時空の守者-第六章- 命の花ー雪の章7

「……!!…!!……き!……ゆき!!」
白い空間の中、己を呼ぶ声を聞いた。
もうずっと傍で聞こえていなかった声で。
しかし兼行はこのまま目を覚ましたくなかった。
意識を取り戻す事無く、このまま白い空間で時を止めていたかった。
「ゆき!ゆき!」
「すげーなぁ。派手にやったなぁ…」
必死に兼行を呼ぶ声の横で、軽い調子で笑う声が聞こえる。
その声にも聞き覚えがあった。
「目を覚ましてよ!ゆき!」
悲痛に叫ぶ声が彼を呼ぶが、兼行は戻らない。
次の瞬間。
パァン。
大きな衝撃音と共に頬に痛みが走った。
「いい加減にしろ!ゆき!お前が大切にしてたもの全部消滅させるつもりか!?」
今までの柔らかい労わるような声質から、彼を諌める凛とした声質に変わった。
衝撃に意識が揺さぶられ始める。
そして。
「お前の奥さんだってもう消えるぞ!いいんだな!?」
その言葉で兼行は完全に現実に引き戻された。
「…真澄…」
目の前には屋敷からいつの間にか去ってしまった頃から年齢も容姿も変わらない姿の真澄が、彼を心配そうに覗き込んでいた。
「お。やっと目を覚ました」
彼女の背後で、彼らに背を向けたまま手を下に翳している麒麟がいた。
「麒麟…?」
兼行が何かを言おうと口を開くが、「おっと。そんな事してる間にカミさんが本当に消えちまうぞ」と麒麟はにやりと笑う。
言われて、はっと無意識の内にもずっと抱えていた重みに目を下ろす。
「!?」
腕の中には眠るよう兼行に体を預けていた藤乃がゆるゆると色を無くし、透明に消え始めていた。
「藤乃!」
必死に抱き締めるが、藤乃はどんどん消えていく。
兼行は顔を挙げ、真澄に縋り付く様に訴える。
「真澄!助けてくれ!私が幾ら力を注いでも治らないんだ!そなたならできるだろう!?藤乃を助けてくれ!頼む!他には何も望まないから!!」
真澄を真っ直ぐ見据える眼差しは、強く痛いほどの光を放つ。しかし真澄は兼行の期待に応えることは無く、首を横に振った。
兼行は容赦なく絶望に落とされた。
「――どうして。できるだろう!?真澄なら!私が嫌いなのか!?だからそんな仕打ちをするのか!?私は真澄に沢山のものを与えた!人としての心を与えたのに!どうして今まだそんな事ができる!?私は与えてそなたは何も私に返してくれない!屋敷からも突然姿をくらますし、私があの後どれだけ苦しい思いをしたか!真澄がいればもっと沢山の事が出来た、こんな結末を迎えるはずじゃなかったのに!」
兼行はきっと振り返り、麒麟を睨みつける。
「そうしたら麒麟だって私の前に現れず、あんな男が私の人生を狂わす事なんてしなかった!」
「おい…」
麒麟は苛立たしそうに声を上げるが、兼行は気に留める様子無く、真澄に向き直る。
「全て真澄に出会ってしまったからだ!真澄と出会ったからこんな事になってしまった!時間を戻してくれ!あの幼少の頃まで!そうしたら私は今度こそやり直してみせる!藤乃だって、子どもたちだって幸せにしてみせる!」
全て言い終えると、兼行は真澄を真っ直ぐ見据えた。
真澄はただその自分を責めるような視線を受け止め、見つめ返す。
これだけ言っても少しも表情を変えず、彼を見返す事しかしない真澄に兼行は苛立ちを覚え、――そして悲しみに暮れる。
「お願いだ。私が真澄に出来る事なら何でもする。だから藤乃を救ってくれ。お願いだ。彼女がいないと私は生きていけない…」
手の中の藤乃はもう完全に消えかけ、既に支える兼行の手が彼女の体を通して透けて見えてしまっていた。
兼行はもうどうして良いのか分からず、嗚咽する。
じっと黙って耳を傾けていた真澄は、ふっと動くと、藤乃の掌に己の掌を重ねた。
その行動に期待をした兼行は顔を上げ、彼女を見る。
真澄は優しく微笑み、まるで慈しむような表情で藤乃を見下ろしていた。
「ゆき…。私たちの力は沢山の事が出来るけど、万能じゃない。流れ行く時と、零れていく命を止める事は出来ないよ」
―――それはかつて母の死に直面した時、彼女が囁いた言葉。
兼行ははっとして彼女を見上げる。
