anniversary

 出会えた事を奇跡だと思った。
 こうして、また傍にいる事を幸せだと思った。
 一歩踏み出すその先も。
 ずっとずっと。

 深緑が強い日差しをさえぎり、地面に焼きつくような濃い影を残す。
 風が木々の間をすり抜け、さやさやと優しく葉を揺らす。
 空に届くように背を伸ばし何処までも高く成長した木々と、自由気ままに伸びる芝で覆われた、自然の造形をそのまま残した、周囲を住宅地で囲まれたこの地では珍しい自然公園。
 日光浴や子供達が冒険と称して遊ぶにはぴったりの場所。
 その公園で、天頂に昇る太陽の日差しが一番強く降り注ぐ時間帯に、それを背に浴びながら、一人の少女はじっとベンチに座る少年を見下ろしていた。
「沖田先生」
 少女が小さく溜息混じりに声を掛けると、名を呼ばれた青年は自分の前に仁王立ちになりこちらを見下ろす少女に視線を合わせる。
 彼女の背から降る光が逆光となり、黒く帯びた影が少女の表情を隠す。
 それでも、彼女が今自分にどんな表情を見せているのか彼には想像が付いた。
 それくらい彼にとって彼女は近しい存在。
「はい?何ですか?神谷さん」
 のんびりと返す総司の言葉は、少女の逆鱗に触れたらしく、眉間に皺を寄せていたのであろう彼女の表情は、歪み、怒り露に叫び声が上がる。
「何ですかじゃないですよ!人を呼び出しておいて!」
「あはははは。だって神谷さんに会いたかったんだもの」
 スラリと告げられる好意の言葉に少女ことセイは頬を染める。が、直ぐに気を取り直すと、既にこの会話は幾度と無く繰り返されているのか、彼女は諦めたように怒りを解き、半分呆れた口調で総司に問いかけた。
「それで?今日は和菓子にしますか?洋菓子にしますか?」
 総司の心情を見抜いたかのようなセイの問い掛けに、彼は笑顔を見せる。
「流石神谷さん。そうですねー。羊羹も良いし、アイスパフェも良いなー。でもこんな暑い日は氷ですよね!カキ氷!ねえ、そうしましょう!」
 子供のようにうきうきと心弾ませながら好物を上げていく自分を母親のように苦笑しながら見詰めるセイを総司は見上げ、瞳を輝かせると、勢いよくベンチから立ち上がり、彼女の手を取る。
「あっ!」
「はい?」
 総司の行動に過剰に反応し、焦りの混ざった声を上げ、頬を染めたセイの顔を彼は不思議そうに覗き込んだ。
「どうかしました?」
「いえ・・。あの・・。手を繋ぐんですか?」
 己を見下ろしてくる総司から視線を逸らし、しどろもどろ問いかけてくるセイに、彼はますます不思議そうに首を傾げる。
「だって昔はよく繋いでいたでしょ?」
「それはっ!でもっ!・・ハイ。ソウデスネ」
「変な神谷さん」
 真っ赤になって俯くセイに総司は無邪気に笑いかけた。
「大学で行き成り『神谷さん!』なんて呼んで抱きついてきた先生に言われたくありません!」
「えー。だって嬉しかったんですもん。神谷さんにまた会えて」
 総司はセイの事を、『神谷さん』と呼ぶ。しかしそれは昔の名残。今の彼女の本名は富永清だ。それを言うのなら、総司は沖田総司と今も同姓同名であるが、今の彼女にとって彼は『沖田先生』ではない。けれど彼女は未だ『沖田先生』と呼ぶ。過去の事とはいえ、簡単には呼び方を変えられず、お互い様な故に互いにそれを指摘した事は無かった。
 彼女らが現世で初めて出逢ったのは、セイが志望大学のオープンキャンパスに参加した時だ。偶然にも総司がそこに通っていた。
 セイがオープンキャンパスで一通りの教育方針の説明と学内の施設の案内を受け、学内観覧の自由行動時間で歩き回っている時に丁度授業の終えた総司が彼女を見つけた。
 そこは奇しくも学内で学生が賑わう一位二位を争う場所。食堂だった。
「お陰で大学に無事入学してから、既に顔が知られちゃってて恥ずかしかったんですから」
