~おまけ~
その日のセイはいつもより早く起きた。まだ起床の太鼓が鳴るよりかなり先に起きていた。但し、身を起こさず、じっと布団の中で待ち続けていた。
最近、総司が気に入っている朝の起こし方を止めさせる為だ。
セイに偶々子猫がじゃれて彼女の唇を甞めているのを見て思いついたらしく、同じ起こし方で毎朝起こす。
いつもその度に驚かされて起き上がってしまうのだが、最近は慣れてきたせいか、セイは中々起きられず、それに合わせたように接吻の時間も長くなっていった。
元々上司に起こされるなどあるまじき事。総司より早く起きようとするのだが、彼はそれを見抜いてか、彼女よりも更に早く起きては起こされる。
出し抜かれ続ける自分が悔しくて、それに猫とはいえ、……毎朝接吻をするというのは妙に恥じらいがある。
有難い事に、同室の斎藤は昨日から出張中だ。今日は多少大きな声を出しても迷惑を掛ける事は無い。
絶対に今日こそは総司を驚かすんだ!、と、ぐっと布団の中で握り拳を作った。
すっ、と襖の開く音がする。
にゃあ、と子猫が小さく鳴いた。
子猫に罪は無いのだから、猫を近付けられるより前に起き上がって、逆に総司を驚かせてやろう。
傍から見れば単純で、幼稚な野望を胸に、セイは人の気配が近付いてくるのを感じ、目を開け、起き上がる。
「おっ!……きたせんせぇっ!?」
「神谷さんっ!?」
目を開けると、息が掛かる程の至近距離にあった総司の顔に、セイは赤面して、思わず身を引く。
しかし押入れは狭く、すぐに壁に後頭部を打ち、思いも寄らぬ状況に硬直するしかなかった。
「あっ……あのっ……今…何……」
余りの驚きに、声にならない。
あたふたとするセイに対し、総司は頬を紅潮させるとぷくっと子どものように膨らませた。
「あーあ。ばれちゃった」
悪びれない言葉にセイは絶句する。
「先生っ!そっの…猫はっ!?猫が…その……」
「猫ですか?」
慌てて視線の先に猫を探すセイだが、「なー」という泣き声に目線を移すと、片足を乗せ、半分押入れに乗りかかっていた総司の足元で鳴いていた。
「!?!!」
セイの思考回路は状況判断をまともに出来ず、ぐるぐると目が回る。ふと、我を取り戻すと目の前にいつの間にか離れていた距離がまた縮まって、総司の顔がすぐ目の前にあった。
「っせんせっ!?」
悲鳴を上げようとするとその悲鳴さえも飲み込むように唇を塞がれる。
いつものように柔らかくて、少し湿っていて、それでいて温かい……。
それは確かにいつもの起こし方であって。
セイの中ではそれは猫の行為であって。
総司の悪戯だったはずだった。
のに、実際は、と思うと、かっと全身が熱くなり、息を止めて、思わず目を強く瞑ってしまう。
と、今までに無い感触がセイを襲う。
柔らかいものが、彼女の少し開かれた唇の間を割って入ってきたのだ。
「んっ。うっんぅ~~っ!?」
それが総司の舌だと分かった瞬間、セイは羞恥心と、己の中から湧き上がってくる妙な感覚から逃れようとじたばたと手足を動かす事で追い詰められた体を総司から離そうと暴れる。
そんなささやかな抵抗さえも動じず、総司は己の舌をセイのそれに絡め、たっぷりと堪能すると、やがて満足したように放した。
「おはようございます」
あどけない笑みを浮かべるが、セイはと言えば既に息が上がり、体には力が入らず、くったりとなっていた。
「あは。今度から我慢する必要無くなりましたね」
にっこりと何事も無く嬉しそうに笑う総司に、(我慢って!?)とセイは睨みつけると、総司はその視線の意味に気付いたようにぽりぽりと頬を掻く。
「だってぇ、猫のフリだったらやっぱ触れるだけだし…でも神谷さんの唇すっごく柔らかいから何だかムズムズして、接吻してるとそのムズムズが少し治まるし、神谷さん全然起きないから段々長くなってったんですけど、それだけじゃ物足りなくなってきたんですもん……」
大の大人がもじもじと赤くなって語る姿は…可愛いと言うか、不気味と言うか…。
漸く戻ってきた思考回路と、腕の力に、セイは身近にあった物を手に取ると、総司目掛けて投げ付けていった。
「沖田先生の助平っ!!」
「助平!助平!」と連発しながら物を投げ付けてくるセイに総司は一旦押入れから出て、避難する。
「えぇ~!どうしてですか?どうして怒るんですかぁ?猫は良くってどうして私は駄目なんですか~?」
この期に及んでまだ言うか。
自分は猫と同列だとでも言うのか。それともやはりセイは総司にとって子どものようにしか見られてい無いと言うことなのか。
「沖田先生の野暮天ー!!」
どちらにせよ朝から怒りの頂点に達したセイの威勢の良い声が屯所内に響き、それから数日間総司はセイに一切口を聞いてもらえず、悪戯は終了したのだった。
2011.08.21