「この人の命はもう尽き掛けている。だから私たちがいくら手を施しても、もう時をもどす事は出来ない。死を止める事は出来ない」
何処かで分かっていた。
己の能力が藤乃に影響を与えないのは。
傷を治しても彼女の体力が回復しないのは。
分かっていても救いたかった。救える術があるはずだと信じたかった。
兼行の目尻に熱いものが込み上げてくる。
「――ゆきは彼女にどんな最後を与えてあげたい?」
兼行の母はかつて季節はずれの花が咲く桜の木を見つめなくなった。
家族三人で過ごした楽しい思い出が一杯詰まっている木だったからだ。
桜の咲く季節。
いつか三人で花見をしたように、またいつか三人で花見をしたいと願っていたから。
真澄が願いを叶えた。
母は――幸せそうに眠った。
それを思い出し、そして兼行は藤乃を見つめる。
彼女が望むのは――何だろう。
「―――」
浮かばなかった。
そんな自分に愕然とした。
こんなにも大切に思っているのに。
その人が何を望んでいるのか全く浮かばなかった。
彼女との大切な記憶が、彼の中で薄い霞がかかったように現実的に浮かんでこない。
「私は彼女を大切に思っている。彼女も私を大切にしてくれている、それも分かっている。…けれど彼女の望んでいるものが浮かばない」
「―――」
真澄は兼行の呟きに答えなかった。そして、ただ一言告げる。
「抱き締めてあげて」
兼行は何も言葉も浮かばず、こくりと頷くと、藤乃を精一杯抱き締めた。
すると兼行と藤乃の周囲に幾本もの白い花が何処と無く現れ、ふわりふわりと下から天に向かって昇っていく。
白い空間の中で浮かぶ花は影が無く輪郭線が曖昧で花弁の中央の黄色い雄蕊が鮮やかに主張していた。
兼行が藤乃の顔を覗き込むと――笑っていた。
嬉しそうに微笑んでいた。
白い花を見つめ、それから兼行の顔を見ると、今まで見せたことの無いような幸せそうな笑みを浮かべ――そして消えた。
兼行は藤野が消えた後も、己自身をぎゅっと抱き締めていた。
まだ手の中に藤乃の余韻が残る中、兼行はただ自身をぎゅっと抱き締める。
麒麟は面白くなさそうにそれを見ていた。
「オレとしてはもう降りたいんだけど。こんな奴の為にもう結界張るのも疲れたし」
呟いて兼行を見るが、己を抱き締めたまま変わらない彼に顔を顰めると、投げやりに続ける。
「元凶は何も分かってねーし」
真澄は麒麟を見て、それから己を抱き締めたまま動かない兼行を見ると、溜息を落とした。
「…ゆき…」
躊躇いながらも優しく声を掛ける。
「…もういい。もういいんだ!藤乃は死んでしまった!私は妻が望むものさえ分からなかった愚か者だ!彼女はもう何処にもいない!もういい!もう何も残っていない!このまま消えてしまいたい!」
顔を上げると、反乱狂になって兼行は叫ぶ。
「何故皆私を憎む!?私は私の力を使って皆を救ったのに!何故こんな酷い仕打ちが出来る!?帝は私を道具としてしか見ていなかった!こんなにも尽くしたというのに!己の幸せを顧みず家族だって禄に幸せに出来ないまま、人の為国の為と想いを尽くしてきたのに!何故私の力を恐れる!?何故化け物扱いする!」
「…ゆき…」
「私がそんなに憎いのか!?私の異能の力がいけないというのか!?何故真澄は良くて私はいけない?私の方がずっと人を思い、世を思う事ができるのに!この力を最大限生かせるというのに!」
今までの想いを一気に吐き出すように怒声を上げ続ける兼行の横で、麒麟は呆れ顔のまま、それまでじっと下方に翳していた手を開放する。
「やーめた。オレ。こんな奴の為に力使うのバカらしくなってきた」
「あっこらっ!」
真澄が制止するが、麒麟はそっぽを向き、彼が手を翳すのを止めた途端、白い空間がぶわりと膨張した。
「上手くいかなくなった途端手の平を返す!土地の形を変える事はすぐに生活に影響を与える事にはならない!どうしてすぐに効果を求める!逆に現れてくる影響だって大きいのは当たり前だろう!それをどうしてすぐに人に罪を着せようとするんだ!?全ての罪を私に擦りつけようとする!こんな世界なんておかしい!おかしい!おかしいんだ!」
「ざけんな!」
ガツン!
