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10万打リクエスト!ありがとうございます!
「アニバーサリーのシリーズ化。ゴールインするまで。」
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あなたがいればそれだけで幸せ。
あなたと一緒にいられればそれだけで幸せ。
ずっと。ずっと。

木々の葉はすっかり枯れ落ち、自由に天に向かって伸びていく枝先がこの時期だけ姿を見せる。
空は真っ白な雲に覆われ、凍て付くように冷たい大気が下降してくるのを少しだけ遮り、地上の命の温もりで暖められた大気が循環し、仄かな温かさと安らぎを与える。
それでも屋内外では圧倒的に異なる温度差は、窓を白く曇らせ、気体という形を変えた水滴が窓に無数に張り付いた。
カラカラカラと乾いた音と立てて、セイは窓を開ける。
真冬の外の温度と、ストーブで暖められた室内の温度の急激な温度変化に反射的に彼女は身震いをすると、ほぅと一つ息を吐く。
息はすぐに冷やされ、白い煙となって空に溶けた。
「今日は雪かな」
空を見上げ、一人呟くと、くるりと室内を振り返り、奮起する。
「よし」
洗濯機で回したばかりの洗濯物をハンガーにかけ、床に無造作に置かれた雑誌を片付けると、掃除機を掛け始める。
一間しかない総司の部屋に置かれている物はベッドと小さなテーブル、そしてテレビそれだけだった。
元々物欲の無い彼の部屋の他の細々した物は全て、備え付けの小さなクローゼットに収まってしまう。
起きた時そのままの形を残した布団を綺麗に整え直し、昨日夜食を食べるのに使った食器を洗っていく。
部屋の壁に掛かっているのは二人分の洋服。
使ったままに残っているのは二人分のマグカップとケーキを乗せた食器。
何度言っても夜食にと総司は毎日何かしらの菓子を買ってくる。
ただでさえ総司は夜仕事から帰るのが遅く、食事をする時間自体が遅いのに、更にその後必ずデザートを求める。彼の健康の為を考えると強く言って止めさせなくてはと思うのに、デザートを食べる時のあの幸せそうな笑顔を見るとついつい許してしまう。

あなたが幸せでいてくれれば、それだけで幸せ。
あなたの幸せの欠片の一つに私がなれれば、それだけで幸せ。

幕末のあの頃から時を巡り、現世のまた同じ時代に生まれ変わって、大学のオープンキャンパスで再会してから数年。
再会から一年後、記念だといって総司から初めて貰った桜の形をあしらったネックレスは清の胸元でいつも光っている。
元々互いに傍にいる事が一番自然だった二人は、一番安らげる相手として、過去から現在までずっと傍にいる。
ただその形は上司と部下から始まって、先輩と後輩に変わり、ある時から彼氏と彼女にと時が流れると共に変わっていった。
セイが元々一人暮らしをしていた総司の家に訪れる頻度が自然と上がり、気が付いたらぽつりぽつりと彼女が使う物も増えていった。
カップもパジャマも、鍵も。
総司はいつも何も言わず、セイが気付いて声を掛けた時になって、初めて照れくさそうに笑って、「使ってくださいね」と言う。
その度に、総司がどれだけ自分を幸せにしてくれているのか彼は気付いているだろうか。とセイは思う。
彼の傍にいても良いんだ。
彼の心の中の自分の存在が占める位置がどんどん大きくなっているのだと、形にして教えてくれている事がどれだけ嬉しいか。
セイはカップを洗いながらくすりと笑う。
「きっと少しも気付いていないんだろうけど」
空気の入れ替えの為に流れ込んでくる冷たい空気と、食器につけた洗剤を洗い流す為に捻った水道の蛇口から流れる冷たい水が、今が冬である事を主張する。
夏の茹だる様な暑さも湿気も無い、水道水でさえ熱気に温められて流れてくる生温い水も無い。
キンとした冷たさが心地よくもあり、鬱陶しくさえ感じた夏を懐かしくさせるから不思議なものだ。
流水を掌で受けながら、清はふとはにかむ。
清が総司の恋人になってからも彼女の右の薬指には指輪が嵌った事は無い。
散々様々な噂が飛び交い何一つ正解など無かった清と総司の仲を気にしてくれていた大学の友人たちは二人の関係が変わってから今もその右の薬指に指輪一つも嵌っていない事を気にしてくれている。
清自身は、自分が総司の恋人になれただけでも、そう意識して貰えただけでも快挙であるし、女性扱いをされてネックレスを贈られるだなんて天と地がひっくり返ったようなものだと思えるくらいの行動だったので、それくらいの事は少しも気にならなかった。
ただ、傍にいられるだけで。
恋人として傍にいられるだけで。
それだけで幸せだったから。

