はんぶん12

■はんぶん・56■

「前世がそうだからと言って、今世まで神谷さんが私の傍にいる事を望んでくれているとは限りませんよね…」
「は?何か言ったか総司」
土方の車の左座席に座りながら、既に暗くなった空を見上げ呟く総司に、土方は訝しげに問い返す。
「…何でもありません」
「そうか」
「……」
「その禍々しいオーラの原因を聞いてやろうかと思ったんだがな」
「……」
「どうせ富永の事だろ」
「何で分かるんですかっ!?」
憮然とした表情で窓の外を見て、話しかける土方の顔を少しも見ようしなかった総司が『富永』という言葉に反応し振り返ると、土方は溜息を吐く。
「…お前なぁ。ここ最近俺の迎えとかかこつけて剣道部に来るだろう。しかも体よく終わり頃に。誰が目的かは明白だ」
ずばりと当てられた指摘に、総司は顔を赤くする。
「しかし残念だな。今日は委員会で不参加だしな。何だ?とうとうデキたのか?お前ら」
「…どうなんでしょう…両想いだと思った次の日からずっと今日まで一度も会えてませんから」
「ほー…って、はぁっ!?」
「土方さん。ちゃんと前見て運転してください」
総司はそれだけ呟くと、また窓に目を向けそれ以上何も語る事は無かった。

車の揺れが収まり、家に着いたのかと総司が顔を上げると、そこは一度きりだが訪れたことのある家に辿り着いていた。
「土方さん?」
総司が驚きに思わず振り返ると、土方はにやりと笑う。
「行ってこい。取り敢えず話は後で聞いてやるから」
時間は疾うに一般的には夕餉も終わっている頃で、人様の家を訪問するには失礼に当たる時間だった。
そんな時間に訪れた一軒の家。
家族が思い思いに過ごす時間だろうか居間だと思われる部屋の窓のカーテンの向うから微かに光が零れている。
「…セイさん…」
二階を見上げれば二間分の窓があり、どちらもカーテンが引かれているがそのどちらかがセイの部屋であり、もう一方が祐馬の部屋だろう。
今ならいるだろうか。
けれど、これでももしいなかったら。と思ったら心が怯む。
それでも、ずっと会えずにいるセイと会うには直接家に行くのが一番のチャンス。
総司はもう一度土方を振り返ると、「ありがとうございます」と礼を言い、車を降りた。

