はんぶん8

■はんぶん・36■

「好きです!私と付き合ってください!」

総司を見つけ、彼の探していた対象のサエを見つけた時に、セイは悟った。
そして今すぐこの場を離れようと、思ったが--動けなかった。
理性は邪魔をしてはいけないと思うのに、体は床に足が張り付いたように動けなかった。
そして、どくどくと勝手に鼓動がどんどんと早くなった。
聞きたくない。
聞きたくない。
そう思うのに、心は痛みを増すのに、体は動かない。
こんなにも何一つ自分の意思が沿わない感情と行動は初めてだった。
そして---聞こえてきた、サエの言葉に、セイは言いようも無い程の全身の痛みを感じた。
聞きたくないのに聞き入ってしまう。
この場にいたくないのに、いてしまう。
誰か助けてと願うが、声にならない。
誰かこの場から自分を離してと願うのに、救いの手は何処にも無い。
その間にも交わされる会話。

「私がサエさんを好きになる事はありません。待ち続けなくて結構です。その方が私にとっては迷惑です」

総司の少しも相手を思いやらない残酷な台詞。
同じ女として与えられる衝撃で全身に痺れが走るが、一方で心臓の鼓動は勝手に激しく打ち付けた鼓動の痛みを柔らかくする。

「…セイちゃんだったらOKしてた!?」

自分の名を呼ばれる事に動揺が走る。

「沖田さん、セイちゃんと会う時いつも嬉しそうだった」

傍から見れば、そんな風に見えたのだろうか。
サエの感想は思い込みにしか過ぎないと思いながらも、自然と口元が緩む。
そして、サエがもう一度総司に自分の気持ちを少しでも受け止めて欲しい、返して欲しいと悲鳴に近い叫びで訴える。
必死に。形振り構わず。
自分は知らない、そんな感情。
本当に誰かを心の底から好きになって、その人に自分だけを好きになって欲しいなんていう想い。
初めて見る剥き出しの感情に、セイは恐怖すら感じた。
今まで何人か自分を好きになってくれて告白をしてくれた人はいる。
けれど、これ程までに激しく想いをぶつけてきた人はいない。
優しく、何処までも優しくて、今目の前にある告白に比べれば、本当に自分も想いを告げてくれた相手も幼稚で淡いものだったのかと思うくらい。
中村もよく何かの拍子に「付き合ってくれ」とは言ってくるが、冗談なのか本気なのか分らない。それでも真剣に一度伝えられた時は自分も真面目に受け止めて断った。そんな時でさえ彼は「諦めないからな!」と笑っていた。
それでも、---共感に近い痛みがセイの全身を走る。
そんな感情自分は知らないはずなのに。
誰かを強く想うその気持ちにこれ程までに強く共感するなんて。

----柔らかな風が頬を撫でた。

目を上げると、総司はその場を去ろうとサエに背を向けていた。
そして、サエは。

走り出すと、フェンスを乗り越えようとしていた。

セイは無我夢中で、目の前のフェンスを飛び越えた。

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■はんぶん・37■

高校校舎と大学校舎の互いに一番近接に接している面までの距離は2m程度。
その距離が近すぎるだけに、フェンスが設置されていなかった頃は、度胸試しが好きな若者が集まり、よく大学校舎から高校校舎へその逆へ飛び移ると言う遊びが流行った。
勿論一歩間違えれば4階建ての最上階から地面に落下するだけ。幸いそれまでに事故は発生していなかったがいつそんな最悪の事態が起こるか分からない。
そこで学校側の対策としてフェンスを設置される事になった。そして屋上は昼食の休憩時間のみ解放されるようになった。
という事をセイは知らない。
ただ無我夢中になってフェンスを登り、高校校舎から大学校舎へ飛び移った。

