■はんぶん・21■
「総司はサエさんといると楽しい?」
「突然何ですか?」
放課後、高校剣道部の道場までの道を歩く途中、藤堂は総司に尋ねた。
「そう言えば、最近オレが昼休み交ざれないでいるけど、サエさんが代わりみたいに最近一緒にいるんだって?」
「そうだな」
祐馬の問いに、斉藤が答える。
総司は「うーん」と唸ると、「楽しいですよ?」と答える。
「本人、気が弱いみたいに言ってますけど、自分の思う事はっきり言う気の強さなんてセイさんそっくりですよね。でもサエさんの方が、自分自身が納得するまで粘り強いですよね」
「沖田さん。セイは潔いんだ。その場で何が一番得策か瞬時に理解して、決着を付ける」
沖田の感想に、斉藤はすっぱりと言い切る。
「……確かに……あっさり自分より他人を優先しますしね。武士みたい」
「人の妹の事を好きに評価しないでくれないか」
二人のやり取りに、祐馬は苦笑する。
その話を聞いていた藤堂はむーっと顔を膨らませる。
「オレはね、セイちゃんといる時の方が楽しいと思う」
その発言に、三人は驚いて藤堂を振り返った。
「……え?藤堂さん、セイさんが好きなんですか?」
代表して問う総司の問いは、他の二人も同意見なのだろう、顔に表れていた。
藤堂はそれを慌てて否定する。
「違うよ!そうじゃないよ!恋愛とかそんなのじゃなくて、オレはセイちゃんと斉藤さんと総司と祐馬と……、兎に角!皆でくだらない事喋っていた時の方が好きだった!」
「---」
三人は沈黙する。
「勿論、祐馬は仕方が無いよ」
藤堂は最初にそう補足する。その上で話を続けた。
「セイちゃん、男とか女とか関係無く気安くて話しやすかったし、ツッコミが厳しい時もあったけど、サバサバしていて気持ち良かったし、総司とセイちゃんの掛け合い見るのも楽しかったんだ。なのに、最近は昼休み全然見かけなくなっちゃったし、サエさんといると、女がいるんだなと思って話す事とか気を遣っちゃうし、正直疲れるんだ」
「……確かに、セイさんといる時は下ネタOKでしたしね。その分殴られましたけど」
懸命に訴える藤堂に対して、総司のセイに対する感想に、彼は脱力する。
「総司ー。そうだけどさ。それだけじゃなくてさ!総司だって寂しくないの!?最近通り掛かりに挨拶するくらいでしょ!?」
「……」
総司は答えない。けれど、その目は定まらず、うろついていた。
斉藤は、溜息を吐く。
「藤堂さんが正直に言うから、オレも言うが、セイと話ができないのは寂しいな」
「だって、セイさんと話さないのは仕方が無いじゃないですか!?大学生と高校生が元々毎日会ってる方が変なんですから!」
「今まで会いたくなくても会うのは仕方が無いと会っていたのが、最近は意図的に避けているようだからな」
「どういうことですか?」
「自分で考えろ」
斉藤に突き放され、総司は暫し沈黙する。
「----更に私の事が嫌いになったという事ですか。どうやっても会ってしまうのを更に逃れようとするくらいに」
所詮サエの総司への気持ちなど気付くまい。
案の定、導き出す答えは斉藤の予測通りだったが、悔しそうに呟く総司に、まさかそんなそんな表情をするとは思わなく、目を見張ってしまった。
藤堂と祐馬も同様に、総司を見る。
誰も口を閉ざしてしまった中、最初に口を開いたのは祐馬だった。
「……皆、セイを気に入ってくれてるんだな。ありがとう。取り敢えず、道場に行くか」
何となく気不味い空気の中、四人はいつの間にか止めていた足を、再び動かし始めた。
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■はんぶん・22■
熱気の篭った道場に、掛け声が響く。
低かったり、甲高かったり、挙げられる気合は、道場全体に響き、建物自体も震える。
竹刀が交差し、そして、容赦無く体躯に打ちつけられる。
「ヤー!」
「面---!」
合稽古をしていた何組かが、入口に人の気配を感じ、ぴたりと動きを止めた。
道場の入口に立った人物は、正面に向かって一礼をすると、声を張り上げた。
「止め!」
その号令に、まだ稽古をしていた他の組も、一斉に動きを止め、対していた相手に一礼をすると、入口の人物に向き直った。
「集合!」
合稽古をしていた人物の内の一人である剣道部主将が号令をかけると、入口の前の人物の元へ集合し、三列に並んだ。
