「私だけではきっとどうにもできませんでした。二人に事前に確認を取って、どうにかそれを使って説得しようと思っていたけれど、きっと実際その場で本当に土方さんに諌められていたら、私何も反論出来ませんでしたもん。神谷さんは凄いですねぇ。いつだって自分で自分を救う道を作ってる…」
幹部会議も終わり、幹部も解散し、試衛館時代の気心の知れた者たちだけがまだ残留し、その場で寛いでいた。
「いや、けど実際俺たちは神谷を総司の嫁にする事で納得したけど、神谷自身はどうなんだ?あいつの事だから切腹するって騒がなかったか?」
永倉がぽつりと疑問を投げかけると、総司は困ったように苦笑しながら、それでも「それは大丈夫です」と答えた。
「そう言えばさ、元々今まで如身選で通してばれていなかったのに、何でまた今更ばらす事にした訳?そりゃいつまでも新選組にいられる訳じゃなかったけど。別に何か緊迫した自体があっった訳でもないでしょ?」
「おう!俺それ知ってるぞ!」
のんびりと間延びした声で言う藤堂に原田がにやりと笑った。その表情に彼が総司がセイを嫁にする理由を確実に知っていると悟った総司は顔を赤くする。
「あの。原田さん…」
「そんな理由があるのか?」
近藤と土方もそんな理由までがあるとは知らず、初めて聞く話に目を丸くする。
「最近神谷、他の隊士といい感じだったんだよな!」
「ああっ!原田さんっ!」
慌てて原田の口を塞ごうと、総司が手を伸ばすが、そんな彼の手をさっとかわし、原田は大きな声で言うとまたがははと笑った。
「あぁ?」
聞かされた事実に土方の米神にピキリと青筋が一つ浮かぶ。それに気付いた総司は慌てて取り繕った。
「違うんですよ!そんなんじゃないんです!」
「俺も知ってるよ。最近一番隊に入った隊士だよね」
「…そう言えば新しく入ってたのう。神谷みたいに細くて華奢で背格好が良く似てた」
藤堂が声を上げ、井上が思い出しながらそれに答える。
「何、総司。悋気してたの?」
「そんなんじゃないですよ」
「じゃあどうなのさ?」
藤堂の鋭い問いに「うっ」と呻きながらも、彼だけではなく、その場に居る他の者たちからの視線に耐え切れず、総司は仕方無しにぽつりぽつりと語り始める。
「…あの…最近ですね。その隊士が神谷さんといつも一緒に居る事が多かったんです。昔の神谷さんに似ている部分があって…自分が一番若輩者だからって、布団を末席に…神谷さんの隣に引くんです」
「うんうん」
「それに、自分はまだ剣の腕が足りないから他の事で役に立ちたいと一生懸命で、神谷さんに習って料理を手伝ったり、病室での看病を手伝ったりしてくれるんです」
「真面目な隊士だな」
「薬草の世話もして、神谷さんと一緒に夜遅くまで勉強して…」
「己を知り、勤勉な隊士だ」
永倉と、井上がうんうんと頷く。
「神谷さんも似た所があるから同調して色んな事を一生懸命教えてあげてるんです。背格好も似てるから刀の型も応用出来るからって鍛錬終わってからも教えてあげて。それに今まで同じような境遇で同じように頑張る人がいなかったせいか、そうやって一緒に頑張る人が隣にいるとやる気が出るらしく、二人で色んな事学んで応用してって勉強している時間も多くなって…」
「神谷君らしい」
近藤が嬉しそうに笑った。
「……私も神谷さんと甘味屋さんに行く時間が減ったり、二人きりで鍛錬する時間が減ったり、夜一緒の時間に寝る事も、向き合って寝る事も少なくなったり…したんですけど…我慢してたんです…」
「そりゃ、構ってもらえなくなりゃ寂しいわな」
「そんなんじゃないです!だって確実に神谷さんの成長も見て取れましたから私だって良い事だと思ってました!」