 食堂でセイを見つけると、総司は脇目振らずに一目散に彼女の元へ駆けつけ、勢いのまま彼女を力一杯抱き締めた。突然一人の名を叫ぶ男。振り返る女。周囲の目を気にせずに為される熱い抱擁。ーーーー目立たないはずが無い。
 彼の周りの目を気にしない行動のお陰というか、彼の無神経な行動のせいで、入学前から注目を浴びてしまったセイは、大学ではすっかり有名人となってしまっていた。
「それはごめんなさい」
 膨れて怒って見せても、笑って返すだけの総司は気づいていない。セイが入学してから暫くの間自分達二人がどれほどの噂の的になっていたのかを。
 と、思ってセイは思い直す。
 目の前で暢気に笑う彼は、もしくは聞き流してしまっているだけなのだろう。と。
 周囲の人間から見たら二人の関係ははっきりと見えてこない。友人、兄妹、生き別れの妹?等基本的なものから勿論出てくるのは恋人。
 セイが総司を一度振った後も友人関係を続けているだの、遠距離恋愛の二人が大学を同じにして再会しただの、幼馴染の恋だの。
 噂する人間総じて感じるのは、互いの事をこれ以上無いくらい熟知しているように見えて、しかし恋人のように甘ったるい空気はまでは持っていない。一緒にいるのが自然なまでの二人なのに、それを形容する言葉が無くて首を傾げる。
 彼女自身随分根堀葉堀聞かれた。
 けれど答えられるはずもない。
 幕末の時、新選組で組長と隊士の関係だったなどと。
 それはあくまで過去の関係。その延長である部分も否めないが、では今の関係は。というと、やはり周囲の人間が一番気にする恋愛の関係なんかでも無い。
 総司もセイもそう言った対象を現時点で互いに持っている訳でもない。むしろ総司に至っては昔と同様全くといっても良い程そういった関係に興味も無い様子で野暮天健在だった。
 セイはと言えば、セイはセイで、彼に会うまで恋愛事に興味が無かったはずなのだが、総司に出会った瞬間既に彼に惹かれていた。彼と行動を共にすればその感情は色濃いものとなり、彼女もまた昔と同様の事を繰り返さなくてもと冷静に自分を諌める反面、また彼に惹かれた自分自身に喜びを覚えている事は確かで、結局のところ、セイにとって彼だけが特別なのだと自覚せざるを得なかった。
 今はただ傍にいたいから、傍にいる。
 そんな単純で複雑な感情と関係を持ちつつも、結局のところ周囲の人間には無難に『先輩と後輩です』と回答するだけだった。
「神谷さん」
「はい」
 己の名を呼ぶ声にセイは答える。
 彼女が澄んだ瞳で真っ直ぐ総司を見据えると、彼は満足そうに微笑む。
「私の傍にいなさい。呼んだら応えの聞こえる距離に必ずいつもついていなさい。応えなければーーーー」
『死んだものと承知します』
 重なる言葉に、二人は暫し見つめ合い、そして堪らず噴出した。
「神谷さん。どんな時でも、どんな場所でも、必ず応えてくれるんですもん。だからつい甘えちゃうんですよ」
 無邪気に笑う総司にセイがどんな想いを胸に秘め彼の傍にいるのか、今も昔も気づく事は無い。
「・・・野暮天健在・・」
「何ですか?」
「いーえ。沖田先生のお傍で、沖田先生をお守りする事が私の誠ですから。お気になさらないで良いんですよ」
 セイの想いに少しの機微も見せない総司に、彼が気づく事は無いと分かっていながらも少しむくれて答える彼女に、総司は首を傾げる。
「でも近藤先生はいませんよ」
 ついて出た問い掛けに、流石のセイもむっと顔を顰める。
 彼は未だ、近藤勇を命を張って守ると言うセイが幕末の時答えた誠をそのまま持っているのだと信じているのだろう。
 それですら彼の誤解でしかないのだけれど。
「じゃあ。私、先生から離れなきゃなりませんね」
「え?」
「だって。近藤局長がいらっしゃらないのなら、私が沖田先生の傍にいる理由も無いですよね」
 彼の野暮天ぶりに出た意地悪。それで本当に彼の傍から離れる気など、セイには毛頭無いのだけれど、彼女の気持ちを少しも汲み取ろうとしない彼に意地悪な言葉の一つが出てきても仕方が無い。