「今日はオレの知り合いの剣道道場の道場主にお願いして、合同練習をする。いつも同じ相手ばかりじゃ伸びないからな」
そう言ってにやりと笑う人物、土方は、後ろに控えていた人物を、横に立たせる。
「近藤勇です。小さな道場の道場主を務めています。今日はうちの道場に通う君たちと同年代の子と、大学生、社会人を連れてきた。是非お手合わせ願いたい。そうしてお互いに得るものがあればいいと思っています。よろしく」
近藤が言い終わると同時に、「よろしくお願いします!」と部員たちから声が上がる。それを満足そうに頷くと、近藤は背後で準備をし終えた門下生たちを振り返る。
「よし。お前たちも集合しろ!」
「はい!」
近藤の地響きのような低い号令に、門下生は返事を返し、皆、入口で一礼をして道場に入ると、部員達に対するように一列に並び、そして、全員が揃うと、一斉に頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
それに合わせて、部員たちも一斉に頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
「近藤先生!土方さん!」
道場に入った総司は、目当ての人物を見つけ、一目散に駆けて行く。
「おお、総司。よく来たな!」
「遅せぇぞ。もうとっくに準備運動も終わってるぞ」
近藤が笑顔で迎えるのに対して、土方は鼻を鳴らす。
「いいんですよー。どうせ私は見学なんですから」
総司は口を尖らしながら、道場内を見渡す。
彼の後を追った、藤堂と斉藤と祐馬がそれぞれ近藤と土方に頭を下げる。
「あれ?セイさんは男子に交ざってるんですか?」
総司は部員の中にセイの姿を見つけると、きょとんと瞬いた。
元々高校には男子剣道部しかないのは聞いていた。その中で唯一希望してセイが女子部員として初めて在籍していることも土方やセイに聞いていた。
しかし、近藤の道場には女性の門下生もいる。今日くらいは女子の中で練習をするのだろうと思っていたのだが。
男女分かれて、部員と門下生で対抗試合をする準備を行っている中で、セイが男子に交ざっているのだ。
「ああ。富永は女子相手じゃ試合にならねぇんだよ。あいつだけは別」
土方は、まず最初に見つけるのは神谷かよと、と思いつつ、面倒臭そうに答えた。
「へぇ。セイさん強いんですね」
「そんじゃそこらの男子にだって負けねーぞ」
「はぁ」
総司にはセイがどの位強いのかはよく分からなかった。彼女とは一度竹刀を交えたけれど、総司自身彼女以外と手合わせした事が無いので比較は出来なかった。
それに、総司は彼女に簡単に勝ってしまったから、余計に、だ。
けれど、初めて出会ったあの日、剣道部に宣言通り入部し、今まで男子と同じ練習量をこなしていると聞いて、尊敬はしていた。
「あの子が総司の言っていた富永セイさんか。……総司が桜の精だというのが分かる気がする」
近藤が総司の視線を追い、セイを見つけ、感想を呟くと、総司は顔を真っ赤にした。
「違うんですよ!それはもういいんです!あの子は私が嫌いだし、私もあの子が嫌いですから!」
「そうなのか?残念だな。でもお前が剣道を見学したいなんて言ったの初めてだろう?お前が小さい頃から誘っているのに、一度も寄り付かないで」
近藤は嬉しそうに笑うと、大きな掌で総司の頭を撫でた。
「……近藤先生は昔から大好きですし、憧れてて色んな事真似したりもしましたけど、剣道には全く興味が持てないんですもん」
「ずっと変わらないと思っていたが、それだけで桜の精の効果はあったな」
「違います!セイさんは関係ありません!」
近藤は顔を真っ赤にして懸命に否定する総司を見て目を細める。
前世では---総司は何処までも武士だった。
剣の道を極める為、ただひたすらに生きていた。
隊の中で誰よりも修練を積み、誰よりも強かった。
それが現世では頑なに、刀に、竹刀にさえ触れようとしなかった。
近藤自身も過去の記憶が戻る前から、既に現世でも刀の道に生きていて、小さい頃から遊びに来ていた総司にも剣道を誘った事があった。
しかし、彼は拒み、道場に入ることさえしなかった。
近藤が過去の記憶を取り戻してから、再度総司を誘ってみたこともあった。それでも彼は変わらず拒み続けた。
もしかしたら、きっと、近藤や、土方のように現世でも剣の道の才を持っていたように、総司にも才があるのではないかと思われるのにだ。