きっとこれからもただ傍にいられればそれだけで私は幸せ。

冬の昼の時間は短い。
低い位置を漂っていた太陽はいつの間にか姿を隠し始め、曇り空で白かった空はいつの間にか灰色に染まり始める。
いつもよりかなり早めに仕事を切り上げた総司は、足早に帰路に着く。
毎日残業に明け暮れる毎日に、今日こそはと上司に頼み込んで、どうにか早く帰らせてもらったのだ。まだ社会人になって間もない総司には中々に勇気のいる行動だった。今も職場では上司が率先して残っているのだから。
どうにか目的の店の閉店前にぎりぎり入り込むと言う事を数回繰り返し、総司は両手に袋を提げ、マンションの階段を登る。
社会人の総司よりまだ時間に融通の利く大学生の清は時間を見つけては彼の家で彼の帰りを待っていてくれる。
実家で暮らす彼女には両親も心配するだろうから毎日で無くてもいいと言っているのだが、そこは昔と変わらない頑固な彼女はいつどんなの時でもほぼ百パーセントの確立で彼を迎えてくれる。
彼女の生活を配慮して、彼女を嗜めてはみるものの、実は総司にとって彼女が家で迎えてくれる事はとても有難かった。
『おかえりなさい』。
明かりのついた玄関、温かい室内の温度と、仄かに香る夕餉の匂い、そして温かい声と温もり。
それだけで、仕事に追われ殺伐とした総司の心を丸ごと包み込んで癒してくれる。
『ただいま』。
そう返せる存在がいる事がどれ程彼にとって大切な存在であるか。
微笑んで、抱き締めてくれて。
それだけで、どれだけ総司の心を幸せにしてくれるか。
あの子は知っているだろうか。

ただ傍にいられれば幸せ。
ただ傍にいてくれるだけで涙が出るほど幸せ。

鍵を回し、玄関を開けるとひんやりとした空気が彼を迎える。
屋外と同じ温度と、同じ澄んだ空気が隔たりを無くす。
期待とは逆に彼を迎えた真っ暗な空間に総司はどきりとする。
それでも、足元に揃えられた見慣れた女性物の靴を見て、ほっと息を撫で下ろした。
「神谷さん。ただいま」
靴を脱ぎながら、部屋を覗き込むように小さく呟くけれど、返事は返ってこない。
訝しみながら、部屋に入ると、ベッドに持たれ掛け、暗い中眠る清を見つけた。
洗濯物を乾かす為だろうか、換気の為だろうか、窓を開けっぱなしにして、自分は--寒かったのだろう一度は整えた跡の残る布団を寝ぼけながら引っ張ったのか歪な形で肩に掛けて眠っていた。
総司は溜息を落す。
呆れと、怒りと、安堵の入り混じった感情を、溜息に混ぜて吐き出した。
眠る少女の前に座り込み、頬に触れる。--案の定冷たくなっていた。
総司はもう一度溜息を吐くと、彼女の額に優しく口付け、そして立ち上がると、開けたままの窓を閉めた。

あなたは気付かないだろうか。
あなたがいるだけで私の世界は彩づく事を。
あなたなしで生きる事は、息をすることさえ難しくなっている事を。
あなただけが私の命の幸せのありか。