 つい出た言葉に自分で、本当にこれで彼が離れていってしまったら自分はどうするのだろうと、無言のまま次の言葉の出ない総司を前に、直ぐに後悔が現れる。
 不安に揺れるセイの手に痛みが走る。
 繋いでいた手が、強く握り締められた。
 セイが驚いて顔を上げると、怒っているような、泣きそうな、微妙な感情を見せながら、じっと覗き込んでくる総司の顔。
「・・・嘘ですよ。私が先生の傍を離れる訳ないじゃないですか!こうなったらもう腐れ縁ですよ!阿吽の呼吸でお互い何を考えているか分かっちゃうくらいの居心地の良い人なんて先生くらいしかいないんですから!」
 滅多に見ることの無い総司の心を一瞬覗いたような気がして、セイはとてつもない罪悪感を感じると、自分が言った台詞を慌てて笑って誤魔化す。
 彼女が明るく笑いのけると、総司も直ぐに固まった表情を崩し、「ですよねぇ」と笑ってみせる。
「私も神谷さんと一緒にいるのが一番しっくりくるんですよねぇ。もうこれは本当に腐れ縁ですよねぇ」
 あまりに嬉しそうに言う彼の言葉に、セイは頬を赤く染めてしまう。
「じゃあ腐れ縁再確認記念にカキ氷食べに行きましょう!」
 総司は先程よりも数倍足取り軽くまた歩き始めた。

 ジリジリと蝉が懸命に羽音を掻き鳴らす。
 真昼の太陽がアスファルトをジリジリと焦がす。
 コンクリートの焼ける独特の臭い。
 風鈴の音が何処からともなく、ちりりんと心地よい音色を奏でる。
 御簾で遮られる日差し。
 打ち水で冷やされる石畳。
 赤いシロップのかけられた白い氷。
 木で出来た簡易な椅子に引かれた薄っぺらい座布団。
 空気で温められた生温い風と、口元に入ってくる冷たい氷。
 しゃくしゃくとスプーンが白い氷山に差し込まれる度に、氷は水に姿を変える。
 穏やかに流れていく時間。
 愛しくて。懐かしい。
 セイは御簾の向こうから夏の高い空を覗き込む。
 カキ氷にスプーンを差しながら、彼女はほぅと小さく息を漏らす。
「神谷さん?まだそれ一杯目ですよ」
「まだって・・・。沖田先生、何杯食べるつもりですか!」
「五杯はいけます」
「・・・お腹壊しても知りませんよ」
 他愛も無い会話。
 何気なく通り過ぎていく時。
 たったそれだけのことなのに、それだけのことが嬉しくて、満たされていく心。
 互いにじゃれ合って、意地悪して、笑い合って、心は満たされたまま。
 ずっとこのままでいられれば良いのに。
 短くて、長い、幸せの一時。
「神谷さん」
 何杯目のおかわりかもう分からなくなっていたが、総司は空になったガラスの器を己の座る椅子の端に置くと、横に座るセイと面するように座る位置を変え、彼女をじっと見詰める。
 セイも注がれる彼の視線にどきまぎしながら顔を上げると、彼と同様に器を置いた。
「はい?」
 じっと見詰めてくる彼の視線に少しの緊張を持って、彼女は応える。
「はい」
 総司は淡いピンクの包装紙に包まれた手の平に乗るほど小さな箱を彼女に差し出した。
「え?」
「プレゼント。何にしようか凄く迷ったんですから」
 そうっと差し出したセイの手の平にその箱を乗せると、総司は頬を染め、彼女から視線を逸らす。
「開けても良いんですか?」
 そうセイが問いかけると、総司はコクンと小さく頷く。
 セイはどきどきしながら、ラッピングされた箱を開けると、中には小さな桜の花の形をあしらわれた銀細工がアクセントのネックレス。
 目を見開き、放心しながらも、手に取ると、セイの手の平の上でそれはころころと転がり、太陽の光をきらきらと反射させる。
「かわいい・・・」
 自然と緊張していた表情が綻び、笑みが浮かぶ。
「今日で神谷さんと出会ってから一年目」
 ネックレスに見入るセイに総司はぽつりと呟いた。
「え?」
「今日、神谷さんとあの大学で初めて会ったんですよ」
