしてもらう』でも無くて二人で『幸せになります』でしょっ!?セイちゃんとその話した時すっごくセイちゃんらしいなって思って私嬉しくて思わず泣いちゃったんですからっ!」
「ええい!兄に妹との惚気話なんて聞かせないで下さいっ!」
「だってー近藤先生も土方さんも最初はうんうん嬉しそうに聞いてくれていたのに、段々胃がもたれたような顔してくるんですもん!最近なんて顔を見たら逃げるんですよぉっ!」
「それは貴方が毎回毎回惚気話を聞かせるからでしょっ!」
「だって幸せはお裾分けしたいじゃないですかっ!」
「そんな所が私は沖田先生の大嫌いなところなんですよ!」
「そんな事言わないで下さい!富永さんの了承貰えるまでって私も我慢してるんですからっ!そろそろお預けも解いてくださいよぉっ!」
「生々しい話をセイの前でするなっ!」
「男なんですから富永さんだって分かるでしょっ!」
「数ヶ月前の武士道だけを見つめていた沖田先生の爪の垢でも飲ませたいですなっ!あの頃の貴方の方がまだセイを差し上げられた!」
「どっちも私ですよぉっ!」
そんなやり取りをする二人にセイは苦笑しつつ、ふと隣に気配を感じ、見上げると斎藤がいつの間にかそこに立っていた。
「アンタはあれでいいのか?」
「…はい。沖田先生の傍にいられて、兄上や斎藤兄上と一緒に新選組にいられて、それだけで幸せだったのに、沖田先生と恋仲になれるなんて奇跡みたいです」
「そうか…」
斎藤は小さく頷くと、空を見上げる。
「あれに飽きたらいつでも俺の元に来たらいい。兄分としてでなく、男として俺はいつでもお前を迎えるぞ。何なら今から鞍替えしても構わない」
「…斎藤兄上…格好いい…ありがとうござますっ!」
『男として』と言ったのに、やっぱり『兄上として』認識されて、顔には出さないが凹む斎藤。
まあ、セイが尊敬の眼差しで自分を見つめているから良しとしよう。
「斎藤さんっ!何、セイちゃんを口説いてるんですかっ!セイちゃんは私のですからねっ!」
「斎藤さんっ!セイはまだやりませんからねっ!」
「沖田先生、いい加減、『ちゃん』付けは止めてくださいっ!」
「ふっ。セイ。偶には斎藤『兄上』と二人で呑みにいくか」
「えーっ!いいんですかっ!?行きます!」
「ダメですよっ!セイちゃん!危ないですっ!私より先に手を出されたらどうするんですかっ!」
「斎藤さんっ!幾ら斎藤さんでも二人は許さないですよっ!って言うか沖田先生何を言ってるんですかっ!」
「セイは大トラだからなぁ」
「私そんな事ありませんっ!」
「セイ!許さないからなっ!」
「セイちゃんっ!私も行きますっ!」

総司と兄分たちとの攻防が収束するのはもう少し先のお話。
恋仲の男女と、その兄分たちの攻防戦は暫くの間、京での名物となっていた。