はんぶん13

■はんぶん・61■

土方は立ち上がると、転がったままの総司の胸倉を掴み、無理やり起こした。
「起きろ!総司!」
「んにゃー…朝ですか?神谷さん…?」
「神谷欲しーんだろ!自分のものにしてーんだろ!だったら起きろ!」
瞼の裏に浮かぶセイの柔らかい表情も声もかき消され、向けられる怒声に、総司は渋々目を開いた。
「……土方さん。折角いい夢見てたのに…」
「夢の中でしか会えなくていいなら、そのまま一生夢で会ってろ!」
「…今のセイさんも可愛いんですよぉ…」
「このままだともう一生会えないぞ!いいのか!?」
「…くふ…」
ぶち。
土方は総司の胸倉を掴んだまま、風呂場に行くと、シャワーを手に取り、総司の頭から容赦無く水を浴びせかけた。
「冷たーっ!」
服のまま突然冷水を浴びせかけられた総司は、頭を振ると、土方を睨み付けた。
「いきなり何するんですか!?土方さん!ぶっ!」
睨み付ける総司の正面から土方は更にシャワーを浴びせる。
焦点の合わないまま手でそれを払いのけると、土方の手からシャワーが転がり、足元に落ちた。
改めて食いかかろうとする総司に、土方は冷ややかな視線で彼を見つめていた。
「目が覚めたか?」
「……覚めました」
憮然として答える総司を土方は睨みつけると、もう一度諭すように彼に声を掛ける。
「神谷…富永セイをお前はどうしたい?」
「……あの子が幸せであればどうもないです…」
総司は彼から視線を逸らすと、小さく呟く。
「お前は一生会えなくてもいいのか?お前は富永が必要じゃないのか?」
「…私が必要だとか、必要じゃないとか、神谷っ…セイさんに関係ないじゃないですか!」
「関係ある」
「どう関係あるんですか!?」
「富永がお前を必要としてるからだ」
土方から断言される言葉に総司は目を見開き、そして、目を伏せる。
「…セイさんがそう言ったんですか…?」
「お前は言葉にしなきゃわかんねーのか?」
まるでセイの全てを分かっているかのような口調に、総司は苛立ち、反論する。
「土方さんには分かるって言うんですか!」
「分かる」
「どうして!」
「てめぇ、昔も今もあれだけ傍にいて、神谷の何を見てきたんだ。富永の何を見てきたんだ」
「土方さんよりずっと知ってますよ!」
「の割にはぐだぐだずっとくだらねぇ事で悩みやがって」
「何がですか!」
「自分が神谷を不幸にするから看病させるなだの、富永の傍にいたら駄目だの!いつだって富永の意思と反対の事ばかり言いやがって!」
「!」
「…もう気付いてるんだろ。アイツがどう生きたか。アイツが今をどう生きてるか」
「…」
「例えアイツにお前が必要なかったとしても、お前にはアイツが必要だろう」
「けど、それは私の勝手で!」
「お前がもうアイツが必要だって決めたんなら、手放さないって決めたんなら、お前がアイツを幸せにする覚悟を決めろ!」
「そんなこと…」
「俺は前に言ったよな。俺自身、あまり奇跡だとか信じるタチでもないが、偶然だとか何とか言って富永と毎日会っているが、そのうち逆転するんじゃないのか。そうなる前に動かねーと、本当に大事なもん無くなっちまうかもしれねーぞって」
「…」
「お前にとって富永は大事じゃねーのか」
「大切です。誰よりも幸せになって欲しいです」
「だったら、お前が幸せにしろ」
「…私は、セイさんを幸せにできますか…?」
「出来るかじゃねーんだよ!するんだよ!」
土方は戸惑う総司に真っ直ぐ視線を返す。
「総司」
土方の後ろから、近藤が彼を覗き込む。
彼は総司の大好きな笑顔で笑った。
昔も、今も変わらない、総司を安心させてくれる笑顔。
「昔も思っていたけれど、総司も神谷君も二人は変なところで似てしまうんだからな」
「…」
「神谷君…セイさんも同じ事言っていた…」
「…」
「相手の幸せの為に傍にいないという選択だけではなく、相手の幸せの為に傍にいるという選択を二人は持つ事はできないのかい?」
「…」
「二人で幸せになりなさい」