そしてきっと、魅了される可能性があるのに、だ。
魅了されるどころか、見る事も触れる事も一切を拒否した。頑なな位に。
それが、-----初めて道場に足を踏み入れた。
言い訳をしてはいるが、明らかに、一人の少女に動かされて。
近藤が思考の世界から戻ってくると、総司は近藤ではなく、別の所を見ていた。
視線の先を追うと、そこにはセイがいる。
彼女は仲間の男子と楽しそうにお喋りをしながら防具を付けている。
近藤はもう一度視線を総司に戻すと、彼の眉間には皺が寄っていた。
明らかに不快そうな顔をして。
求めながら、嫌いだと言い。
興味が無いと言いながら、頑なに存在全てを拒む。
裏を返せば、紙一重。
嫌いと思わなければ、きっと何よりも深く求めてしまう。
興味が無いと思い込み、全てを拒否しなければ、きっと何よりも魅了されてしまう。
それを無意識の内に気付いて全てを否定しているのか。
どうしてそこまでする必要があるのか。
今を生きているのだから、昔と違い様々な選択を出来る時代を生きているのだから、思うが侭、総司らしく生きてくれればそれでいいと近藤は思っている。
それでも、今を生きる総司は、己の衝動や想いから自ら逃げ続けて生きているようにしか見えなかった。
「なっ……何で沖田先輩がここにいるんですか!?」
どうかこの少女が、総司の頑なな心を溶かしてくれますように。
近藤は目の前の少女を見つめ、祈った。
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■はんぶん・23■
「何で、沖田先輩がここにいるんですか!?」
セイは愕然として、総司を見つめていた。
余りの驚きに手に持った竹刀まで思わず落としている。
「酷いです。やっと私がいる事に気付いたんですか?」
総司は口を窄め、不満そうに言い返す。
「だっ……だって、お兄ちゃんと斉藤先輩が来るのは聞いてましたけど、剣道した事も無い人がどうしてここにいるんですか!?」
ずかずかと総司の前まで来ると、セイはキッと睨み付けた。
「オレの許可だ。文句あっか?」
「職権乱用しないで下さい!」
土方が横から言うと、今度は土方に噛み付く。
「すまない。私が土方君にお願いしたんだ。総司とは昔馴染みでね。珍しく見学をしたいと言うので無理にお願いしたんだ」
「近藤先生……。分かりました。すみませんでした。出過ぎた事を言いました」
「いいや。こちらこそ、説明も無しにすまなかった」
セイに向き合い、真摯に説明する近藤に、セイも絆され、渋々頷いた。
一方の総司はまた眉間に皺を寄せ、セイを見ていた。
「……セイさん。そんなに私の事が嫌いですか。どうやっても一日一回必ず顔を合わせるのを無理矢理避けたり、こうやって会いに来るのを嫌がる程嫌いですか……」
「……沖田先輩?」
何時出会っても浮かれ調子に絡んでくる総司の様子がどうも可笑しい。
まるで先日の本当に声を荒げて怒った総司がまた再現したようだ。
セイは首を傾げ、総司の表情を覗った。
本当に心底傷ついている表情に、セイの胸がどきりと鳴る。
自分に非は無いはずなのに、底知れない罪悪感が心に圧し掛かってきた。
セイは一つ呼吸をして、心を落ち着けると、口を開いた。
「沖田先輩、会いに来てくださったんですよね?」
総司はこくんと頷く。
「剣道を見に来た訳では無いのですか?」
今度は首を横に振る。
「剣道を見に来たんですか?」
次は首を縦に振った。
セイは暫く沈黙する。
その次に何と問いかければよいか悩んだからだ。
「……私に会いに、そして剣道を見に来てくださったんですか?」
総司はこくりと頷いた。
「……分かりました。会いに来てくださって嬉しいです。最近忙しくて先輩とちゃんとお話しするのも久し振りですからね。先輩と竹刀交えてから私も随分強くなりました。見てってください」
優しい声色に、総司が顔を上げると、セイは嬉しそうに笑っていた。
総司はその笑顔に魅了され、思わず呆けてしまう。
まるで子どものようだ。
セイは思う。
自分の考えている事を整理できず、大人に手伝って貰って気持ちに気付くような。
けれど、それは自分を信頼し、甘えられているようで。
嫌ではなかった。
それを間近に見ていた近藤は、感嘆の息を零す。
「……流石神谷君だな……。誰よりも総司の扱いが上手い」
そう土方に囁き、土方は、苦笑した。