「…お前は神谷がいねーと駄目なんだからしっかり捕まえておけよ」
土方は車の中で一人タバコを銜え、火をつけると、長い溜息と共に煙を吐いた。

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■はんぶん・57■

静かに階段を登り、玄関のチャイムを鳴らす。
夜遅くの突然の訪問者に玄関の向うからパタパタと足音が聞こえた。
『はい』
インターホン向うから女性の声が聞こえ、突然、総司は固まった。
勢いばかりでチャイムまで鳴らしたが、何と言ってセイを呼び出して良いかまでは全く考えていなかったのだ。
しかも出たのもセイではなかった。だからこそ余計に焦る。
「え…え…と…」
不審がられないように、それでいてセイを呼んでもらえるようにするにはどうすればいいか。
としても、こんな時間に男がセイを尋ねるだけでかなり不審だ。
冷や汗が全身から一気に流れる。
『…あの…どちら様で…』
「沖田総司と言います!祐馬さんいらしゃいますか!!」
『……はい…』
そうしてまた屋内からぱたぱたと足音が聞こえてくる。
待っている間の総司の心臓はばくばくだった。
幕末の時だって敵と相対したってこんな緊張感は無かった。そんな事を思いながら総司はただじっと玄関が開くのを待つ。
そうして数分後、カチャリと扉が開かれると、苦笑している祐馬が出迎えた。
「いらっしゃい。沖田さん」
「あ…あの…夜遅くにすみません…」
「いや。それよりも沖田さんがインターホンで何も言わないから母さん不審がってたよ」
やっぱり。
「すみませんっ!」
「それで。俺に用があってじゃないよな?」
「はい。…あの…セイさんは…」
既に総司が何の為に訪れたか分かっている祐馬に恥ずかしいやら申し訳ないやらと感じながらも総司が問うと、祐馬はやっぱり笑い、そして、眉を八の字に落す。
「申し訳ない。今日は友だちの家に泊まりに行ったんだ。よく泊まりに行くんだ。…よりによって今日…」
「……やっぱり…そう…ですか…」
「ちゃんとセイには沖田さんの話しておいたし、ああ、そうだ、携帯の番号教えていいって言ってたから、ちょっと待ってくれ…」
学校で見せる以上に気落ちし、肩でも叩かれたらそれだけで倒れてしまいそうな総司の様子に、祐馬は慌てて取り繕い、携帯電話を取りに二階に駆け上がる。
暫し、総司は緊張気味にそして家主がいない玄関で所在無さ気に待ち続けた。
そして祐馬が降りてくると、小さなメモを渡される。
「電話バッテリー切れてたから、メモしてきた!これ持って帰るといい!」
そう言いながら祐馬自身も内心驚いていた。ついさっきまで普通に使っていたはずの携帯のバッテリーがいつの間にか切れ、手帳にメモしていたセイのアドレスもいつ零したのかコーヒーが染みていて解読するのも一苦労だった。
偶々会えない。ただそれだけかと思っていたが、何かが意図して画策しているかのように、二人が互いに会う為の手段まで奪われているようで祐馬は慄いた。
「…ありがとうございます…」
小さなメモを握り締め嬉しそうに笑う総司に、祐馬はほっとする。
「沖田さんはずっとセイを嫌いだと言っていたけど、好きになってくれたのか?」
「えっ?」
唐突な問いに、総司は顔を上げ真っ赤になるが、ほにゃりと頬を緩ませコクリと頷いた。
「正確に言えば自分の気持ちに嘘を吐いていたんです。あ、でも、私なんかがセイさんを好きでもいいですか?」
祐馬は大切な友人の一人という意識が強く忘れがちだが、よくよく考えたら想い人の兄に直接聞かれているのだ。そう想うと緊張が走る。
しかし、祐馬は総司の心配を余所に嬉しそうに笑った。
「勿論」
途端に、総司の緊張が緩む。
「あ、でも一もセイの事好きみたいだしな」
「そうなんですかっ!?」
斎藤に前世の記憶は無いはず。それなのにやはり前世と同様にまた彼もセイを好きでいるのかと、総司は驚いた。
そんな素振りは少しも感じなかったし、総司は気付かなかった。
「まぁ、セイが選んで幸せになってくれるなら俺は誰でもいいけどね」
つまり、それはどちらの味方にもなってくれないし、もしセイが二人の他に好きな人間が出来たらそれでも構わないという事。
ずきりと胸が痛み、総司は無意識に己の胸元を押さえる。
「まあそれでも、セイはブラコンだから。言っておくけどセイの一番は俺だから」
言って、祐馬は笑う。
「本当は俺、沖田さんの事好きだけど、嫌いなんだ」
「え?」
突然の告白に驚き、「何故?」と問おうとする総司に、祐馬は「それ以上は問うなよ」と目で彼を抑えつけた。
嫌われる理由があっただろうかと思うが、心当たりが無い。
「本当、沖田さんは鈍いなぁ。それじゃ、また明日。土方先生に宜しく」
そう言うと、祐馬はあっさりドアを閉めた。
「え?え?え?」
総司は始終訳が分からず仕舞いだった。
けれど、手の中のメモはしっかりと握っていた。