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■はんぶん・62■

いつだって気持ちは何処か空っぽだった。
心の半分。
何処かに忘れてきたみたいに。
いつだってそれを求めて。
けれどそれを求める事は、自分じゃない大切な何かを犠牲にするような気がして。
求めながら、諦めてた。
満たされる事で失う事を恐れていた。

それでも。
貴方がそれを許してくれるのなら。
貴方もそれを望んでくれているのなら。

私は、もう一度。

取りに行こう。

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■はんぶん・63■

「沖田先輩は今何処にいますか!?」
セイは学校に来ると一目散に大学校舎に入り、見つけた藤堂に声を掛けた。
「…え?セイちゃん、おはよう。総司なら今日は別の講義で会ってないんだ」
私服の学生の中でセイの制服姿は目立ち、藤堂とセイの二人を訝しげな視線が投げつけられるが、居心地の悪さを感じる藤堂とは反対に、セイは全く気にした様子無く彼をを見据えた。
「その教室は何処ですかっ!?」
「え、…っと346号室って分かる?」
「はい!地図見てどうにか行ってみます!」
自信満々に返答するセイに藤堂は慌てた。
「ええっ!?待って待って!知らないなら連れて行くから!」
「そんなご迷惑掛けられません!もう講義が始まりますよ。ありがとうございました!」
それだけ言うと、セイは丁寧に藤堂に一礼をし、一目散にその場を走り去って行った。
「…セイちゃんも授業あるんじゃないの…?」
呟くと同時に始業のチャイムが鳴った。

「すみません。ここに沖田総司と言う人は来ていますか…?」
大学の教室の前の廊下に女子高生が来ていると、教室内の男子は盛り上がっていた。
エスカレータ式の学校で食堂等一部大学と高等部が兼用で使用してる場所があるとはいえ、それでも大学構内内部まで高等部の生徒が入ってくる事は珍しい。
しかも可愛い。とくれば男子の誰もが放っておかない。
そんな騒ぐ男子学生を尻目に、セイに声を掛けられた女子学生は、教室内を振り返ると、首を横に振った。
「今日はまだ来てないみたい。沖田君結構一限目サボる事多くて、いつも代返してる人いるから来ないかもよ」
「…そうですか…」
セイは頷いて、女子学生に礼を言うと、踵を返す。
暫くとぼとぼと歩いて、それからまたすぐに顔を上げると、携帯電話を取り出した。

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■はんぶん・64■
「土方さん!セイさんの教室って何処ですかっ!?」
「ぶっ!おまっ…朝、いねぇと思ったら、何で高校の職員室にいるんだっ!?誰だ!?許可した奴!?」
いつも通りの出勤時間に職員室に入り、あまり美味しいとは言えないが眠気覚ましくらいになると思い込んで吞むのを日課にしている備え付けのコーヒーメーカーにコーヒーを落としていたところ、横から声がかかり、土方は目を見開く。
総司が必死の形相で立っていたからだ。
昨日、結局土方の部屋で近藤とともに一泊した彼は、朝見ると何処にもおらず、セイに会いに行ったか、自宅に戻ったかと思っていたが、まさかの職員室での登場には土方も驚いた。
「土方さんに会いに来ました…って言ったら入れてくれました。私だって一応ここの高等部の卒業生ですから知ってる先生多いですし」
土方が振り返ると、周囲の先生はどうしてそんなに驚くのだと逆に不思議そうな表情を見せる。
総司と土方が子どもの頃からの縁なのは、総司が在学中から周知事実だからだ。
いくらエスカレータ式の学校とは言え、もう少し分別をつけてもいいだろうが。と土方は思うが、今は置いておく。
「それで。富永には…会えてねぇから教室聞くんだよな」
「はい!朝、校門で待ち伏せしてたんですけど、来ません!ので、教室で待ち伏せしてみようかと!」
意気揚々と語る総司に、土方は米神を押さえた。
「おい。確かに俺は富永が欲しいなら捕まえろと言った…だがな、私服の大学生が教室の前に立ってみろ!怪しさ満点だろうが!」
「そういうの気にしない事にしました!」
「お前が気にしなくても、生徒が気にするんだよ!富永目的だって知れたら、後でクラスメイトに質問攻めにされて困るのも富永だぞ!」
「あっ!…そこまで考えてませんでした…」
土方の指摘に総司は力無く項垂れる。
「……ちょっと待ってろ。もう授業も始まるから、今なら富永もいるだろうし、授業終わったら職員室に来るよう言ってやる」
「ホントですか!?土方さん!」
喜ぶ総司を横目に土方は少し照れながら、渋々という風を見せ、職員室を出て行く。
自分のする事に素直に喜ばれる事が気恥ずかしかったからだ。
その数分後、朝のホームルームのチャイムが鳴り、授業開始のチャイムが鳴ると、土方が戻ってきた。