「よし、じゃあ、対抗試合始めるぞ!」
土方が声を上げると、「ハイ!」と道場に声が響いた。
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■はんぶん・24■
総司はその日初めてセイがどれだけの実力者なのかを知った。
男子相手にしかも時には社会人相手にも、果敢に立ち向かい、負ける事もあったが、一方で確実に一本を決める事も多かったのだ。
彼女の得意なのはその小さな身体と、すばしっこさを最大限に生かした戦い方。相手の動きを撹乱し、確実な一撃を与える。
隣で同じ様に手合わせをしていた女子の試合がとても可愛いものに思えた。
男の気合の声、気迫に一歩も怯む事無く、正面から対し、見据える。
そのセイの動き、意志、そういった姿そのものに総司は一瞬にして惹き込まれた。
隣で試合を見ていた近藤はふと総司の様子が気になって、横目に見ると、彼の指と足が小刻みに揺れている事に気が付いた。
夢中になって無意識の内に次にどう動けばいいのか身体が反応するのだろう。
それが見て取れて、近藤は苦笑してしまった。
セイといい、総司といい、武士として生きた記憶が確かに息衝いているのだ。
全ての試合が終わり、合同練習が終わると、部員と門下生はすっかり打ち解けており、そこここで連絡先のやり取りや、雑談に花が咲いていた。
その中で、目下中心人物はやはりセイだった。
男子の中で一人女子が戦い、そして対等に渡り合う姿には、年齢や男女関係無く誰もが畏敬の念を持って彼女に接する。
「凄いな!富永さん!」
「何時から剣道をやっているの!?」
「まだ高校生なのに!」
そして勿論その中には、異性として彼女に魅了される男も多い。
何時の時代だって女性の理想像に大和撫子を求める男子は多い。
可愛らしくて、強い。
そんな彼女を放っておく者もいるはずが無い。
「彼氏はいるの?」
「アドレス教えてくれないか?」
「こらー!富永はそんなんじゃねーんだよ!誘ってんじゃねー!」
男女問わず囲まれる中、特に明らかに恋着する男たちに中村が一喝する。
すると今度は中村に視線が集まった。
「何だよ。お前富永さんの何だよ」
「彼氏……な訳じゃないだろ」
「ちっ……違うけど!けど富永だって困ってるだろ!」
気圧されながらも、中村はセイを守ろうと必死で抵抗する。
「お前だって富永さんの事好きなんだろ!だったらお前だって俺たちと一緒の立場だろ!」
「ぐっ……」
そう言われると、中村は二の句が継げない。
「すまないが、オレの妹なんだ。交際を申し込むならオレを通してからにしてくれ」
戸惑うセイの前にずいっと祐馬が立った。同じく彼女を守るように斉藤も横に立つ。
「オレの友人の妹だからな。変な男には近づけさせられん」
対抗試合の中で、圧倒的力量差を見せ付けた二人を前に、今度は声を掛けてきた男たちが気圧される番だった。
「お前ら、試合終わったんだから、とっとと片付けて解散しろ!もたもたすんな!」
横から土方の怒声が飛び、その場にいた人間は一斉に身を竦める。セイを取り囲んでいた人間は一人二人とセイに声を掛けてから離れていった。
「セイさん、もてもてですねぇ」
総司は笑いながら三人に近付く。
「今日一番目立ってたのセイちゃんだったしね。初めて手合わせしたけど、本当に強かった!」
藤堂が総司の後ろから声を掛ける。
するとセイはぱぁっと表情を明るくし、はにかむ。
「藤堂先輩すっごく強かったです!先輩も剣道やってらしたんですんね!知りませんでした。言ってくれれば、もっと早くに手合わせをお願いしたのに!」
「いつも雑談ばっかりだったからね。言う機会もなかったし、そんな態々言う事でもないと思ってたから、ごめんね」
藤堂はセイの言葉に嬉しそうに笑って答えた。
「藤堂さんも強いのに、大学の練習にもあまり来ないんだ」
祐馬が呟くと、藤堂は苦笑する。
「オレは大学入ってからはバイトで何かと忙しいから。でも久し振りに体動かしたら気持ちいいなぁ。またちょくちょく参加しようかな」
「ちょくちょくと言って、試合前にだけ練習するんじゃなくて、日頃の練習にも来てくれ」
斉藤がすぱっと言い返す。隣で、総司が膨れながら呟いた。
「藤堂さんが大学でも剣道部入ってたなんて知りませんでした」
「だからいつも学校終わったらそのままバイト行ってるからだよ」
