噂13

「だって、まさかこんな風に影響が来るなんて知らなかったんですもん」

言われた瞬間、総司は己の中の血が一気に逆流するのを感じた。
そして溢れてくる激しい感情。
里乃は何と言っていた?
女子は心は強くてそれでいて弱い、体に影響するまで気づかない程強いけれど、弱い、と。
彼女は武士であり続けた。
誤解とは言え、総司に想い人がいても、尚。
今なら分かる。
今だからこそ分かる。
自分が彼女を想っている事を自覚した今なら。
彼女の想いも。望みも。
全てでは無くてもその欠片を知る音が出来る。
己も武士だから。
女子ではないけれど、きっと彼女と同じ行動を取ったであろう。
覚悟をしただろう。
けれど、男は体は強いが、心は脆いから。
もし同じ状況に追い込まれてしまったなら。
この激しい想いに流されたのなら。
「神谷さん---」

---きっと心は死んでしまう。

「貴方が女子でよかった」
総司の言葉に、セイは反論しようと口を開くが。
「貴方が武士でよかった」
彼の安堵の想いと共に零れる言葉に、セイは静止した。
「そうでなければ、きっと、私は一生後悔する事になった」
彼女が男だったなら。
己に思いを寄せてくれる男だったなら。
総司の今回の行動を見た時に。
この組を離れ。
きっと脱走をし。
切腹を望んだだろう。
激しい嫉妬に苛まれ、恋情に溺れる己を恥じて。
一方できっと彼女が女子のまま出会っていたら。
総司は最初から彼女を傍に近付ける事さえせず。
こうして触れ合うことも無かっただろう。
自分は女子を己の懐に入れて守れる程、器用な人間ではないから。
自分は女子の心の機微を察せる程、敏感な人間でもないから。
「好きです」
そんな自分を全て知っていて。
それでもなお。
女子のまま、武士として。
傍にいてくれる彼女が。
「愛しい」
優しく微笑む総司の笑みに、セイは心をときめかすのと同時に、ぞくりとしたものが背筋を這う感覚を生まれた。
いつもの優しい彼の笑みのはずなのに。
何故か恐れを感じる。
魅かれる。
それでいて。
自分と彼は違うものだと見せつけられるような笑み。
それが男としての色香だという事も知らぬまま、彼女は無意識の内に脅え。
そして、意識する前に、また唇を塞がれた。
深く。
深く。
熱く。
息継ぎも出来ぬままふさがれ、舌を絡め取られる。セイは先程と同じ甘い感覚に思考は停止し、一瞬にして全身から力が抜け、全てを総司に任せてしまいそうになる。
初めての感覚に慣れぬまま次々にもたらされる感覚に、セイは微かな恥じらいを感じながらも僅かに脅え、抵抗する腕の力も意味は無く、流されるしかなかった。
そうしているうちに、吸われ、擦り合わされ、そして激しく求められる接吻と共に、己に触れてくる総司の手の動きにセイの思考は一瞬にして現実に戻り、驚いて息を飲んだ。
「!?」
着物越しに彼女の体をなぞり、そして、僅かな胸の膨らみに触れる。
「せっせんせっ!…んっつ!…せんせっ…はっ……ちょっ!…」
流石に己が今置かれている状況を把握したセイは、求め続ける総司の唇から逃れるように顔を背け、必死に起き上がろうとし、手足をバタつかせて抵抗する。
それに対し総司は、彼女の抵抗を抑えるように、肩を地面に着かせる様に押し、セイの頬に両手を添え、執拗に口付けを繰り返す。
「まって…っ!ん---!」
それでも尚、顔を背けるセイに苛立っていた総司はもう一度深く口付けると、そのまま唇を離す事無く、彼女の口腔を貪る。
最初は抵抗していた彼女の力が完全に抜け、彼に体重を預けるようになると、半分起き上がりかけていた彼女の体をもう一度横たえ、袴の結びを解く為に紐に手を掛けた。
「だから駄目ですってばーーー!!お馬なんです!だめったらだめ!!」
セイは完全に思考が溶けきる前に最後の気力と、己の腹筋を最大限使い、起き上がると、これでもかと言う位大きな声で叫んだ。
総司は、彼女が真っ赤になって叫ぶ姿を呆然と見ていると、やがて我を取り戻したように、彼女を見上げ、そして自分が手に握る袴の紐を見下ろすと、全身を真っ赤にして、慌てて紐から手を離す。
「あっ…あの……っ私……」
総司は己の行動を反芻して、その行動に自分自身驚いていた。
セイが可愛らしくて。
自分を想ってくれる気持ちが嬉しくて。
彼女の行動、仕草。全てに惹き込まれて。
今度こそ。
完全に理性を失っていた。
彼女が抵抗してくれなかったら。
---抱いていた。
その事実と、自分のしようとしていた行動を改めて意識する事で、総司はどうしようもなく動揺をしていた。
男なのだから。
男というものは。
今まで散々土方や原田の武勇伝を聞かされてきたのだから、その手の事に付いて分かっているつもりだった。
分かっていて、自制できると信じていた。
けれど己の過信と、実際の現実。
そしてその生々しさに。
総司は、自分が恥ずかしくて仕方が無かった。
想っている人に想われると言うそれだけで。
こんなにも自分が暴走するのだと言う事に。
セイは、一人困惑する総司を見つめていた。
たくし上げられそうになったら着流しを着付け直し、袴の結び目をしっかり確認する。
その間も呆然としている総司に、セイは逆に申し訳無さを感じ始めた。
拒んでしまったのは仕方の無いことだったし。
総司の想いを知り、己の想いが届いたことの甘い幸せに浸る間も実感もなく、突然の初めての事ばかり続いて、驚いてしまったけど。
---。
それに続いて思い浮かんだ言葉に、セイは赤くなる。
--触れられるのは嫌じゃなかった。
まさか自分がそんな事を思うはず無い。と恥じらいに、浮かんだ言葉を振り切るように首を振ると、セイはもう一度総司を見る。
いつまでもこのままでいる訳にもいかない。
黙って制止したままの総司に声を掛けようとセイが口を開くよりも、喋り始めたのは総司が先だった。