はんぶん11

■はんぶん・51■

それはいつもの夢。
桜の花弁が鮮やかに風に舞い、視界を薄紅色に染める。
一人の青年が桜の木の下でこちらを見つめていた。
彼はセイの姿を見つけると、優しく穏やかに微笑みかける。
それだけで、セイの熱は一度上がった。

それはいつもの夢。
けれど、いつもとは違う夢。
今まではなかった、自分自身が今そこにいるとはっきりと自覚出来る事。
手の感覚も足の感覚もあるし、己が今どんな格好をしているのかもきちんと知覚できる。
セイは着流しと袴を纏いそして腰には大小二本を差し、武士の姿をしていた。
それでも自分が本来女性である性別を偽って、望んでその姿をしているのだと理解していた。
馴染んだ服装だからだろうか、それはとてもしっくりときて、彼女を落ち着かせた。

「神谷さん」

青年が己の名を呼んだ。
今の自分とは違うけれど、確かに彼は己の名を呼んだ。
それだけで、火傷するのではないだろうかという程熱い涙の雫が頬を伝うのを感じた。

もう一つ、いつもと違う事。
彼との距離はとても近くなっていた。
いつもは何処か遠くから眺めているだけの何処か傍観者になったような感覚だったものが、とても近くなっていた。
手を伸ばせばすぐに届くし、触れなくても彼の体温も、呼吸も感じられるほど近い。
いつもは何処か遠くから聞こえているような声が、鮮明に耳に入り込む。

「神谷さん」

青年は目を細めこちらを見つめると、そっと手を伸ばす。
とくりと鼓動が高鳴る。
伸ばされた掌が己の頬を撫でる。それだけで心臓は焼けて溶けてしまうのではないかというくらい熱く燃えた。

「…っ!」
ずっと呼びたかった名を口にするが声にならない。
息を発するだけで喉が焼けそうなくらい熱かった。
「…っ!…っ!」
それでも目の前の人の名を呼びたくて、セイは必死に言葉を紡ぐ。
熱さに伴う痛みを堪えて、懸命に名を呼ぶ。

この人に伝えなくてはならない言葉がある。
最後の最後の時まで伝えられなかった言葉を。
ずっと、ずっと伝えたかった。
けれど、伝えられなかった。
伝えてしまったら、彼に後悔させてしまうと思ったから。
これはただ伝えたいという一方的な己の我侭でしかなかったから。

青年は必死に彼に言葉を掛けようとするセイの喉にそっと触れる。
労わる様に。慈しむ様に。
すると、焼け爛れて声も出なくなってしまっているのではないかと思っていた喉の痛みがすっと引いて、空気が肺を通って音が出る。

「沖田先生」

名を呼ぶと青年は嬉しそうに笑った。
そうして笑う笑顔は、現代の彼の姿と重なって。
それが少しだけ鼓動を高鳴らせ、それでいて安堵する。
彼が彼だからこそやっと言える。

「神谷清三郎は、富永セイは、沖田総司様をお慕い申し上げておりました」

青年は今まで見たことの無い表情で嬉しそうに微笑み、そして。
セイの体をぎゅっと抱き締めた。
彼の答えはそれだけで十分だった。

「…沖田先生…」
セイは静かに目を開け、真っ暗な部屋の中、体を起こした。
そうして、己の姿を確認する。
いつもと同じパジャマに身を包み、いつもと同じベッドに体を沈めていた。
ほっとすると同時に、溢れた涙は幾筋にもなって頬を滑り落ちた。
「沖田先生っ!沖田先生っ!沖田先生っ!」
喉の奥から叫ぶように、何度も名を呼ぶ。
誰よりも大切だった人の名を。
己の命を賭しても守りたかった人の名を。
己の全てをかけて愛した人の名を。

「…沖田先輩…」

既に出会えていた事に、傍にいてくれていた事に、心が震えた。
沖田先生は少しも私を疎んでいなかった。
そんな事自分が一番よく知っていたはずじゃないか。
何処までも厳しくて、そして何処までも優しい人。
私の我侭を受け入れてくれて、それでも傍にいてくれたんだ。
自分の人生を自分の為に精一杯生ききったんだ。