叫び続ける兼行の頬に痛みが走った。
呆然として真澄を見ると、彼女は手の平は拳を作って握り締めており、その事で初めて彼女に殴られたのだという事を自覚した。
「いい加減にしろ!これがお前がやってきた結果だ!しっかり前を見ろ!自分のやった事を自覚しろよ!」
「何を自覚しろと言うんだ!?私はこんな事を少しも望んでいなかった!何一つ思うようにいかなかった!」
兼行の心など少しも汲み取らず責める真澄に彼は反論する。
「何もかも思う通りにいくわけないだろ!ふざけんな!てめぇ何様だ!?」
何処までも汚い罵りの言葉に、兼行きは息を飲んだ。
以前の真澄なら絶対に使わない言葉を使うこの真澄が本人だとは信じられなかった。
「…そなたは真澄の偽者か…?」
ガンッ!
兼行言った瞬間、今度は後頭部に激しい衝撃が走った。
振り返るといつの間にか麒麟が背後に立ち、右足を高く上げていた。その様子から兼行は彼が自分の後頭部に足を蹴り落としたのだと理解した。
「―――っ!!」
兼行は後頭部を押さえ、「何をするんだ」と声にならない声を上げる。
「本当、知恵のある生き物ってぇのは下手に力があるとすぐ傲慢になるな。何様だよ!え?お前は?」
今までに見たことの無い色を見せる双眸が兼行を捕らえた。
指一本でも動かせば一瞬のうちに喉元を食い千切られそうな程の殺気。
吉郎の狂気染みた殺気とは違う。圧倒的な力で飲み込まれそうな殺気に兼行は本能的に震えた。
これは本当に自分の知っている麒麟だろうか。
「なぁ。オレたちが今お前の為に何してるか分かってるか?お前が今何をしたのか知ってるか?」
睨み付ける視線から兼行は逃げ出す事が出来ない。ただ怒りや憤りやそういった感情が一気に萎んでしまい、萎縮していくのを感じた。
逃げ出したい程の恐怖から逃れる事も出来ず、出来たのは、こくりと一度唾を飲み込むと、首を横に振る事だった。
「お前の力が暴走したんだよ。その結果がこれだ」
そう言って、麒麟は自身の背後、何処までも通津卯白い空間を親指で指す。
「お前の取り巻く周囲の者全て消滅だ」
「!?」
上下左右周囲全て白い世界。その中で三人だけが今、存在を保っている。
空も大地も、湖も無い。
音も無く、匂いも無い。
その事実に、兼行は今初めて気が付いた。
まさか――全て自分が。
認められない現実から必死に逃れようと目を泳がせる兼行を麒麟は無表情に監察する。
脅え、怯み、現実と向き合えず、ただおろおろと迷う弱さを曝け出した生き物は麒麟にとって滑稽だった。
いっそこのままもう理性を取り戻す事無く狂って現実から逃げ出すのもいいだろう。
けれど、惑う生き物の向こうで、自分を睨みつける真澄の視線に耐えられず、麒麟はいたぶるのを止める事にした。
「星一つ消滅させる所だったのを、お前の力の暴発に気付いたオレと真澄で結界を張って守ってやったんだ。全く別々のところにいたオレたちが態々お目の為に力を使ってやったんだ。オレは消滅させる空間を極力小さくさせるために、真澄は外を守る範囲を広げるように結界を張って、二重にして、――お前の腕の中にいた一番最初に消えるはずだった女を更に守ってやたんだ」
「!!」
「どうせ死ぬのを知ってるのに、態々力を割いて。お前を思ってな!」
兼行は振り返り、真澄を見た。
彼女は何も言わず、目を伏せる。
「お前が真澄の何を知ってるって言うんだ!ふざけるな!いつだって真澄に甘えてばっかりいた坊ちゃんが!人の感情を察しろ?オレたちには足りないだと?お前は何様だ!?お前が何を語れる!?真澄を下に見て、自分が上だと思って、さも自分があいつに色々物を教えてるような気になりやがって!てめぇこそ何も察してねーじゃねぇか!真澄の何も見てねーじゃねぇか!挙句世界がおかしい?馬鹿言ってんじゃねぇ!世界がおかしいんじゃねぇよ!てめぇがおかしいんだ!思い通りに行かねーから駄々捏ねてる、力のあり余ったガキじゃねぇか!」