大学校舎側の屋上に降り立つと、セイはフェンスから既に半分身を乗り出していたサエに掴みかかり引き下ろす。
サエはと言えば、対面の校舎からセイが渡ってくるのを見て、驚愕し、硬直していた。
「貴方は何をしてるんですか!」
セイは上体を起こすと、未だ引き下ろされた拍子に床に寝転がったままこちらを見るサエに叱咤する。
まるで恐ろしいものでも見るように見つめるサエにセイは更に苛立ちを感じて彼女の体を無理矢理起こすと、両方の掌で彼女の頬を支えて、真っ直ぐ視線を合わせる。
「貴方は何をしようとしたか分ってるんですか!」
「……」
目を逸らす事を許さない眼光の強い瞳にサエは怯むと、口を小さく動かす。が、それは声にならなかった。
セイはそれで許す事はせずに、もう一度と、眼光を強める。
「……消えたくなりたかったの……沖田さんに好きになってもらえない私なんかいらない…消えたくなりたかった……」
弱弱しくそれだけをどうにか呟くと、サエはぼろぼろと涙を零し始める。
きっと彼女の心の中は恐怖や悲しみ、衝撃など様々な感情が入り乱れているのだろう、全身を震わせ嗚咽する。
セイは無意識の内にそんな彼女を抱き締めていた。
びくりとサエは体を震わせるが、ただ黙って抱き締め続けられていると、落ち着いてきたのか、段々と震えが止まり、逆にしがみ付く様にセイの背に手を回した。その様子にセイ自身も吃驚しながらも、それからゆっくりと言葉を紡ぐ。
「私はサエ先輩が好きですよ。好きな人に一生懸命なサエ先輩は凄く素敵でした。沖田先輩を好きで一杯頑張っているサエ先輩を尊敬してましたもん」
「…でも、沖田さんは私を好きになってくれない…」
その言葉に、セイは一瞬言葉を詰らせる。暫くの沈黙の後、口を開いた。
「……いいじゃないですか。サエ先輩は沖田先輩を好きなままでいれば。私は好きになってもらえなくても好きな人が幸せになってくれればそれでいいです……好きな人の好きな人が私じゃなくても、好きな人を幸せに出来るのが私じゃなかったとしても……ただ傍にいる事ができるなら……それだけで私は幸せです……」
「……私は好きな人に私を好きになってほしい……」
涙声でそれだけを呟くサエに、セイは溜息を一つ吐く。
「サエ先輩。サエ先輩は自分が幸せになりたいんですか?それとも沖田先輩と幸せになりたいんですか?」
優しい心に染みるようなイントネーションの響きから、一転して明朗とした声の問いに、サエは驚いて視線を上げる、そして体を離すとセイを見た。
曇りの無い瞳が再びサエを捕らえる。
その問い掛けに、サエは初めて羞恥心を感じ、セイの目を真っ直ぐ見る事が出来ずに、目を叛けた。
ふと、自分たち二人に影が下りている事に気がついて目を上げると、総司がこちらを見下ろし、立っていた。
その形相に脅える。

彼は怒りを露にしてこちらを見ていた。

いつも優しくて人懐っこい印象を持っていた総司に対して初めて恐怖が生まれる。
彼はこんな表情をする人間だったか、と。
サエは脅え、身を竦ませると、総司は手を伸ばした。

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■はんぶん・38■

総司はセイが隣の校舎からこちらを飛び降りてくる姿がまるでスローモーションの映画のようにゆっくりと目に焼きついていた。
高校校舎から大学校舎までの距離は大したものではない。
確かにセイは運動神経がいい。並みの男なんかには劣らないくらいずっと。
それでもここは4階だ。
落ちたらどうなるかは一目瞭然。
そんな場所を彼女は飛び越えてきた。
度胸の有る無しの問題ではない。

心臓が止まった。気がした。

目の前に降り立った少女が、もし、万が一にもフェンスを飛び越える事無く地上へと落下していたとしたら。

ぞわりと全身の毛が逆立つ。

目の前の少女はもうこうやって動く事も、話す事も、出来なくなっていたかも知れない。
総司はただ目の前の女性と語り合うセイの元に寄ると、手を伸ばした。
振り向いた少女は驚いたように目を丸くしているが、彼は構うこと無しに制服の胸倉を引くと無理矢理立ち上がらせた。
「何すっ!」
少女が何かを言葉にするよりも先に手が動いていた。

パァン!