ほんわりと体を包む温もりが一段温度を上げる。
肌を触れる温度も段々と上がっていき、清は心地よい変化の中まどろみながら目を覚ました。
「んぅ…」
まだ固まらない思考の中で、そう言えば自分は窓を開けたままにしたはずと思い、窓を見ると既に締まっており、室内の温度が上がった事により窓は白く曇っていた。
「お目覚めですか?神谷さん?」
聞きなれた声に振り返ると、総司がキッチンに立ち、こちらを振り返っていた。
「せ…んせっ!?」
総司の配慮だろう居間の照明は消したまま、キッチンの照明だけを点けて彼は調理をしていた。
清は慌てて起き上がる。その拍子に肩に掛け直されていた布団が足元で崩れた。
「今日、仕事早く終わったんですか!?」
「はい。お願いして早く帰らせてもらったんですよ」
総司は笑って言いながら、コンロに乗せていた鍋からスープを少し器に入れると、清の元まで来て屈み込み、差し出す。
清は器を受け取る為に手を差し出そうとするが、総司に口元まで器を差し出され、そのまま飲みなさいと言う事だと察した彼女は、少し頬を染めながら、総司の手ずから飲んだ。
「…おいし…」
温かいポタージュスープが喉を伝い体を内側から暖める。
その温もりにふにゃりと頬を緩めると、その後、振ってきた唇に彼女の唇が塞がれた。
「ん…」
優しく、それでいて少し強めに押し付けられる唇にじわりと体が火照る。
緩やかに唇が離れ、彼の目を覗き込むと、清の瞳は揺らいだ。
「…沖田先生…何か怒ってます…?」
「怒ってないように見えますか?」
静かに問われ、清は首を横に振る。けれど理由は分からず、彼女は彼を伺うように見た。そんな清の表情の変化を見つめながら総司は溜息を落とす。
「貴方…仮にも女性が窓を開けて寝てるってどういうことですか。何かあったらどうするんですか!それに…今は冬ですよ。貴方の体冷え切ってるじゃないですか!」
「…そんなこ…」
「そんな事じゃありませんよ!本当にもう、帰ってきたら部屋は真っ暗だし、冷え切ってるし、貴方は冷たくなってるし、…何かあったのかと思って…気が気じゃなかったんですから……」
涙で詰まるような声で訴えられる声に、清は自分がどれだけ総司を心配させたか初めて気が付き、俯いた。
「…ごめんなさい…」
「……いつからですか…?」
「…え?」
「いつから窓を開けっぱなしにしてたんですか?」
「えっと…」
総司の問いに清はすぐに解答が浮かんだのだが…その解答が彼の怒りを更に助長させるものだという事に気が付き、言葉を濁し、目を泳がせる。
そんな彼女の表情の変化に清の事に関しては目敏い彼が気付かないはずも無く、目を据わらせた。
「神谷さん。今このままここで冷えた体を私が直接温めるのと、お風呂に入ってもらうのとどちらが良いですか?」
「ごめんなさい!お昼からです!今からお風呂に入ってきます!」
清が顔を真っ赤にして慌てて答えると、総司は『やっぱり』という呆れ顔をして溜息を吐く。
「…全くもう…」
総司とベッドの間に挟まれたままの清が横に逃れ、彼から距離を取ろうとするところを、総司はしっかりと彼女の腕を掴み、床に倒すと、もう一度口付けをする。
深く。強く。
彼の焦燥と不安を彼女に刻み込むように。
「ん…ふっ…」
彼女がもう二度と同じ事をしないように。戒めに。
彼の心の奥に渦巻く紅い靄を逃がすように。

あなたが傍にいてくれなければ全てのものが枯れてしまう。
あなたが傍にいてくれれば全てのものが鮮やかに映る。
愛しい。
愛しい。
それだけで。
それだけであなたの傍にいられたら。
それだけが幸せ。

清が風呂から上がると、総司が先程まで作っていた料理が並べられていた。豪華な料理に添えて、シャンパンまで置かれている。
「うわぁ…。先生、今日、何かの記念日でしたか!?」
風呂上がりに今日洗ったばかりのパジャマに着替えた清はタオルで髪を拭きながら、うきうきとテーブルの前を落ち着き無くぐるぐる回る。
「そうですよ。忘れっぽい神谷さんの事だから、きっと忘れてるかもしれませんけど」
「えーっ!あ!まだこのネックレス頂いた時の話してるんですかっ!これは先生が忘れてるだろうと思って、忘れたふりしただけだって何度も言ってるじゃないですか!現にそれからは毎年一緒にちゃんとお祝いしてるでしょ!」
清は首に掛けたままのネックレスのトップを掴むと、むっとした様子で総司を見る。
「じゃあ何の記念日か当ててください」
総司は笑ってそう言うと、窓に向かい、既に閉めていたカーテンを開け、空を見上げる。
「んーと、初カップル記念?…先生がそんなの覚えてるはずないし…初…ケーキバイキング記念!…あの時男一人で今まで行けなかったから行けるって凄い喜んでたし…でもあれ…夏だよね…んー初!京都巡り記念!…何だかんだ言って局長ダイスキだったから喜んでたし…?」
彼女にとっての総司が記念にする基準が見えて、総司は苦笑してしまう。
「どれも違いますよ…神谷さん、雪降ってきましたよ」
「え!?」
のんびりと笑いながら振り返る総司に、清は嬉しそうに駆け寄り、彼と同じように空を見上げる。
本当はまた体を冷やすからしたくないんだけれども。と思いながら総司は、窓を開けた。
冬の冷気に冷やされた風が一気に室内に流れ込む。
乾いた独特の冷たさを持つ空気は彼らの喉を抜け、肺を澄ませる。冷え切った冷たい空気が肺を循環する。
清の濡れた髪を一気に凍て付かせる風に総司は彼女が手に持っていたタオルを頭に掛けてやる。
夜に飲み込まれ淡い黒紫色をした空からふわふわと白い雪が舞い降りてくる。
一定の間隔を取って立っている街灯の明かりに照らされ、雪はきらきらと光っていた。
清は嬉しそうに手を伸ばすと、掌に小さな白を収める。
じんわりと溶けて染込む冷たさに目を細めた。
「綺麗…」
次から次へと清の掌に舞い降りては彼女の手の中に沈み、染込んでゆく。
何故、雪が空を舞うだけでこんなにも幻想的に世界がみえてしまうのだろうか。
人をこんなにも澄んだ気持ちにさせるのだろうか。
掌に消えた余韻に引き込まれ、清は暫し空を見上げた。
「神谷さん。答え分かりました?」
総司に問われ、そう言えば自分が別の事を思考していた事を思い出し、すぐ背後にいた彼を振り返る。
すると、彼は清に背を向かせたまま、伸ばしたままの彼女の掌を、自分の掌で覆い、彼女の左薬指に小さな銀色の輪を嵌めた。
「…先生っ!?」
「今日は私が神谷さんにプロポーズする記念日です」
耳元で少し恥ずかしそうにそう囁いた。
清は目を丸くして、もう一度総司を振り返る。
「結婚してくれますか?清」
「!」
その時初めて呼ばれた名に、清は顔をくしゃくしゃにして涙を零す。
「…ダメですか?」
涙を零し、嗚咽だけをして返答の無い清に総司は不安そう問い掛けた。
彼を不安にさせている事に気が付いた清は慌てて首を横に振る。
「沖田先生の…お嫁さんにしてください…」
それだけを言うと、総司はほっとしたように頬を緩め、清を抱き締めた。
「良かった…」

