風桜~かぜはな~1

その日富永家で一つの事件が起こった。
小さな診療所を開いていた富永玄庵の家屋に、突然武士然した男たちが彼にあらぬ疑いを掛けて押し入ったのだ。
玄庵は彼らの上げる疑惑に反論し、それに耳を貸す事もせずに刀を振り上げる男たちから逃れ、彼の息子の祐馬は腰に下げていた刀で応戦した。戦う術を持たなかった彼の娘のセイは助けを呼びに外に出た。
そこで、一人の青年に出会う。
名を沖田総司。
壬生浪士組の一人だと彼は名乗った。
沖田総司と名乗る青年は診療所を荒らした男たちを次々に切り倒し、祐馬も彼の協力を得る事でそれまで守る事が精一杯だった形勢が攻守逆転し、それほどの時を要せずに、全てが終わった。
「怪我はありませんでしたか?」
総司は懐紙で刀に付いた血糊を拭き取ると、鞘に収め、座り込んだままのセイに手を差し伸ばした。セイは少し呆けた表情で彼の手を取ると、立ち上がった。
同様に祐馬は玄庵に無事の確認をすると、セイの元へ駆け寄る。そして、妹が額に小さな傷を負った程度で済んだ事確認するとほっと胸を撫で下ろし、総司に向き直ると、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました!貴方がいなかったら今頃どうなっていたことか!」
「いえ。私は偶々通りかかっただけで、皆さん無事ならよかったです」
「はい!本当にありがとうございました!…あの、壬生浪士組の沖田先生でいらっしゃいますよね?」
「はい」
「ああ!これもご縁ですかっ!私も入隊する予定で…」
「無事なものか」
嬉しそうに話しかける祐馬に応えて笑みを浮かべる総司に、玄庵が憮然と言葉を吐き捨てた。
「父上!」
「確かに私たちは助かった。が、彼らは皆絶命した。そこまでの事をする必要があったのか?」
「それでも、この人が助けてくれなかったら今頃父上も兄上も私もどうなってたかわからないんですよ!」
命を助けてくれた恩人に吐いた言葉を叱咤する子ども二人を余所に玄庵は床に倒れたままの男たちの体に触れ、脈を確認していた。
総司は目を丸くすると、すぐにを細め、「そうですね」と答えた。
「貴方は何も悪くない」、セイがそう口を開こうとしたところで事態を聞きつけた奉行所の人間が診療所に駆け込み、事情聴取と、倒れた男たちの引取りを始めた。
「無事か!?」
「この男たちはどうしたんだ!?」
それと共に為す術無く事の成り行きを遠目に見ていた近所の者たちも安堵して玄庵たちを心配して駆け寄ってきた。
セイがふと気が付くと、総司が人の波を避けて去ろうとする姿が目に入り、慌てて駆け寄ると、彼の手を掴んだ。
まさか掴まれると思っていなかった総司は驚いて彼女を見る。
すると少女は大輪の花を咲かせたような笑顔で彼を見上げ心からの感謝を述べた。
「ありがとうございました!」
「いえ」
総司も少し照れながら笑みを返し、そして、名を呼ばれ後ろを振り返った少女の手から逃れ、今度こそその場から去った。