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「それで最近神谷くんはどうだい」
いつものように穏やかな眼差しで問う山南に、蜜柑を摘まんでいた総司はぽろりと落とした。
「ど…どうだいって何ですかっ!?」
「それについては俺も聞きたいっす!相変わらずなんすかっ!?」
動揺する総司に中村が身を乗り出してずずいと近づく。
「相変わらずって…何も…神谷さんは…年々綺麗になっていきますよ」
頬を染め、そっぽを向きながらぽそりと総司が溢すと、隣の人物が苦笑した。
「いや。元気でやっているのか聞きたかっただけなんだが…」
苦笑した人物はつい先程自己紹介をされて知ったのだが、富永祐馬つまりセイの兄だという。言われてみれば何処と無くセイの面影が残っていた。
「あっ。そうだったんですかっ!あははははははっ!」
じと目で中村に見られながら総司は恥ずかしさに顔を赤くしながら誤魔化すように笑い飛ばした。
「相変わらず腹立つっすね」
「私にしてみれば、あの奥手だった総司がこんな反応を返してくれるなんてそれだけで感慨深いけどね」
「え?これで感慨深いって沖田先生どれだけ野暮天だったんすか!」
しみじみ語る山南に唖然としながらツッコミを入れずにいられない中村。信じられないものを見るような目で総司を見た。
「何ですかっ!神谷さんは武士ですよ!勘違いしてませんか!?私と神谷さんは何もありませんよ!」
「…沖田先生男としてやっぱ問題でもあるんすか?俺が最後に会った時でさえあんなに綺麗だったのに、更に綺麗になってるんすよね!?何も感じないんすか!」
「神谷さんをそういう目で見るのは止めてください!神谷さん、中村さんの事気に入ってましたけどすぐそうやって女子扱いするから嫌がってたじゃないですか!」
「あいつは誰よりも男前っすよ。けど、女だからそんな神谷に惚れたから、嫁になれって言ってたんじゃないすか」
「女って…」
「結局俺の勘は合ってたじゃないすか。死んでから知ったけど」
「総司は今も神谷くんを大切に思っている事はよく分かってるよ」
あっけらかんとずばずば己の感情に素直に追及する中村に及び腰になっていた総司を山南が助け船を出す。
「神谷さんは大切です。山南が新選組にいたときよりも、ずっと」
微笑みながら何処か誇らしげに告げる総司に、中村は息を飲んだ。
「俺の時はてんでまともに恋敵として相手にもなれなかったくせに、今は認めるんですね」
「――中村さん。神谷さんを大切に思うのに恋情が全てですか?」
総司の問いに中村は首を傾げる。
「私は神谷さんを私だけのものにしたいとか恋仲になりたいとか、そういう己の願いより、ただ神谷さんが幸せでいてくれれば…それでいい。そういう『大切』なんです」
「…俺だって…あいつの想い人が俺だったら俺が幸せにしてやるのに…もう死んでるけど。けど、だからこそあいつには生きて…あいつを幸せにしてやれる奴に幸せにしてやって欲しいと思うんです!そういう大切は沖田先生と変わらない…いや、今の俺は沖田先生以上に神谷に幸せになって欲しいと思ってると思います!そこは譲れません!」
むん。と胸を張り言い放つ中村に、総司は呆然とし、その後吹き出してしまった。
「中村さん好きだなぁ」
「俺が一番に好きになって欲しいのは神谷です!」
「そうですよねぇ」
総司はにこにこと微笑む。
「だから、俺は沖田先生のその何処か余裕そうなところが腹立つんです!」
「斎藤さんにもよく言われます。…私自身そんなに余裕は無いんですけどねぇ」
総司はぽりぽりと頬を掻く。
「そうだな。総司がどうか神谷くんを幸せにしてあげてくれ」
山南が目を閉じ、静かに囁く。
「…何かその言い方だと別の意味に聞こえます」
「別の意味かい?総司にも神谷くんに対してそんな感情が湧くようになったんだね」
「神谷さんはいいお嫁さんになれますよ?」
「私がまだいた頃は神谷くんを子どもとしてしか見てなかったからね」
「それは…」
会話から零れる総司のセイへの意識の変化を読み取られた総司は頬を赤く染めた。
「セイは幸せ者だな。貴方たちのような人に囲まれて」
祐馬が笑う。しかし、総司は慌てて頭を下げた。
「…その前に本来なら新選組に入れるべきじゃなかったんです。申し訳ありません」
「本当にそう思いますか?」
まさかの問いかけに総司は驚く。
「富永さんは思わないんですか?」
その問いに祐馬は笑みだけを返した。
「沖田先生。どうぞセイを大切にしてやってください。幸せにしてやってください」
切なる祈りのように語りかけてくる言葉に総司は喉を詰まらせる。
「私たちには、もう大切にすることはできないから」
注がれる視線に総司は顔を上げると三人は真っ直ぐ彼を見つめ、微笑んだ。
――何かを言おうとして、声は、もう、出なかった。

「さぁ、総司。神谷くんが呼んでる」
山南に柔らかな声が総司を誘う。
現へ。

「…きた…先生…沖田…先生?あ。目が覚めた。法眼目を覚ましましたっ!」
聞き慣れた凛とした声が総司の名を呼び続け、その後、医師を呼ぶ。
「沖田先生わかりますか?熱が上がって魘されてたんですよ?」
そう、労咳に犯され一日中床の中にいる生活になってからどれくらいだろうか。
最近は咳も少なく安定していたのだが、そんな時こそ油断をし、久し振りに熱を出していた。
総司の体を倦怠感と関節痛が襲い、意識が朦朧とする。
心配そうに覗き込んでくるセイを総司は見上げ、微笑んだ。
「沖田先生…?」
今の体調を診れば、微笑む余裕は無いはずなのに笑みを浮かべる総司にセイはより心配になって眉を潜めた。
「…神谷さんは私にとっと大切な人ですよ」
「…先生?」
「貴方を幸せにしなくちゃなぁ…叱られちゃいます」
誰に?
という疑問がセイの中に浮かんだが、総司はそれだけを呟くと、つい先程まで荒かった呼吸が落ち着き始め、そのまま寝息に変わったことにほっとして、問いかけることはなかった。

――だからね、総司。
まだ私たちの元へ来るのは早いよ?