「…富永の奴、授業出てねぇ…」
「えぇっ!?セイさん、あんなに真面目なのに!何か病気で休んでるんですかね!?」
「いや…家に電話したら今日もちゃんと学校行ったって」
「…どういう事でしょう…」
総司は不安気に顔を歪ませ、そして思い出したように、携帯電話を取り出すと、もう何度とかけた電話番号に発信した。

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■はんぶん・65■

総司に電話をかけても繋がらなかった。
そんなのは昨日からの事だからもう慣れた。
だからセイは次に行動した。
総司の家まで走る。
授業が始まっている事は分かっていたが、今の彼女にはそれは最優先事項ではなかった。
病気以外で、しかも無断で休んだのは初めてだった。
けれど、今は、それよりも大切な事がある。

「総司には君が必要なんだ。今も昔も」
そう、昨夜、近藤に告げられた言葉はセイの心の中でどんどん大きくなっていく。
「君にはそんな事も分からないのかい?あんなにずっと総司の傍にいたのに」
セイには分からなかった。
総司にとってセイは決して疎ましい存在ではなかった。それだけは分かった。
彼は過去のあの時の生を精一杯、自分自身の為に生ききったのだ。
けれど、セイが必要だったとは思えない。
自分が傍にいて、彼の生を妨げてはいなかった事は今生きる彼の言葉から確信したけれど、だからといってセイが必要だったのか分からない。
「じゃあ、神谷君は…いや、今は富永君だね。君は、もう総司の傍にいたいと望んではくれないのかい?」
傍にいられるものなら、いたい。
「なら、どうか傍にいてくれないか?私はね、ずっと総司が小さい頃から傍にいたから分かる。今も、昔もね」
そう告げられ、向けられる眼差しはセイを慈しむもので胸が痛かった。
「富永君がいたから、総司はあの生を精一杯生ききったんだよ。そして今も、君がいたから、総司は自分の本心を素直に認められるようになった」
きっと、あの時、病床の総司にセイが傍にいなければ、彼は延命を望まず、もっと早くに生きる事を放棄していただろう。
そして、あの時、セイが総司と試合を申し込んでいなければ、彼は今も己の心の中で大きな存在になっていくものが、手をすり抜けていくものに脅え、見てみぬふりをし、否定さえしていただろう。
「それでも、まだ、総司に君は必要ではないと言うのかい?」
近藤は静かに問いかけた。
私は。
総司は。
こんなにも君を必要としているのに。

セイは総司にとって傍にあってもなくてもよいものなら、どちらでもよいと思っていた。
けれど、そうじゃないのかも知れない。
それを確かめる為に、総司の元へ走る。
『本当は好きだったって気持ちしか残らないじゃないですかっ!』
『私以外の人に甘えて欲しくないです』
そう望んでくれるなら。
私は、また、貴方の。
――傍にいたい。