衝撃音が屋上に響く。
セイの左頬は赤く腫れ上がっていった。
突然の事ばかりについていけないのか彼女は呆然している。
「貴方は……何て事してるんですか!」
総司の怒声に、セイは彼を見上げると、本当に彼があの沖田総司なのかと再確認するように彼に見入った。
彼が今まで怒った何度もあった。本気の怒りを見た気もしていた。
けれどそれは全て間違いだったと気がついた。
本当に、彼が本当に怒っている時は、---一瞬にして刺し殺されてしまうのではないかというほど鋭利な感情をぶつけられるのだと知った。
何かを言わなくては…。
いつものように、何かを言って、彼を元に戻さなくては。
このままではいけない。
修復しなくては。
そう思うのに、何を口にしたらいいのか浮かばない。
次の瞬間。

強く抱き締められた。

押し潰されそうな程強く。強く。
逃れられないくらい強く。
抱き締められている腕が、体が震えていた。
全身に伝わる痛みが、熱が、セイの心を振るわせる。
心の奥底で眠る何かを急激に引き出させる。
これ以上引き出されては駄目だ!
「せっ…はなっ!」
何とか言葉を発するが逆に、更に強く抱き締められた。
「本当に貴方は……どうして無茶ばかりするんですか……」
「…先輩っ!抱き締めるなら…私じゃないでしょっ!」
「貴方分ってるんですか」
必死になって総司の腕の中でもがくが、セイの力ではとても抜け出せない。
危険信号は激しく警笛を鳴らし続ける。
少しでも早く放れなければ。
そう思うのに、総司は許さない。
「……すみませんでした。だから離してください!気にするなら私じゃなくて、サエさんのことでしょう!」
怒っているのなら、謝る事で解放されるはずだ。
それに想い人が目の前で他の女性を抱き締めている姿を見せつけられるサエの気持ちを思えばすぐにでも離れなくてはならない。
「…貴方はいつだって他人の事ばかり……自分自身の事さえも蔑ろにして…私の気持ちだって……私の気持ちはどうでもいいんですか…」
言われて、セイはもがき続けていた仕草をぴたりと止めた。
どんなに逃れようとしても総司はセイの心を揺らす。心の奥に閉じ込めていた想いを抉じ開ける。
分っていた。
総司がサエの事よりもまず自分の行動を見て怒っていた事を。
自分の身を案じて、誰よりも心配してくれた事を。
サエの事が目に映っているのかと思うくらいセイの事だけを真っ直ぐ見ていた事を。
総司が自分を抱き締めてくれる行動に、熱に、震えに、サエに申し訳ないと幾ら理性が訴えても、セイの中でとてつもないほど満たされた感情が流れ込んで来る事。
分っていて逃れようとしていた。
「…ごめんなさい。見てたらいてもたってもいられなくなったんです。沖田先輩はサエさんの気持ちを少しも分ろうとしないで傷つける事ばかり言うし…サエさんは自分が取る行動で沖田先輩がどれだけ傷つくか分ろうとしないし……そんな私も沖田先輩を傷つけてたんですか?」
素直に静かに己の想いを語り、問いかけるセイに総司はやっと腕の力を緩め、彼女の顔を覗き込んだ。
「物凄く傷つきました」
先程の怒りの感情はそこには無く、心底セイの身を案じる表情が彼女の心を捕らえた。
「……ごめんなさい……」