涙が止まらなかった。

--全てを思い出した。

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■はんぶん・52■

それはいつもの夢。
桜の花弁が鮮やかに風に舞い、視界を薄紅色に染める。
一人の少女が桜の木の下でこちらを見つめていた。
少女は総司の姿を見つけると、優しく嬉しそうに微笑みかける。
それだけで、総司の熱は一度上がった。

それはいつもの夢。
けれど、いつもとは違う夢。
今まではなかった、自分自身が今そこにいるとはっきりと自覚出来る事。
手の感覚も足の感覚もあるし、己が今どんな格好をしているのかもきちんと知覚できる。
総司は着流しと袴を纏いそして腰には大小二本を差し、武士の姿をしていた。
剣術を疎遠にし、未だに木刀を握る事に違和感を感じていた彼だけれども、その姿はとてもしっくりときて寧ろ落ち着いた。
腰に差す刀を抜いた時もまるで己の手足のように動せるのを彼は無条件に体で理解していた。

「沖田先生」

少女が己の名を呼んだ。
今の自分は先生と呼ばれる要素は何も無いけれど、確かに彼女は己の名を呼んだ。
それだけで、鼓動は激しく高鳴り、熱で染まっていった。

もう一つ、いつもと違う事。
彼女との距離はとても近くなっていた。
いつもは何処か遠くから眺めているだけの何処か傍観者になったような感覚だったものが、とても近くなっていた。
手を伸ばせばすぐに届くし、触れなくても彼女の体温も、呼吸も感じられるほど近い。
いつもは何処か遠くから聞こえているような声が、鮮明に耳に入り込む。

「沖田先生」

彼女がそっと己の頬に手を伸ばす。
気付かないうちに流れていた涙を拭う小さな掌に、燃え尽きてしまうのではないかというほどの熱が総司の全身を駆け巡る。
少女は彼の涙を拭いながら、優しく慈しむように微笑む。
総司は込み上げる衝動を抑え込み、少女の手を己の掌で包み込んだ。

「…神谷さん…」

少女の名を呼ぶと、少女は瞬いて、それから嬉しそうに微笑んだ。
総司は堪えきれず、小さな体の少女を掻き抱く。
「神谷さんっ!神谷さんっ!神谷さんっ!神谷さんっ!」
己の中に渦巻く感情を全てぶつける様に名を呼び続ける。
それと共に少女の体を抱く腕の力を強くする。
それでも、腕の中の少女は逃れる事もせず、逆に彼の背に腕を伸ばしてきた。
「!」
驚いて、腕の力を緩め、少女を見ると、彼女はただただ嬉しそうに微笑む。
その姿は現代の少女の姿と重なって彼は酷く安堵する。

ずっと伝えたくて、それでも伝えられなかった言葉。
最後の最後まで伝える事を戸惑い、そうして伝えなかった事を後悔した言葉。
それをやっと言葉に出来る。

「沖田総司は、神谷清三郎を--富永セイを、愛していました」

そう囁くと、少女は今までに見た事の無い程顔を綻ばせ、大輪の笑顔を見せる。
そうして、総司の首に腕を回すと、彼に身を寄せた。
彼女からの言葉はいらなかった。
伝わる熱から、回される腕から、彼女の想いが伝わってきた。
総司はただただ、少女を己の腕からもう逃さないと強く抱き締めた。

「…神谷さん…」
まだ朝と呼ぶには日も昇らない時間。
着物とは全く質感の異なるスウェット、布団とは異なるベッドのスプリングの柔らかさが、目を覚ました今が現実である事を総司に知らせる。
やっと呼べた、少女の名に、総司は自然と涙を零した。
もう少女の姿が彼の中から消える事は無い。思い浮かべればすぐにでも思い出せる愛しい少女の姿。
込み上げる喜びに、愛しさに、肉体という小さな器では収まりきらず、痛みさえ感じて己を抱き締める。
「…神谷さんっ!…神谷さんっ!……セイっ!……」
浮かぶのは一人の少女。
幾つも名を持つ少女だが、それでも、彼が求めるのは一人の少女。