 総司は照れくさそうに、赤く染めた頬をぽりぽりと掻く。
「え」
「『え』って・・。貴女さっきからそれしか言ってませんけど、覚えてなかったんですか?まあ覚えて無くても仕方ない事ですし。神谷さんにとっては私に会ったとかどうかなんてどうでも良い事かも知れないですから。でも私にとっては特別な日なんです」
 セイの放心する様子に、覚えていなかったのかと感じた総司は、少し気落ちしながらも、覚えていない悔しさも混じって、ぼやいてしまう。恨めし気に視線を上げると、逆に彼は驚いて目を見張った。
 目の前でセイがぽろぽろと涙を零し、声も出ない様子で、しきりに首を横に振っていたのだ。
「・・・違うんです・・忘れる訳ないです・・私だってすっごく嬉しかったんだから・・・」
 嬉しそうに笑みを浮かべ、対照的に涙を零すセイに総司は自然と彼女に近づくように体を傾けると、右手で彼女の涙を掬う。
 そんな彼の行動にまた驚いたのか、嬉しく思うのか、涙は止まる事無く溢れ続けた。
「・・まさか・・先生が覚えてくれてるとは思ってなかったから・・」
「酷い娘ですね」
 総司は苦笑する。
「悩みなんてご飯を食べたら直ぐに忘れちゃう先生に・・・言われたくありません」
 懸命に泣き止もうとして、両手で涙を拭うセイ。その姿さえ愛らしくて、総司は微笑んでしまう。
「ネックレスつけてくださいね」
「ありがとうございます!凄く嬉しいです!」
 どうにか涙が止まり、それでもまだ少し目を腫らしながらセイは笑う。
 彼女の嬉しそうな様子と、お礼の言葉に総司はほっと息を吐くと、セイに近づくように傾けていた体を戻す。
「良かった」
「?」
「喜んで貰えて」
 本当に安堵する様子にセイは逆に何故彼が底まで安心する事があるのか首を傾げる。
「だって・・・昔は贈っても刀だったでしょう?まさか櫛とか着物をあげる訳にはいかないし。小柄の細工をした刀を渡した時だって神谷さん怒ったし。だからもし怒られたらどーしよーと思ってたんです」
「なっ・・・私がまだ『私は武士です!』とか言うと思ってたんですか!?」
「笑わないで下さいよ。だって私だって、今はちゃんと女性として神谷さんがいるって言うのは分かってるんですよ!でも、その、名残というか・・・」
 真剣に本気で不安そうに言い訳をする総司に、セイは声が出なかった。
 むしろ呆れていた。
 押し黙ったまま何も言葉を返さないセイを不安に思ったのか、総司はおずおずと覗き込んでくる。
「怒ってます?」
 叱られる子供のように、上目遣いで、脅えながら自分より年下の少女の表情を伺う青年。
 そんな彼の姿を可愛いと思ってしまう時点で、自分は既に負けなのだろうとセイは溜息を落とす。
「怒ってません。有難うございます」
 セイがにっこりと微笑んで見せると総司はぱぁっと表情を明るくする。
 そうすると今度はセイが落ち込む番だった。
「でも私、何も用意していません。先生はそんな事気にもしないだろうと思っていたから。逆に私が何か送っても煩わしくなってしまうだけだろうと思っていたし・・」
 セイがしょんぼりと肩を落としていると、総司はにっこりと微笑む。
「じゃあ神谷さんください」
「はい・・・はぁ!?」
 肩を落としていたセイは彼から出た言葉に、無意識に頷いた後、彼の言った台詞を再度反芻して、その内容に思わず声を上げた。
「神谷さんをくださいな」
 にこにこと笑みを絶やさぬままもう一度問いかける総司。
 まるで八百屋さんで「大根一本くださいな」という事と同じくらい軽いノリで彼は言うのだ。
 これ以上の名案は無いとばかりに瞳を輝かせて。
 セイはと言えば、顔を真っ赤にして、口をぱくぱくとさせ、言葉が出ない。
 (くださいって・・・まさかそっちの意味?でもでも野暮天の事だからそんなはずはなくって、じゃあどっちの意味?って何がそっちで何がどっちだー!?)