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■はんぶん・58■

とあるマンションの前で、セイは後ろに控える里乃を振り返った。
「…ほ、本当に行くの?」
里乃はこくりとひとつ頷く。
彼女のその後ろにはシルバーの車が止まっている。そこからひょっこりと顔を出した男性は苦笑しながら真剣な眼差しをセイに向ける里乃に声を掛けた。
「事情は分かったけど、何もこんな遅い時間じゃなくても、また明日でもいいんじゃないのかい?」
「山南はん!そんな無責任な事言わんといて!本当にこのままセイちゃんが沖田はんと一生会えなくなったらどうするんどすか!?」
叱られた里乃の恋人である山南は首を竦め、すまなさそうにセイを見た。
「確かに…道場の門下生住所一覧で沖田先輩のお家の住所分かったけど……沖田先輩…いないかも?」
「いなかったら、いなかったで、また明日の朝来ればいいんどす!はい!セイちゃん!部屋番号押して!」
オートロック付きのマンションの玄関で一人おどおどしていたセイは里乃の言葉に背を押され、渋々と備え付けられていたインターホンのボタンを押した。
まさか友人の家に泊まりに行くだけのはずが、自分が総司の家にまで押しかける事になるとは思っておらず、セイは戸惑っていた。
もし家族がいたらこんな時間に尋ねてくる人間自体不審人物だろう。
いや。その前に実際インターホンから声が聞こえたら何と名乗ればいいのだろう。
だからと言ってもうここまで来た以上引き下がれないし、引き下がらせてはくれない。
ぐるぐるする思考の一方で背後から里乃の圧力をひしひしと感じるセイはなるようになれと覚悟を決めた。
「富永君?」
いざ、部屋番号を押して、チャイムボタンを押そうとしたところで、閉まっていたはずの玄関のガラス扉が開いた。
「え?」
名を呼ばれ、振り返ると、そこには目を丸くした近藤が立っている。
「局長!…っと、えっと、近藤先生!」
「!」
一瞬呼ばれた懐かしい呼び名に近藤は息を飲みながらも、セイを見下ろすと笑顔を向けた。
「…どうしたんだい?こんな時間に。まさか一人かい?」
「いえ。あの…」
「すみません。私がここまで連れてきたんです。このマンションに住まわれている沖田さんという方を訪ねて」
困った表情を見せるセイと近藤の間にすっと山南が入ると、セイを庇うようにして彼は近藤を見た。
「!」
近藤と言えば、先程より更に大きな衝撃が彼の中を走り、硬直する。
「あの!近藤先生もこのマンションに住まわれてるんですか!?」
山南から目を離せない近藤はどうにか彼の後ろから声を掛けてくるセイに視線を移すと、頷いた。
「ああ。トシ…じゃない土方君と、総司とは皆ここに住んでいるんだ。けど、二人はまだ帰っていないみたいだな」
「そうなんですか…」
「何だったら帰ってくるの家で待っているかい?勿論…山南君と、……そこの女性も一緒に」
落ち込むセイに近藤は苦笑すると、大きな手の平で彼女の頭を優しく撫でた。
「私、名乗っていましたっけ?」
突然名を呼ばれた山南は驚く。
「え、あ、いや。ほら、今名乗ってくれたじゃないか」
慌てて取り繕う近藤に、山南は首を傾げるがすぐに思考するのを止め、里乃を振り返った。
「里乃。沖田君は今留守だそうだよ」
後ろで三人のやりとりを見守っていた里乃は表情を曇らせると、すぐにまた顔を上げ、近藤を見た。
「こんな夜更けに図々しいのを承知で、お邪魔させて頂いてええでしょうか?」
「里乃!?幾ら声を掛けて頂いたとはいえ、失礼だよ」
「いや。私は構わないから。なぁ、神谷君」
「え?」
呼ばれた名に、今度はセイが反応し、目を見開いて、近藤を見た。彼は悪戯っぽく笑うと、彼女から目を逸らし、そして山南を見る。
「折角、山南君とも会えたんだしもう少し話をしてみたい。トシもきっと喜ぶ」
「私は今日初めて貴方とお会いしたと思うんですが…何処かでお会いしていましたか?」
そう山南が己の記憶を辿りながら近藤に問うと、彼は笑みを深くして答えた。
「ああ。ずっと昔に」
セイはそう答える近藤の表情を見て、確信し、そして嬉しそうに微笑んだ。
「山南先生!里さん!折角だからお邪魔しよう!」

