ちゅっ。

最近、セイはどうしても気になる事があった。
気にしなければいいと言われるかも知れない。
寧ろ一番隊の仲間たちにとってはすっかり見慣れた光景になってしまったらしく、微笑ましそうに笑いながら、そっとさり気無く視線を逸らしてくれる。
しかし、セイは落ち着かなかった。
それは武士になりきれない故。その本質は女子であるが故。
そう思い至ってしまえば、そうなのかもしれない。
いや。でも。まて。セイよ。
例え己が真実男として生まれ落ち、真に新選組隊士として所属していたとしても、置かれているこの状況を何も感じずに過ごせると言うのだろうか。
……己が尊敬する誠の武士である、沖田総司は何を思うのだろうか。

「神谷さん」
いつも通りのやや調子の高い抑揚で名を呼ぶ総司を振り返ると、セイはいつもの如く振り返り、そして、目を閉じた。
その状況になる時に目を開いていられる程の心の強さは彼女には無い。
そしてその後に唇に触れる感触。
やや硬い感触の温かいもの。離れる瞬間に柔らかな空気が名残惜しそうに己の唇から離れていく。
そうしてゆっくりと目を開くと、目の前に立つ総司は嬉しそうに笑うのだ。
「神谷さんの唇って本当にいつもぷにぷにですよね」

つまり。
ええ。
そうです。難しく語ってはみたものの。
セイはある日を境にしていつでも何処でもどんな場所でも人目も憚らず総司に接吻されるようになった。
異性だから意識してしまうのだろうか。
誠の武士同士の念友だったらこんなにも動じずにすむのだろうか。
セイはそればかりを考え、若干寝不足気味になり始めていた。
最初は本当に人のいない場所が主だった。
というか、してもいいかと許可を求めるくらいだった。
そうしたい理由をセイもその最初の時に聞いておけばよかったのだ。
それを何も考えず(考えられず)ただ請われるがままに頷いた事によって、総司にとっては彼女に接吻する権利を得られたと確定したらしく、最初は人に隠れて、次第に人目も憚らず、したい時に、突然振り向き様になんて事もあった。
だって聞けるわけじゃないか。嫌な訳ではないのだから。
聞く事で逆に互いに変な意識をして彼と距離が出来そうで恐かった。
それはセイが彼を慕っているから考える、思い込みでしかないかもしれないが。
最初は寒イボを立てていた土方も見慣れたのか最近は何も言わない。
そしてセイは接吻を請われる理由も分からないまま、ただ総司の気分のまま?に接吻されるようになった。