 と実際は心の中でもはや支離滅裂な思考回路が空回りをしながら悲鳴を上げ続け、目を見開いて総司を見る。
「駄目ですか?」
「だ・・・駄目ですかって・・・え?」
 直ぐに回答が得られ無い事に、彼女が嫌がっているのではないかと総司は感じたのか、少し寂しそうに覗き込んでくる。
「神谷さんこの後用事あるんですか?私の家でお祝いしましょうよ。神谷さんの手料理が食べたいんです。おでんがいいです。そしてお祝いにケーキ作ってもらって・・・」
 彼が並べていくやりたい事の内容を聞いて、煩かった心音と、ヒートアップしていた思考が冷めていくのをセイは感じていた。
 (『神谷さんの時間をください』という事ですか・・・・・紛らわしいんだよ!)
 ほっとする反面、やっぱりかと涙を零してみたり。
 彼との事で恋愛事が絡む訳が無いのだ。
 またしても。
 心で涙を零しながら、じゃあ実際に恋愛方面の話になっていたらどうするつもりだったのだと、思うと動機が激しくなるので、セイは慌てて自分の考えを打ち消した。
 先生はそんな事を望んでいないのだから。と自分を戒めながら。
「いいですよ!私でも貰ってやってください!」
 こうなったら彼のノリに乗るしかない。
 セイの開き直った許可の言葉に、ぱぁっと今までに無い一番の笑みを浮かべ喜ぶ総司に彼女も釣られて笑みが浮かぶ。
 どんな形であれ、彼が自分といる事を望んでくれるというのなら願ったり叶ったりだ。
 彼女も彼の傍にいることを望んでいるのだから。
「でも先生、夏におでんはないんじゃないですか?」
「暑いからこそ、ほふほふ言いながらおでんを食べる事が通なんです!」
「そーですか」
「そーなんです」
 彼は力説すると、セイがカキ氷を食べ終わったのを見計らって、椅子から立ち上がる。
「じゃあ行きましょうか。早くケーキを食べたいです!」
「はいはい」
 待ちきれない様子でそわそわしながら言う総司に苦笑するセイは彼に貰ったネックレスを元あった箱の中に仕舞おうとする。
「あ。折角だから付けてください」
 そう言って、仕舞い掛けたセイの手からするりとネックレスを奪うと、器用にセイの首にそれをかけて、留めてやる。
 首に触れる彼の指にセイは思わず頬を染める。
 彼女より頭一つ分大きい総司の胸にすっぽりと隠れるように、前方からネックレスを首にかけられる仕草に、心音が早くなっていくのを感じた。
 どうしようもない動悸と、頬の紅潮に動きを止めていたセイを、総司は少し屈んで彼女の目線に視線を合わせると、笑った。
「やっぱりセイさんは桜の精のようだ」
 胸元に光るのは、桜の花弁。
 セイはぽろぽろと涙を零す。
 こんな些細な事で、この人は何よりも幸せにしてくれる。
 だから傍にいることを望んでしまうのだ。
 幸せにしてくれるこの人を幸せにしたい。
 胸一杯に想いが溢れて、ぽろぽろと零れ続ける涙を止める事が出来なかった。

 少し照れた様に頬を掻いてセイの前を歩き出す総司。
 差し出される右手。
 セイは彼の背を追って駆け出し、彼の大きな手を力一杯握り締めた。

2005.07.01