いつかきっと4

「二年です」
ハクは告げる。
「ほう」
彼の方は、彼の決意の固まった眼差しを受け、愉しそうに声を上げる。
「二年間で貴方から再び神の地位を頂きます」
油屋で最上級の部屋に、ハクの声が凛として響いた。
窓から見える空は既に紅から藍色に染まり始め、闇に世界が染まる中で湯屋の灯篭の明かりが灯り始め、僅かばかりの自己主張をしていた。
これからまた神々の宴が始まる。その準備の間の時間。
ハクは再び彼の方の部屋を訪れ、先日の誘いに対する己の決断を告げた。
「己に余程の自信があると見える。二年間で我から神の位を奪取出来ると思っておるのか」
「自信ではありません。けれど、これは譲る事の出来ない私自身の決意です。これ以上の時間を費やす事はしない。どんな事をしても二年間で貴方に認めて頂きます」
「その為の努力はすると。努力と結果が結びつくとは限らないぞ」
彼の方はハクの決断を愉しそうに受け止める。
それは目の前に座する神ににとって予測の内だったのか、外だったのか。
しかし彼の方にとって、それは好ましいものなのだろう。嬉しそうに笑った。
己の問いにどう返すか。神の注目はそちらへ移る。
「努力をするという年月をお答えしているのではありません。私は結果をお知らせしているのです」
今度こそ、彼の方は声を立てて笑った。
「気に入った。それではその言葉、真実にしてみるがよい。おぬしの今は肩書きが無いとは言え、神だ。言霊の重さを知っているであろう。違える事は許されぬ。明後日我は此処を発つ。それまでに用意をしておけ」
言葉は力を持つ。言葉にした事項は全て真実となる。
一度でも声に、言葉にしたものには力が宿り、真実とならなければならないのだ。
もし違えでもしたら、その時は死をも受け入れなくてはならない。
それが己が言葉を持つ者の業と重さ。
それを躊躇無く結果と断言するハクは神の興味を誘う。
「人間の如き欲深き神は、それだけの業も背負う。己の思うが儘我儘に生きてみよ」
ハクは初めて彼の方に対して笑みを浮かべた。

「じゃあ、ハクはもう一度元の世界で生きる為に、私は自分が精一杯生きている事を証明する為に離れるんだね。いつかまた会う為に」
澄んだ瞳で笑う千尋に、ハクもつられて笑みを浮かべる。
「私たちが共に生きる為に」
笑みを返し、約束をするハクに、千尋は頷くと、彼の文机から小刀を取り出し、徐に己の髪にそれを当て、束ねた一房を襟元の高さから一気に切り落とした。
「千尋!」
予測のつかない彼女の行動に、ハクは驚いて彼女の手を掴むが、既に後の祭り。彼女の艶やかで長かった髪は既に体の一部から切り離されていた。
「私、また願掛けするね。ハクと会えますようにって」
戸惑いも無く、何処までも晴れやかな笑顔で、千尋は真っ直ぐハクを見つめる。
「一度目に川で出会って、二度目に不思議の町で再会して、三度目に私は自分でハクに会いに来た。今度も絶対会えるよ」
彼女の言葉は希望でも祈りでもない。確信の言葉。
ハクを惹きつけて止まない。彼女だけが彼の心に入り込む事が出来る、言霊。
愛しくて。悲しくて。嬉しくて。
力強く抱き締めた。
「千尋。必ず会いに行くから。待っていて」
「ううん」
溢れ出す想いを言葉にして、告げる彼に否定の言葉。
一瞬にして凍り付いて、千尋から体を離し、彼女を覗き込むと、彼女は笑っていた。
「私も会いに行くよ。ハクを絶対また見つける」
そう言うと、彼女から今度はハクに抱きついた。
触れる温もりが嬉しくて。
熱いものが頬から零れ落ちるのを、彼は感じた。

2007.09.09