はんぶん3

■風光る■
はんぶん・11

「……はぁ」
土方はソファにどっかりと座ると、大きな溜息を吐いた。
「お疲れ様。総司は寝たか?」
サイドソファに既に腰をかけていた男性は、土方の疲れた様子に苦笑して、労うように声を掛ける。
「ああ。すぐ隣に住んでるクセして、人のベッド取りやがって」
「あんなに泥酔するまで飲ませたのはトシじゃないか」
その指摘に、土方は言葉に詰る。しかし、彼は更に盛大な溜息を吐いた。
「……そうだけどな。かっちゃん、じゃないといつまでもウジウジと煩せーのが絡んで来るんだぞ」
総司の思い出話を聞きながら家まで帰ってきたはいいが、一度思い出したら、共に蘇った様々な感情も爆発したのだろう。彼はそのまま自分の家に帰る事無く、土方の家に押し入り、挙句、勝手に冷蔵庫から酒を持ち出し、愚痴を言いながら飲み始めた。
そんな折、丁度良く、土方に用のあった、かっちゃんこと近藤が訪問し、喜んだ総司は彼にも同じ思い出を情感豊かに語り続けた。
既に呆れていた土方は、そのまま総司を酔い潰す事を決行。優しく総司の思いの丈を存分に聞いてやる近藤の隣で、土方は総司のコップに常に並々と酒を注ぎ、数時間後、ようやく総司は酔い潰れた。最後まで「大嫌いです……」と呟きながら。
「総司は本当に何時まで経っても甘えたがりだからな……」
そう笑って、近藤は手元にあったグラスに口を付ける。
その言葉の中に含まれる意味に気付いた土方は、何処か遠い目をして呟く。
「本当に、……昔から変わらねぇ。つーか進歩ねぇ」
「昔から……総司は神谷君が大好きだしな」
近藤が苦笑する横で、土方はフンと鼻を鳴らす。
「何が『大っ嫌い』だ。一目惚れした女にいきなり嫌われたから、自分も『嫌いになった』って、馬鹿じゃねぇのか。ただどうにかして女を自分に繋ぎ止めたくて言っただけじゃねぇか。しっかり骨の髄まで惚れてるくせに。生まれ変わってまで野暮天ってどういうことだよ。普通なら一回死んだら治るもんじゃねーのか」
総司の話を聞きながら、同様の感想を持っていた近藤は噴出してしまう。そして、改めて、確認するように、彼は土方に問いかけた。
「その総司の言う『桜の精』って言うのは、本当に神谷君の事なのか?」
その問いは、四月にセイが剣道部に入ってから何度もやり取りされた問いだった。そしてその度に、土方は何度も頷いた。
「ああ、富永セイは神谷清三郎だ。ただ、総司と同じく、前の記憶は持ってねーけどな」
「そうか……」
遥か昔、と言ってもそう遠くない過去、彼らは同志だった。
新選組を立ち上げ、そして、散った。
刀を差し、幕府の為、精一杯生き抜いた。
近藤と土方は、何故かその過去の記憶を抱きながら現代を生きていた。
武士として覚悟をし、刀を振るってきたが、沢山の人間を殺めてきた罪か、それとも罰か。
「あの時代を生きて、精一杯生き抜いて、その事に後悔は無いが……思い出さないのならそれはそれでいいだろう」
そう呟く近藤自身、ある日突然過去の記憶が蘇り、人生二回分の記憶を一つの体で受け入れるのは容易ではなかった。総司やセイの記憶が蘇り、そんな思いをするくらいなら、記憶を持っている身としては寂しいという気持ちは拭えないが、それでいいと思っている。
その感情を見抜いたように、土方は近藤に語りかける。
「どんな記憶であれ持ってる事で、オレはまたかっちゃんと会えて、そしてこうやってたまに昔語りが出来るなら悪くは無いぜ」
近藤は目を見開き、そして、苦笑した。
「ありがとう。トシ」
「それにな、悪い事ばかりじゃねぇ。斉藤や平助……ま、中村も、皆、昔を覚えてなくても、また知り合っていく様を見ると、つくづく腐れ縁が続くんだなと思い知らされるしな」
「そうだな。新選組の仲間たちがまた自然と集うのを見るのは悪いもんじゃない。しかも、皆、あの時とは違った道を歩んでる。今を生きているんだと思うと、嬉しいな」
顔を綻ばせる近藤に、土方は「ケッ」と悪態を吐く。
「しかし、前世であれだけ仲の良かった二人だ。折角神谷君が女性で生まれてきたのだから、総司に沿わせてあげたいなと思うんだがなぁ」
「は?神谷は前も女だったぞ」
「へ?」
過去に生きた時間の長さは、僅かとはいえ、それぞれ違う。その間に共有したもの、一方だけが知り得た事も当然あった。