「違う!違う!違う!」
兼行は首を横に振る。
「そなただってあの狂った農民を焚き付けたじゃないか!そなたのせいでどれだけ苦労したと思っているんだ!」
「そんなのあの生き物の問題だろ!あいつがどういう生き方を選ぼうが、それはそいつの勝手だ!」
「違う!彼の狂気は止められたんだ!止めなくちゃならなかったんだ!それが正しい事だろう!」
「馬鹿じゃねぇの。起こった事は全部人害だけど仕方が無かったんです。我慢しましょうって言うのか。じゃあお前こそ全部自業自得なんだ。あの生き物に襲われたのだって、カミさんが死んだのだって、殺されかけたのだって、仕方が無かったんだ。諦めろ。誰のせいにもするんじゃねーぞ」
「違う!それとこれとは違う!」
何処までも麒麟を非難し、否定し続ける兼行に麒麟は呆れ、溜息を吐く。
「オレはな、正しいとか間違ってるとかどうでもいいんだよ。命ある者が望む願いに何処までも突っ走る姿が好きなんだよ。そいつの望みが叶うならどんな形でも。その向こうにそいつ自身の破滅があったとしてもな」
兼行は信じられないと目を見開く。
「真澄はな。――望みを支え、命ある者を成長させるのが好きなんだ。オレとは全く逆の性質だ。だからこそオレたちは対で存在している」
言って麒麟は鋭かった眼差しを柔らかくし、真澄を見る。
対の存在であるが故か、互いに認め合っているものを感じた兼行は胸の奥にざわつくものを感じていた。
どうでもいいと言いながら、麒麟はいつも真澄の為にだけ動く。
「お前は、そんな存在二つと関わった珍しい生命だ。しかもオレたち二人と同じ力を持っている生命だ。お前は人の為、誰かの為と言って行動し、失敗した時は人のせい、誰かのせいという、自分自身と向き合う事から逃げて、人のせいにばかりしやがって。お前は何がしたいんだ」
兼行は言われて、目を逸らす。
すると真澄が彼の元へ近付き、両肩を掴むと、優しく微笑んだ。
「確かに私たちは生命が持たないような万能の力を持ってる。けど、それで生命の心全てを知る事は出来ないし、救う事は出来ない。私たちは万能であっても万能じゃないんだよ。だからいつだって生命の傍にある事を望むんだ」
そして笑う。
「それはゆきと出会って知った事だよ」
兼行は初めて己を心から恥じ入った。
そして。
―――生命はこの温かな存在に救われ、成長を望むのだろう。
初めて気が付いた。


「さて。それじゃあ結界を解こうか」
真澄が兼行から離れると、胸の前でパンと手を打つ。
「!」
兼行は激しく動揺するが、「逃げんな」と麒麟が真澄と同じように胸の前で手を打ちつつ釘を刺す。
「生命ある者は感情のブレが力に大きく影響するんだな。本当びっくりした。オレたち二人で咄嗟に結界張っても間に合わなかったしな」
言って、真澄は結界を解く。
空は既に夜を越えていたらしく、藍色に染まっていた空が昇り始めた太陽で白く、青色を抜き始めていた。
兼行は目の前に広がる光景に呆然とした。
三人は宙に浮いていた。
彼らを中心として球形に大地が抉られていた。
まるで鋭利な刃物ですっぱりと切り取られてしまったかのように何もなくなっていた。
「―――」
兼行は何も言葉にする事が出来なかった。
「すんげー。綺麗さっぱり無くなってらぁ」
麒麟はケラケラと笑う。
湖も森も屋敷も桜も。兼行が大切にしていたものは全て消えてしまっていた。
それだけではない。
友人たちの暮らしていた里、遊んだ川、全てが消えて無くなり、ただ黒い土だけがむき出しになって半球を作っていた。
「…人は?梛木は?結乃と行久は!?」
兼行は周囲を見渡し、人の気配を懸命に探す。
自分が行った現実に対して向き合うつもりでいた。けれど実際に目に映る現実は残酷だった。
何一つ残さず消滅させた。