「何が気に食わないんだ?」
原田の総司を意を察する同意に、総司自身は否定する。それに対して今度は土方が問う。
「…神谷さんは男だって言ってたし…てっきり…二人はそんな仲じゃないと思ってたんです……けど…」
「けど?」
そこまで来て、初めて聞いている者たちの喉がごくりと鳴った。
話が怪しくなり始め、まさか。と。
「……この間二人で蔵の整理をしていた時に、私、神谷さんに用事があって中に入っていったんです…、そうしたら…あの人が神谷さんを押し倒してて…」
『!!』
総司以外の全員が息を飲む。
「神谷さんの着流しが肌蹴てて…明らかに…これから…始めようとしているところで…」
「…ま…まさか…」
「神谷さんが慌てて起きて私の所に近づいてくるから、きっと無理やりされそうになったんだと思って守ろうと思ったんです…そうしたら…」
「…そうしたら…?」
「神谷さん、『彼は私が女子である事を知ってるんです!この間私の不用意でばれてしまって、それでも私の秘密を守ってくれるって約束してくれたんです!だから大丈夫!』って」
「押し倒されてて何処が大丈夫なんだ!?」
原田の突っ込みに総司も「そうでしょう!」と言わんばかりに彼を見上げる。
「『今のは気にしないでください!』って…問い詰めたら…神谷さんが女子だと分かってそれまで憧れだったのが恋心に変わってつい手を出してしまったって…神谷さんも神谷さんで『私にはそんな気はありませんから』って断った後に、『男だから仕方が無いです。けれど金輪際しないって誓ってくれれば、約束は守ってくれる人だって知っているから許します。今まで通り仲間として頑張りましょう』って……」
「何て男前だ!神谷!」
感動に永倉が声を上げる。
「二人して、お互いに許しあって…笑い合って……ありえません!」
「何がだ!?」
突然声を荒げる総司に、一同に驚いて目を丸くした。
「だっておかしくないですかっ!?何で好きでもない男に押し倒されてその人を庇うんですかっ!?しかも私を放置して!?私だって神谷さん大事にしてますよっ!っていうか何で嫌そうじゃないんですかっ!?そんな気無いって言いながら実はそんなに嫌じゃなかったんですかっ!?有り得ませんっ!!神谷さんが強くなるのは嬉しいですよ!一人でそう言うのはもうどうにかできるって信じてます!それでも私がいる時くらい頼ってくれても良いじゃないですか!って言うか何で女子だってばれてるんですかっ!まさか見られたんじゃないでしょうね!私以外の誰かに肌見せたんですかっ!駄目ですよっ!嫁入り前なんだからっ!私よりその人の方が信頼出来るんですかっ!!私だけでいいじゃないですかっ!最近一緒にいる時間少ないし!実はその人の事好き…!!!?!!」
「落ち着け阿呆っ!!」
どかっ!
と、土方の手刀が総司の脳天に叩きつけられる。
加減無しの一撃に、総司はその場にぶっ倒れた。
「…男の嫉妬か…」
原田が涙を零しながら呟く。
「総司…女子に免疫無いから…自分が悋気してるんだって気付かなかったんだね…」
藤堂が哀れみの視線を気絶した総司に注ぐ。
「確かに、惚れた女が別の男と自分より仲良くなってるの許せねーだろうし、しかもその男に襲われてる現場見ちまったら怒り狂うだろうさな。しかも惚れた女にその男庇われた日にゃぁ…」
「俺ならその男を真っ二つに切るな」
永倉の呟きを土方が冷ややかに言葉を続けた。
「総司…頑張ったんだな…」
「対抗策が全てばらして嫁にする事か…」
「総司にしてはよく考えた」
近藤を初め其々が其々に同じ立場だったらと思うと同情の言葉が漏れ出る。
けれど。
最後には。
「…神谷が憐れだ…」
だった。