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■風光る■
はんぶん・12

テーブルの上には、紅茶と無数のカップケーキが並んでいる。
そのテーブルの脇にあるゴミ箱にはカップケーキの下敷きの紙が山盛りになっていた。
「沖田総司の馬鹿っ!ばかばかばかばかばーっか!」
セイは、悪態を吐きながら、次々に己の作ったケーキを腹の中に収めていく。
「セイ……。晩御飯食べたばかりだろう?」
セイと対面して座る祐馬は自分にも注がれた紅茶を飲みながら、溜息を吐いた。
「だって、腹立つんだもん!」
「初めてちゃんと二人が会った時の話聞いたけど、別に沖田さん何も悪い事してないじゃないか」
その言葉に、セイは顔を上げ、キッと祐馬を睨む。
「だって嫌いだって言われたもん!いっつもいっつも会う度に嫌そうにするし!」
「それはセイから最初言い出した事だろう。それに沖田さん、剣道部でもないのに、一方的に勘違いしたセイに態々付き合ってくれて」
「だから……今度会った時は謝ろうと思ったのに、意地悪ばっかりするんだもん。それに、許せないんだもん!剣道今までやった事無いのにあんなに強いなんて!しかもこれからも剣道やらないって!ずるい!私は毎日あんなに頑張ってるのに一本も取れなかった!悔しいんだもん!」
「セイ---」
セイの言葉を制する様に、祐馬はゆっくりと名を呼ぶ。
すると、セイの顔は見る見る間にくしゃくしゃとなり、すすり泣き始める。
「……すっごく優しく笑うんだよ…。沖田先輩。嬉しそうに……先輩なのに、すっごく子どもっぽくはにかんで……。それなのに木刀構えたら目つきもキリッとして、格好良くって……尊敬したのに……私に意地悪ばっかり言うし……剣道だって………もっと教えて欲しかったのに……」
ぽろりと零れた本音。強気な事を言っていても、セイの根本に引っ掛かっていたのはそこなのだろう。
妹の子どもっぽく泣きじゃくる姿に、祐馬は溜息を落とす。
「……セイは沖田さんの事が好きなんだな」
「違うもん!違うもん!違うもん!」
セイは突然ばっと顔を上げると、首まで真っ赤にして否定する。
その姿に、祐馬は更に深い溜息を吐く。
いつまでもお兄ちゃんっ子だと思っていたのに。
「お兄ちゃんは勘違いしてる!私は、他の人には優しいのに私にだけ意地悪するその裏表のある性格が大っ嫌いなの!才能と興味は別物とか言って、やれる事もやらない人って大っ嫌い!沖田先輩なんて大っ嫌いだもん!お兄ちゃんが一番!お兄ちゃんがいればいいの!」
必死になって、否定し続ける間も、セイの顔は真っ赤なままだった。
祐馬は更に深い溜息を吐いた。

普段一緒にいる沖田さんもセイに対して同じ様子だった。
憎からず思われているだろう。
という事は、どっちもどっち。
どちらか一方が前進しなければ、少しも二人の間は進まないではないか。