兼行のせいで里が襲われ、人は殺された。それだけではない。その自分を討伐しに来た兵士も、生き残っていた里の人たちも全て彼が消した。
今まで目の前で自分のせいで傷付いたり殺された人たちを見てきたが、自分の手で消したのは初めてだ。
――兼行が殺したのだ。
目の前が真っ暗になった気がした。
「おいおい。今更罪悪感かよ。今まで散々自分のせいで人死なせておいて」
カラカラと笑う麒麟に、兼行は目を剥くが、すぐに消沈した。
そうだ。兼行自身の勝手な基準で、直接手を下したかどうかで罪の重さを計っているが、死は死なのだ。
己のせいでどんな形であれ人を死に至らせたのなら、その罪深さは変わらない。
救いの言葉を欲しくて、兼行は真澄を見るが、彼女は二人の会話を全く聞いてなかったらしく、別の方向を見ていた。
「真澄?」
「しっ!」
兼行の呼びかけに、真澄は口元に人差し指を立て、耳を澄まし、探るような仕草をすると、その場から姿が掻き消えた。
「真澄!?」
見渡すが何処にも姿が無い。
次の瞬間、引っ張られた感覚と共に、瞬きの間に景色は変わっていた。
優れた地面が地平線を作る穴の一角に降り立っていた。
先刻まで宙に浮いていて、いきなり地に足をつけたせいか平衡感覚が保てず、足をよろめかせ、兼行は倒れ込む。
その横に麒麟が姿を現した。
兼行が地面に倒れ込むと同時に、聞きなれた泣き声が彼の鼓膜を刺激した。
人間の赤子の鳴き声。
ばっと顔を上げると、目の前に真澄に抱かれ泣き続ける赤子がいた。
「結乃!行久!」
兼行は転がるように真澄に近付くと、恐々と二人の子どもを腕に抱いた。
真澄はそれを満足そうに笑みを浮かべ、見つめる。
「すげーなぁ。流石ゆきの子ども。能力って遺伝するのかなぁ。しっかりオレたちの結界内にいたのに自分たちを守る為に結界張ってたんだぜ」
「……」
兼行は顔を上げ、真澄を見つめ、そして首を振る。
「この子どもたちも不幸になってしまう。私もこの子たちもここで消えた方がいいんだ。どうか殺してくれ…」
請う様に真澄を見つめる兼行に彼女は深い溜息を吐いた。
「…ゆき。お前って本当学ばない奴だよな…。変わらないって言われるだろう?麒麟が傲慢だって言う気持ちが良く分かる」
呆れた反応を返す真澄に、兼行は顔を顰める。
「お前、仮にも親だろ。お前だけじゃなくて子どもも殺せっていうのヤメロ。死ぬならお前だけ死ねよ。子どもの人生までお前が決め付けるな。生きる為に知ってか知らずか結界張ってまで生き延びた奴らなのに、生きるか死ぬかの選択くらい選ばせてやれよ。幸せになるか不幸になるか位自分で決めるだろ。けど、せめてその判断が出来る年まで育ててやれ」
言って真澄は結乃と行久を軽く撫でると立ち上がる。
「父さんみたいに守ってやれよ」
離れようとする真澄の手を、兼行は慌てて握る。
驚いたように彼女は彼を見た。
「何?」
「何処へ行くんだ?」
「どっか」
縋るような問いに、真澄はあっけらかんと答える。
「行かないでくれ。私の傍にいてくれないか?」
それは兼行が都へ移る時に真澄に求めた時と同じ問い。
真澄は目を細め、暫し兼行を見つめると。
「断る」
とあっさりと答えた。
「お前はお前の時間を生きればいいんだよ。まだ重なる時があれば会う事もあるだろうさ」
真澄は笑うと、その場から消えた。
あまりにも突然の、あっさりとした別れ方に兼行は呆然とするが、はっと気が付いて、慌てて後ろを振り返るが、既に麒麟の姿はそこに無かった。
広く黒い大地に兼行は取り残された。
ふと、今更になって、矢の刺さったままだった傷に気が付いた。
それはじわじわと浸透し、彼に鈍い痛みを与える。
腕に抱いていた赤子たちはいつの間にかきゃっきゃと笑っていた。
顔を上げると、青く澄んだ空が広がっていた。

空から一輪の白い花が降る。
それは少女が彼に与えてくれた最後の奇跡。

悲しみも痛みも抱えながら、―――兼行はこの世界を生きていく。