「どうしてだと思いますっ!?」
セイは同室で寛いでいた相田と山口に相談を持ちかけた。
勿論総司は不在だ。先程風呂に行くのを確認している。
「え?それを俺に聞くのか?」
「というか、神谷は分かっててしてるんじゃないのか?」
質問に対して逆に質問が返ってきてしまった。
「いや…その……聞くきっかけを逃してしまって…」
おどおどと頬を染め、目を逸らすセイに相田は思わず心躍る感情を抑え平静を装う。
「っていうか、相愛だからするんだろ?いつでも何処でもって…どうかと思うけど…沖田先生だしなぁ」
『あの人なら何をやっても不思議ではない』
その相田の言葉に後押しされて浮かぶ思いは、三人同じだった。
「そっ…相愛って…言うけど、けどさ、今までしてなかったのに、ひょんなことで一回されてから、何であんな何回もするようになったんだ?」
しかもその一回は斎藤から取り返したとかそう言う理由で一度されてからだ。
「それは、お前が嫌がらなかったから、してもいいんだと思ったら枷が外れたんじゃないのか?」
「あー。…あの人も男だったんだなぁ…」
「どういう事だよっ!?」
相田と山口が頷き合うが、セイには納得いかない。
「それに、あれだろ。神谷は自分のものだと思ってたのに、その自分のものに手をつけられちゃなぁ…しかも初めてだったんだろ?」
「それは嫌だよなぁ」
『神谷は沖田先生に愛されてるんだなぁ』
「どうしてそうなるんだよ!」
二人が声を重ねて呟くが、セイはどうしてそう結論付くのか分からない。
「お前も男だから分かるだろ。女だって囲ってるんだし」
そう言われると何も言えない。
けど、セイには分からない。
しかしそれ以上、どう聞けばセイの求める答えを導き出してくれるのか言葉が出なかった。
根本的に元々二人が思うような関係でもないのだ。
相愛でもなければ恋仲でもない。
その二人が度々接吻をする理由は?
しかも総司はセイを女子だと知っているのに、その女子を敬遠している人なのに。
深刻な表情で俯くセイに、相田と山口は何かセイと総司にし分からない事情が絡んでいるのかと気遣った二人は、何か励ましの言葉を掛けようと口を開いた。
と同時にセイが顔を上げ、何か閃いたのか表情を明るくした。
「そうか!また姪とか甥とかそういう風に思われてされているだけんなんだ!だって子どもとか赤ん坊によくちゅっちゅっしますよね!」
握り拳を作り同意を求めるセイに、その結論に至った彼女に逆に驚いた二人は目を丸くした。
「いや…それは…」
「神谷…そうじゃ…」
無いと思うし。あれだけ所構わず接吻しておいてそう思われる総司が憐れだ。
とも思うが、彼ならそんな理由で誰彼構わず接吻しそうな気もして、思わず口篭ってしまった。
そう思われる総司の日々の態度も問題がある。
のだが、どれにどうツッコミを入れればいいだろうか。
「どうしたんですか?三人して。って言うか、他の皆さんも聞き耳立ててるみたいですけど」
今や隊士部屋にいた皆が相田と山口とセイの三人の会話に聞き入っていた。
その中、湯上りの総司はのほほんと廊下側に座っていたセイの後ろからひょっこりと姿を現す。
『沖田先生っ!?』
そう声を上げたのはセイを含め何人だろうか。というくらい一斉に皆が声を上げた。
「……何ですか?皆して。何か私に聞かれたくない事だったんですか?」
あまりにもの隊士たちの驚きように、逆に総司の方が驚いて思わず身を引く。
「なっ、なっ…沖田先生っ…お風呂はもうお済みなんですか?」
総司を見上げ、身を引きながら尋ねるセイに、彼はやや不機嫌に答えた。
「ええ。もうお済みですよ。早く戻ってきてすみませんね」
「いえっ!いえっ!あの…」
「そう!神谷が先生に尋ねたい事があるって!」
「ええっ!?」
必死に少しずつ総司から距離を取ろうとするセイを逆に彼に押し戻すようにして相田と山口が彼女の背を押した。
押される手の平を背で押し返そうとするが、男二人の力に敵わないセイはあっさりとまた総司の目の前に押し戻された。
涙目で睨みつけるセイに相田と山口が耳元で囁く。
「今が聞く絶好の機会だろ!」
「これを機に聞いてしまえよ!」
「う~~」
小声で囁き合う三人に眉間に皺を寄せた総司は屈み込むと座っていたセイと視線を合わせる。
「私に何か聞きたい事があったんですか?」
「う…うぅ……」
「神谷さん?」
「…うぅ……」
「貴方らしくないですねぇ。聞きたい事があれば聞けばいいじゃなですか!」
「どうして沖田先生は私に所構わず接吻するんですかっ!?」
「!」
まさかそんな事を聞かれると思わなかった総司は硬直し、セイの後ろで見守っていた隊士たちは『言った!』と心の中で彼女に拍手する。
「……」
「沖田先生っ!私は聞きましたよっ!答えて下さいっ!ええ、姪御さんに似てるからでしょうけども!それともユキちゃんの代わりですかねっ!」
「……」
「それともあれですか!あれですよ!それ!あのあれですよね!きっと!」
セイは懸命に理由を捻り出し続ける。
何か自分にとって安心する理由が無いと、彼の顔を見る事が出来ない。
早く「そうだ」と肯定してくれないかと彼女が言葉を捲くし立て続けていると、最初は呆然として総司が、笑い始めた。
「…神谷さん、そんな事考えてたんですか…」
『そんな事って!』
総司の発された言葉に、セイを含めその場の隊士全員が彼に目を剥く。
それに少し怯んだ総司は、また苦笑すると、セイに微笑みかけた。
「神谷さん自覚無いんですか?貴方、私が口吸った後、必ず物凄く嬉しそうに笑うんですよ」
そう囁いた総司に、セイ当人は「え?」と疑問符を浮かべるが、他の者たちは納得したように、一斉に『あぁ』と声を上げた。
「あの笑顔好きなんですよねぇ。だからついついしちゃうんですよ」
「……」
今度はセイが固まる番だった。
「まぁ、最近あの笑顔見たさについつい所構わずしちゃいましたけど」
そう言って、総司はまた、ちゅっと己の唇をセイの唇に軽く重ねる。
「~~~!」
「嫌じゃなさそうだし。いいですよね」
「~~~っ!っ!」
「大好きですよ。神谷さん」
にっこり満面の笑みを浮かべる総司に、セイは真っ赤になって口元を抑えた。
「沖田先生のばかーっ!」
セイの声が屯所中に響いた。

おまけ・・・
「だってねぇ…私だって貴方が女子として好きっだっから……っとか…嫌がらないでさせてくれるって事は嫌われてないのかなぁって思ったら嬉しくて…っとか…斎藤さんとの記憶が消えてくれたらなぁ…とか…でも私の方がもう一杯してますしね!…とか……言えないじゃないですかぁ……」
総司、ヘタレな心の呟き。

2012.06.10