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■はんぶん・39■

心の底から己の無茶な行動を反省し俯くセイに、総司はやっと安堵し、彼女を解放する。
そして彼女の髪を優しく撫でた。
するとセイは驚いたように総司を見上げ、ほっとしたように笑みを見せる。
「セイさん、ありがとう」
無茶苦茶な行動だったとは言え、セイが間に入ってくれる事で総司もサエも互いに本当に一生の傷になるような出来事にならずに澄んだ、そう感謝を込め呟くとセイは目を見開き、そしてふるふると横に首を振る。
言葉にはしていない総司の気持ちが伝わったのか、セイは嬉しそうに微笑んだ。
「もう少しサエさんとお話をしたいので、セイさんは階下の踊り場で待っていてくれますか?」
「私一人で戻れます」
「…大学校舎から制服姿で一人で戻るのは心配なんですよ…」
溜息を吐きながら呟かれる言葉に、セイは驚く。
もしかして、前回高校校舎まで送ってくれた時も、本当は心配して送ってくれたのだろうか。
そう思いながらも、セイは心配そうにサエに視線を向けると、再度総司を見上げる。
「大丈夫ですから。ちょっと待っていてください」
へらりと総司が笑うと、セイは後ろ髪引かれながらも渋々と頷き、その場から離れた。
セイが屋上の扉を閉めるのを確認してから、総司は未だ座り込み呆然とこちらを見ていたサエに向き直ると、彼女の視線に合わせるように、屈み込む。
サエはびくりと震え、目を背けた。その様子に総司は暫し沈黙をすると、ゆっくりと語りかける。
「……私はサエさんの事好きですよ。けど、それは異性としてではありません。友人として貴方の事が好きでした。サエさんと色んなお店行けたの楽しかったです。本当に鈍くてサエさんの気持ちに気付けなくてすみませんでした。けどもっと早く気付いていたとしても、今の私にはサエさんの気持ちには応えられません。ごめんなさい」
総司は真っ直ぐサエを見据え、そしてもう一度、それでいて己が追い詰めてしまった女性に詫びる。
「私なんかを好きになってくれてありがとうございます」
俯きながら聞いていたサエは顔を上げると総司を見つめる。そこにはついさっきまでの痛い程の熱情や激情はすっかり鳴りを潜め、落ち着きを取り戻していた。
「友人として貴方が幸せになってくれる事を祈っています」
その言葉に、サエは再び涙を目一杯に浮かべるとぽろぽろと零した。
総司は暫しそれを見つめ、そして立ち上がると、その場を離れた。

本当の事を言えば、サエが何をしようとしていたのか総司には分らなかった。
セイがこちらの校舎に飛び移ってきた際に、全ての感情は彼女の持っていかれてしまったからだ。
目に映るのはセイだけだった。
セイの起こした行動の端で、サエが自棄を起こしてフェンスを乗り越えて飛び降りようとしていた事が何となく理解できた。
それが自分がサエに対して取った態度の結果だと分っていても、少しの感情も傾かなかった。
セイを失うかもしれないという焦燥感が全てだった。
その瞬間の総司にとっての世界の中心はセイだった。
そんな自分に総司は驚いた。けれど世界は少しも揺るがなかった。
見えるのはセイの姿だけ。
聞こえるのはセイの声だけ。
そして、衝撃を受けたのは、セイの言葉だけ。
懸命にサエを叱咤し、諭す凛とした声。
優しく労るように囁かれる声--。
『……いいじゃないですか。サエ先輩は沖田先輩を好きなままでいれば。私は好きになってもらえなくても好きな人が幸せになってくれればそれでいいです……好きな人の好きな人が私じゃなくても、好きな人を幸せに出来るのが私じゃなかったとしても……ただ傍にいる事ができるなら……それだけで私は幸せです……』
その呟きが耳に入ってきた時、総司は初めて期待した。
--私はセイさんの傍にいてもいいのだろうか。と。
態々嫌われる事をして離れなくとも、ただ傍にいるだけならば許されるのだろうか。
どんなに無関心を装っても、どんなに彼女から離れようとしても、彼女は何時だって自分の心を今までの何よりも大きく揺らす。
彼女無しで総司の世界はもう広がらない。
彼女の傍で彼女の幸せを見守る事なら許されるのだろうか。
そんな風になら彼女と共に生きることもできるのだろうか。
そう想ったら、今まで体の何処に隠れていたのか、痺れのような熱が一気に全身を駆け抜けた。
熱くて、痛くて、心地良くて、まるで熱病のように総司の侵していった。
余りの熱に立ち眩みを覚えたくらいだ。
そして、同時に確信した。
彼女は誰かを想って、呟いている。
そう気付いたら、今度はその誰かに総司は激しく嫉妬した。己の中を急激に蠢く感情に、彼は初めてサエの気持ちを知った気がした。
総司は自覚した。