「でも、練習に行く日だってあったでしょう?何だか仲間外れで寂しいです……」
苦笑する藤堂に、総司は拗ねたように更に頬を膨らませる。
そんな会話の中、セイの道着の端を掴み引っ張る者がいた。
振り返ると、中村が入り辛そうに、それでも心配そうにセイを見つめていた。
「なぁ。富永、大丈夫かよ。帰ろうぜ」
「中村?」
中村は、セイの腕を掴み、彼女を後ろに庇うようにずいと前に出ると、彼女を囲んでいた男たちに一礼をする。
「すみません。俺たちも帰りますので。これで失礼します」
そう言うと、腕を浮かんだまま、ずんずんと防具の置いてある体育館端へ歩みを進める。
「どうしたんだよ。中村」
「どうしたんだよって。……あの人がお前がいつも嫌がってた沖田先輩だろ。上手く離れられなさそうだったら声掛けたんだよ」
「あ。そうか。ありがとう」
中村の配慮に気が付いたセイは素直に礼を言う。
「ほら。片付けて帰ろうぜ。富永先輩もどうせあの人たちと一緒に帰るんだろ。だったら先に帰ろうぜ」
そう言って彼は己の防具を袋に詰め始めると、促すように、横に置いてあったセイの防具袋を渡す。
「……うん」
セイは袋を受け取るが、片付けを始める気にならず、近藤や土方たちがまだ集まったまま談笑している姿を見つめた。
「沖田先輩初めて見たけど、何か弱そうだな」
中村は呟きながら防具を片付け続ける。
「富永の話じゃメチャクチャ強いって言ってたけど、試合中もずーっとヘラヘラ笑ってるだけだったじゃん」
返事の返って来ないのを不思議に思った中村は顔を上げ、セイを見る。セイはまだ近藤たちを見つめていた。
「ほら。遅いとあの人たちと一緒に帰る羽目になる。沖田先輩と一緒に帰るの嫌なんだろ。手伝うから手を動かせよ」
そう言って中村は、セイが掴んだままの袋を掴むと、彼女の代わりに防具を詰め始めた。
「なぁ。中村」
「どうした?」
やっと返ってきた声に、中村は顔を上げる。
「沖田先輩は弱くないよ。凄く強い」
「……」
「先に帰ってて」
セイは中村を見ずに、そう言うと、手に持ったままの竹刀を握り締めた。
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■はんぶん・25■
「仲良しさんなんですねぇ」
「あ?中村の事か」
セイも交え談笑をしている間、突然中村に手を引かれ、セイは離れていった。
久し振りもちゃんとセイと言葉を交わし、少しだけ心が躍っていた総司は彼女が離れた途端寂しさを感じた。
藤堂や斎藤、祐馬も揃ってセイとくだらない話をして盛り上がるのは何時振りだろう。
そこに大好きな近藤や土方がいるのだ、これ以上無いくらい嬉しかった。
そして近藤と、藤堂、斎藤、祐馬そしてセイは初対面なはずなのにそんな雰囲気少しも無く、すぐに打ち解けて話が盛り上がる、その空気に懐かしさを感じたくらいだった。
ずっとこのままだったらいいのに。
そう思った矢先、セイが離れていった。それだけでぽっかりと大きな穴が空いた気がした。
それは他の者も感じたのだろう。セイが離れると同時に、皆一様に寂しそうな、何処か複雑な表情を見せた。
中村に手を引かれたセイは彼と何かを話している。
二人は随分と長い付き合いなのだろうか、とても仲良さ気に見えた。
そう思って呟いた総司の言葉に、土方は彼の視線を追うと答えた。
「中村さんって言うんですか。ずっとセイさんを気にしてて、試合の途中でも途中途中集中が切れてましたよね」
また鋭いところを突いてくる。
土方は思わず息を飲んでしまった。
同年の三人も目を見開いて総司を見た。
「でもあの青年はこれからまだ伸びるだろう」
近藤が笑うと総司は複雑そうに顔を歪めた。
「雑念を払えればもっと強くなるかも知れませんけど。あのままじゃあれ以上伸びないでしょうね」
剣道をやった事も竹刀に触れた事さえない人間の正確な指摘に誰もが驚いて総司を見た。
当の総司本人はと言えば、自分がどれ程周囲を驚かせる言葉を口にしたのか気付かず、セイと中村を見つめ続けた。
そうしていると、ふとセイが顔を上げ、こちらを見ている。
暫く何かを考えているような表情でこちらを見つめていたが、セイは総司と目が合うと、何かを決めたように、唇と結び、竹刀を握りなおすと、中村に何かを告げ、こちらに向かって走ってきた。
総司の前で止まると、握っていた竹刀を目の前に差し出す。
「先輩!私と手合わせしてください!」