また出会えたんだ。
喜びに全身が震えた。
己はあんなにもぶれていたのに、彼女はあの時と何も変わらない。
彼女はいつだって総司を救う。
そして、彼女は自分が望むようにいつだって生きている。懸命に。運命さえ味方につけて。
そうだったじゃないか。
だから。あの時も私が幾ら抵抗してもあの人は私の傍にいた。
私の傍で生きる事を、私を生かす事を、私の生を見届ける事を望んだ。
神谷さん自身の意思で。

--全てを思い出した。

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■はんぶん・53■

--初めに違和感を覚えたのは、すれ違う事さえ無くなった事からだった。

前世の記憶。
幕末、新選組に所属していた時の記憶を思い出してから、二人はすぐにでも会いたいと互いに互いを探した。
過去の記憶を取り戻した翌日、セイは昼に一目散に食堂へ行き、総司を待ったが、その日総司が食堂に現れる事は無かった。
過去の記憶を取り戻した翌日、総司は朝一番の授業を休み、セイの登校を待ったが彼女が現れる事は無かった。
互いに互いのライフサイクルもある。
偶々会う事が無かっただけだろう。
本当はすぐにでも会って話をしたかったが、きっと一日のうちに一度は必ず会う事になるのだから、その時で良いだろうと高を括っていた。

そうして、前世の記憶が戻ってから初日、二人がその日会う事は一度も無かった。
その日がセイと総司が出会ってから、初めて一度も擦れ違わなくなった日となった。

高校大学併設校とはいえ、元々カリキュラムの異なる大学生と高校生が毎日出会っていた事が不思議な事だったのだからそんな日もあるのだろうと総司とセイは納得した。
今すぐにでも会いたいと急く心はあったが、一方で自分が過去の記憶を取り戻したからといって、相手が同様とは限らない。寧ろ今までのやり取りから覚えていないと思えた。そう思うと、過去の事を思い出したところで何と相手に伝えればいいのか分からず、若干気が引けていたのもある。何となく偶々会えない事を口実に、会えた時にどうしようか考えようと先延ばしする気持ちも生まれていた。
だから会えない事に寂しい反面、ほっとしたりもしていた。

けれど、それも五日も経つ頃には焦燥感に変わった。
週末を越えても、総司がセイに会える事も、セイが総司に会える事も無かった。
互いに互いの友人や知人から互いを探していたとう話は耳に入っていた。
それでも。
幾ら探しても。
幾ら追いかけても。
幾ら都合を会わせようとしても。
二人が会える事は無かった。
まるでそれまで毎日が会えた事の反動かのように、全く顔を合わせる事も擦れ違う事さえも無くなってしまった。