兄の心境は複雑だった。

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■風光る■
はんぶん・13

「こんにちは。セイさん」
「………こんにちは。沖田先輩」
「相変わらず失礼ですね。挨拶までの間は何ですか」
高校と大学共同の食堂で、セイと総司は本日の対面を果たした。
既に椅子に座って食事をし始めていたセイに、通りがかった総司が後ろから声を掛けたのだ。
にっこりと笑って声を掛ける総司に対して、やや間を置いて、眉間に皺を寄せ挨拶を返すセイに、総司はぴきりと米神に青筋を浮かべ、徐にセイの背中から圧し掛かり体重をかけた。
「っ!重い!重い!重いですって!死んじゃいます!」
「私の方が先輩なんですけどねー」
「すみません!すみませんでした!こんにちは!沖田先輩!今日も会えて嬉しいです!」
セイが必死に叫ぶと、徐々に重みを増していた背中の重石が、ふと軽くなった。
漸く解放されて、見上げると、総司は少し頬を染めて、にっこにっこと笑っていた。あまりにも全開の笑顔に、今度はセイが眉を顰める。
「?」
「私に会えて嬉しいですか!」
「!」
総司の表情が笑顔になった理由に気がついて、セイは息を飲み、慌てて反論する。
「今のは言葉の綾です!」
「……言葉の綾ですか」
すると、途端に総司を纏っていた明るかった空気が、不穏な空気に変わる。
「まぁいいですけど。私だって探して貴女を見つけた訳じゃないし。今日も会えて残念でしたね」
嫌味の口調で、さっきと打って変わった含みのある笑顔をセイに向けた。
セイもぴきりと表情を凍らせ、「そうですね。折角のお昼御飯がまた美味しくなくなりそうです」と答える。
「ふーん」
そう言いながら、総司はセイの隣の席に座る。
「ふーんって言いながら、何、隣の席にちゃっかり座ってるんですか!?」
「ここはいつも私の指定席なんです」
「たまには指定席くらい変えてくださいよ!私といるの嫌なんでしょ!」
「私はいつもと同じ席にいないと落ち着かないんです!貴女こそ移ればいいでしょ!」
「何で先にいた私が移らなきゃいけないんですか!」
「私の方が先輩ですよ!」
「関係ありません!そういうのパワハラって言うんです!ちょっと年上だからって威張らないで下さい!」
「パワハラって失礼な!私がお子ちゃまの貴女にそんな行為すると思ってるんですか!?失礼な!」
「お子ちゃまって何ですか!?私だってもう十五です!」
「私は立派な成人二十歳ですよ!二十歳から見ればお子ちゃまですよ!」
「そのお子ちゃま相手に喧嘩売って恥ずかしくないんですか!?」
「貴女が噛み付いてくるからでしょ!私は本当は大人しくて優しい人間なのに!」
「へー。知りませんでした。初めて知りました。やさしーい人間ですか。へー」
「なっ何なんですか!本当に可愛くありませんねっ!」
「かっ!可愛くなくて結構です!先輩に可愛いなんて言われたくありません!」
「昨日のカップケーキ美味しかったからお礼言いたかったのに、本当にセイさんと会うといつも不快です!」
「別にお礼なんかいりません!借りを作りたくなかっただけですから!沖田先輩にお礼なんて言われたら気持ち悪いです!」
「そんな言い方って……!」
「……総司とセイちゃん。もうそろそろいいかな」
二人の会話を、トレイに定食を載せた藤堂が遮った。

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■風光る■
はんぶん・14

藤堂は、総司の前に両手に乗せていたトレイの片方を置き、対面の席にもう一つを置くと、そこに座る。
「あ、セイちゃん。ここに座ってもいいかな?」
「はい。どうぞ」
セイは今までの総司とのやり取りを見られた恥ずかしさを取り繕うように笑顔で答える。
横に座る総司は不服そうに彼女を笑顔を見ていた。
藤堂の隣の席に、黙って彼の後ろに立っていた斉藤が座る。
「全くもう。総司も大人気ない。セイちゃんに絡むの止めなよ」
「だって!セイさんが絡んでくるんですよ!」
「指定席なんて無いでしょ。総司」
溜息を吐きながら諭す藤堂に、総司はぐっと言葉に詰る。横に座るセイから痛い視線を感じて、俯いた。
「オレが並んでいる間に、総司に席取りを頼んでたんだよ。ごめんね、セイちゃん」
「いっいいえっ」
セイは慌てて首を横に振る。
「セイは今日は一人なのか?」
斉藤がポツリと問いかける。
「はい。友だちが皆、部活の集まりだったり、委員会があったりしていないんです」
「あー!斉藤さん!セイさんの事呼び捨てにしてる!」
笑って答えるセイの隣で、大人しく御飯を食べていた総司が声を上げる。
「斉藤先輩はいいんです!昔からそう呼んでるんです!」
「え?何?この間の富永ん家行った時が初めてじゃないの?」
セイの答えに藤堂が驚いて、斉藤を見る。
「ああ。セイが小学生の時に同じ少年剣道教室だったからな。オレが中学入ったら剣道部に入ったから辞めたんだが。それ以来だ」
「お兄ちゃんとずっと友だちなんです!すっごく剣道強いんですよ!あ!今度また手合わせお願いしてもいいですか!?」
「ああ。オレも高校のOBだからな。祐馬とまた遊びに行くことにしよう」
「本当ですか!?土方先生にも言っておきます!」
セイが嬉しそうに声を上げる。
「セイちゃんは本当に剣道好きなんだね」
「はいっ!」
藤堂の感想に、セイは笑顔で答える。
「剣道バカ……」
「何ですって!?」
隣でぼそりと呟いた総司に、セイは噛み付く。
「……総司」
藤堂が再度諌める。すると総司はそれ以上何も言わず、ただ剣呑な目つきでセイを見つめ続けた。セイはその視線に応戦するように睨み返す。
それを見て、藤堂は呆れてしまう。
「沖田さん」
無言の睨み合いをしていた二人は、突然掛けられた声に、ぱっと顔を上げた。
総司が声の掛かる方を見ると、一人の女性が立っていた。
「サエさん?」
名を呼ぶと、総司は首を傾げる。
サエと呼ばれた女性は、頬をうっすらと染めながら椅子に座ったままこちらを見る総司を見下ろした。