傍にいられるだけで幸せ。
傍にいてくれるだけで幸せ。
それ以上は何も望まない。
ただ、あなたがいてくれるなら、それだけで、いい。

料理を一頻り食べ終え、お祝いに買ってきた小さなケーキを二人で半分にして食べ、そして、シャンパンで少しほろ酔い気分になりながら総司はベッドを背に座り込み、清は包み込まれるように彼の胸に背を預け、いつものように抱き込まれる。
「今まで指輪の事なんて何も考えてないと思ってたのに…」
清はくすくす笑いながら、己の左手の薬指に嵌った指輪を右手で遊ばせる。
「そんな事ありませんよ。私だって恋人に指輪を贈る事くらい知ってますよ。…けど…恋人なんて曖昧なものの為に指輪を贈りたくなかったんです」
「曖昧ですか?」
清は総司が示す言葉の意味が分からず首を傾げる。
「…だって…恋人なんて…何の誓いも無いじゃないですか…いつ別れても…いつ他に好きな人が出来ても…自分の元に縛り付けるものになんかならない…そんな一時の間の契約みたいで……」
「……?」
「ちゃんとお互いにずっと傍にいる絆として私は指輪を貴方にあげたかったんです」
愛しいのだ。
貴方が愛しいのだ。
もう誰にも僅かの心移りさえさせたくない程に。
そう真っ直ぐ伝えてくる総司の瞳に清は嬉しくなって微笑む。
「私は指輪が無くったって、ずっと沖田先生の傍にいますよ?だって野暮な先生だからそういう事気付かないだろうなって思ってたし、それでいいと思ってお傍にいたんですから」
「腐れ縁はもういいんです…貴方との未来が全部欲しいんです…」
いつだって二人の間には幕末の、あの時代の二人が根底にいた。
それがあっての今の二人があるけれども。
それでも、これから望むのは二人のこれからの絆。
腐れ縁の延長ではない。
それは少し寂しいけれど。
決して捨てる訳ではなく。
大切な想い出に変わる。
「…おき……総司さんのお嫁さんにしてください…」
清は自分を満たすこの想いを何と呼んでいいのか分からない。
それでも、彼が望んでくれるから。
自分も望んでいるから。
清は総司の首に腕を回しぎゅっと抱き締めた。
総司もそんな彼女を大切に抱え込むように抱き返す。
「清…幸せになりましょう。二人で。ずっとずっと」
「ずっと。ずっと…」
「おじいちゃんとおばあちゃんになっても…」
「総司さん…今度は長生きしてくださいよ」
「分かってます…曾孫を見るまで生き抜くんですから。ずっと一緒にいてくださいよ」
「はい!」

あなたがいればそれだけで幸せ。
あなたと一緒にいられればそれだけで幸せ。
ずっと。ずっと。

2011.10.23