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■はんぶん・59■

「あれ?近藤さんから着信が入ってる」
背中に担いでいた総司を、ソファの上に無造作に放り投げると、土方は徐に携帯電話を耳に当て、リダイヤルした。
コール一回目ですぐにかかると、近藤は開口一番に叫んだ。
「トシ!今まで何やってたんだ!?今何処にいる!?どうしてすぐに電話を掛けてこない!?」
「ど…どうしたかっちゃん。今までに無い剣幕で」
「ついさっきまでずっと待ってたんだぞ!」
「何が?」
「何が!?何がじゃないぞ!ずっと待ってたのに!」
「いや」
「どうして後少し!後少しだけでも早く電話かけて来ないんだ!」
「だから」
「総司はどうした!?総司はそこにいるのか!?」
「落ち着…」
「これが落ち着いていられるか!!」
「頼むから落ち着いてくれ!かっちゃん!」
「電話じゃ話にならん!もう帰ってるんだろ!?帰ってるんだな!?今行くから待ってろ!」
そういうとブツリと一方的に近藤は電話を切り、その数秒後には、土方の家のチャイムが鳴らされた。
「……んー…こんどー…せんせー…?」
「総司。お前はそこで気を失ってろ」
ソファに落としたつもりが床に落ちてた総司に土方はそれだけを言い放つと、スタスタと玄関に向かう。
玄関の向こうから、ドアを開けるまで、また近藤の催促をする激しい声が聞こえ続けてきた。
「一体どうしたんだ。かっちゃん。もう夜中もいいところ…」
「トシー!!山南君に会ったんだ!山南君に会えたんだ!」
ドアが開いたと同時に、顔面を涙と鼻水で汚し、勢いのまま近藤は土方に抱きついた。
「はぁ!?」
抱きつかれながら話の見えない土方は困惑しながら、自分より体格のよい男をどうにか抱き止めた。
「あの山南君だよ!何だトシ忘れてしまったのか!?」
「いや!覚えてる!覚えてるに決まってるだろ!」
「そうだよな!山南君にまた会えるなんて!彼は元気だったぞ!」
「分かった!かっちゃん分かったから!どうして山南さんと会える事になったんだ!?」
「何を言ってるんだ!トシ!神谷君のお陰に決まってるじゃないか!」
「はぁ!?山南さんに会えるのがどうして神谷のお陰になるんだよ!」
「決まってるじゃないか!」
「いや、決まってねぇ!取り合えず中に入れ!」
感情のままに叫ぶ近藤の言葉は話の内容が土方にはさっぱり伝わらない。
このままだと外には大声が丸き声で近所迷惑な上に、話の内容が進まない事に気が付いた土方は、近藤に抱きつかれたまま、居間まで取り合えず戻った。
「お!総司!ここにいたのか!」
近藤は居間の床に転がっている総司を見つけると、土方から離れ一目散に総司の元に行き、彼を抱き起こして、揺すり始めた。
「総司!起きろ!お前にも何回も電話したのにどうして出なかったんだ!?神谷君から電話が入っていなかったか!?繋がらないと言って何回も掛け直していたんだぞ!」
「ほぇ…こんどーせんせー…?かみやさん……?かみやさんいないんですかぁ?」
「こんな時にどうしてお前はそんな酔っ払ってるんだ!?神谷くんはちゃんと昔の記憶取り戻していたぞ!お前に会いたがってたのに!どうしてお前は早く帰ってこないんだ!さっきまで家にいたのに!」
「………かみやさん…だぁいすきです…」
「うんうん。それは分かったから早く電話をかけなさい!」
近藤は総司のジャケットを漁ると、彼の携帯電話を取り出し、押し付ける。
「ちょっ!ちょっと待て!近藤さん!色々さっきから凄い事言ってないか!?」
土方は総司と近藤の会話にならない会話を聞きながら部屋着に着替えていたが、話が膨らむに連れて確信的な言葉がぼろぼろ零れ始め、慌てて近藤に問い質した。
「だからさっきから言ってるだろう!」
「いやだから、かっちゃん!順序立てて話してくれ!」
「そんなヒマあるか!総司!今すぐかけろ!ほらかけろ!神谷君が待ってるぞ!」
「うぅ……」
「お前はどれだけ飲んできたんだ!」
「かっちゃん!頼むから俺にも分かるように話してくれ!」
もうすぐ夜明けになろうとする時間に、大の男三人の声がマンションの一室に響き渡った。

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ありがとうございます!

■はんぶん・60■

「…つまり、神谷と昔神谷の妾だった女の今の恋人が山南さんで、既に知り合ってて、神谷を総司に合わせてやる為にここまで連れてきてくれたという事だな。」
「だから!」
「待ってくれ!話を先にまとめさせてくれ!」
「……」
急く近藤を、土方は何度目か分からない制止をする。
互いにソファに座り、身を乗り出して土方に顔を近づけ訴える近藤に対し、土方は冷静に一つずつ彼の言葉から状況を纏めていった。
「そして神谷は昔の記憶を取り戻している。と。近藤さんの家で総司の帰りをさっきまで待っていて、近藤さんから教えられた電話番号にも一生懸命かけていたんだな」
「そうだ!だから!」
「……すまねぇ。総司を潰したのは俺だ」
そう言って、土方は床に転がったままクッションを抱き締め眠る総司を見遣る。
「電話はいってなかったのか?」
「総司が神谷の家に押しかけた後、家にいねぇって落ち込んでるから居酒屋で一杯飲みながらコイツも昔の記憶を取り戻した話を聞いていたんだ。聞いてたら今すぐにでも神谷に電話かけさせてやらなけりゃヤベェ感じがして掛けさせていたんだが…神谷はそんな素振りを見せていなかったか?」
「…いや。…そう言えば、神谷君は何度掛けても通話中だと…」
「…総司の馬鹿もそう言えば何度掛けても通話中だと言ってたな…」
「つまり?」
「…こいつら全く同時に同じタイミングで掛け続けて、繋がらなかったんじゃねーのか?」
土方が唇を引きつらせながら呟く。
「そんな事があるのか!?」
「普通ねぇけど…どれだけシンクロしていやがんだよ!挙句繋がんねぇって聞いた事ねぇよ!馬鹿じゃねーのか!」
「総司と神谷君だからなぁ」
「だったら潰さねぇでとっと帰ってくりゃよかった!」
「どうして帰って来れなかったんだ?トシにだって電話したのに」
「こいつ俺の電話まで使って神谷に電話してたんだよ!人の携帯放さねーし、神谷さんは昔はこういうところが可愛いだの、今も変わってないけど今は更にここが可愛いだの。知らねーよ!ウゼェから潰してやったんだよ!」
「…トシ…」