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■風光る■
はんぶん・15

「あ、あの。隣、いいかな?」
「はい。どうぞ」
総司はサエの問いにあっさりと答え、セイと反対側の空席を促す。
「ありがとう」
サエは礼を言うと、隣に座り、ほっとしたように息を撫で下ろす。
「良かった。いっつも四人で御飯食べている姿見ていて、一度交ざってみたいなって思ってたの」
「何だ。言ってくれればいつだって歓迎なのに」
「本当に?だったらもっと早く言えばよかった。藤堂さん、斎藤さん良いですか?」
嬉しそうに笑って、サエは藤堂と斉藤にも声を掛ける。二人は驚いた様子を見せながら、黙って頷いた。
「あと……沖田さんとよく一緒にいる女の子よね?サエです。よろしくね」
「はぁ……。富永セイです」
セイも目を丸くしながら、頷いた。そして、ふと、サエの言葉で思い出す。
「そう言えば、今日はお兄ちゃん一緒じゃないんですね」
『いつも四人で御飯』の四人目は祐馬の事だ。セイはたまにその中に交ざる事があるくらいである。沖田や祐馬に声を掛けられて。
その四人目の祐馬がいつまで経っても来ない。セイが訝しむと、斉藤が答える。
「祐馬は今日は実習が長引いているらしい。医学部は何かと大変だからな」
「そうなんですか?」
セイが藤堂と沖田を見ると、二人とも頷いた。
「富永さんの妹さんなの?」
そのやり取りを見ていたサエは、驚いて声を上げる。
「はい」
「富永さん、いつも真面目な人だよね。セイさんも凄く真面目そう。でも可愛い。富永さんも格好良いし、素敵な兄妹よね!」
「有難う御座います!」
セイは照れて頬を赤くしながら、頭を下げる。
「さっき富永さんも食堂で見た気がするけど……」
「きっと実習が終わったんだろ。実習を一緒にやってた奴らと一緒に食べてるんじゃないか。オレたちもいつも一緒って訳ではないからな」
首を回して、周囲の席を見渡すサエに、斉藤が呟いた。
「そうですね。きっと何処かで食べてるんですよ」
「そうそう」
総司と藤堂がそれぞれに言って、頷いた。
「そうなんですか」
セイはサエと同様に周囲を見渡して、祐馬の姿が見えない事を確認すると、頷いた。
「あ、そうだ!私、今日、カップケーキ作ってきたの!皆でどうぞ!」
サエは思い出したように、椅子の横に置いていた紙袋をテーブルに置くと、中からプレーンやチョコチップやら、数種類の色とりどりのカップケーキを取り出す。
昨日のセイのカップケーキのように可愛らしく、一つ一つラッピングも施されていた。
「うわー!」
一番に喜んだのは、勿論総司である。
「沖田さん、お菓子大好きじゃない!だから、一杯作ってきちゃった。足りるかな?」
「はい!」
「いつもいつも交ざりたいなーって思ってて、今日、きっかけにと思って作ってきちゃったの」
うっとりとケーキを見つめている総司の横で、サエはぺろっと舌を出して照れ笑いをする。
「そんなのいいのに!あ!私、チョコチップでもいいですか!?」
総司がうきうきとケーキを一つ選ぶ。
「藤堂さんと斉藤さんもどうぞ!あ、富永さんってお兄さんと被るから、セイちゃんって呼んでもいいかな?セイちゃんもどうぞ!」
差し出されるケーキを斉藤と藤堂も頷いて、選び、セイもサエの問いに頷くと、一つ選んだ。
「それじゃ遠慮なく貰うね。ありがとう」