---私はセイさんに恋している。

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■はんぶん・40■

自覚した途端、今までセイに取ってきた態度や言葉が全て恥ずかしくて仕方が無かった。
何一つとってもセイの気を引く為に無意識に起こしていた行動だと気が付いたからだ。
その頃の自分としては嫌われて疎遠になろうという気持ちで一杯だったはずなのに、実際はセイの返す言動、自分を真っ直ぐ見つめ返す瞳が嬉しくて、何かにつけては因縁をつけているだけでしかなかった。
そうやって少しでも彼女の視界の端に映ろうと必死だった。
屋上の扉を閉め、階段を降りる間、総司は自覚したばかりの状態で一体セイにどんな顔をすればいいのか分らず、自然と階を下りる歩みが遅くなる。
階下で待っていたセイは総司の姿を見止めると、心配そうに眼差しをこちらに向ける。
それだけで、総司の心臓はとくんと一つ跳ねた。
そんな感情をセイには悟られないように総司は微笑むと、「大丈夫ですよ」と声を掛ける。セイはその言葉にほっと胸を撫で下ろした。
「今度はきちんとサエさんにありがとうと、ごめんなさいと言ってきました」
階段を降りきると、総司はセイの赤く腫れた頬を撫でる。
「セイさんもごめんなさい……痛かったでしょう?」
すると、セイはふいと顔を背けた。
「私のはいいんです。無茶な行動をした自業自得ですから。よく考えたら沖田先輩が怒って当然です」
ふんと鼻を鳴らすセイに総司は苦笑する。
こんな所は本当にこの少女は潔い。
セイは笑う総司を横目で見ながら歩き出す。彼も慌ててその後を追った。
「……本当に沖田先輩女の子の気持ちに鈍いんですから!あんな断り方したら誰だって死にたくもなりますよ!」
「そうですねぇ…それについては反省中です」
年下とは言え立派な女性。サエの気持ちを十分理解しつつ諭していたセイを思い出し、総司は「セイさんも女性なんですよねぇ」と呟く。
言ってからしまったと思った時には遅かった。
ギロリとセイに睨まれてしまう。
「私だって歴とした女なんですから!誰かさんから見ればお子ちゃまかもしませんけど!」
総司を振り返り、腰に手を当て怒るセイを余所に、彼は頬を染める。
既に分かっていたはずだが、改めて異性として彼女と好きだと気付いてからでは総司に与える異性としての認識の感覚は衝撃的なものだった。
今まで小憎らしいと思っていた仕草でさえ可愛いと思ってしまうのだから末期だ。
そうとは悟られないように懸命に笑顔を張り付かせる。努力のかいあってセイは気付かず言葉を続ける。
「……と言っても、サエさんの行動にも私は怒っていますけど」
「怒るんですか?」
さっき『死にたくなる気持ちがわかる』と言っておきながら、更にあれだけ労りの言葉を掛けておきながらサエに対しても怒っていると言うセイの言動が総司には分らない。
首を傾げる総司に、セイは溜息を吐いた。
「当たり前じゃないですか!好きな人に振られたから死にますって!しかも目の前で!どんな当て付けですか!辛くて死んだらそれでその人は終わりかも知れないですけど、残された方はどれだけ傷つくと思ってるんですか!」
「……それでもサエさんに優しかったじゃないですか」
「気持ちは分るからです!にっぶーい沖田先輩に懸命にアプローチしていた姿見てますから!でも私ならあんな方法絶対選びません!」
ぷんぷんと怒りながらずんずんと総司を置いていきそうな勢いで先に進むセイに彼は苦笑する。
それでいて、ふと、セイなら取るであろう行動を語っていた言葉を思い出し、尋ねる。
今なら聞けると思ったからだ。
「……好きな人の好きな人が私じゃなくても、ただ傍にいる事ができるなら幸せですって言ってましたけど……セイさんにはそんな人がいるんですか?」