二人が記憶を取り戻した日を境に、二人は全く出会う事は無くなってしまった---。

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■はんぶん・54■

「総司…ヒドイ顔」
「元々ヒラメ顔のヒドイ顔なのだから今更だろう」
「…一、それは言い過ぎだろう…」
いつもの昼食の時間、珍しく最近別行動をしていた祐馬を含めいつもの四人で食事をしていた。
藤堂、斎藤それぞれの感想に、祐馬は苦笑する。
「…何とでも言ってください。そんな事は今はどうでもいいんです」
片腕に顎を乗せ、もう片手で紙パックのいちごミルクの二本目を飲み干しながら総司は答えた。
「え?でもセイちゃんに会った時、その顔じゃあ千年の恋も一気に冷めると思うよ」
「ええっ!?」
藤堂に言われて総司は初めて己の頬に手を当てて、隈の出来た目元を押さえる。
「って言うか、いつの間に総司、セイちゃんの事恋愛対象になっているのさ」
言われてから、はっとし、総司は藤堂や他の二人を見回してから、かぁと頬を染めた。
「男が頬を染めるな。気持ち悪い」
「一、突然不機嫌だな」
「まぁまぁ」
普段表情を見せない斎藤の不機嫌な口調と表情に祐馬は驚き、全てを承知している藤堂は宥める。
「そんなことより!」
「ああ。アンタがセイを好きだろうがどうだろうがどうでもいいな」
「斎藤さん冷たいー。私は今も昔もダイスキなのに」
「俺は今も昔もアンタが大嫌いだ」
「二人のコントはもういいから。それで、総司のその目の隈はセイちゃんが原因?」
「コントをしたつもりは少しもないんだが」と呟く斎藤は置いておいて、藤堂は話を戻す。すると、総司は突然しおしおと水の枯れた花の様に肩を落とし打ちひしがれた。
「…セイさんに会えないんです」
「そう言えばずっと会えないって言ってたけどホント?」
「ホントです…」
「四月から嫌になるくらい毎日会ってたのに」
「それが全く会えなくなったんです。セイさんがいるだろう時間に校門前で待ってみても、部活にちょっとお邪魔してみても」
総司にとっては相当な痛手らしくどんよりと黒い靄まで背負い始める彼に、藤堂は目を丸くして、隣に座る祐馬を見た。
「それでセイも落ち込んでいたのか」
「落ち込んでいたんですかっ!?」
俯いていた総司は顔を上げ、祐馬を見る。
「ああ。家では何も言っていなかったけど、何となく落ち込んでいるのか雰囲気で分かるから。それに最近朝出るのも、帰りも極端に早かったり遅かったりしてるって母さんが言っていたしな」
「そう言えば、また最近になってセイちゃん声掛けてくれるようになったけど…良く考えたらいつも総司いない時だね」
「俺はてっきりセイが沖田さんを避けていたのだと思っていた」
「まだ避けられているんですか!?」
「斎藤さんイジワルー。声掛けてくれるようになったけど、いっつも何か探してる様子だったでしょ。」
藤堂が苦笑しながら、斎藤を諌めると、彼は表情変わらず悪びれた様子無く「ふん」と鼻を鳴らすだけだった。
「というか、お互いにお互いのいるだろう場所を探しているから会えないんじゃないのか?」
「はっ!確かにっ!」
祐馬の率直な意見に総司は衝撃を受ける。
「というか、それよりも祐馬がいるんだから、祐馬にお願いすればいいじゃない」
「はっ!」
「…今日久し振りに三人に会って御飯食べたからそれは仕方が無いよな。すまない。でもそういう事なら電話してくれても良かったのに」
「はぁっ!!」
「そのまま一生もう会うな」
「ヒドイっ!斎藤さんっ!」
よよよと泣き崩れる総司の前で、祐馬は鞄から携帯電話を取り出し、早速掛けてみる。
彼の仕草に気付いた総司は、立ち直ると、期待に満ちた瞳で祐馬を見上げた。
プルルルルル。
プルルルルル。
プルルルルル。
プルルルルル。
プルル……。
……。
「何回目?」
「三十回目」
「セイちゃん留守電の設定してないの?」
「いつも掛けたら一発で出るから、そう言えば知らないな」
「沖田さんとは会いたくないという事だろう」
「しくしくしく」
「沖田さん。こんな所で泣かないで」
「偶々でしょ?」
コールを数十回繰り返したところで諦めた祐馬はカチリと電話を切り、既に凹んでいた総司に笑いかける。
「取り敢えず、セイには言っておくから。そんなに凹まないで」
「…はい…私もう次の授業があるので行きますね。祐馬さんありがとうございます」
凹みながらぐずぐずと溶けかかっている体を引き摺り総司は一足先にその場を後にする。
途端。
プルルルルル。
鳴った着信音に、三者三様に驚いて、祐馬の形態を一斉に見る。
着信相手を確認してから祐馬は少し戸惑いながら電話に出る。
「セイ?」
あまりのタイミングのよさに、斎藤と藤堂は思わず目を合わせた。