「オレも頂こう」
そう言って、藤堂と斉藤はそれぞれ礼を言う。
「私まで、ありがとうございます」
セイもぺこりと頭を下げた。
それでも、テーブルの上にはまだ、3、4つケーキが余っていた。
「あれ?まだ余ってますよ。……じゃあ、全部食べてもいいですか!?」
総司の嬉しそうな表情が更に輝きを増す。
「沖田さん!皆さんもう一つずつ如何ですか?」
そうサエに声を掛けられるが、誰がこの喜びの顔全開の総司の邪魔を出来よう。
「いいよ。あと全部総司が食べなよ」
苦笑する藤堂に、斉藤も頷く。
「え?いいんですか!あ、セイさんはもう一つ如何ですか?」
笑顔全開で総司はセイを振り返るが、セイもふるふると首を横に振った。
「沖田先輩が食べてください。私は一個あれば十分ですから!」
「そうですかー。じゃあ遠慮なく!あ、セイさんもまたカップケーキ作ってくれてもいいですからね!」
「何で私がまた沖田先輩にあげなきゃいけないんですか!」
「え?セイさんもカップケーキ作るんですか?」
また二人の言い合いが始まるかと思ったところに、問いが投げ掛けられる。二人は揃って口を噤むと、サエを見た。
「はい。昨日くれました!」
サエの空気を察した、セイが止めに入るよりも先に、総司が嬉しそうに答える。
「私のなんて余り物なんです!全然、本当に家でお兄ちゃんの為に作ったのが偶々余って、偶々学校の先生と一緒におまけで家まで送ってもらったから、借りを作りたくなくて仕方がなくあげたものなんです!」
必死で説明をするセイの話の内容が進むに連れて、サエは強張らせていた表情が少しずつ和らいでいく。一方で、総司の表情が険しくなっていった。
「仕方がなくって何ですか!余り物って!仕方がなくをそんなに連呼しなくたっていいじゃないですか!折角家まで送ってあげたのに!そんな事言われるなら貰わなきゃ良かったです!」
今までとは違う。セイに絡んで軽く嫌味を言うのとは違う、本気で怒っている総司に、セイは驚きと怯えでびくりと肩を振るわせた。
それでも総司は怒りを止める事を止めない。
「セイさんなんて大っ嫌いです!」
そう言うと、総司はカップケーキを一つ手に取ったまま、もう一度サエに礼を言うと、定食のトレイをもう片方の手で取り、足早にその場を去っていった。
セイもお弁当箱を手早く片付けると、ぺこりと頭を下げ、同じくその場を去っていく。
テーブルの上には余ったままのカップケーキ。
サエは明らかに肩を落として、一つ一つを紙袋の中に入れ直していく。全部入れ直した所で、席を立ち上がろうとしたら、藤堂が制止した。
「オレたちが貰ってもいい?きっと総司にも後で渡せる機会もあると思うし」
「うん!」
サエは嬉しそうに頷き、礼を言ってその場を去った。

「さて、斉藤君。どう思いますか?この状況」
「さてな。サエの目的が明らかに沖田さんだと言う事だけは分かってるがな」
「だよねぇ」
「セイが今まで以上に近付かなくなるだろうな。きっと」
「……だよねぇ。セイちゃんも気付いているみたいだったからねぇ」
「大学生の中に一人高校生という状況も居た堪れなさそうだったしな」
「……………だよねぇ」
「オレとしてはサエさんと沖田さんが付き合ってくれれば、これ以上美味しい状況は無いんだがな」
「!………斉藤さん、やっぱりそうだったの!?」
「!?ばれていないつもりだったんだが」
「!ばれていないつもりだったんだ」