春爛漫5

「はぁ…」
 土方は小さく溜息を吐く。
「土方さん!溜息なんか吐かないで聞いてくださいよ!」
 目の前に座る総司は、目を据わらせ、じっとこちらを睨みつける。
「俺はいつまで延々とお前の悋気話を聞いていればいいんだ?」
「悋気じゃありません!神谷さんが心配だって言ってるんです!」
 土方の呟きにむっとして言い返す総司に、土方はまた小さく溜息を落す。
「最初は、お前の用意した家に住まないで自分の囲っていた妾の家に居座り続けた事に怒ってたよな。その後、今後の身の振り方の相談を最初にしたのが松本法眼で何故伴侶になる自分じゃないんだだったか…更に未だ帯刀していて若衆姿で街を歩いてて女子姿に戻らない上にこの間は浪士とやり合って呼子まで吹いてた…」
「それに、未だにここにだって来るじゃないですか!土方さんも神谷さんが有能だからってちゃっかり仕事用意しておいて!それについても私は怒ってるんですよ!お陰で神谷さん未だに屯所に自分の居場所があるって喜んじゃって!」
 ぷりぷり怒る総司に対して、土方は脱力していく。
「いいじゃねぇか…今まで男として仕事をしてきた奴だ。家の仕事だけじゃ物足りねーんだろ」
「あの人には早くもう私のお嫁さんになったんだって自覚を持ってもらわないと!」
「気が済むまでやらせてやれよ。何処に行くんでも無いんだし。認めたくねーけど、隊士たちも覇気が出るんだよ」
 土方自身としては認めたくない事実ではあるが、それでもセイはこの新選組で切腹を免れるだけの器量が十分にあり過ぎた。現に彼自身も彼女が巡察には出れずともこっそりでも総司に隠れて仕事を片付けてくれる事にかなり助かっている。
 しかし、それが総司にとっての逆鱗に触れたらしい。ばん!と力強く畳を叩くと、身を乗り出して土方を睨み付けた。
「それが問題なんです!あの人はもう隊士じゃないんですよ!」
 まあ、確かに組に所属しているかどうかではっきりと線引きをしなければ今後新しく入ってくるだろう隊士に示しは付かないだろう。と土方は思う。
「なのに、何であんなに色んな隊士と前と変わらず会話を交わしているんですか!しかも最近なんて私を見ると逃げるから、私より皆の方が神谷さんと話す機会が多いんですよ!許せません!」
「……」
 少しでも総司の意見に同意した自分を土方は激しく後悔した。
 それにしても。と思う。
 総司がここまで嫉妬深いとは知らなかったが。それにしても、セイを嫁として認めさせてからの彼の行動は行き過ぎる。
 もう少し許容があってもいいと思うのだが。
「聞くが。お前、神谷を抱いたのか?」
 すると、途端に顔を真っ赤にして総司は身を反らす。
「な、な、な、何言ってるんですか!?土方さん!?」
 あまりにもあからさまな反応に、土方は、成程、と納得する。
「お前、早く神谷抱いてしまえ」
「だっ…駄目ですよ!そんなの!だって、神谷さんと、結縁の日にしましょうね!って約束してっ!」
 どちらからの提案かは分からないが、厄介な約束をしたもんだと、土方は呆れる。
「そんなもん無視して押し倒しちまえ」
「そんなの神谷さんが可哀想じゃないですか!」
「惚れた男に押し倒されて嫌がる女はいねぇ!」
「それで嫌われたらどうするんですか!それこそ私、立ち直れないんですけど!」
「どっちにせよ、そのままで行くと、お前、神谷と結縁する前に三行半突きつけられるぞ。そうなる前にお前の為にも抱いておけ」
「何でそうなるんですかっ!神谷さんが私を嫌になるんですか!?」
「嫉妬深い男は、神谷みたいなあっさりすっぱり男として立派に生きてきた女は嫌がるもんだ」
「私の何処が嫉妬深いんですか!?それと神谷さんを抱くのと何の関係があるんですかっ!?」
 総司は頻りに問い続けるが、土方はそれ以上答える事は無かった。
 普通一度でも抱いたら自分のものだという安心感からもう少し余裕が出ているはずだ。と思って聞いてみたら案の定。
 明らかに総司の悋気は、セイを完全に自分のものにしたと確信を持てない焦燥感から来るもの。
 女は心を伝えれば安心感を得るものらしいが、男はそうはいかない。
 心も体も全て自分のものにしなければ気がすまないものだ。
 と、総司は自覚があるのか、無いのか。
 多少土方の煽りにぐらついているが、どうやら総司はこのまま約束を守る気でいるらしい。
 今更ながら本当に面倒な男だ。

 どうか神谷が総司を見限らないように。と土方は切に願った。