告白18

「神谷さん…神谷さん…」
気が遠くなっていたセイを揺さぶる総司の声が聞こえる。
「ふ…ふぇ…」
目を開けると、すぐ目の前に総司の顔があり、セイは思わず身を引こう――としたが、彼に肩を支えられていて動けなかった。
「せっ…先生っ!?」
自分は何故倒れたのか。
一瞬考え込み、――そして思い出して、セイは顔を真っ赤にした。
「なっ、何て事するんですかっ!?沖田先生っ!」
「ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!だって神谷さん、斎藤さんに取られると思っちゃったんですもん!」
「とられっ…て!何言ってるんですか!?」
「だって神谷さん斎藤さんの事好きでしょ…しかも…」
「しかも?」
本気になりかけてたでしょ?
と、問おうとした総司は口篭った。
もしセイが自覚をしていないのなら、態々自覚させてやる必要も無い。
沈黙したまま次の言葉を紡がない総司に訝しみながらも、セイはくるりと周囲を見渡すように首を回した。
「斎藤先生は何処へ行ったんですか!?」
「……斎藤さんなら呑みに行きましたよ。きっと。多分…」
斎藤の事を気にするセイが気に入らない総司は頬を膨らませ、そっぽを向いて答える。
「何ですか!?その曖昧な回答は!~~しかも斎藤先生に何てとこ見せてるんですか」
「そんなに斎藤さんが気になるんですか?」
「当たり前です!恥ずかしくて、次会っても顔見れないじゃないですか!」
「…それだけですか?」
呟く総司に、セイは「どういう事ですか?」と問い返す。
「…私が貴方の事好きだって言っても断ったのに、斎藤さんとは呑みに行って、一緒に稽古して、いつも一緒にいて、何かあったのかなーって」
「何…っ!」
何て事言うのだ。斎藤に失礼だと反論しようとして総司を睨み返したが、逆に彼の剣呑な眼差しに呑まれ、口篭ってしまった。
「神谷さんが好きです。だからと言って貴方に何も望んでいないんです。貴方をどうしても女子として好きだからこの間のような事を望んでいないと言えば嘘になりますが、貴方がそれを承知しない事も知っている。だからただ傍にいてくれるだけでいいんです。傍にいてください」
こつんと額を寄せ、今の剣呑な瞳が嘘のように優しい眼差しでセイを覗き込むと、総司はそっと囁いた。
ずっとそんな風に言って欲しかった。
セイはぽろぽろと涙を零し、嬉しそうに笑う。
斎藤に見せた表情と同じ。
女子らしい甘い表情。
総司は、「ああ。この表情は今までずっと自分にだけ見せてくれていた表情だったんだ」と、初めて気付いた。
ずっと自分だけに見せてくれた表情。
それを些細なきっかけから斎藤にも見せるようになってしまった。
きっとこれからも彼女はそれに気付かず、彼に接するだろう。
それだけは、もうどうする事はできないだろうが。
「はい。私も沖田先生が好きです。ずっとお傍に置いてください」
セイは嬉しそうに微笑んで、彼をまっすぐ見つめた。
「それは男として?武士として?」
さっき斎藤に遮られ、答えられなかった問いをもう一度問いかけられ、セイはくすりと笑う。
「男性として。そして武士として」
そう答えると、総司は嬉しそうに笑って、セイを抱きしめた。

――あの瞬間、彼女の命が費えていたら、今の彼女も、今の自分も無い。それだけは確かだ。
それに比べればささやかな事なのかも知れない――。
それでも。
告白で二人のそれまでの関係の均衡が崩れた。
何がきっかけで彼女が振り向いてくれたのかも分からない。
今の自分もこれから自分もどうすれば彼女が納得して傍にいてくれるのかも分からない。
ただ。
彼女は生きて、今、己の腕の中にいてくれる。
それだけが全てだ。
――これからもただ彼女が自分だけを見つめてくれるよう、想いを注ごう。
もうこれ以上、少しも彼女の心が揺れないように。
生きて。
ただ傍にいてくれるように。

「……よかった」
総司はセイの肩に頬を寄せ、あの日から初めて、大きな安堵の息を落とした。

2013.02.24