いや。でも。まさか。
偶々だろう。

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■はんぶん・55■

「はー」
「セイちゃん大丈夫?」
太陽の日差しが厳しくなりはじめ、屋上での昼食はやや厳しくなり始めたセイと里乃の二人は食堂でお弁当を広げていた。
「うん。大丈夫」
「あれからずっと沖田先輩には会えてへんの?」
「うん……もしかしたらもう先輩私に会いたくないのかも…」
「そんな訳あらへん!好きやって言ってくれはったんやろ?」
「…そんな気がしてたけど…夢だったのかなぁ」
「キスまでされたのに!?」
「さっ!里さん!」
周囲に聞かれてないか、セイは慌てて里乃の言葉を打ち消すように声を上げ周囲を見回すが、誰もこちらに関心を持っている様子無く、ほっとすると同時に俯いた。
「でもそれは…仕方が無くって言っていたし…」
「仕方が無くでセイちゃんのファーストキス奪ったなんて許せぇへん!けど、ちゃんと責任取る言ぅてくれはったんやろ?」
「………そうダケド…」
「なのにそんな事を言った翌日から今日までずっと姿も見せへんってどういうこと!?セイちゃんの事彼女と思ってへんの!?」
「うぅっ…」
「そんな相手うちがしばきたおしてしまうわっ!」
「里さんっ!落ち着いてっ!」
段々と苛立ちを露わにする里乃をセイは必死で宥める。
「大体、どうしてセイちゃんはそんなに落ち着いてはるの?」
「んー。何だろう。頑張ってはいるんだよ。朝早く来て校門前で待ってみたり、道場に行った時に話しかけようと思ったり」
「けど、朝待っても、昼こうして食堂にいても沖田先輩には会えてへんし。道場に行っても、お休みだったりするのやろ?」
「うん。沖田先輩も会いに来てくれてるらしいって部活の人たちにも聞いているんだけど。その日に限って丁度私が用事で休んだりしてるんだよね」
「何だか…今までが嘘のように偶然が重なって会えへんのやなぁ」
今までが偶然に会える事が多すぎた。避けようとしても会ってしまうと嘆いてしまうくらいに。それはそれで不思議な事でもあったが、逆に会いたいと思ってお互いに求めているのに、会えないという偶然ばかり重なる事があるのだろうか。
「でもね。私、それでもいいかなって思い始めてて」
「どうして?」
「沖田先輩が生きてくれているだけでいいな。前は傍にいられればそれだけでいいと思ってたけど…。今は、生きてくれているだけでいい…」
「そんなんじゃ駄目よ!セイちゃん!沖田先輩の事好いてるんでしょ!沖田先輩もセイちゃんの事好いてくれはったんよ!お互いに想い合っている者同士が一緒にいなくて何処が幸せって言えるん!?本当に生きてるっていえるん!?」
「でも私がいなくても幸せには…」
「沖田先輩はセイちゃんに甘えられて嬉しいって、好きって言ってくれはったんでしょ!?沖田先輩の幸せはセイちゃんなんよ!セイちゃんが傍におへんと幸せって言えへんのよ!セイちゃんは沖田先輩の幸せ願いながら沖田先輩を不幸にする気ぃなの!?」
「大袈裟な」
「私は自分が山南はんといてそう思うから言うんよ…?」
その言葉は重かった。
既に恋人のいる里乃の言葉だからこそ。
そして、幕末の記憶を取り戻した今、二人の過去の末路を知っているからこそ胸に響く。
けれど一方で、まだ彼氏のいたことの無い、セイには無い感覚。自分が誰かの幸せの欠片になっているなんて思った事が無かった。
総司には生まれ変わった今を幸せに生きて欲しい。
それでも自分自身が傍にいなくなる事で、彼の幸せの一つを奪うことのなるのなら、それはセイにとって望まない事だ。
「…本当に沖田先輩もそうなのかな…」
「本人に確認しぃ?」

携帯電話を教室に忘れ、兄からの着信に気付いたのは、授業が始まる少し前だった。